028
地上一階へ出ると、すぐ目の前に施錠してある鉄製で格子状の扉が見える。そしてその扉に手をかけるが、鍵はかかったままのようだ……って、なにこれ出られない。
正確に言えば壊せば出られるのだが、扉が存在していた以上前に通った人は壊していないと考え、思い留まる。そのままどうしようかと扉の奥へ目を凝らすと、一階の入り口付近にあるカウンターの奥に、関所で見た兵士の格好をしている人が数人いるのが見えた。
そのまま視線を向けて待っていると、カウンターから一人の兵士が出て鍵を開けに来たので、内心ほっとしつつ解錠されるまで大人しくする。
「ほら、開いたぞ」
「一階はこうなっていたのね……へぇ」
扉が開くと同時に歩を進め、周りを観察してみる。地下一階ほどでは無いが、色々と質の良さそうな椅子やテーブルが見え、少し自分達の待遇に不満を持ちそうになった。
「こっちの方が住み心地良さそうね」
「おい! これから仕事だろ? さっさと行ってくれないか?」
そう言った兵士の方を見ると、兵士は既に扉を閉めて施錠している所で、それが終ると嫌そうな表情で私達を見てきた。あーちゃんの固有魔法のおかげで、よくない感情まで流れ込んでくる。
……なるほど、あーちゃんやゼクス達と違って外の人となると、私に優しくないみたいだ。
一瞬込み上げてきた苛立ちを兵士にぶつけようとも思ったが、出る直前に言われたゼクスの言葉で思いとどまる。外では人に危害を加える事を良しとしない……というのがグレッグの記憶で見た常識であった為、最初から暴れるわけにもいかない。
とりあえず深呼吸を数回ほど繰り返し、そろそろ出口へ行く為に歩き出そうとするが、あーちゃんの声が後ろから聞こえて思わず振り返る。
「ねぇ? のいんちゃんにそんな態度取るの……許さないよ?」
「うぐっ、ぐぇ……やめろ」
「え!? ちょっとあーちゃん、何しているのよ!?」
そこで見たものは、あーちゃんに首を片手で絞められジタバタもがいている兵士の姿だった。
「あーちゃんダメよ! 離しなさい」
「え、でも……」
「ほら、死んでしまうでしょう? すぐに離してあげなさい」
「……うん」
あーちゃんが渋々手を離すと、もがいていた兵士が蹲り、深い呼吸をしながら弱々しく言葉を吐き出す。
「はぁ、はぁ、だから嫌なんだよ……はぁ、さっさといっちまえよ、化物どもが!」
「……」
「あーちゃん、だめよ」
「……はーい」
その兵士の言葉に、またしてもあーちゃんが兵士へと寄ろうとしていたのですぐさま止める。これ以上は本当に殺りかねないので、兵士の方も冷静に黙っていれば良いのにと思う。
……それにしても化物、ね。わかってはいたつもりだが、それでも面と向かって言われるのは少し堪える。
それと、あーちゃんについても少し考えなければいけないかもしれない。あーちゃんは私が思っている以上に私を好いてくれているようなのだが、私への些細な害意でさえ過剰に反応しているように見える。
それ自体はとても嬉しい事なのだが……しかしそんな事を外で続けられると、まさにゼクスの言っていた困ってしまうことになるのだろう。とりあえず早い段階で言い聞かせておかなければ。
「あーちゃん、ほら」
「うんっ!」
私はこれ以上ここに居ても良いことはないと思い、あーちゃんの手を取ってすぐに出口へ向かった。
そうして出口を出れば、今まで感じた事の無いほどの光源に思わず目を閉じる。そのまま閉じた目をゆっくり薄く開くと、巨大な建造物……つまりこのベルン国の王城が見えた。
まだ光に対して眩しく感じていたが、それでも初めて見た光景に思わず息を飲む。大きな建造物というものは、それだけで迫力があるみたいだ。
城の近くには、城よりもだいぶ細くて少し低いが、それでも巨大な建造物がある。思わず後ろを振り向けば今しがた出てきた建造物も同じものであった。
すぐに城の奥の方へ視線を向けると同様の建物があったので、恐らく四箇所王城を囲むように四箇所同じ建物が建てられているのだろうと予想する。
……と、ここで立ち止まっていたらまた何か言われるかもしれない。さっさとここから出て、腰を落ち着ける場所まで行きたい。
あーちゃんと手を繋いだまま歩き出して出口らしき所へ向かうと、そこにも門番らしき兵士が二人ほどおり警備をしているみたいだった。
彼らが私達に気づくと、無言でジロジロと見てくる視線を感じたものの、特に何かを言ってくる事もなかったので無事に通り抜けられた。
「おっきかったわねぇ」
「うん!」
こうして城から出た私達は、さっそく七番と合流するべく街へと向かった。
「あーちゃん! これは何かしら?」
「なんだろ? えへへ、わかんない!」
「そう……あ、ねぇこれは何かしら?」
「なんだろうねぇ」
「色々と珍しいから、全部欲しくなってくるわね。あぁ、でも硬貨がないわ。こんな事なら硬貨を貰って来れば……って、あ!」
