013
「ぶっ! お嬢ッ!? その格好どうしたんだ?」
「うふふっ、貰ったの。似合うかしら? ふふふっ」
「似合ってるぞ、それにしても機嫌良さそうだな」
私が戻ってくるとカールとゲロルドに出迎えられる。
一頻り服を見せびらかして満足した私は、早速捕らえた男達の元へ向かおうと、案内して貰う。
観察員を捕らえて拘束している場所は、どうやら二階に上がって一番隅の部屋の様だ。そのまま部屋に入ると、両手足を縛られた観察員の二人が息巻いていた。
「てめーはあのときのガキ! これはてめーの仕業か!?」
「こんな事をして、どうなるかわかってるだろうな!」
凄い剣幕ではあったが、先に決めるべき事があるので、とりあえず無視する。
「さーて、どうしようかしらね。カール、アナタ確か、この人達にお礼がしたいとかって言ってたわよね」
「あぁ、だがまぁ情報を引き出してからでもいいぜ」
「それだと無理ね。引き出した後は息してないもの。……そうね、二人もいらないし、片方はカール達にあげるわ」
「いいのか? だけどこっちで貰ったら、多分もう情報引き出せなくなると思うぜ? 一人だけ残して、そいつから口を割らせられるのか?」
カールも今回の作戦について把握していたので、情報を喋らせるために二人とも拷問をした方が良いのではないかと確認するが、食べて記憶を見れる私は問題無いと返す。
「心配無用よ、だからアナタ達は、片方だけどっか別の場所に連れて行って、お礼してあげるといいわ」
「凄い自信だな。けどよ、なんで別の場所に行く必要があるんだ? ここでいいじゃないか」
「私ね、この服をとても気に入っているのよ」
「……? それがどうかしたのか?」
スカートの裾を持ち、わからない? と、問いかけるように見つめてみるが、皆私の足の方を見ていて表情から察してくれない。というか見てくれていない。
ちょっと苛っとしたので、裾から手を離してジト目で続ける。
「……潰すわよ? で、服を汚したくないのよ、色々付きそうだしね。だけどここにはもう代わりのものも無いから、汚れても良い格好でしようと思うの」
「それって――」
「それ以上言えば下を握りつぶしますよ?」
話を聞いていたゲロルドがいち早く反応しようとした所をマリーが止める。
この男、少し前も同じ様に失敗しているのにわからないのだろうか。
「はぁ。まぁだからここにいて貰ってはお互い困る事になると思うのだけど、どうかしら?」
「あ、あぁ、そう言う事なら別の場所でさせて貰おう」
「わかって貰えて嬉しいわ。じゃ、好きな方を連れて行っていいわよ」
ゲロルドの反応に少し疲れながらも、カールと話を纏められたので早速出て行って貰った。
男達が出て行った後は、念の為に聴覚を強化して建物周辺に誰もいない事を確認すると、残したマリーを引き連れて観察員に向かい合った。
「お、おい! お前ら俺達を殺す気か!? 国を敵に回すんだぞ! わかっているのか!?」
男は先程の会話を聞いていたのか、少し怯えの表情をしていたものの、立場上ではまだ自分の方が上であると思っているみたいで、後ろ盾があることを強調してくる。
別にこのまま有無を言わせず食べてしまっても良いのだが、多分それではすぐに終ってしまい、カール達が不完全燃焼で終ってしまうだろうと想ったので、少しだけ付き合う事にした。
「何をいっているのかしら。この区画に入った人が出られないなんて、今回の化物が入ってからはいつものことでしょうに。アナタもその中の一人として数えられるだけで、何も起こらないわ」
男も現状は理解している様であり、勢いだけで乗り切れない事がわかったのか言葉を詰まらせる。
そして、少し考えるような素振りを見せたかと思うとすぐに口を開いた。
「わ、わかった。情報は全て話すから、助けてくれないか? なんだったらここから一緒に出してやるし、金だって結構持ってるんだ。だから俺の所で雇ってやってもいいぞ」
情報は後で貰うから、別に話して貰わなくたって構わない。
外に出してくれるというのは少し魅力的だが、その後の雇うといものは意味がわからない。最後はなぜ上から目線なのかもわからない。
「アナタと共に外に出たら、私ってその後どうなるの?」
