032
翌日、私達は朝の早い時間から街へ出かけていた。
ちなみに前日の夜は、三人一緒に寝る事でなんとか騒動を避け、無事に睡眠時間を確保する事が出来た。
「ねぇ、テスラ。あれは何?」
「あぁ、あれはですね……」
街に出たので呼び方を変え、目に入るもの全てをズィーベン……テスラに聞きながら移動する。街に出た理由としては、明日の討伐に向けて色々と物資を揃える為だ。
テスラに聞きながら店を物色して周り、欠けていた常識を補完していく。テスラは思った以上に物知りで、私の質問に淀みなく答えてくれる。
ちなみにあーちゃんはあまりしゃべってはいないが、私と手を繋いで歩いているだけでも楽しそうだった。
「あ、エリス様、到着しましたよ」
テスラに案内されてきた場所は、武器屋だった。
私は身一つで暮らしていたので、討伐様の武器なども全く持っていなかった為だ。とはいっても全身が武器になるし、いざとなれば魔法もあるので必要あるかと聞かれれば首を傾げてしまうのだが。
「ねぇ、武器なんて必要なのかしら? 重たいものは嫌よ」
「ですが魔物と素手で戦ってエリス様の綺麗な手が汚されるのは、私が耐えられません……!」
「あ、そう……」
何というか、独特な思考をしているなぁと思う。理由も納得出来るものではないのだが、テスラが悲しそうな顔で言うので購入する方向に話は決まってしまった。
私やあーちゃんは全く硬貨を持っていないが、テスラが全て支払いをしてくれるらしいので、買うものについては全て任せよう。
店に入ると、数冒険者らしい身なりの人が数人いた。彼らは私達が入店するとすぐに視線を寄越すが、大半が鼻で笑ってすぐに興味がなくなったように商品の品定めに戻る。
「あーちゃん、ちょっと行ってくるね」
「いえ、ここは私が行きます」
「待ちなさいアナタ達。ここには買い物に来たのでしょう?」
危ない……店にいた他の客の態度に気に食わなかったのか、二人して殺気を振りまいていたのですかさず止める。
何というか、今日は買い物よりも彼女達の監視に精神を割く事になりそうで、少し憂鬱な気持ちになる。
何とか買い物を再開させ、店内に展示してある武器を眺めるが……うぅん、どれもピンと来ない。隣のあーちゃんを見てみると、彼女もあまり興味がないのかぼーっと眺めているだけだった。
「エリス様、こういったものではどうでしょうか」
「えぇと、それ?」
長い棒の先端に刃が取り付けられているものを持ってきたテスラを見て、どれだけ私を魔物と接触させたくないのかわかる。
使い方は何となく想像は出来るのだが、どう考えても棒の途中で折れてしまいそうで、とても頼りなく感じる。
「これは槍と言って、離れた場所から敵を刺したり切ったりする事が出来ます。また棒の部分でも……」
「それ以上は良いわ。多分私にはその武器、使えそうにないから別のにしてくれないかしら?」
「そう、ですか。これなら汚れる事もないのですが……」
やはり私と魔物の距離感を考えての選択だったようだ。武器を買う理由も直接触らないためと言っていたので、言葉通り選んでいるみたいなのだが、通常武器を使うとはそういうものなのだろうか。
「ねぇテスラ、私は武器って言っても、剣みたいなものしか取り扱った事がないの。だからいきなり別の武器を渡されても、扱いが難しくて結局は素手になってしまうと思うわ」
「た、確かにそうですね……わかりました。別ので準備してみます。剣、剣か……汚れないもの、剣……」
私の言葉でテスラは思案顔になり、ぶつぶつと喋りながら別な棚を見に行ってしまったので、私とあーちゃんは手持ち無沙汰になった。
「あーちゃんは何か武器とか扱えるものあるの?」
「ないよ? あーちゃんの武器はこれだけだもん」
あーちゃんはそう言って、ぐっと拳を突き出す。
戦闘訓練であーちゃんの身体能力の高さを知っているので、下手に扱えない武器を使うよりはいいのかもしれないが、直に触れることになるので刃物などとは相性が悪そうで少し心配だ。
「それならあーちゃん、手に付けるものとか使ってみたらどうかしら? あっちの方にありそうよ」
「うんっ!」
あーちゃんの手を引いて陳列棚に向かうと、そこには手袋のようなものが数点並んでいた。調度よく商品を選んでいた冒険者もいたので、聞いてみよう。
「あの、そこに並んでいるのについて知りたいのだけど」
「あん?」
