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燃焼少女  作者: まないた
停滞した少女
25/52

025

 

 地下五階に下りると、階段で感じた温度よりもさらに下がっており、息も白くなっていた。

 そしてその原因は、部屋の真ん中で佇んでいた。

 

「のいんちゃん、どこ……? のいんちゃん……」

 

 最初に見たときには誰だかわからなかった。それは、あまりにも表情が抜け落ちており、無表情なお面を被っているのかと思うほどに、感情を感じさせない顔だったからだ。

 

「あーちゃん、よね?」

「間違い無いっす。……良かった、まだ発動してないみたいっすね」

 

 念の為にゼクスへと確認を取ったのだが、やはり部屋にいたのはあーちゃんであった。

 その理由として、私の知っているあーちゃんの顔はほとんど笑顔であり、その他の表情もころころとよく変わる感情豊かな子だと思っていた。だが今のあーちゃんはまるで氷のような……全く感情の感じさせない瞳で、虚空を見つめながら私の名前を呼び続けている。

 また、彼女の周りには霜が降りており、足元は薄い氷が張っていた。

 

「のいんちゃん……やだよ、いなくなっちゃやだ」

「あーちゃん! 私はここよ! 大丈夫なの!?」

「っ!? ……のいん、ちゃん?」

 

 私が叫ぶように呼びかけると、あーちゃんは肩をピクリと震わせ、私の方を見る。

 その視線にはやはり熱を感じられなかったが、私と目があうと、ゆっくりと氷を溶かすかのように熱を帯びてくる。それと同時に、彼女の瞳から大粒の瞳が零れ落ちる。

 

「のいっ、ちゃん! まだ、いなぐっ、なっだかもって……! うぅぅ!」

 

 あーちゃんはそう言って私の元に駆け寄り、飛びついてきた。私はそれを優しく受け止めると、離さないようしっかりと抱きとめる。

 

「おきたらのいんぢゃん、いなぐで……うぅぅっ! ううううぅー!」

「……悪かったわ。そうよね、アナタは三年もの間、ずっと私を待ち続けてくれていたのだったのだものね」

 

 あーちゃんの嗚咽混じりの言葉を聞いていると、自分の迂闊な行動で彼女を追い詰めてしまった事に頬を張りたくなる。彼女が私に対し過度な触れ合いを求めていたのも、彼女の中で寂しかった気持ちを埋めたかったからかもしれない。

 本来であれば『技能共有』により接続しているので、その繋がりを感じようとすれば互いの位置が確認出来るのだが、この様子ではそこまで考る余裕は無かったのだろう。

 

「あーちゃんね、のいんちゃんいないと思うと、恐くて、苦しくて、寂しくて、悲しくて……」

「ごめんね……けれどもう大丈夫だから安心して。私は絶対にあーちゃんを置いていなくならないわ」

「うぅぅー! うぅ、うううぅ!」

「……っ!」

 

 泣き続けて気持ちを吐露し続けているあーちゃんを見ていると、とても辛くなってくる。この子は、絶対に目の届かない場所で一人にしてはいけないと思った。

 私はそのままの体勢であーちゃんの背中を擦って宥めながら、なぜか一瞬息を飲んだゼクスに対して顔を向けずに問いかける。

 

「ねぇ、今のはなんだったのかしら」

「……これが粘着虫さんの心蝕魔法っす。粘着虫さんは自分らと違って気軽に……それこそ爆弾狐さんがいない三年の間、結構な頻度で使っていた魔法っす」

「なるほどね……確かにこの魔法なら、あの部屋の状態も納得だわ」

 

 私が納得したところであーちゃんも段々と落ち着いてきたので、あーちゃんの顔を覗き込みながら改めて謝罪をする。こうした方が彼女の固有魔法によって偽りの無い気持ちが伝わりやすいと考えての行動であった。

 

「寂しかったわよね? もう二度と独りにはしないわ」

「……うん」

 

 そんな私の言葉にあーちゃんは頷き、またぎゅっと抱きついてきた。私も抱き返しながらあーちゃんの心蝕魔法について考えてみる。

 

 今の様子では、恐らく私がいなくなってしまえばまたすぐにでも使ってしまいそうだ。これは自意識過剰とかそういうものでなく、今のあーちゃんを見ていれば容易に推測出来る。

 そして魔法を使ったときに起こる心蝕について、私の場合は感情の燃焼だったが、あーちゃんの場合についてはどういった損失を負ってしまうのかわからない。

 ……もしそれが軽い感情の心蝕であったとしても、私は彼女に心蝕魔法を使わせたくは無い。私は自分でも知らない内に、彼女の笑顔がとても好きになってしまっていたようだった。

 

「えへへ、ごめんね? びっくりしてちょっと焦っちゃった」

「いいえ、あーちゃんが謝る事はないわ。私がもっとあーちゃんの気持ちを考えるべきだったのよ。私の方こそ悪かったわね」

「……のいんちゃんっ」

 

