019
「ふぅー。結果良ければーって言うっすけど、万事が上手くとはいかないもんっすねぇ」
ようやっと爆弾狐さんの確保に成功したので、張り詰めていた緊張の糸を解く。
「予定外な事続きだったっすけど、これでやっと取り戻せたっす。はぁー!」
大仕事が終った開放感から、大きく息を吐き出しながら胸に抱えている爆弾狐さんをゆっくりと下ろすと、その横に自分も寝そべる。そのまま横向きに彼女を見ると、頬を伝った涙の痕が見えたので指で優しく拭い取ってあげた。
さて、とりあえず自分にとっての一番の目標である、爆弾狐さんを取り戻すという目標はクリアできたので、この後の作業に移る前に反省をする事にした。
「それにしてもビックリしたっすね。本当なら自主的に少し探してみようと思ったのに、まさか相手の方から接触を図ってくれるとは考えなかったっすわー」
今回の一番の感想を口に出しつつ、辿り付けた結果までを振り返ってみる。
元々の仕事は、本当に化物の調査だけであった。
私達成功体であるナンバーズ達の仕事は、主に国の裏側で処理が必要なものに対して、常人で手に負えない案件を静かに処置する事だ。
今回の仕事では既に二級冒険者までやられてしまっていたので、正直な話で言えば「しんどそうだから嫌だな」という程度の認識であったが、最初に出会った人を見て考えが変わった。
そう、爆弾狐さんに再会できたのだ。
三年前の爆弾狐さん失踪直後、時間を見つけては個人的にこの区画内を調べた事があったのだが、そのときは全く見つからずに調査を中断せざるを得なかったのだ。
その後にも数ヶ月に一度、一人で誰にも見つからないように姿を隠しつつ調査を続けるが、それでも影すら掴めなかった。
そんな事の繰り返しで、今回も見つからないだろうと考えながらも僅かな期待を抱いて区画に入ったのだが……まさか相手の方から接触してくるとは思わず、初めに見たときは驚いたし半信半疑であった。
それに爆弾狐さんは記憶を封じられていたみたいで、自分の挨拶に対しても反応が悪く、もしかしたら似ているだけで違うのか? とも考えた。
だから自分へ言い聞かせる為にも人違いという事にしたのだが……話せば話すほどに以前と変わらない爆弾狐さんがそこにいた。
確信を持てたのは、名前だ。
あまり世間では知られていなかったのだが、仕事に入る前に情報を貰っていた自分にはエリスという名前に聞き覚えがあったのだ。
そして推論を立てて答えあわせを迫ってみると、面白いほどに動揺していたので間違いないと思った。
そうして会話を重ねていく内にわかった事だが、どうやら自分の種族や名前まで忘れてしまっていたみたいなので、何とか過去を思い出して貰おうと情報を小出しして伝えたものの、あまり成果は芳しくなかった。
事ある毎に微笑みかけてみてもなぜか警戒されてしまってたし、爆弾狐さんが良く言っていた口癖の「大丈夫、安心して」と言ってみたら、何かを思い出すどころか、もはや完全に敵か何かだと思われてしまったようだ。
あれはちょっと傷付きそうだった。いや、正直に言えば結構凹んだ。
「……何が悪かったんすかねぇ。精一杯優しく接したつもりだったんすけど、話せば話すほど警戒されるって……もしかして自分、顔恐いんすかねぇ?」
ついそうやってボヤきたくもなる。
爆弾狐さんにとって、いや、自分ら成功体にとっても、身内と呼べるのは同じ成功体だけだ。
なのに記憶が無いとは言え、身内に否定されたり警戒されるのは悲しくなる。
「アレっすかね。飴玉をあげたり、前髪さんみたいに何か作ってあげれば、少しは心を開いてくれたんすかねぇ」
既に心を燃やし尽くした今になっては、こんな過程が意味を成さない事はわかっている。
だけど本当は、元の関係のように仲良くなって、心侵魔法を使わせずに取り戻したいと思っていたのだ。
いや、そもそもは爆弾狐さんだって悪いのだ。
あんな、自分を置いていくような事を言ったのだ。ちょっとくらい怒ってしまうのも仕方が無いだろう。
しっかりと説明したのに、爆弾狐さんは納得してくれず、さらには「いいえ、化物はアナタだけよ。私はエリス、普通の亜人なのよ」と言ったのだ。
記憶が無いからって、そんなのはズルい。
だから自分は、爆弾狐さん達と別れてから少し、冒険者の人たちと話し合いの場を設けたのだ。
「ちょっと待って貰えないっすか?」
「……どうかしたの?」
自分の声に、冒険者の皆さんは怪訝な顔をして足を止めて向き直った。