そう言って振り向いた獣人の男冒険者を見ると、腕や足の筋肉が盛り上がっており、大きな体躯をしていた。顔に傷まであってかなりの強面だ。ついでに言えば声も低めで威圧感を放っている。
「何だ? 俺に用か?」
「えぇ、そこに並んでいるものについて色々聞かせて貰えないかしら」
「ふんっ、初心者か」
男はそう言うと、陳列してある商品を取って近くにあったテーブルに並べだした。
「ガキが武器を持ったって仕方が無いと思うがな。全く、武器を扱えるだけの力を持ってから購入しろってんだ。……使うのはどっちだ?」
「あーちゃんよ」
「黒髪のお嬢ちゃんか、っは! 手もこんなに綺麗なのに武器なんて持てるのか? 小さいな……そうすると大きさを調整出来るものになるか」
男は悪態を吐きながらも、テーブルに並べた武器を陳列棚に戻していき、二つだけ残して止まった。
「ったく、聞くなら店員に聞けってんだ。それでお嬢ちゃんならこのどっちかだな」
どんなものがあるのか聞きたいだけだったのだが、男はあーちゃんに合うものを見繕ってくれたようだ。
『精神干渉』で感情を読むと、態度とは裏腹にとても楽しそうだった。
残った手袋の形をした武器は、黒いものと青いもの。黒いものは柔らかい素材で肘まで覆う種類のもので、青いものは手首までだが、装飾があり綺麗で固く、指の付け根の所にトゲトゲしたものが付いていた。
「こっちの素材はメタルジェルの液体を混ぜて使っているから、打撃斬撃をきっちり防いでくれる。逆にこっちのは見た目通り攻撃力が高いな。どちらも大きさを調整出来るぞ」
「へぇー、あーちゃんはどっちが良い?」
「うーん……付けた事ないからわかんないなぁ。そうだ! エリスちゃんはどっちが良いと思う?」
むむ、質問を返されてしまった。
個人的にはあーちゃんの打撃自体に威力があるので、さらに追加で破壊力を上げる必要は無いだろう。黒い方は刃物にも対応出来るみたいだし、ここは安全を取っておいた方が良いと思う。
「そうね、だったら私はこっちの黒い方が良いと思うわ」
「じゃそれが良い!」
「ほう、そっちを選んだか……初心者は大概派手で強そうな方を選ぶんだがな」
「強そうっていうのはわからないけれども、防いでくれる性能が高そうなら、派手な方を選んでいたわよ」
「ふふっ、そうか」
男は先程までの悪態を引っ込め、楽しそうに笑いながら頷く。しかしすぐに笑顔から心配そうな表情になって口を開いた。
「だが大丈夫なのか? それを使って何をするのかはわからんが、危険な所へ行くつもりだろう?」
「どっちにしても行かなくてはならないから、大丈夫にする為に買い物をしているのよ」
「そうか……まぁ俺を前にしてその胆力を持っているのなら大丈夫か。あぁそうだ、俺はグスタと言う。四級冒険者だ」
「ふふっ、心配してくれてありがとう。私はエリスで、こっちはアリスよ」
「おじさんありがとう! よろしくね!」
おぉ、あーちゃんがしっかり挨拶した! 昨日の酒場では男に対して完全無視していたのに、どういった心境の変化だろうか。
いや、違うか。私の心持ちが楽しそうだったらあーちゃんも挨拶するし、不機嫌なら準敵対と見て無視していたのかもしれない。
「あぁ、エリス様。こんな所にいらしたのですね」
「お帰りテスラ。今あーちゃんの武器を選んでいたところなの。こっちのグスタに教えてもらったわ」
「それはそれは。テスラと申します。……さて、エリス様、悩んだ結果この武器が良さそうだと思いますが、いかがでしょうか」
テスラは簡単にグスタへの挨拶を済ませると、早速取ってきた武器を私に見せる。
武器の形状は……緩やかに湾曲しており真ん中から逆側へ同じように湾曲している。そして両端から約三分の一の所でそれぞれ逆に片刃が付いており、持てる部分は真ん中の所だけのようだ。
「これは……何かしら」
「勿論剣です。エリス様の意見を参考にして、剣を持ってきました」
これは、私が思い描いていたものとは全く方向性が違う……普通に剣と言えば、片手か両手で柄を持ち、その柄の部分から両刃が付いているものを考えていたのだが……
「だけどこれ……」
「大っきいねぇ……エリスちゃんと同じくらいだね!」
そう、あーちゃんが言ったように大きすぎるのだ。私の背丈と同じか、またはそれ以上の大きさなのでとても重そうである。
「まぁ確かに大きいのですが、でもこれは凄いのですよ! 紫水晶をふんだんに使ってますので魔力で強化をしても壊れにくく、さらにっ、こうすれば曲刀が二本になります!」
「むらさ? ……えぇ、えと、そうね」
