029
「着いたぞ、ここだ」
あれから少し歩いていると、女性がとある店の前で足を止めて到着を告げる。
既にあたりは暗くなっており、立ち並ぶ建物から漏れている光が唯一の光源であったが、元々薄暗いところにいた私には調度良い明るさだ。
店の名前は、「赤蛇亭」というらしい。変な名前だ。
店の中では客がたくさんいるのか、陽気な声が漏れ出ておりとても騒がしい雰囲気であった。
「とりあえず中へ入るか」
女性は私達が追いついたのがわかると、すぐさま中へ入っていったので私達もそれに慌てて続く。
中に入ると、そこには武器やローブ、鎧などを身に纏った人々がひしめきあっていた。男の方が圧倒的に多く見られ、恐らくほとんどが冒険者なのだろう。
「人がたくさんいるわね」
「うん! 何だか楽しそう!」
「そうね」
周りを見渡すとあーちゃんの言いった通り、皆飲み物を片手に笑顔で談笑をしている。何かのお祝い事だろうか。
テーブルの数は八つとそこまで多くはないのだが全て埋まっており、給仕している女性達が三人しかおらず、しきりに客から呼ばれ注文をとっていたので、とても忙しそうであった。
「こういう場所って初めてだから勝手がわからないわね……適当に座っても良いのかしら? でも空いている席は無いし……ん? あの人……」
空いている席を探していると、給仕している女性の一人の動きについて違和感を覚えた。
他の二人と服装が違うのも目立つ理由なのだが、それとは何か別に違和感を感じる。
「おーい、こっちだ」
「あ、エリスちゃん! 呼ばれてるみたいだよ?」
「え? あぁそうね。ではいきましょうか」
あーちゃんに手を引っ張られて振り向くと、先程ここまで案内してくれた女性がカウンターでこちらに手を振っていた。
連れてきてもらった上に待たせるのも悪いと思い、とりあえず先程覚えた違和感については忘れて、あーちゃんの手を引きながらカウンターへと向かう。
女性の所まで行けば席につくよう促され、椅子を見ると私達の胸ぐらいに座る所があったので、あーちゃんと私は届かずそれぞれの椅子へとよじ登り座った。
「入り口で突っ立っていたが、何か珍しいものでもあったのか?」
「えぇ、見るもの全てが珍しく感じるわ。それで、何をご馳走してくれるのかしら?」
「ごっはんー! お外でエリスちゃんとごっはんー!」
「そうだな、お前らは酒を飲むわけにはいかないだろうから、何か適当に頼むか」
女性がそう言うと給仕していた女性を呼んで、何やら注文をしてくれた。
ほどなくして注文したと思われる食べ物と、何かの透明な液体が入ったグラスが出てきた所で、女性が笑顔でこちらを向いてきた。
「よし、揃ったな。では乾杯するぞ!」
「何によ?」
「はっは! 何でも良い。そうだな……それでは私達の出会いに乾杯だ」
「かんぱーい!」
「……乾杯」
飲み物が来て嬉しいのか急に女性が気分良さ気に話しかけてきたので、思わず引いてしまった。……というか、ぶつかって怪我させた事に対して乾杯とか意味がわからない。
だがあーちゃんがとても楽しそうにグラスを持ち上げていたので、私も仕方なく軽く上げて乾杯し、口へ運ぶ。すると透明な色から味が無いと思っていたのだが、甘酸っぱく爽やかな香りが鼻を抜けてとても美味しかった。
女性の方を見ると容器は空になっており、既に次の飲み物の注文をしていたところだった。
「そういえば名前を聞いていなかったわね。私にぶつかってきたアナタは何て名前なのかしら?」
「む、それを蒸し返してくれるな……私はマルギットだ。君達の名は?」
「エリスよ」
「あーちゃん!」
自分から蒸し返してきたくせに……などと思わなくも無いが、店に入ってから気分が上がってしまっているように見えるので、あまり深く考えずに言ったのだろう。まぁお詫びとしてここの支払いもしてくれるようなので、これ以上は追求はしない。
「とりあえずマルギット、アナタには感謝するわ。私とあーちゃんだけでは、ここまで辿りつけなかったもの」
「ふふっ、そうか。しかし最初は二人だけで来る気だったのだろう? 危ないから以後はやめた方が良いと思うが」
「危ない?」
「周りが冒険者ばかりだからな、何かあったら力ずくでってヤツが多いんだ。だから君達みたいな可愛い子供だけでは心配に思ってな」
「へ?」
マルギットの本当に心配そうな声や表情に、一瞬だけ思考が止まる。
普通の人から見れば私達は小さな女の子。だからその気遣いは大したことでは無いのだが、今まではこういった心配のされ方をされた事が無かったので驚いてしまったのだ。
実際は周りにいる冒険者達に負ける気はしない。だけど外に出て初めて普通の人として扱って貰えた事に嬉しく感じた私は、その言葉を素直に受け止めた。
「そうね……ありがとう。気をつける事にするわ」
「ま、今は私が守ってやるから安心して良いぞ! ほら、料理も遠慮なく食べろ」
「いただくわ」
気分が良くなって来た所で食事を取ろうと目の前に出されたものをみると、団子状になった何かに粘着質のある液体がかかったものがあった。
表面は黒っぽく、そして白い何かがかかっているその見た目にはまるで食欲が湧かない。さらに暖かいのか湯気まで立っている。これを食べるのだろうか?