それぞれが悔しそうな顔をで俯き加減に歩いていた所を見ると、自分達の選択を後悔しているみたいだった。
そんな風に思うくらいなら手を貸してから後悔すればいいものをと思うが、これからその逆に誘導しようと考えていたので、その感想をグッと飲み込んだ。
「このまま普通に出るつもりっすかね?」
「えぇ、さすがにこの状況で、エリスちゃんや彼らに手を貸せないわ……」
女冒険者は顔を俯かせながら悔しそうに言っている。
なんというか、自分に対して言い訳をしているみたいで、ちょっと見苦しいっすね。
「や、そっちじゃないっすよ」
「え?」
彼女の頭上にクエスチョンマークが幻視出来そうなくらい、不思議そうな顔をされてしまった。
どうやら協力しない言い訳を考える事に一所懸命で、他の可能性を考え付けない様子だ。男冒険者の方にも目を向けてみるが、こちらも同様であった。
そして前髪さんを見てみると……あ、だめだコイツ、聞いて無い。なんか幸せそうな表情で、「えへへ……」って呟いてて上の空だったので、今は無視することにした。
「もしこのまま何もせずに出てしまったら、どうなると思うっすか?」
「それは……」
「多分お嬢ちゃん達が出口を攻めにいくんじゃないか? ただ、厳しい戦いになりそうだけど」
「厳しいっていうのは、守備側の事っすか?」
女冒険者が言い淀んだ所に男冒険者が続きを返してきたので、どちらの視点からものを見ているのか考えて貰うように言ってみた。
すると男冒険者は気がついた様子で、目を見開く。
「そう、か……可能性は低いと思うが、もし彼らの作戦が成功してしまえば、その作戦を知っている僕達は……」
「そうっすね、恐らく国相手に歯向かう彼らの協力者として見られると思うっすよ」
「え、そんな……手伝わないのに……?」
「手伝わないのに、っすね。自分らの立場的にはそうなるかと思うっす」
女冒険者は信じられないといった表情で、肩を震わせる。
まぁ確かに、国に敵対したと見られてしまえば他の国ですら生きていく事も難しくなると考えられるので、彼女の抱く恐怖について理解出来る。
理解が出来るからこそ、そこを利用する。
元はその恐怖心から爆弾狐さん達の提案を断ったのだ。その感情を煽れば、比較的容易に誘導出来るのはある意味当然だった。
「どう、すれば……?」
「まぁ、自分からは具体案を出す事は難しいっすけど……」
爆弾狐さんに、邪魔しないって約束してるっすからね、自分から直接約束を違えるのは良くないっすもんね。
「彼らはきっと、自分らが関所へ入ったところを狙うと思うっす」
「なんでそんな事がわかる?」
「そりゃ、元々自分らを囮……と言うか兵士側の足枷として使う作戦だったじゃないっすか? ならゆっくり出て行く事に了承を取れずとも、自分らが入ったタイミングに突入すれば、同じ効果が見込めるじゃないっすか」
「それは、そうだな」
さてさて、彼らはどんな選択をするっすかね。
まぁ自分としては、身内じゃない人達はどうなっても良いっすけどね。とりあえず爆弾狐さんを、抵抗されずに連れ出せる状況を作って貰えれば嬉しいっすね。
「もし彼らの作戦が成功すれば、私達は国の敵……」
「だよな、だったら失敗させないと……今から戻って説得してみるのはどうだ?」
「おいおい、いつ化物にされるかもしれない状況で、今は出ないで下さいって言われてお前は納得するのか?」
「じゃあどうするんだよっ!」
あらら、カリカリしちゃってるっすね。
もう一人の男冒険者も会話に参加したと思えば、急に喧嘩が始まりそうな雰囲気……この人達ってそんなに仲良く無いんすかねぇ。
あぁそれと、化物にされるって言う話は面白かったっすね。
爆弾狐さんが考えたんだろうと思うっすけど、なかなかに的を射ているっす。
まぁ実際の所は、区画にいる彼らは素体として使えないから、この場所に押し込んで再利用しているだけなんすけどね。
「確か彼ら、化物が出てきたら難しいって、言ってたわよね?」
「そんな事を言っていたと思うけど……」
「ならその化物を出せば、失敗するのではないかしら?」
何故その化物が檻に入れられているのかを考えないのだろうか。
いや、今は作戦を失敗させる事に目が行き過ぎて、そういった不安要素については見えていないのかもしれない。
「だけど、何て言って出してもらうんだ? 僕達が関所へ入れば、すぐにヤツらも攻めてくるんだろ? 説得の時間を考えれば、僕達を含め兵士達も避難する時間はないんじゃないか?」
