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燃焼少女  作者: まないた
停滞した少女
26/52

026

 

「のいんちゃん、のいんちゃん」

「ん……、あーちゃん? ……おはよ」

 

 それから数日間、同じような日々を過ごして過ぎ去っていった。

 あの日から起床したら、必ず部屋から出る前に相手を起こすという取り決めをした。あーちゃんを不安にさせない為だ。

 

 今日はあーちゃんの方が先に起きたようで、私の体を優しくゆさゆさと揺らして起こしてくれた。

 目をゆっくり開くと、寝巻き姿のあーちゃんが柔らかく微笑んでいた。あーちゃんの着ている寝巻きは、体を締め付けないようにゆったりとしたものであり、今は前かがみになっているので、ちょっと胸元が危うい感じだった。

 

「うん、おはよ! 今日もわんちゃんのところ行くんだよね?」

「あーちゃんは朝から元気ね。えぇ行くわよ。あーちゃんも着替えておいてね……んー!」

「うんっ!」

 

 伸びをして固まった体を解しつつ眠気を飛ばしていく。

 あーちゃんの方を見るとがばっと寝巻きを脱いで放り投げ、下半身に付けている布下着だけの姿で服を探していた。

 

「あれれー? どこだったっけ……えーと」

「あーちゃん、昨日こっちに置いてたでしょう? ほら、着せてあげるからこっちに来なさい」

「はーい!」

 

 すぐさま駆け寄って来た半裸のあーちゃんを抱きとめ、服を着せていく。ここの所ずっとそうしているので、だんだん習慣になってきた。

 そうして服を着せ終えると、軽く準備をしてから広間へ出る。

 

「はよっすー」

「おはよう、アナタはいつも早いわね」

「おはよー!」

 

 広間にはいつもどおり既にゼクスの姿があり、これまたいつもどおりに何かしらの本を読んでいる。ゼクスはたまに行う訓練以外では、こうして本を読んでいる事が多いので、もう見慣れた光景になっていた。

 

「今日も行くんすよね? ……あぁそうだ、戻ってきてからで良いっすけど、ちょっと呼ばれているんで一緒に地下一階まで来て欲しいっす」

「地下一階? あそこは出入り禁止じゃなかったのかしら?」

「まぁ爆弾狐さんも戻ってきてから時間が経ったっすからね、仕事が入ったんすよ」

「そう、わかったわ。じゃまた後で」

「よろしくっすー」

 

 ゼクスにひらひらと手を振って見送られ、私とあーちゃんは地下二階へと向かう。

 隣を歩くあーちゃんのぴょんぴょん跳ねながら階段を上っている姿は、どことなく楽しそうに見える。

 

「ふふっ、機嫌良さそうね」

「うん! あのわんちゃん、何だかのいんちゃんに似てる気がするから、結構好きなんだ!」

「……そうかしら?」

 

 似ているといわれても、本人からすると良くわからないのだが……まぁあーちゃんが楽しそうだし良いか。

 

 

 

 

 

「わんわんっ!」

 

 地下二階に着くと足音で私達に気がついたのか、まだ姿が見えないのに呼ぶ声がする。いや、鳴き声か?

 待ちきれないとばかりに呼び続けるので、私達の歩く早さも自然と早くなりそうになる。

 

「わーんちゃーん! えへへっ!」

「わぅ! ふあぁぁ……」

 

 あーちゃんが駆け寄ると、既に鉄格子の前に待機していた亜人の子がすぐに頭を差し出し、あーちゃんがそれを撫でる。

 私が後から追いつくと、既に気持ち良さそうに目を細めている亜人の子が目に入るが、相変わらず男の子の方は隅の方でこちらを見ているだけだった。

 

 毎日のように来ているのでわかるのだが、亜人の子の方は特に変わった様子は無く元気一杯なのに対して、人間の子の方は日に日にやつれてきているように見える。

 そんな様子を不思議に思って首を傾げていると、亜人の子の方があーちゃんの撫で撫でから抜け出し、私のワンピースの裾を掴んできた。

 

「逃げないでよー!」

「うぅぅわう! ……わんっ!」

 

 その子は私と視線があうと、またしても頭を撫でて欲しいと催促するように、私に頭を下げる。

 あーちゃんの撫で方は結構雑で、わしゃわしゃー! と言った感じで撫でているので、亜人の子の髪の毛がぐちゃぐちゃになっていた。つまり、私に直して欲しいという事か。

 ゆっくりと荒らされた髪型を直していくと、亜人の子は気持ち良さそうに、そしてあーちゃんは不満気な表情をしつつ羨ましそうに見ていた。

 

「うぅ……最初は気持ち良さそうなのに、いっつも最後はのいんちゃんの所にいっちゃう」

「多分だけれど、もっとゆっくり優しく撫でてあげれば逃げないと思うわよ」

「そうなのかな? ……ねぇねぇのいんちゃん」

 