「あったかい場所で美味いもん食えて、ちょっと俺の世話をしてくれるだけで、人生を安泰して暮らせるぞ」
「へぇ、そう」
この男は、どうやら助かろうとする気持ちがあまりなさそうだ。
もう少し楽しいお話が聞けるかと思ったのだが、男が言葉を重ねるごとに下世話な欲望が滲み出ており、かなり気持ちが悪い。
カールにはお礼の時間を減らす意味で悪いと思うが、これはもう仕方が無いだろう。
「マリー、そろそろ脱ぐわ。服をお願いね」
「はい」
男がまじまじと見てくるが、もう私にはこの肉塊に対しての興味は無い。
肩紐に手をかけてするりと袖口を通すと、着ていたワンピースはそっと地面に落ちた。
エリスさんの指示通り傍らで待ちながら、少し失礼かとも思いましたが、その身体を見てしまいます。
エリスさんの体は、やはり外見年齢の通り発育前の青い果実の様です。
ここに来る前に綺麗に洗ったからか、髪は透き通るように美しい白髪で、肌も最初に見たときより血色が良くほんのりと赤みを帯びています。
腰周りは僅かな括れがあるもののほとんど寸胴であり、胸にしてもささやかな膨らみで、下へと視線をやると産毛すらありません。
おおよそ女性としての魅力というものは、体の発育上これからに期待というところだと思いますが、なぜか私の中での鼓動は大きくなるばかりです。
惜しむらくは、もうすぐ死ぬでしょうが男も見ていることですね。最期にこんな光景を見れて、男はかなり幸運の持ち主なのでしょう。
はぁ、エリスさん……
そう見惚れていると、綺麗な桜色の唇が開かれました。
「……マリー、見すぎよ?」
「っ!? うっ……すみません」
「まぁいいわ。この服が皺になっては嫌だから、畳んで持っておいてね」
「……はい」
はい、私の視線はしっかりと気づかれていました。
怒られはしませんでしたが、これ以上は怒られてしまいそうです。なので、自然に下に行きそうになる視線を、強固な意志で止めます。
そうやって孤独な戦いをしている中、まだ生きていたのか、男の声が聞こえました。
「おい! これを外してくれ! 気持ち良くしてやるし、ここから出たら飼ってやるからよ」
「はぁ……カールがお礼したがってたから、もう少しは時間をかけるつもりだったのだけれども……やめだわ。せっかく気分良かったのが、アナタのせいで台無しよ」
「は? 今更なにを、ぐあぁっ!?」
あ、やっと死んだみたいです。
けどエリスさんが、返り血で汚れてしまっています。
「さてと、じゃあマリー。ここからはあまり気持ちの良い光景じゃないと思うから、別の部屋に行っててくれてもいいわよ。終った後で呼びにいくわ」
「大丈夫です。カール達から話は聞いおりますので……けど良かったのですか? 案外喋る気だったみたいですけど、情報引き出す前に処理してしまって」
「いいのよ。いくら気にしなくても、あの視線はとても不快だったから」
「確かにそうですね」
えぇと、何の話でしたっけ。
あぁそうでした。エリスさんを綺麗にしなければ。
「私がなにか、拭くものを取ってきますね。エリスさんは外へ出歩けませんし、ここで待っていて下さい」
「ありがとう、助かるわ」
はむはむ、っくん。
やはり観察員であれば、ここの区画についての情報もしっかりと持っているみたいだ。
まずこの区画についての記憶を整理する。
この区画が作られたのは、グレッグの記憶通り二十年前と一致している。
しかし、外に出ている情報と、本来の区画の使われ方は違っていた。
「エリスさん、お待たせしました。綺麗にしておきますね」
「お願いするわ」
マリーの言葉で途切れた思考を戻す。
ここでの本来の実験、そして区画の存在意義についてだ。
実験の内容は主に、秘密裏に集めた人間、亜人、森人、魔人をベースに研究をして、その結果で作り出した実験体が成功であるかどうか見るためのものであった。
前回の化物もそうだったが、どうやらここでの実験に失敗すると化物になってしまう様だ。そして、失敗の度に冒険者へと依頼を出して、その失敗作の化物を始末して貰っていたみたいだった。
つまりここにいた化物は、本来であれば人であったもの達だということになる。
気持ちとしては信じたくないものであったが、記憶で覚えている以上事実なのだろう。
しかしそこで一つの疑問が湧いてくる。