街へ向かってからというものの、このやり取りをもう何度も繰り返していた。その為か既に日も傾きだしており、露天を出している所は徐々に閉まり始めていた。
様々なものを物色するのに一所懸命で完全に忘れていたが、そういえば目的があったことを思い出す。
だって、こんなに色とりどりな建物や商品を見たことがなかったのだから、仕方がないと思う。もしかしたら合流時間に遅れてしまうかもしれないが、それもしょうがないだろう。
そんな言い訳を心の中で繰り返しつつ、アインスから引っ手繰った地図を出して広げ、あーちゃんに聞いてみる。
「と、いけない。そういえばどこかへ行かなければならないのだったわね……えぇと、あーちゃん、この地図の場所なのだけれども」
「うん? んー……わかんない!」
「へぇ、わからな……えっ?」
「え?」
あれ? あっ、なるほど。
多分私が色々とあーちゃんに聞きすぎたせいで、いくら優しいあーちゃんでもちょっと不貞腐れてしまったのだろう。
思い返せばこの数時間、あーちゃんへ質問して全て「わかんない」って言わせていた気がする。恐らく私の行動に呆れて、適当に返事を返させてしまっていたのかもしれない。
「あーちゃん、悪かったわ。私もはしゃぎすぎたって少し反省しているの……だから機嫌直して、地図の場所を教えてくれないかしら?」
「え? あーちゃんは今も楽しいよ?」
「そう、なの? じゃあその、もしかしてだけれど、本当に場所がわからない……とか?」
「うんっ!」
とても良い笑顔で返されてしまった。うん、可愛いなぁあーちゃんは。
じゃない! そうじゃない! これは少し不味いのではないだろうか。あーちゃんに道案内をして貰おうと思っていた私は、完全に手詰まりになってしまう。
これからまた戻って聞きにいくのは何となく嫌だし、かと言って調べる方法もない。うぅ……
「どうしようかしら……あぅっ」
「きゃっ!?」
呆然と立ち尽くしていた私は、突然何かにぶつかられてしまった。
考え事に頭が一杯だったので全く警戒をしておらず、ギリギリ受身は取れたものの転んでしまった。痛い。
「……一体何なのよ、ぐすっ」
「す、すまない! 考え事しながら歩いていたのでな。すまない事をした……立てるか?」
声がしたほうへ顔をあげると、そこには二十代足らずの女性が申し訳なさそうな表情で手を差し伸ばしてきていた。
女性は緑色の長髪を後ろで一本に纏め、謝っている顔は目元が切れ長で少し恐そうな印象を受けるが、とても整った顔立ちをしている。それに動作も綺麗なので、格好良い印象を与える人だ。
まぁそんな綺麗な女性の事はひとまずおいといて……うぅ、やっぱりちょっと膝を擦りむいてしまったようで、少しだけ赤くなってる。すごく痛い。
今すぐにでも『完全再現』を使いたいのだが、人の目がある場所で固有魔法を使うとまた化物呼ばわれされそうで使いづらい。
仕方が無いので自己治癒をかけつつ立ち上がり、女性の出している手を取ろうと手を伸ばそうとするが……視界の隅にあーちゃんが映り慌ててあーちゃんを抱きとめる。
「あーちゃんちょっと待って! 大丈夫だから待って!」
「うぅぅぅ! でも涙でてるもん!」
「それは痛かったから仕方がないじゃない……って、待ちなさいって」
またしても相手に襲いかかろうとしたあーちゃんだったが、何とか抱きつく事が出来てすんでの所で間に合う。
膝が痛いのを我慢しつつぎゅぅぅぅうっと強く抱きしめると、あーちゃんも落ち着いたようで力が抜けたのがわかった。
なんとか状況を治められた事に安堵しつつ、余裕が出来た私は少しだけ怒気を篭め、女性へと視線を向ける。
「大丈夫か? 怪我とかはしていないか?」
「……もう大体治ったから良いわ」
「治った?」
あ、しまった。自己治癒でほぼ怪我は治せていたので自然に言ってしまったが、これはおかしかったのだろうか。聞き返されたことに不安を覚えるが、黙っていても不自然なので表情をそのままに答える。
「痛みがなくなったからもう大丈夫よ」
「そうか、本当にすまなかったな……それでは私はもう行くよ」
「あ、待ちなさい」
「? どうかしたか?」
ここで私は閃いてしまった。合流場所がわからず立ち往生していたのだが、あーちゃんがわからなければ他の人に聞けば良い。
早速ゼクスから貰っていた小さな袋から地図を取り出し、女性へ見えるように広げる。
「私達ここへ行きたいのだけれども、この場所わかるかしら?」
「ん? あぁ、ここならわかるぞ」
「わかるのね! 出来れば案内してくれないかしら」
「その、わかるのだが……その場所で間違いないのだな?」
「? そうだけど?」
場所については地図をそのまま見せているため、間違いあるはずがない。しかし女性の方はわかると言いながら、難しい顔をしている。そうなると、これから向かう場所に問題があるのだろうか?