 そう言いうとあーちゃんは亜人の子がいる鉄格子の前に座り込み、鉄格子を背にもたれ掛かる。

 あーちゃんの表情から何をして欲しいのかわかっていた私は、すぐさまあーちゃんの頭に手を置く。

 

「しょうがないわね……」

「えへへ、見てたら良いなぁって思っちゃって」

「わんっ!」

「えへへ、わんわん!」

 

 私は二人の頭を撫でている間、二人とも顔を見合わせて喜んでくれていた。あーちゃんはこの子が私に似ていると言ったが、私から見ればこの二人の方が似ている気がする。

 しばらく撫で続けていると二人とも満足した様子だったので、ゼクスの用事の事を思い出して簡単に別れを済ませ、地下五階に戻る事にした。

 

 そういえば機を見てあーちゃんにこの子達の事を聞いてみたことがあったのだが、あーちゃんは申し訳なさそうな表情で「あーちゃんは強化受けてないから、わかんない……」という事で、結局まだわからないままだ。

 本人達から聞けば良いかもしれないが、亜人の子は言葉が喋られず人間の子の方はあまり友好的でないのでそれも難しいだろう。そういった理由から、現状の所では彼女達の状況を放置するしかなかった。この件もいずれは考えなければならない。

 

 

 

 

 私達が広間まで下りてくるとゼクスも私達に気がつき、手に持っていた本を中の一枚を破いてパタンと閉じる。

 

「来たっすね。今から行けるっすか?」

「えぇ大丈夫よ。このまま行くわ」

「じゃ行くっすよー」

 

 そういってゼクスは立ち上がり、『完全再現』で手元の本を仕舞うとすぐに案内の為に歩き出したので、私達も付いていく。

 先程下りてきたばかりの階段をまた上り、牢を過ぎるときに二人へ簡単に手を振りながら横切って地下一階へと上がる。

 

 

 地下一階へと到着すると、そこは地下二階とはうってかわって明るく、派手な家具や調度品が並んでいる煌びやかな部屋だった。

 そしてその部屋には私達が来るのを待っていたかのように、テーブルを挟んで向こう側に一人の女の子が座っており、私達が来たのがわかるとゆっくり視線を向けてきた。

 

「来たわね」

 

 彼女は私と同じ位の年齢でさらに髪色も同じ、それに顔立ちだってだいぶ似通っているように見える。唯一の違いはこちらを向いている瞳の色で、その真っ赤な瞳は光が無く濁った血の池のようであった。

 

「ねぇ、彼女は誰なのかしら……?」

「アインスっすよ、つまりは一番の人っす……って、ちょっと!?」

「アインス……っ!」

 

 アインス……一番と言えば、私の記憶を押さえ込んでいる張本人ではないか。機会を見てそのお礼をしようと思っていたところに、まさか本人からこうも簡単に姿を表すとは。

 

「会いたかったわよ……私の記憶を返しなさいっ!」

 

 私はテーブルを飛び越えアインスへ向けて飛び掛るが、アインスは表情も変えずに黙ってただじっと私を見つめていた。的が動かないのであれば調度良い。アインスに届く距離まで来ると、拳ぐっと握って打ち出す。

 しかしアインスへ当たると思った直前に、横から何者かに腕を捕まれた。

 

「手を離しなさい」

「……」

 

 隣に視線だけ移すと、先程までは気配すらなかったのだがそこにはゼクスくらいの年齢の少女がおり、私の手を無言で掴んだままでじっと私を見ている。

 

「……アナタは勘違いをしているわ。記憶は奪ったのでは無く、アナタに懇願されて封印したのよ」

「そんな事、私に記憶が無ければなんとでも言えると思うのだけれども」

「信じられないか……ツヴァイ、手を離してあげなさい」

 

 アインスがそういうと、ツヴァイと呼ばれた少女は私から手を離しアインスの横に移動した。

 私は自由になった手を軽くさすりながら上ったテーブルの上から降り、アインスへと怒気を孕んだ視線を向ける。恐らく再び飛び掛ってもツヴァイに止められそうなので、一旦は会話に切り替えようと思い口を開く。

 

「記憶なのだけど、アナタが本当に望むのなら別に返してあげても良いのよ」

「そう、じゃあ今すぐ返しなさい」

「アナタは心蝕魔法を使うのに、何の代償も無く見返りを求めるのかしら?」

 

 なるほど、記憶を戻す代わりに何かしらの見返りを要求されている。という事だろう。

 元々私のものであった筈の記憶を使い、取引しようと考えている時点で度し難い。そのような話しを聞くつもりの無い私は、再び魔力三割で身体強化を始める。

 すると戦意を感じ取ったのかアインスの隣にいるツヴァイも身体強化を始めている様子だったので、目標前に立ちふさがる障害に内心舌打ちしつつ飛び出るタイミングを見る。

 