――では私や、その他の男達はどうしてここにいるのか。
これも簡単にではあったが、男の記憶から読み取る事が出来た。
今から二十数年前に国は孤児院を国で管理して、壁が出来た頃にはその中の孤児院達を実験素材に使おうと、この区画に入れたらしい。
しかしその実験は上手くいかず、そのまま孤児だけを残して撤退してしまった。
恐らく男達やマリーは、その孤児の中の生き残りだろう。
最初から男の方が多かったのか、または女では生きてられなかったのか……それについてはわからないが、恐らく後者の理由で男ばかりいるのだろう。
そう考えると、本当にマリーは稀有な存在だと思う。
私は疑問が少し無くなり、途中で止めた記憶整理を進めていく。
今回この男は、化物を見た上で使えるかどうかを判断の上で、可能なら捕縛、難しいのであれば情報を生きて持ち帰る事が仕事だったらしい。
お父さんの記憶との齟齬がありすぎて、正直気持ちとしては信じられないものではあるのだが。
そして今から三年前、前回の実験体を入れたが最後に、観察員は帰ってこなくなる。
何度か冒険者へ討伐依頼を出して処理を行おうとしたが、入ったものが誰一人として出てくるこなかったのを見て、前回のお父さんの調査にまで至った様だった。
しかしここで、二級冒険者まで帰ってこなかったのはとても問題であったらしく、今回の調査については生還を第一に考えて、区画内の様子を探りに入り、いざとなれば冒険者達を餌にしてでも帰還して、情報を持ち帰るのを優先としていたみたいだ。
だが残念ながら二人とも私達に捕まったので、今回も帰還は無理であろう。
とりあえず成り立ちやここの意義についての情報は、これ以上深い記憶は無く、見ていても精神衛生面であまり良くなかったので、大雑把に整理がつくと次の情報を確認する。
壁から外へ出る為に必須な情報。つまりは関所に常駐している戦力だ。
しかし期待していた情報についてはこの男の管轄外であったのか少なく、せいぜいが関所を通る時に視界に収めた記憶程度のものであった。
その中で見てわかる敵は、兵士十五人、実験体が二人。
兵士だけであれば、男達を四、五人で一人に当たらせればなんとかなりそうだ。
作戦会議の後でさらに集めた仲間の人数は、ゲロルドに管理させているので正確な数は不明であるが、既に八十人前後ぐらいはいる。
しかし、実験体が邪魔だ。
どう考えても男達の手に余る。
そうなると、消去方でいけば私やカール、そして協力して貰えれば、冒険者五人の戦力でなんとかなりそうだが……
だけど、出来れば冒険者には直接戦闘に加わって貰いたくは無い。
失敗すれば当然終わりなのだが、成功したとしても国が管理している区画の兵士を倒してしまえば、外で身分のある彼らの居場所が無くなってしまうだろう。
今日一日だけであったが、美味しくない食料や甘い飴玉、それに綺麗な服を作って貰って、とても優しい時間を過ごす事が出来た。
そんな風に接してきてくれた彼らに対し、こんな事を頼み込むのはさすがの私でも気が引けるのだった。
「さ、綺麗になりましたよ」
「……ん、ありがとう」
「では服を着せますね」
「うん、お願い」
考え込んでいる私の邪魔をするのを嫌ってか、マリーが献身的に世話をしてくれる事に感謝しつつ、考えを再開させていく。
そう、問題は実験体だ。
記憶の中で見ていた実験体は、二人とも檻の中に入れられていた。
檻の中に入れると言う事は、恐らく兵士達も無差別に襲われて危ないのであろう。
と、すればだ。
実験体を檻から放たれない様に立ち回れば、実験体と戦闘になる事無く通過出来るのではないか。
その程度であれば、冒険者のエルナ達へも頼みやすそうだ。
よし、作戦もある程度決まった。
不安要素はないでも無いが、恐らくこれが一番良い方法になるだろう。
「何とかなりそうね、これで――あ、え……?」
その不安要素である少女の事を考えた瞬間、観察員の記憶の一部が再生される。
「そんな、まさか……」
「? どうかなさいましたか?」
私はマリーの声には反応できず、観察員の記憶に意識が釘付けにされていた。
否定をしたいが、見えているのは記憶であり純然たる事実。その事が余計に私を焦燥させる。
そこにはあの軽薄で馴れなれしい、エルフ少女の顔があったのだから。