説明が進むほどテスラの気持ちが上がっていっているのがわかる。こんなにも一所懸命に説明をしているのは、どうしても私には長さのある武器を使って貰いたいからのようだ。
先程却下して再度選びなおしをさせてしまっている手前、これ以上却下するのは流石に可愛そうにも思ったのと、これ以上選んで貰っても同じようなものになるのは目に見えているので、諦観しつつこれにしょうと決める。
「わかったわよ、じゃあそれで良いわ。けど持ち運びが大変そうね……はぁ」
「ご心配はありません、私にはアレがあります」
言葉を濁しているが、そうか『情報伝達』か。
それならば武器を普段から持ち歩く必要はなく、戦闘になったときに取り出せば良い。
「な、なぁ……それをそっちのお嬢ちゃんが使う、いやまず持つことが出来るのか?」
「当然です。はい、エリス様」
テスラはグスタの言葉に心外そうに答え私に武器を渡してきたので、片手で受け取り具合を確かめる。
重量は……重い。身体強化なしの素の状態だと、片手で振るのは難しそうだ。一旦両手で持ち直して軽く振ってみるが、普通の剣とはやっぱり扱いが違うようで、まずはこの武器に慣れないといけなさそうだ。
「見た目よりも軽い、のか?」
「持ってみる?」
私の様子を見ていたグスタは、武器の大きさに対して私が軽く振っているのを見て首を傾げていたので、持っていた武器を渡してみる。
「っうぉ!? ぐあぁぁ、返す! か、返すから早く受け取ってくれ!」
グスタも最初は片手で受け取ろうとしたのだが、持てないとわかるとすぐに両手で持ち直し、私が手を放すと叫びだした。
……顔から大量の汗を出しつつ、本気の表情で叫んでるのを見てちょっと楽しくなった私は、その様子をもう少し観察する事にした。
「じゃあはい、返して」
「え、いや待ってくれ! そこまでは持ち上がらん! は、早く受け取ってくれえええ!」
私が片方の手を広げて武器の返却を待ってみるが、グスタは武器を持ち上げる事も、そして下ろす事もできないようで、必死に声を上げている。た、楽しい……!
だけれど親切な人だったのでこのまま楽しむのも悪いと考え、悪戯はここまでとして武器を受け取ってあげた。
「はぁ、ふぅ……う、腕があがらん。明日討伐予定なのに、大丈夫だろうか……」
「明日……あらら、それは大変ね」
息を整えながら言った言葉に反応しそうになったが、言葉を飲み込んでテスラを見る。テスラも頷いていたので、恐らくこのグスタも例の討伐参加者なのだろう。
考えてみれば前日に準備を行うのは不自然な事ではない。こうやって討伐参加者と会うこともあるのだろう。
「ふふっ、ありがとうグスタ。まだ他にも店を周らなければならないから、ここで失礼するわ」
「ばいばーい!」
「失礼します。ではエリス様、支払いを済ませますので、持ってきてください。アリスはそれですか……なら同じもので足につけるものも買っておきましょう」
こうして買い物を終えた私達は、グスタを残して次の店へと向かった。
その後は防具屋、薬屋に服屋、ついでに食料も購入して店を周り、最後の目的地へと向かっていた。
ちなみに荷物についてはテスラが倉庫をどこかに用意していると言うので、荷物を『情報伝達』を使ってその倉庫に送っていおり身軽な状態だ。
「テスラ……少し疲れたわ。次が最後の買い物って言っていたけれど、どこへ向かっているのよ」
「間も無く到着します。……見えましたよ、あそこです」
そうして私達が到着した場所は、なんとも異様な雰囲気を放つ店であった。
建物の壁には様々なお面が飾られており、何やら感じるはずの無い視線を浴びている感覚がして気持ちが悪い。……念の為に一応指を指してテスラへ確認してみる。
「ねぇ、ここに入るの?」
「? どうしたのエリスちゃん、なんだか凄く嫌そうな顔だね」
「怪しそうですが、特に問題はありませんよ」
うげ、やっぱりこのお店で間違いないみたいだ。実はその隣のお店でした! という淡い期待を抱いたのだが、その期待は泡沫となり儚く消えてしまった。
「気が重いわ……」
「申し訳ありません、どうしても仕事で必要なもので」
「そ、そうなのね……わかったわ、入りましょ」
テスラが本当に申し訳なさそうな表情で謝ってきたので、とんでもなく気は進まないのだが、仕方なく入る事に決めた。
店に入ると、店の外に飾ってある以上に大量の様々な種類のお面が飾ってあった。人によっては壮観だと表現するかもしれないが、私にとっては不気味の一言だ。
