034
それから程なくして魔物の巣に到着した。
今回は地下型で作られているようで、少し隆起している地面にぽっかりと穴が空いており、そこから入る事が出来た。
入り口もそうだったが、中へ入っても結構な広さがあったので、今の所は討伐メンバー全員で固まって移動をしている。
「"はぁ、それにしても……"」
「"エリスちゃん、どうしたの?"」
「"いいえ、何でも無いわ……っふ!"」
またしても魔物……今回は鳥っぽい魔物が飛びかかってきたので、アメジストブレイドを振りぬいて真っ二つにする。
さすがは魔物の巣と言われるだけあって、入ってすぐから魔物との遭遇頻度が高い。数分歩く毎にどこかのパーティが戦闘をしている状態だった。
今回私は初めて魔物と戦う事となっていたので、最初はそれなりに緊張感を持って臨んでいたのだが……魔物が弱すぎる上にこうも遭遇すると、戦闘と言うよりも作業のようで面倒臭くなってきた。
既に剣を持って戦っているのは、魔物の生命力が高く拳で一部破壊してもまた襲ってくる事があったので、簡単に頭っぽいところがあればそこと胴体を切り離し、見分けがつかなければ真っ二つにするといった方法で処理しているからだ。
ちなみに今は二本の曲刀に分けた内の一本だけ使っているので、多分グスタにも見られているが気づかれていないと思う。
「"やっぱりこれ、私達必要なかったのではないのかしら"」
魔物を切った時に付いた体液を剣を振って払いつつ、あまりの手ごたえの無さにそうぼやいてしまう。
だが周りの腕利きとして集められたメンバーの戦闘を見ると、怪我まではしていないものの一撃必殺で倒している所は少なかった。
「よし! 俺が前に出るから援護は任せた!」
「追撃の準備は出来ている」
「わかった。では注意を引きつけている間に決めてくれ……『闇の力よ 我が魔力に集いて形を成せ』」
「っしゃ、いくぜぇ!」
「おう!」
「タイミングをしっかり合わせろよ! 『ダークボール』」
「うるぁぁあぁあああ!」
「うおおおお!」
豚っぽい魔物へ黒い玉がぶつかると、その部位が小さく弾けて飛散した。そして魔物が魔法を使った男に気づき突進しようとした所で、横から伸び出てきた剣に足を傷つけられる。
踏み込んだ足を傷つけられた魔物は体のバランスを崩し、そこへ追撃に構えていた二人の男に攻撃され、反撃出来なくなったのを確認すると後は息の根を止めるまで集中砲火を浴びせ続けていた。
「"毎回アレをやっているのかしら……"」
「"アレ、とは?"」
「"結構な頻度で魔物が出ていると思うのだけど、遭遇する度に陣形組んで気合を入れてやっているから、ちょっと不思議に思ったのよ"」
「"……あぁ、でもあれが冒険者の正しい姿なのですよ。むしろ一人で挑む方が、頭がおかしいと思われるようですね"」
私の何気ない呟きにテスラが反応したのでそのまま疑問をぶつけてみると、そんな解答が返ってきた。
まぁ確かに息を合わせて安全に事を運ぶのが大事だって事はわかるのだが、それはあくまで一定以上の危険がある時だけで良いのではないかと思う。雑魚相手に毎回やっていれば息が持たないのではないだろうか。
その点三級冒険者……ヘルは私達と同じように、襲い掛かってくる異形の魔物に対して一瞥すると、片手間にふったナイフで急所を突いて一撃必殺で葬っていた。
「"でも彼女は片手間に一人で対処しているわよ? ほら"」
「"エリス様、一般人とそうでない人は区別しなければなりませんよ"」
「"なによそれ、まるで私が普通でないみたいじゃないの"」
「"当然です。私にとってエリス様は最愛の人なのですから、普通の人とは比較にならないほど違います"」
「"……なによそれ"」
むくれた私にテスラが不意打ちをかましてきたので、言葉が少し尻すぼみになってしまった。そういう意味で言ってるのではない事くらいわかってるくせに、むぅ、恥ずかしいやつめ……
それはそうと、一応はここまで誰一人負傷も無く進めているので順調と言っていいだろう。
