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燃焼少女  作者: まないた
停滞した少女
31/52

031

 

 私達はマルギットと別れた後、テスラ……もう戻して良いか。ズィーベンに連れられて宿へと向かった。

 道中ではあーちゃんが、お店で触れ合えなかった分を埋めるように私にくっついてきた。そんなあーちゃんを受け入れながら目的の宿に入ると、すぐに部屋へと通される。

 

 取った部屋は四人部屋で、お城の中のあーちゃんの部屋よりは少し狭かったが、三人で寝泊りする分には問題無さそうであった。

 私は部屋に入るとベッドの脇に座り、あーちゃんがすぐに隣に腰を下ろす。そのまま私の胸に顔を埋めるようにして抱きついてきたので、頭を撫でてあげる。店での事が相当不満だったようで、あーちゃんの甘え方がいつも以上だ。

 

「よしよし」

「えへへ、エリスちゃん」

 

 あーちゃんの頭を撫で続けていると、ズィーベンが遅れてやってきた。その手には三つのカップと大きな容器がある。

 そのままカップに液体を注ぎ、私達の前と自分の前にカップを置いて、私達と対面に座った。

 

「さて、それではお仕事の内容について説明させて頂きます」

「そうね、こちらからは後で確認させてもらう事にするわ」

 

 私も彼女へ聞きたい事があったのだが、説明を聞いてから情報を刷り合わせようと思い、先に内容を確認する事にした。

 それにしても仕事か。実験区画で私は、この国を潰そうと決意したはずなのだが、今ではその国で行う仕事の話を始めようとしている。その事に思うことがないわけでは無いのだが、あの時感じた感情は焼失してしまっているので、それほど抵抗感は無かった。

 

「今回のお仕事の内容ですが、それは討伐依頼です」

「どこかで化物でも造ってしまったのかしら?」

「いいえ、最近では実験も別の方法に移っているようでしたので、危険な化物は特に造られてはおりませんね。ただ実験区画がまた稼動できる状態に戻りつつありますので、そういった機会は今後ありそうです」

「そうだったのね。その別の実験方法についても気になるところだけれども、まずはお仕事の内容を聞こうかしら。口を挟んでしまって悪かったわね」

「いえ」

 

 実験区画が使えない間は別の実験を行っていたのか。だが別の実験では化物が量産されないみたいなので、そこまで危険な事はしていないという事なのか。……うぅん、考えるだけでもやもやしてきたので、一旦は忘れよう。

 

「話を戻します。討伐の対象ですが、推定で三級指定の魔物になります。現在では四級冒険者が四人犠牲となっております」

「待って。魔物の三級指定って、魔物にも級があるの?」

「はい。簡単にご説明しますと、五級で倒せない魔物がいたとして、四級であれば倒せる魔物を四級指定の魔物としております。恐らくこの指定方法は、依頼を出す時に冒険者の犠牲を減らす為のものだと思います」

「なるほど、であれば今回の討伐は三級冒険者がいれば可能だと」

「そうですね。または四級パーティの中でも、上位のパーティを複数集めれば討伐可能と踏んでいるみたいです」

 

 四級と言えばマルギットの実力は知らないからカールくらいしか参考にならない。それが複数人集まって勝てる魔物だとすれば、実験区画にいた蜘蛛の化物程度のものか。

 それならば私とあーちゃんだけでも倒せる気がするので、今回の仕事は簡単なもののようだ。

 

「ちなみにこの仕事ですが、元は冒険者ギルド側で処理をしようとしていた内容であり、そちらに私達が組み込まれる事になるので二日後に討伐を行うのですが、当日には別の複数パーティと共に仕事をする必要があります」

「へぇ」

 

 私達三人に加えて、さらに多人数も加わっての討伐になるみたいだ。ただでさえ難しくない仕事に思えたのに、過剰戦力すぎないだろうか。

 まぁ私がそれを考えても仕方が無い。用意された戦力でさっさと倒す事には変わりはないだろう。

 

「大体わかったわ。他になにかあるかしら」

「そうですね……補足する事はまだありますが、それは当日までに伝えますので、一旦は終わりです」

「そう、では今度は私の方からも色々と伝えたい事、聞きたい事があるわ」

「どうぞ」

 

 ズィーベンはそう言ってカップを手に取り、一口含んで元に戻した。喋っていたので口が渇いたのだろう。

 私もその様子に釣られて一口含むと、とても良い香りがした。

 

「えぇと、もしかすると既に知っているかもしれないけれど……私、記憶が無いの」

「そうだったのですか、以前とあまりお変わりありませんでしたので、気づきませんでした」

 

 あれ? とても反応が薄い。

 大きな反応を期待していたわけではないが、こうもあっさりだと少し寂しく……いや、話が進めやすくて良い。うん、前向きに捉えよう。

 

「こほんっ。それでアナタの固有魔法なのだけど、記憶がないからわからないのよ。だから教えてくれないかしら」

「勿論です」

 

 私の言葉にズィーベンは快諾し、すっくと立ち上がった。そして部屋の壁を見つめだしたので、私も視線の先を追う。

 