飾ってあるお面は、顔全体を隠すものから半分だけ隠すもの、目元だけを隠すものと色々あるみたいだ。一つ一つで見ればなんとも無いのだが、視線を向ければ大量のお面が目に入るのでやっぱり気持ちが悪い。
だからなのかお店には私達の他に誰も客が居なかった。当然だろう。むしろ私だって早くこの空間から出たくて仕方が無い。
「いらっしゃい!」
私が気持ちの悪さに耐えかね、目を閉じようか思案していると店の奥から主人らしき人が出てきた。
猫の獣人で、人懐っこそうな笑みを浮かべている女性は元気に挨拶をすると、両手をお腹辺りで合わせながらとことことこちらに歩み寄ってきた。
「本日のご用向きは何でしょうか」
「お面を三枚お願いします」
「承りました! どの子にしましょうか?」
どの子って……あぁ、お面の事か。
製作者であれば、作られたお面は自分の子供のようなものに感じるのだろうか? うぅん、私には理解出来ない感性だ。
テスラが振り向いて、どれが良い? と言いたげな視線を向けてきたので、どれでも良いから勝手に選んで。という気持ちを篭めて視線を送ると、テスラは頷いた。
「そうですね……ではなるべく厚さのあるもので、視界が確保出来るものでお願いします」
「見た目で選ばないのですか?」
「人に見せるためのものではありませんので」
「……なるほど、わかりました」
店の主人は少し不満そうな表情を浮かべたが、テスラが苦笑しつつ言葉を返すと納得した顔で頷いて了承した。
そのまま少し待っていると、主人は幾つかのお面を手に持ってやってきた。
「ご要望に沿えるものとしては、こちらの五点になります。厚みがあって視界も確保ができます。……ついでに申し上げますと、ありきたりな意匠のものとなりますので目立ちにくいと思います」
主人は説明しながら持ってきたお面を並べていく。
……凄い、先の言葉数少ない注文でどういった用途で使うのかを判断し、それに見合ったものを持ってくる。そんな事が出来るとは、中々に有能な人のようだ。……ここで働いていなければ一目置いていたかもしれない。
「んーと……あっ、これが良い! ねぇ、これ良いと思わないかな!」
私が店の主人に感心していると、その間にあーちゃんがお面を選んでいたみたいで、気に入ったお面を手に取ると走ってテスラに見せに行っていた。
あれ? いつもの流れなら真っ先に私に見せてくれると思っていたのに……
「……なるほど。アリス、少し見直しましたよ。ではこちらを同じもので三枚お願いします」
「ふふふっ、やっぱりこれだよね! テスラならわかってくれると思ってたよ!」
「当然です!」
む、さらには二人して盛り上がり始め、少し疎外感を感じる。仲の良いと思っていた人達にこういった態度を取られると、思いの外心にくるものがある。
私は今、ちょっとだけ泣きそうだ。
そんな私の気持ちをよそに、二人で楽しそうに支払いを済ませると、さっさと外に出て行った。うぅ、待ってよ……
「ねぇ、その、私も仲間に入れて欲しいのだけれども……」
「あっ! ごめんエリスちゃん……でもね、えへへっ、これを見て!」
私は目元を擦りながら言うと、あーちゃんは今しがた購入したお面を取り出し、自分の顔を覆って見せた。
「……きつね?」
「うんっ! えへへっ!」
「私達で付けるものとしては、一番適切なものですよね」
「ごめんね? エリスちゃんお面嫌そうだったし、多分見せたらきっと、だめだよー! って言われるかと思ったから……」
あぁ、私が亜人……そして狐の獣人だからこそこのお面を選んだのか。そして私に却下されると考えて、先に買ってしまおうと思っての行動だったみたいだ。
「これでみんなお揃いだね! こんこんっ!」
そう言って無邪気に狐の真似をしているあーちゃんを見ていると、先程まで疎外感を感じていたのが馬鹿らしくなってきた。
そうだった。彼女達は私の事をよく考えてくれている。これまでの行動でもわかっていた事なので、こんな小さな事で不安を感じる必要は無かったのだ。
「ふふっ、そうね。では準備も出来たのだし帰るわよ! 宿までは競争よ!」
「えぇっ? ちょっとまってー!」
「ふふっ、選んだお面は正解だったようですね……っと、置いていかれるわけには行きません!」
胸がじんわりと暖かくなってきた私は、先程とはまた違った感情で滲み出てきた涙を見せてしまうのが恥ずかしくなり、宿へ足を向けて駆け出した。