「何か問題がある場所なのかしら?」
「いや、そうではないが……そこは酒場だ」
なるほど酒場か、確かに私やあーちゃんの見た目から言えば、お酒を飲むような年頃には見えないので疑問に思うのも尤もだと思う。
妙な表情をされたのでいかがわしい場所かとも思ったのだが、そうではないようなので問題は無い。……そういえば少しお腹も減ってきたところなので、むしろ調度良いかもしれない。
「ねぇお姉さん。それで、私達をそこまで案内して貰えないかしら」
「わかった。それにせっかくだし、先程のお詫びも兼ねてご馳走してやろう。調度私も、今日は少し飲みたい気分だったからな」
「ありがとう、お言葉に甘えさせてもらうわ」
「ふむ……まぁ良いか。ほら、こっちだ」
女性は一瞬考えるような素振りを見せたが、結局すぐに案内してくれるみたいで前を歩き出した。……それにしても、ぶつかっただけの子供に食事の御代を持ってくれるというのは、良い人なのかもしれない。
外に出て人相手に良いことがなかったので、ぶつかったときには散々な日だと思ったのだが、今では彼女がぶかってきてくれて良かったとさえ感じる。些細な好意なのかもしれないが、兵士達との事で沈んでいた気持ちが少し晴れるようで嬉しくなった。
そういえば女性に地図を渡していないのだが、彼女は一目見て場所はわかっているといわんばかりの足取りで進むので、心配はなさそうだ。
とりあえず袋に仕舞っておこうと思ったところで、中にゼクスから貰った注意事項があったのだったと思い出し、地図と入れ替わりで広げてみる。
そこには人を襲うなとか、品物は硬貨と交換しましょうだとか街中で意味無く魔法を使うなとか書いており、正直馬鹿にされているのではないかと感じてしまう内容だった。
しかし読み進めている内に、いくつか必要な情報もあったので、覚えておく事にする。
重要な点をまとめると三つ。一つ目は、もし名乗るときがあれば、番号では無く普通の名前を名乗れというものだった。私たちの存在が外に出ている事を隠すための処置のようだ。だけどゼクスは最初からゼクスって名乗っていたような気もするのだが……まぁそれは戻ってから本人に聞いてみれば良いか。
二つ目は実力は隠せというものであった。心蝕魔法は当然として、固有魔法も使ってはならない。これも一つ目と同じ理由からだと思う。先程『完全再現』を使わないで本当に良かった。そして魔法については一節破棄をしてはならないので、魔法自体がほぼ使用禁止。身体能力も一割前後の力に抑える事とまであるが……まぁ気をつけてみよう。
そして三つ目、これはこれから会う七番について書いており、短い文で「七番には気をつけるっす。主に周りの被害に」とだけ書いてあった。もう少し詳しく書けよと思わないでもないが、とりあえず参考にだけはしておこう。
他にも細々としたことが書いてあるが、そのあたりは追々覚えていこうと思う。……また今回とは直接関係はしない事で、とても気になる文章があった。
それは「爆弾狐さんのお姉さんについて、恐らくアインスが何かを知っている」というものだった。ゼクスに直接お姉ちゃんの話をした事はないし、わざわざこの文章をここに書く意図もわからないのだが、これについてはゼクス、そしてアインスに確認する必要があるだろう。これは早急に仕事を終らせる必要が出てきたようだ。
注意事項について読み終え、まずは名乗りについてあーちゃんと摺り合わせをしておこうと思い、声量を抑えてあーちゃんへ話しかける。
「ねぇあーちゃん、外では別の名前を名乗らないといけないようなのだけれど、あーちゃんは何か名前あるかしら?」
「あーちゃんは、あーちゃんだよ!」
「うーん……まぁ名前を正確に聞かれなければそれで良いかもしれないわね。じゃあ私は……」
そこで言葉を少し止めて一瞬考えるが、特に良い名前は思いつかない。馴染みのあるもので良いか。
「……エリスと名乗るわ」
「むぅ、のいんちゃんはのいんちゃんなのに」
「この名前だとダメ、かしら?」
「うぅん、だめじゃないよ……エリスちゃん」
「いい子ね、あーちゃん」
「えへへ……」
あーちゃんも納得してくれたみたいで良かった。これで断られていたら、代案はすぐに思いつかなかったので助かる。
何の関わりもなかった名前で、最初は彼らの温かみを羨んで自分につけたものだったのだが、使い続けたせいなのか愛着が湧いていた。それはこの名前を借りた当初に欲しかったものが、今ではあーちゃんやゼクスから貰えているからなのかもしれない。
私はあーちゃんの手を少し力を篭めて握ると、あーちゃんは不思議そうな表情でこちらを見てきた。……なんだか恥ずかしい。
「あーちゃんはあったかいわね」
「え? のい……じゃなかった。エリスちゃん寒いの?」
あーちゃんはそう言ってぎゅっと両手で私の手を包みながら、はぁーと息を吹きかけてきてくれた。
全く見当違いな行動なのだが、でもそれがとても愛らしく、思わず足を止め抱きしめてしまう。
そしてそんな私達に気づいたのか、案内してくれている女性から声を掛けられ、二人で返事をしながらその後ろを一緒に追いかけて行った。