「私の能力は、簡単に例えると転移です」

「転移?」

「はい、あの壁をご覧になって下さい」

 

 ズィーベンの言葉に従い眺めていた壁をさらに注意深く見ていると、黒い模様が浮かび上がった。

 

「例として、このカップを使いますと――」

「あっ!」

「――こうなります」

 

 模様の所で突然カップが現れ、すぐに落下していく。彼女がカップを投げたわけではない、何も無い所から突然カップが現れたのだ。

 

「この固有魔法は『情報伝達』と言います。今見せた通り、ものを一瞬にして任意の場所へ転移させる事が出来ます。さらにはこういった事も」

 

 落下していたカップの真下に先程の模様が現れると、またしてもカップは忽然と姿を消した。そしてズィーベンへと視線を戻すと、カップを軽く持ち上げて、手元に引き戻したことを強調していた。

 

「……凄いわね」

 

 この能力はあーちゃんやゼクスと違い、とても実戦向きだろう。

 出現場所や、移動するタイミングを見られる事はあまり良い点ではないが、それを補って余るほどの利点がある。とても魅力的な能力なので、貸してもらえるとありがたいのだが……遠まわしに聞いてみようか。

 

「さて、次の質問だけれど、以前の私はアナタと『技能共有』をしていたのかしら」

「はい、今はほとんど途切れかかっておりますが……以前はエリス様のお情けを頂けておりました」

 

 うぅ、何というか言い方が……以前の私と彼女はどういった間柄だったのか気になるところだが、少し恐くて聞けない。

 

「そ、そうなのね。だったら改めて接続したいのだけれど、どうかしら?」

「喜んで!」

 

 私がそう提案すると、ズィーベンは待ってました! とばかりに声を上げ、すぐさま私の正面でしゃがみこんだ。

 身長差があるのでそうして貰えるのは助かるのだが、何だろう……がっついてきているように見える。

 

「じゃあいくわよ……」

「はいっ……!」

 

 ズィーベンへ軽く声をかけ、顔を近づけていく。彼女は目を閉じて待っていたので、私の方から唇を当てる。

 そしてゆっくりと彼女の柔らかな唇の感触を味わうと、そのまま舌を彼女の口内へと伸ばしていく。彼女の口内へ侵入すると、少量だが舌越しに唾液交換を行えたので、離れようと思った矢先――急にズィーベンに抱きしめられた。

 

「っ!?」

 

 後ろに回した手は私の臀部を鷲掴みにし、そして背中から後頭部にわたってカッチリと押さえられてしまい、抜け出せない。

 

「んーっ! んんぅー!」

 

 あ、なんか既視感があると思ったら、これあーちゃんの時と一緒だ。ただ幸いなのはあーちゃんよりも力が強くないようで、背に回された手を払えば抜けられそうだ。

 私は手を振り払おうと背中に手を回し、ズィーベンの手を取ろうとすると……突然少し離れた所から破壊音が聞こえ、先程まであった彼女の手がなくなっていた。

 

「ん? あれ?」

 

 というよりもズィーベン自体が私の目の前から消えており、代わりにあーちゃんが立っていた。

 

「あれ? あーちゃん?」

「大丈夫? あーちゃんが綺麗にしてあげるね! ちゅー!」

 

 あーちゃんは言うが早いか、私にがばっと抱きつき、またしても唇を奪われる。

 

「んーっ!?」

 

 あ、不味い。展開が急すぎてついていけない。

 とりあえず現状を把握しようと視線を破壊音があった場所にずらすと、そこには壊れた宿の壁と、立ち上がりつつあるズィーベンが見えた。口元から赤い何かが滴っており、右のわき腹を抑えている。

 そしてズィーベンは口元に笑みを浮かべると、一瞬にして姿を消した。

 

「ちゅっ、のいんちゃんー! んちゅ……ぶっ!?」

 

 またしても破壊音と共に唇の感触が消えた。気配がした方へ視線を移すと、今度はズィーベンがふらふらしながらも立っていた。

 

「邪魔です……はぁ、はぁ。ではエリス様、続きを……」

「いや、ちょっと待ちなさい! アナタ口元から血が垂れているわよ!?」

「はっ! すみません! すぐに拭き取りますので少々お待ち下さい」

 

 息が荒いのは負傷してしまったからか、それとも別の理由か。

 ズィーベンはそう言うと、慌てて小さな布を取り出して口元を拭う。そしてその間にあーちゃんが頭を抑えながらふらふらと歩いてきた。

 

「ズィーベン、横入りしないで」

「先に手をだしたのはそちらですよ?」

 

 そう言うと二人とも睨み合って構えを取り始めた。さらには魔力で身体強化まで始めているので、これは冗談では済ませられ無さそうな雰囲気だ。

 この二人、私にキスをする事にどれだけ命をかけているのだろうか。とりあえずこれは止めないと不味い。

 

「ちょ、ちょっと二人とも待ちなさい! いきなりすぎて思考が追いつかないわ。二人して何をしているのよ」

「もうしばらくお待ち下さい。邪魔者を排除しますので」

「のいんちゃんの敵は、あーちゃんの敵だよ!」

 