 しばらくそのまま、私の顔を見上げてはすぐに抱きつくあーちゃんを抱きとめていると、次第にあーちゃんもどうにか持ち直せてきたみたいで、目を真っ赤にしながらも健気に笑って見せてくれた。

 

「もう大丈夫……やっぱりのいんちゃん大好き!」

「えぇ、私もあーちゃんの事が大好きよ」

 

 私があーちゃんの髪を撫でてあげると、嬉しそうに顔を綻ばせつつ受け入れてくれる。そんな姿を見ていると、とても愛おしくなる。

 まさかこれも『精神干渉』で――と、もう疑うのもやめよう。あーちゃんが私に向けている気持ちは本物であり、その気持ちを疑うのはあーちゃんを受け入れていないみたいで、好意を踏み躙っている行為だとも思える。

 そう考えると、あーちゃんはなまじ精神に影響を与える魔法を持っているだけに、心底相手に受け入れられるのは難しいだろう。私だけでもしっかりと受け入れてあげないと。

 

「ふぅ、まぁとりあえずは収まってくれて良かったっすよ。ここで発動されてしまったら、自分らの住むとこ無くなっちゃうっすからね」

「……そういえば私の部屋、いつ解凍されるのかしら」

「うっ……えぇとね? 三年分の魔力であぁなっちゃってるから、多分同じくらいの時間は必要だと思う、よ……?」

 

 となると自室を使えるようになるには、まだまだ時間がかかるという事か。

 まぁあーちゃんとの相部屋で生活面では不自由を感じてはいないのだが……

 

「そう、服とか私物があれば見てみたかったのだけれど、それは少し残念ね」

「あっ、確かに体を動かしたり休んだりするときの服装、寝巻きなんかも無いっすもんね。……自分の場合『完全再現』に頼り切ってたんで、気づかなかったっす」

「うぅ……ごめんね?」

「あーちゃんは気にしないで、これは私の責任でもあるもの。だからもう謝らないで欲しいわ」

「ごめっ……うん、わかったよ」

 

 あーちゃんは私が自分の部屋の話題を出すたびに居心地悪そうな表情になる。

 確かに彼女が直接的な原因ではあるものの、遠因として私も悪いと思うので出来るだけ気にしないで貰いたい。

 

 それにしても、我ながら贅沢になってしまったと思う。

 以前の私であれば、食料は欲したとしても服や生活用品などを欲しいとは考えもしなかった。これも生命が脅かされない生活に慣れてきてしまったからだろうか。

 

「んー、今すぐには難しいっすけど、もう少ししたら爆弾狐さんも外での仕事を振られると思うんで、その機会に買い物とかしてみてはどうっすかね」

「そうね、それも良いかもしれない……けれども私、買い物なんてした事がないからあまりよくわからないわね」

「あーちゃんが教えてあげるよ!」

「いや、粘着虫さんも買い物した事ないっすよね? それに、誰と一緒に仕事をすることになるのかなんてわからないっすよ?」

「うぅぅ! ううぅーっ!」

「や、自分に唸られても……」

 

 仕事……ね。そう言えば、ゼクスと最初に出会ったのも外であった。恐らくあのときのゼクスの仕事は、もし化物が生きていれば殲滅も視野に入れて確認しに行っていたのだろう。

 最終的にあの様な顛末になってしまったので、仕事に対して良い印象というものは無いのだが、今の所はこの生活の取り決めに従っておこう。

 だがそうなると、危険な事もあるかもしれない。そういった事に今の内にでも備えておきたいところだ。

 

「よし、あーちゃん。ちょっと魔法の練習に付き合ってくれないかしら」

「うんっ! いいよ!」

「あ、じゃ自分はここで本の続き読んでるんで、もし何か用あれば言って欲しいっす」

「わかったわ。それじゃあーちゃん、行くわよ」

「うん!」

 

 私とあーちゃんはそこでゼクスと別れ、地下四階の訓練室へと向かった。

 

 

 

 

 訓練室に着くと、早速あーちゃんと向かい合って練習したい魔法について話をする。

 

「あーちゃん、ちょっと聞きたいのだけれども」

「うん! 何でも聞いてー?」

「その、えぇと……」

 

 あーちゃんは笑顔で返してくれるのだが、これから聞くこと質問内容でその笑顔を曇らせてしまうのではないかとも思い、少し躊躇ってしまう。

 しかし、もしこの魔法が使えるようになれば、戦闘時の安全性も高められるとも思うので、可能であれば完成させたいと思っている。

 私が言葉を止めて迷っていると、いつのまにか傍まであーちゃんが寄ってきていたみたいで、私の両手を手にとって見上げてきていた。

 

「のいんちゃん、恐がってる。あーちゃんの事なら、大丈夫だからね?」

「あっ……」

 