手元にある棒状で先端が三つ又に尖っていたものが一緒に運ばれていたので手に取り、恐る恐るソレをつついてみるが、特に反応無く危険はなさそうに思える。
「えぇと……」
黒くて丸いものには以前痛い目を見せられていたので、どうしてもソレを口に入れることが憚られた。
本当に大丈夫なのかをまず確認したいのだが、流石にあーちゃんで試すのは気が引けてしまう。
うぅ……どうしたものか。
「どうかしたのか?」
「何でもないわ…………あっ!」
私が真剣に悩んでいる所にマルギットから声が掛かり少し苛っとしたのだが、しかしまたしても私は閃いてしまった。
この緑髪の長髪女が注文した食料? の筈なので、先に一口食べてみて貰えば安全かどうかわかる! ふふっ、さすがに自分で注文したものなので、これは拒否できまい。
私は団子状の何かを三又の棒で突き刺すと、すぐに手を添えてマルギットの顔の前まで持っていく。
「一つあげるわ。ほら、あーん」
「何だ急に? ふふっ、では……はむっ」
あ、あれ? 断ると思っていたのに、マルギットは全く躊躇無くこの謎団子を口に入れてしまった。
さらには美味しそうな表情で数回咀嚼すると、手元の飲み物でぐいっと勢い良く飲み込んだのだ。
「……えぇぇ?」
「どうした? ……ふむ、美味いな。もう一個貰うぞ?」
私の考えが纏まらない内にマルギットはそう呟き、私の皿から謎団子を掴むとすぐに口に入れてしまった。そしてやっぱり顔を綻ばせて美味しそうに食べている。
……どうやら本当に食べ物のようだ。それも凄く美味しいものらしい。私が食べたものの中でこんなものは無く驚いてしまったが、安全だとわかればもう恐がる事もない。
私は意を決して、三又棒で力強く謎団子刺すと、祈るような気持ちで目をぎゅっと閉じて口に入れてみる。
「っ!?」
美味しい!
歯ごたえは柔らかく、口に入れた瞬間にスッキリとした甘さが広がる。そして噛締めてみれば団子から汁……多分肉汁のようなものが出てきて、少し臭みがあるのだがそれもまた美味しい。
今まで食べていたパンや、実験区で生きるために口に入れていた食料や人とは全然違う。そんなものとは比較できないほど、味を楽しむための食料だ。
ふとあーちゃんは何を食べているのだろうかと思いちらりと見ると、私のものとは違ったものを食べていた。これも多分美味しいのだろう……気になる。
「……ねぇ、あーちゃん」
「うん? どーしたの?」
「ちょっとソレ、一口くれないかしら。こっちのコレも一つあげるわ」
「いいよ! はい、エリスちゃん! あーん」
「あーん…………んーっ!」
こっちはちょっと辛かったが、その他に酸味や素材の味……といっても何を使っているのかはわからないのだが、とても美味しい!
思わず変な声を出しながら足をバタつかせてしまった。
「ふふふ、エリス、君もそんな顔をするのだな」
「どういう意味よ……はい、あーちゃんも、あーん」
「あーぁむ! 美味しい!」
「いや、言葉遣いや行動が歳相応に見えなかったのでな……ふふっ、道中からずっと思っていたが、そっちの方が良いぞ」
「……ほっときなさいよ」
生暖かい目で見られてしまった。
確かにマルギットの指摘どおり、自分が子供っぽくない事は理解しているつもりだ。他の人の知識などがある為に、行動や言動が見た目相応ではないのだろう。
でもたまには別に良いじゃないか……何かそんな目で見られた後だと、逆にはしゃぎにくくなってしまう。
「そういえばマルギット、アナタは何か考え事をしていたって言っていたわね。何か悩み事かしら」
「ん? あぁ、まぁエリス達にはあまり馴染みが無いかもしれないが……」
「良いわよ、ご馳走までしてくれてるのだから、話くらいは聞いてあげるわよ。はむっ……んふふっ!」
うん、やっぱり凄く美味しい! ゼクスめ、いつもパンばかり食べさせて貰っていたけれども、こんなに美味しいものがあるじゃないか……もしかして秘密にしていたのだろうか。
「ふふっ、君は本当に幸せそうに食べてくれるから、ご馳走し甲斐があるな」
「もうっ! それは良いじゃないの! ほら、さっさと話しなさいよ」
「悪かった悪かった、もう言わない。まぁ悩みといっても大したものではないのだが、私は冒険者をしていてな」
「えぇ、見たらわかるわ」
何しろ服装を装備で固めているのだ。
ガントレット、胸当てなどつけてさらには帯剣までしているので、むしろその格好で本当はどこかの館で働いているメイドですとか言われたら、逆にびっくりする。
「それで自慢では無いのだが、私は今四級冒険者で二十日後に昇級試験があるんだ」
「へぇー。ということは、それに合格出来れば三級冒険者になるって事かしら?」
「良く知っているな。その通りだ」
三級冒険者か。いまいちどの程度の実力なのか想像が付けづらい。