「う……」
「じゃあ化物は無しにして、俺らも守り側に加われば万事解決じゃないか? そうすれば逃がしたとしても体裁が保てるぞ」
「え……? でもそれって、エリスちゃんと敵対して戦うって事、よね?」
「今更何いってんだ? やんなきゃこっちがヤバいんだろ」
「確かにそうなんだけど、僕は……嫌だな……」
「ッチ」
うーん、これは時間が掛かりそうな空気。
細い男の方は意見を否定するのみで案を出さないし、女冒険者も直接手を下すのは嫌な様だ。
唯一年齢が上の男だけは、既に敵対する方向へ意識がシフトしているらしい。……と言うか仲間に対して舌打ちって、本格的に仲間内の友好具合が気になってしまう。
「じゃあどうすんだよ! 何かを諦めなきゃどうしようもねぇだろ? 何もしなけりゃ俺達終わりなんだぞ! クソッ!」
「そうだな、何もしなければ兵士に僕達の事を報告されて終ってしまう……なら、もういっその事化物を僕達で開放して、代わりに兵士を含めて始末して貰えば……」
「っ!? それよ! それならもしかしたら、エリスちゃんも逃げ出せるかもしれないし!」
「兵士達が全員やられてしまえば、俺達の事を報告する人もいなくなる。そして生きている兵士に報告されても、攻めてられたから状況的に仕方なくと言えば、直接兵士と敵対はしていないし、言い訳は立つの、か?」
なんというか、想像の斜め上の発想だな、と思った。
自分としては、せいぜい爆弾狐さんに敵対している風を装って、出来るだけ殺さない様に立ち回れば良いんじゃないかと思っていたのだが……そんなに爆弾狐さんと戦うのが嫌なのだろうか。
「そうよ! もし上手くいけば、エリスちゃんの障害も減らせるし、これなら直接協力出来ない私達でも、間接的に協力が出来るわ!」
「なるほど……! それなら彼らも助かる確率が上がるし、僕達も助かるな!」
「仕方ない、か。じゃあ化物を開放して、速やかに関所を出る。と言う事でいいんだな?」
「えぇ、そうしましょう」
「もうそれしかないな」
あー。
ここでも自分に言い訳をしている風にしか見えない。
というか爆弾狐さんにとって見れば、冒険者三人が敵に回るよりも化物開放の方が障害増えるだろうに。
作戦自体が欠陥だらけだ。この三人は、化物の力を知らないからこの様な事が言えるのだろう。
化物は元々人をベースにして、それを強化しようとして失敗した結果だ。
具体的に言えば、元の当人の能力に加えて、化物の力を多分に含んだ固まりを吸収させる。そこで理性を失って異形化したものが失敗作なのだ。
その様な工程を踏んでいるので、普通に存在する魔物よりも段違いに強力だ。
五級冒険者が三人程度では、恐らく抑えるのも難しいと思われるのだが……まぁ私には関係が無いので、制止しようとは思わない。好きにすれば良いさ。
「よし、そうと決まれば関所へ行くわよ」
「あぁ」
「しくじるなよ」
こうして自分達は何食わぬ顔で関所へと入り、話し合いをした冒険者三人によって化物が開放された。
前髪さんが慌てながらも、残り一匹の解放を頑張って止めようとしていたみたいだが、魔法による結界は三人の冒険者に加え、実はあのとき内側から狼の化物まで魔力侵食を行っていたので、耐え切れずに壊されてしまったようだ。
そうして出てきた化物により、爆弾狐さんの心の支えが壊されてしまった。
「この結果だけ見れば、丁度良かったと言えば良かったんすかね。んーっ!」
そう言って立ち上がり、特に汚れてはいなかったが、お尻をパンパンと払って大きく伸びをする。
考えてみれば、むしろ今の状態が理想かもしれない。
下がりすぎた自分への好感度、いつの間にかついてしまった害虫。
そういったものを全部取り除く事が出来た状態で、再び取り戻せたのだ。
「さて、帰りますか! よいっ……しょっと。ふふーん、きっと八番も喜ぶっすね」
寝息を立てている爆弾狐さんを背負い、関所の外へと足を進める。
関所から外へ出るが、まだ焦げ後が続いている。恐らく存在した兵士は一人残らず生存していないだろう。
まぁ、そんな事自分にとってはどうでも良い。
そんな事よりもこの背に感じる熱が自分を嬉しくさせてくれる。
「ふふっ、長い家出だったっすね……九番さん、おかえりっす」
そうして気分よく、軽い足取りで自分達の居場所へと向かう事にした。