 どうやら私の気持ちを汲み取ってくれている上で、励ましてくれているようだった。

 

「あぁもう全く! アナタは可愛いわね!」

「ふぇっ!? どうしたの突然……って、わっ!?」

 

 あーちゃんの様子に嬉しくなり、たまらずがばっと抱きついてしまう。そしてそのまま頬ずりをすると、あーちゃんも嫌がっていない……どころか、嬉しそうにかされるがままであった。

 一頻り頬ずりが出来て満足出来た私は、迷いの無い気持ちであーちゃんを見据える。

 

「……これでは立場が逆転してしまっているわね。ふふっ、ありがとう」

「うぅん! それで、聞きたいことって何かな?」

「その……さっきの今で悪いのだけれども、心蝕魔法について確認しておきたいの」

「……うん」

 

 あーちゃんは私の言葉に少し表情を崩すが、それでも笑顔を保とうとしながら先を促してくれる。

 先程辛い思いをさせたばかりで、それを思い出させるのは私としても気が引けていたのだが、ついあーちゃんに甘えてしまった。そして彼女もそれを受け入れてくれている事が、良くない事なのにとても嬉しく感じる。

 

「あーちゃんは自分の意思で使う事が出来るのかしら?」

「ある程度までなら抑える事が出来るよ。だけど最後まで発動してしまうと、もう意思で制御するのは出来ないかな」

 

 やはり自分から使用した場合には、魔法を抑えて使う事も出来るみたいだ。しかし外的要因で使わされてしまった場合には私と同じで、止める事が出来ないらしい。

 

「使用時の代償も必要なのよね?」

「うん、完全に発動したときほどじゃ無いけど、少しは必要かな」

 

 思っていた通りでとても好都合だ。それであればやろうとしている事も出来るかもしれない。

 

「ねぇあーちゃん、出来れば手伝って欲しいのだけれども」

「のいんちゃんがしたいなら、何でも手伝うよ!」

「ふふっ、ありがとう。それで今からやろうとしている事だけれども……」

 

 そうして私はあーちゃんにやりたい事を話すと、あーちゃんもすぐに了承してくれたので、早速一緒に練習を始めた。

 

 

 

 

 しばらくして少しだけ感覚が掴めた頃、思い出したかの様に疲れと空腹を感じてきたので戻る事にした。

 

「ふぅ……あーちゃん、付き合ってくれてありがとう。そろそろ戻るわよ」

「うん!」

 

 訓練室で魔法の練習を行い、壊れた所に『完全再現』を使って元に戻し後片付けを終らせると、二人揃って地下五階に戻る。

 部屋へと戻ると、既にゼクスが食事を用意して待っていてくれていた。

 

「お、お疲れっす。何かはしらないっすけど、上手く出来たっすか?」

「ありがとう。時間をかけてもう少しやってみないと、まだ何とも言えないわね」

 

 私はゼクスに声をかけつつ自分の席につく。あーちゃんも私の膝と自分の席を見て、その後ちらっとゼクスを見ると、しょんぼりしながら自分の席についた。

 

「あぁ、言い忘れてたっすけど、食事は本当なら好きな時にとってくれて良いっすよ。今は自分が決まった時間に準備してるんすけど、仕事とかで離れた場合には用意出来ないっすからね」

「わかったわ」

 

 そうして三人で食事を始め、他愛無い会話を楽しみつつゆるやかな時間を過ごす。

 

 

 こうしていると、どうしてもマリーから聞いたあの時の願いが頭から離れず、実験区画での生活を思い返してしまう。

 

 マリーは恐らく、私の『技能共有』であーちゃんの『精神干渉』を使って私に好意を向けるように仕向け、最終的には死なせてしまった。その他の人達も、恐らく私が全て焼き払ってしまったと思う。

 ……どうせ感情が無くなるのであれば、その間の記憶も無くなれば良いのにと思わずにいられない。こうして振り返って考えてしまうと、今更ながら苦い気持ちが込み上げてくるのだ。

 

 それに、相変わらず私には元々あった記憶が戻る気配も無い。心蝕魔法を発動させたときに、一瞬だけお姉ちゃんとの記憶を垣間見る事が出来たが、それでも当事の状態を詳しく思い出すことも出来ない。

 感情も不安定であり、記憶だって断片的なものしかない……そんな空虚な私はこれからどうすべきなのだろうか。

 

「どうかしたんすか?」

「……え?」

 

 私が急に喋らなくなったからか、ゼクスは少し心配そうな表情で尋ねてきたので、首を振って答える。

 

「いいえ、何でもないわ」

「……? そうっすか?」

 

 そうだ、ここにはゼクスもあーちゃんもいるし、今はそれで充分だ。これからの事を焦って考えても仕方が無いので、ゆっくりと考えていけば良い。

 

 そう考えると心が軽くなり、私はそのまま就寝までゆったりとした時間を二人と共にすごしていった。

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