たまにマルギットやグスタの様子を見ているが、こちらに気づいた様子も無く進んでいる。
戦闘についてグスタはパーティで協力し合って先程目を向けた彼らの様な戦闘をしていることに対し、マルギットは流石に三級冒険者に片足突っ込んでいるだけあって一人で対処できていた。
彼女は剣を扱うようで、振るう剣戟はとても綺麗で鋭い。魔物の手足を切りつけて徐々に追い込み、動けなくした所で止めを刺している。恐らく私よりも剣の技術は上だと思われるので、身体能力がもっと高ければとても脅威となるだろう。
「お? ここからは分かれ道だね」
それからしばらく適当に戦闘という作業を行いながら奥へと進んでいると、先頭にいたヘルの声が聞こえたのでそちらへ向かう。
そこはこれまでの道とは違い、広く開けた場所で五つの道に分かれていた。
「んー、そろそろ飽きて……こほん、効率的に進むのには別れて進んだほうがいいかな」
ヘルは呟くようにしてそう言うと、くせっ毛を跳ねさせながら笑顔で振り返る。
「じゃボクが真ん中行くから、残りの道を他の人達で手分けしてくれるかな? あ、助っ人さんの内一人はボクと来てね」
こちらに視線を寄越しながら言うヘルに対し、他の冒険者達は思案するかのように顔を見合わせた。
まぁそうだろう。計算で言えばせっかく五つのパーティ、そしてソロの冒険者と私達で五人いるのだから、単純に一パーティと一人で別れれば良いのだ。
「……なぁ、別れるのは一パーティと一人助っ人で良いんじゃないか?」
「えー!? そんなのボクがつまらな……じゃなくて、ボクは一人で大丈夫だから、しっかりと安全に行きたい人達で組んだ方が良いんじゃないかな? ほら、その方がそっちの危険も少ないし」
「だが、なぁ?」
意見を言った男の冒険者は少し困り顔になり周りへと助けを求めるが、周りの冒険者達は顔を逸らす。
ふむ? なんだろう、普通に考えれば今話した冒険者の言葉通りなのだが、この雰囲気は少しおかしいような。
「んー、わかった。じゃあキミ達がボクと一緒にくる?」
「えっ!? いや、それは……」
うん、完全におかしい。何というか他の冒険者がヘルに対して苦手意識……というよりも魔物に対して以上に警戒しているような印象を受ける。
あーちゃんの『精神干渉』は結構優秀で、少し使い方に慣れてきた私は目をあわさずとも、ある程度範囲内にいる人の感情を感じる事が出来ていたので、この状況の違和感に気がつけた。
「"何だかおかしな雰囲気ね"」
「"みんな恐がってるみたいだよ?"」
「"……まぁ無理もありませんね。彼女はある意味有名らしいので"」
「"ある意味……?"」
あぁ、そういえばここにいるマルギット以外の人達は、テスラが選定していたのだった。となるとこの雰囲気になった原因についても知っているのだろう。
私は詳しくヘルの素性を聞こうと口を開きかけるが、その前にヘルが動く。
「じゃーそこの、えーと……わんちゃん! ボクと行くよ! 他は適当に別れてねー」
「っ!」
ヘルはそう言うと、私に小走りで近づいてきて手を取り、そのまま五つある通路の真ん中へ走り出したので、手を引かれた私も連れて行かれる。
というかわんちゃんって……あぁ、そういえばフードから獣耳を出していたからか。
「"エ、エリス様!"」
「"エリスちゃんっ!?"」
「"大丈夫よ。予想外だったけれどおかげでマルギット達と別れられそうだし、このまま行くわ"」
「"わかりました。私も自分の仕事がありますので、もし何かあれば『情報伝達』で言って下さい。すぐに駆けつけます"」
「うぅぅ……うぅぅぅぅう!」
「"テスラ?"」
テスラはすぐに了承の返事を返しながら、私の元へと駆け出そうとしたあーちゃんの手を掴む。掴まれたあーちゃんは唸り声を上げながら猛抗議するが、テスラは気にせず言葉を続ける。
「"アリス、あなたにもやって貰いたい事がありますので、ここは一旦別れましょう"」
「"でもでもだけど、エリスちゃんが!"」