「のいんちゃんに意地悪してるの?」

「アハト、アナタも随分と久しぶりね」

「あーちゃん?」

 

 トコトコとゆっくり歩み出ているあーちゃんを見ると、その顔は少し前に心蝕魔法を使いかけた時と同じで、感情が抜け落ちてしまったかのような表情で対面する二人を眺めていた。

 繋がっているので何となくわかるのだが、あーちゃんは今怒っているみたいだっだ。これは私の問題なのだが、それでも私の事でそんな風に思ってくれるこ事を嬉しく感じた。

 その様子を見て逆に冷静になった私は少しだけ心に余裕が出来たので、そんなあーちゃんへ感謝しつつ宥める。

 

「あーちゃんありがとう。でも少し待って、まだ内容を聞いていないわ」

「うん、わかった」

 

 あーちゃんは私の言葉にころっと笑顔になって頷き、ぴょこんと飛び跳ねるようにして私の隣に立つ。それを見て心強く感じながら、アインスへ先を促す。

 

「話しが途中だったわね。それで? 私に何をして欲しいっていうのかしら」

「無理な事をいうつもりは無いわ。しばらくしっかりと仕事をしてくれたら、その見返りとして記憶を返してあげるわよ」

「しばらくとはいつまでよ」

「それはまた私が決めるわ」

「……わかったわ」

 

 仕事はゼクス達もやっていることなので、ここにいる限りはそれを免除して欲しいとまでは思わない。そして仕事をしている内に教えてくれるというのであれば、当面は従っておこう。

 それに……どうしても必要になったら、あーちゃんと二人で殴り込めば手に入りそうでもある。今は急いで必要という訳でもないので、必要になるまでは不愉快極まりないが、相手の案を呑んでおこう。

 

「では今回の仕事だけど、簡単に言えば魔物退治よ。詳細は先に行っている七番と合流してから聞いてね」

「説明が大雑把すぎるわよ……いつどこに行けば良いのかしら」

「今日の夜、この場所に行けば合流出来るから、今から行けば間に合うわよ」

 

 そう言ってアインスはずいっとテーブルにあった書類を私に突き出してきたので、私はそれを奪うように引ったくり中身を確認する。

 ……しかし地図を見ても私には実験区画の場所しか記憶が無く、確認をしたところでどこへ行けば良いのかわからなかった。

 

「ねぇ、やっぱり喧嘩を売っているのかしら? 私が地図見てもわからない事くらい、記憶を奪ったアナタなら知っているわよね?」

「それもそうだったわね……では誰か分かる人を連れて行くと良いわ」

「絶対わかってて言ったわよね……はぁ、あーちゃん行くわよ」

「うんっ!」

 

 嫌なヤツだ。それになぜだか、私に良く似たこの少女と向き合っていると必要以上に気が立ってしまう。会話をしているだけで苛々を募らせてしまうので、なるべくなら関わりたくないと思うほどにだ。

 一秒でも早くこの場を辞したいという気持ちから話を切り上げ、あーちゃんと共に上の階へと行こうとしたのだが、今まで黙っていたゼクスが近づいてきたのが見えたので足を止める。

 

「どうしたの?」

「いやー爆弾狐さんって記憶無いから心配で……ほら、外での注意事項纏めておいたんで、後で読んでおいて欲しいっす」

「注意事項?」

「そっす。以前いた実験区画は秩序無さすぎっすから、そこと一緒だと思って行けば困る事になると思うんすよ」

「ふふっ、それは心配し過ぎよ」

 

 そう言ったゼクスは小さく折り畳んでいるメモを小さな袋に入れ、その袋が繋がっている紐を私の首に通してかけさせてくれた。

 会話に入らず何をしているかと思えば、私に渡す為の情報を書き込んでいたみたいだった。

 

 ……色々と気を回してくれた事は嬉しく思うが、恐らく無駄だろう。だって私には奪った記憶がある。同じ実験区画の人から得た情報では役に立たなかったが、グレッグ家族から得た情報である程度はわかっている。

 だけどこの状態で不要だと突っ返すのはあまり良い事にも思えなく、苦笑しつつも貰った袋に地図も入れて首にかけ、大事に服の下へと仕舞っておく。

 

「ありがとう。それじゃ行って来るわね」

「ばいばーい!」

「粘着虫さんは七番とあっても襲っちゃだめっすよー。ま、そこそこ気をつけてー」

 

 ゼクスのおかげでアインスと向かい合っていた時に感じていた苛立ちは収まり、少し楽しい気持ちで出発が出来た。

 そんなゼクスの気遣いに心の中で感謝しつつ、私とあーちゃんで地上一階へ繋がる階段を上っていった。

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