 いや、ズィーベンとは別に敵対してはいないだのが……

 それはそうと、この状況はとても不味い。先程から連続して起こっている破壊音は他の部屋にも聞こえていたらしく、誰かが部屋に近づいてきている足音が聞こえる。

 

「アナタ達、いい加減にしなさい!」

 

 もはやこの部屋に人が来るのは避けられない以上、さらに破壊音を響かせるのは得策ではない為、二人に対して本当はしたくないのだが、怒鳴りつける事で制止を促す。

 一瞬あまり効果が無いかなとも思ったが、他の方法で即座に止めるのは無理だろうとも思い、そのまま壊れた壁の所へ向かう。そしてギリギリで『完全再現』が間に合い、壁が綺麗になったところで扉がノックされた。

 

「あ、あの……大丈夫でしょうか?」

「えぇ、問題無いわ。煩くしてしまったごめんなさいね」

 

 私は何でもない様に装って訪ねて来た人を向かい入れ、部屋を見せる。入ってきた人は店の主人だったが、特に部屋に問題がない事がわかると、首を傾げながら戻っていった。

  

「…………さて」

「も、申し訳ありませんっ!」

「ごめんなさい……」

 

 扉を閉じて振り返ると、ズィーベン、あーちゃんともにしょんぼりと肩を落としながら小さくなっていた。はぁ、ここからが気が重い。

 どうやら無駄かなとも思った私の怒鳴り声は効果覿面だったようだ。むしろ効果がありすぎて、二人とも本当に悲しそうな顔をしているので、なぜか私の方が居た堪れなくなってきてしまう。

 

「あーちゃん」

「ひ、ひゃいっ!」

 

 あーちゃんはびくっと肩を震わせると、目に涙を溜めながら返事をした。

 

「ズィーベンは別に敵ではないのよ。だから戦ってはいけないわ。それと、街中でもあまり飛び出すのはダメよ」

「はい……ごめんなさい」

「ズィーベン」

「……はい」

「こんなに目立つ事をして良かったの? アナタは仕事の内容についても、人目を避けて伝えようとしていた筈よね」

「はい、とても反省をしております。本当に申し訳ありませんでした……その、何でもしますので捨てないで下さい」

「捨て……ん?」

 

 ズィーベンの言葉に疑問を覚えて彼女に視線を移すと、小さく肩を震わせていた。

 『精神干渉』で確認しなくとも、彼女がとても恐がっているのが目に見えてわかり、その言葉と相まって理解が出来なかった。

 

「えぇと、ズィーベン。捨てるって何を捨てるの?」

「っ!? も、申し訳ありませんっ! 私を、捨てないで下さいっ!」

 

 私の質問返しを、ズィーベンは何か勘違いして受け取っているみたいで、涙を流しながらさらに懇願してきた。

 

「いや、捨てるもなにも……アナタは私のものなの?」

「っ! そうでしたね、エリス様は記憶が……。はい、以前のエリス様に仕えさせて頂いておりましたので、今後もお世話をさせて頂きたく思っておりました」

「私とアナタは、同じ成功体よね? なのに何故そんな優劣がついているのかしら?」

「いえ、成功体同士で基本的に優劣はありません。私が個人的にエリス様へ仕えたいとお願いをして、それを受け入れて下さったのです」

「なるほどね……はぁー」

 

 どういった経緯でそうなったのかは、記憶が戻らない限りはわからないだろうから諦める。その上で大雑把な状況はわかったので、今はそれを受け入れておこうと思う。

 私は彼女達に近寄ると、両手で二人を抱きしめる。基本的にどちらも私に対して好意を抱いており、その上での騒動だと感じたので本来は怒りたくも無かったのだ。

 

「あーちゃん、反省してる?」

「うん」

「私もあーちゃんの事、大好きなの。だからあまり私に怒らせないでね?」

「うぅ……うん、ごめんね」

「ズィーベン、今でも私の従者になりたいと思っているの?」

「はい……どうか、お願いします」

「えぇ、わかったわ。大丈夫よ安心して。アナタが望む限り、私は絶対にアナタを捨てたりなんかはしないから」

「っ! また、言ってくれました……ありがとう、ございます!」

 

 ふぅ、簡単な打ち合わせと『技能共有』での接続をしようと思っていただけなのに、ここまで手が掛かるとは思わなかったのだが、何とかなって良かった。

 

 さて、食事をした時間も遅く、さらにはこのような騒ぎまで起こしてしまったので、時間ももう遅い。

 二人も落ち着いた様子だったので、抱きしめていた手を放して二人の顔が見えるように下がる。

 

「そろそろ良い時間だし、寝ようかしら」

「うん!」

「そうですね。ではこちらへ……」

 

 あーちゃんとズィーベンは頷くと、それぞれが私の片手を握り、正反対の場所へ案内しようと歩き出すが、当然私の手の長さ分しか進めずに立ち止まる。

 

「……ズィーベン、その手を放して」

「アハト、エリス様は私がお世話をします」

「……はぁ」

 

 この瞬間、私は彼女達の説得を諦めた。

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