私が知っている冒険者は元も含めてアリーセ達の五級、四級がカールでその上に二級のグレッグ。五級と四級はそこまで差を感じなかったのだが、四級と二級の間には埋められないほどの差があるように思える。
いつだったかヴォルグに冒険者の基準を聞いたとき、三級以上は化物と言っていた気がするが……そうなるとこの目の前のマルギットは、既に化物側へと片足突っ込んでいるのか。見た目からは人間だと思うのだが、何か強みがあるのだろうか。
「昇級試験ってどんな事をするの?」
「四級と三級の試験では、三級冒険者の試験官と戦って能力を見られるのだ。そこで水準以上であれば合格となる」
「ふーん。じゃ戦って勝てれば三級なのね」
「はっはっ! その通りだ。簡単に言ってくれるが……まぁまだエリスは子供だし、冒険者についてよくわからないか」
マルギットはそう言ってぐいっとグラスを傾けるが、悩みの内容がまだ聞けていない。しかし今の会話で大凡の当たりはつけることが出来た。
「あら? 随分と弱気なのね……という事は、実力が足りないって事が悩みなのかしら?」
「っ!」
ほんの一瞬、ピクっとマルギットが反応する。視線はこちらに向いてはいなのだが、少しばかりの殺気を感じる。よくわからないが、『精神干渉』で腹を立てている感情は伝わってくる……なんで?
「エリス、言葉に気をつけろ」
「急にどうしたのよ……何を怒っているの?」
「む、すまない。だがなエリス、冒険者というものは自分の実力で生き残り、そして生活をしているのだ。その実力を低く言うのは関心しないな」
「なるほどね。私、そういった事に疎いものだから、気分を害してしまったのなら悪かったわ」
言われてみればそうかもしれない。しっかりと武器などを装備している人に対して、「お前の実力は低そうだ」と言われれば面白くないだろう。
だけどマルギットの反応は少し異常ではないだろうか。不愉快になる気持ちはわかるのだが、殺気まで感じるほどとなると理解が出来ない。何かしら強さにこだわる理由でもあるのだろうか?
「だが悩みについては当たりだ。正直どうすればこれ以上強くなれるのかがわからない。いわゆる壁にぶつかってしまっていてな」
「壁、ねぇ」
「……私はもっと強くなりたいのだ。そして力なきものの力になってやりたい」
マルギットは真剣な表情でそう語るのだが、私にはよくわからない。
私にある力は偶然手に入ったものであり、その後に力をつけようと思ったのも自分が生きる為であった。少なくともマルギットの様に、他人を助ける為に力を付けたいと考えた事がない。
ふと最期に私を守ろうとしたマリーの顔が思い浮かぶが、やっぱり理解は出来なかった。
「と、すまない。少し熱くなってしまっていたな」
そういってマルギットは少し恥ずかしそうな表情でグラスを傾ける。結局話の内容がよくわからなかった私もその動作につられ、手元にあったグラスの液体を飲み干した。
「お待たせ致しました。こちらご注文のルヴァイブの果実水が二つと、ケルシェです」
「ありがとう、ケルシェはこっちだ」
そこに調度良く給仕している女性が飲み物を持ってきてくれたようで、マルギットはすぐに手元のグラスにあった液体を口に入れて新しいグラスを受け取っていた。
ケルシェがお酒で、何かの果実水が私達の飲んでいるものか。また食事に来た時に困らないよう覚えておこう。あ、出来れば食べ物の名前も聞いておきたい。
とりあえず私もグラスを受け取り、あーちゃんにも配られたのを見て早速食べ物の名前を聞こうと女性へ顔を向ける。
そこで初めて、店内に入って違和感を感じた給仕の女性であった事を認識した。
女性は他の二人の女性とは違う服装をしており、黒いひらひらとした服装だ。そして背中にかかるほどの長さの髪は、私とあーちゃんの髪の色を混ぜた様な灰色をしている。
しかし違和感の正体はそこではない。確かに目立つ存在なのだが、それだけで今感じている違和感とは結びつかない。
何だかもやもやするが、今はまず食べ物の名前が聞きたいので一旦その事を棚に上げ、灰色髪の女性に声を掛ける。
「あの、この食べ物の名前は……」
「あれ? ズィーベンだ」
「なるほど、ズィーベ……ん?」
あーちゃんの声が後ろからして思わず頷きかけたのだが、何か聞き覚えのある名前に止まる。
えぇと、ズィーベンと聞こえた気がしたのだが、食べ物の名前で言ったわけではなさそうだ。そのままあーちゃんの視線を辿ると……灰色髪の女性を見ている。
あっ! そういえばここまで来たのは、七番と合流する為であったのだった。
という事は、この目の前にいる給仕していた女性が……七番?
「お久しぶりです。お嬢様」
灰色髪の女性はそう言って、目を丸くしている私に向かって綺麗なお辞儀を披露した。