「"気持ちはわかりますが、ここで他の人に不信感を持たれてしまうと面倒です"」
「"そんなの知らないもん!"」
あーちゃんは納得出来ないのか、テスラの言葉に耳を貸さずにじたばたと手を振り払おうとしており、抗議の声は大きくなってお面から漏れ出ている。
うーん。私としても、あーちゃんと離れてしまうと心蝕魔法を使ってしまうのではないか少し心配だ。元々あーちゃんも連れて行くつもりだったので、ここは一旦足を止めてテスラを説得した方が良いだろう。
「"あなたに頼みたいのは、エリス様の敵を倒す事です"」
「"……エリスちゃんの、敵?"」
ぴくっ、ともがいていたあーちゃんは動きを止め、テスラの言葉を聞き返す。
というか私も初耳だ。お陰で行動を起こすのに遅れて、ヘルにそのまま引き連れられあーちゃん達の姿が見えなくなってしまった。
「"そうです。この中には悪い人もいるみたいで、エリス様にも危害が及ぶかもしれません。やってくれますね?"」
「"うぅ、エリスちゃん……気をつけてね!"」
「"えぇわかっているわ。あーちゃんも心蝕魔法を使ってはダメよ。……これが終って戻ったら、また一緒にお湯で体を洗いましょうね"」
「"うん!"」
嘘か本当かはわからないが、何とかあーちゃんを宥められたようだ。うぅ、だけどあーちゃん大丈夫かな。とても心配だ。
「"あ、エリス様。魔物もですが、一応そのヘルという人にも注意していて下さいね"」
「"わかったわ。そっちはあーちゃんをお願い"」
ヘルの足は意外に結構早くだいぶ距離が空いてしまったので、あーちゃんを連れて行くことを諦め渋々テスラに任せる事にした。
そういえばヘルの事について聞きそびれてしまったが、まぁ噂なのだし直接見て判断すれば良いか。
私はそのまましばらくはヘルに手を引かれて走り続けていると、やっとヘルが足を止めてくれた。
「ふぅ、こっからはボクと二人っきり! ふふっ」
「……」
ヘルは何が嬉しいのか満面の笑顔を向け、汗ばんだ手を離すと体ごと振り返ってきた。
さて、どうしようか。ここならばマルギットやグスタもいないので、普通に喋ってもまずバレないだろうし、話をしても問題は無いか。
「はぁ、やってくれたわね」
「うぇ!? 何か怒ってる? というか喋れたんだ」
ヘルは私が不機嫌な事よりも、喋る事が出来た方に驚きの表情をしていた。
まぁ私が怒っているのは、急にあーちゃんと別行動する事になってしまった事なのだが、その辺りの事情を知らないこの子に言っても多分意味は無いだろう。
「もう良いわ……こうなったら、さっさと仕事を済ませるわよ」
私は言葉と同時に気分を切り替え、ヘルよりも先に前へ進む。武器も隠す必要が無くなったので、『情報伝達』でもう一本の剣を取り出すと、二本をあわせて一本の剣に戻した。
そういえばあーちゃんと別々に行動するのは、彼女が心蝕魔法を使った日以来なので随分と久しぶりだ。何だか隣にあーちゃんがいないと、少し寂しい気分になってくる。
「へぇ、面白い武器使ってるねぇ……ってちょっと、どこいくの?」
「? 魔物討伐に来たのだから、奥まで見てみるのよ」
「ふぅん……ま、今はそれで良っか」
うん? 今のヘルの言葉には何か違和感があったような。目的を忘れていただけ? それとも彼女にとって、目的はまた別にあるのか……
そう考えてヘルを見ると、相変わらず楽しそうにぴょんぴょんと楽しそうな足取りで歩いている。魔物が跋扈する場所で楽しそうというのはどうだろうかとは思うが、特に不振な点は無いし気のせいか。
「はぁ、何だか急に面倒になってきたわね……」
「あはっ! ボクはますます楽しくなってきたよ!」
「それは良かったわね……はぁ」
討伐だけであれば簡単に済むと思っていたのだが、ニコニコと何を考えているかわからない子と行動する事について少し頭が痛くなりそうだ。
私はそんな気持ちを抱えながら、巣を作った魔物を探す為、ヘルと共に奥を目指して歩き出していった。




