011
「うんわかった! エリス、化物についておはなしするね!」
ゼクスに話を戻された事により、これ以上別の質問などをして時間を稼ぐ事は難しそうだった。
無理矢理出し渋って時間を稼ごうとすれば、恐らく私から皆の関心が外れてしまい、すぐにでも化物の調査を始めようと言い出しかねない。
まだ日は高く、一泊して貰うつもりの私からしてみれば、話をするタイミングはまだ早かったのだが……このエルフの存在が微妙に邪魔だった。
ここからは私の話術で引き伸ばしをするしかなさそうだ。
「おねーちゃん達が来る前の、十日くらい前、かな? 冒険者の人がきたの」
「そうなの? あまり時間が空いていなかったのね」
「うん。それで二級冒険者が二人いて……」
「「「二級!?」」」
いきなり言葉を遮って、アリーセ、バシリー、ヴォルグが驚きの声を上げた。
私にはよくわからないが、二級冒険者というのは凄いようだ。
「……うぅ、それでね? 化物の調査にきてたみたいだけど、その化物と遭遇したって言っててた。お父……えぇと、おじさんは血を流しながら、エリスのとこまで逃げ込んできたの」
「そ、それで?」
「う、うん。そのおじさんは、やっつけたからエリスたちもお外出られるよって言っての。だから多分やっつけたんじゃないかなって思うの。エリスも化物を見た事あるんだけど、前にいた場所にもういなくなってたの」
「「「倒したぁ!?」」」
あぶないあぶない。
お父さんと呼びそうになったのは聞かれていなかったようだ。
まぁ聞かれても実害は無いが、なんとなく恥ずかしい気分になってしまう。
「へー。確かに二級冒険者が来たなら、倒せるかもしれないっすね。けど外にこの情報が来ていないのは、なんでっすかね」
「おじさん、仲間もみんなしんじゃったって言ってたの。おじさんも、エリスの目の前でしんじゃったの」
「そうなんだ……。ねぇエリスちゃん。おじさんの名前って聞いていたりする?」
「うん。グレッグっていうおじさんと、ケリーっていうおばさんが来てたよ」
「え!? あの疾風の双剣!?」
あの、とか言われてもわからないが、恐らくお父さんとお母さんのパーティ名というやつだろう。
「確かにそんな大物が来てたのなら、調査から討伐に切り替えても不思議じゃないか」
「そんなに凄いの?」
「そりゃあもう!」
二級冒険者になると、冒険者の間では有名になるのか。
アリーセ達の話では、お父さんの魔法展開する速さや、ケリーの身体強化したときの動きが、とてもじゃないが誰も対応出来なかったとの事だ。
凄いのは記憶で知ったので、一番気になっていた質問をする。
「その、しっぷうそーけん? は二人で戦ってたの?」
「疾風の双剣ね。そうよ、元々二人は冒険の途中で知り合って、そのまま好き合うようになり結婚したそうよ、素敵よねぇ」
「確か子供もいたよね、よく両親にくっついて依頼をしてたって聞いた気がする」
「私も聞いたことがあるわ。良いわぁ、愛し合って結婚、その後は愛し合う人とその子供で冒険……理想よね」
どうやら子供がいた事は知られている様だが、その子供が娘であり、名前がエリスである事までは知られていないみたいだ。良くも悪くも冒険者の職業が実力主義だからだろうか。
理由はなんにせよ、私としては助かる。
ここまでの会話の流れや反応から、恐らくその情報までは知らないだろうと思って質問をしたのだが、もしそこで名前まで知られていると、色々と苦しかったからだ。
「へー。だから娘さんのエリスって名前、頂いちゃったんっすね。今の話、私も信じるっすよ、その名前が何よりも証拠っすから」
「ッ!?」
気が付くと顔を寄せて囁くゼクスがいた。
慌てて周りを確認すると、アリーセはさっきの会話で何かのスイッチが入ったのか、バシリーやヴォルグ相手に話す事に夢中になっている様子。エルナは相変わらず自分の作業をしており、こちらを気にしている様子は無い。
今のエルフ女の言葉を聞かれてなかった事に安堵すると、エルフ女に向き直り、小声で確認する。
「今、なんて?」
「だから娘さんの名前っすよ、借りちゃったんすよね?」
やはり、聞き違いでは無いみたいだ。
こいつは、このエルフ女はどこまで知っていて、どういった目的でここに来ているのかが推し量れない。
もしかしたら、既に私の演技も見抜かれているのかもしれない。
「……本当にアナタは何者かしら? 私が元々エリスっていう名前の可能性は考えないの?」
「ありえないっすね。爆弾狐さんは、もっと違う名前があったんすよ」
ゼクスは何かしらの確信を持っているみたいだ。だから余計に私はわからない。
「ばくだん? きつね?」
「えっ? もしかして自分の種族すらも忘れてるっすか? うーん、どうするっすかねぇ」
まただ、またこのゼクスの言葉で、私は強い動揺をしてしまっている。
何故? いやその前に、何でコイツは私以上に私の事を知っているかの様な口ぶりなのか。
待て、冷静になろう。今の目的は、壁から外へ出ることだ。
このエルフ女の事や、私自身の事はとても気になって仕方が無いが、目的を間違えてはいけない。
「アナタの目的は何? 調査だけなのかしら?」
「……そうっすね。自分はここには調査に来たっす」
嘘は吐いていないと思う。しかし、本当の事も言っていない様に見える。
本当に化物の調査だけであれば、色々邪魔に感じるものの特に対処は必要無いと思うが、もし障害となる場合には……
「あ、ちょっと待って欲しいっす。何をするのかは知らないっすけど、自分は爆弾狐さんの邪魔はしないっすよ? だから殺そうとかって考えるのは、勘弁して欲しいっすね」
「えっ?」
一瞬の思考を読み取られた? いや、それにしては言葉で色々引き出そうとしている気もする。顔に出ていたか?
「雰囲気っすかね。今ちょっと、邪魔になるなら殺すのも仕方ないかなって、考えたりしてなかったっすか? ……大丈夫っす、安心して良いっすよ。自分は邪魔しないっすから」
「いや、私はそんな事を思っては……」
「ふふっ、じゃそういう事にしとくっす」
ゼクスはその言葉を最後にニッコリと笑顔を向けてから、私から離れていく。
確かにここまでの行動を思い返してみても、ゼクスから直接な妨害は受けていない。
パーティ分断時に出した意見や、私の話を元に戻そうとするなど、確かに邪魔に感じはしたものの、客観的に見れば真っ当に依頼をこなそうとしている姿勢にさえ感じる。
しかし私には、それだけだとは思えない。
大丈夫、安心して
なぜ私のよく使う言葉を知っているのか。いや、それも考えすぎで、ただの偶然なのか。
わからない、私の心がざわついて平静を保てない。
私はこのエルフ少女を知らない。今日初めて出会ったので、それは当然だ。
しかしこのエルフ少女は私を知っている。わけがわからない。
……もしかすると、私は行動を間違えたのかもしれない。
観察員さえ分断してやれば良いと思っていたが、一番の問題はこのエルフ少女であったかもしれない。
今ではもう申告の七級冒険者である事も怪しく、実力的にどうにか出来るのかもわからない。
私に出来る事とすれば、ゼクスが言っていた「邪魔しない」の言葉を信じて行動するだけなのかも知れない。
でも本当に信じても大丈夫なのか? わからないわからない、私は私がわからないっ!
「――スちゃん!」
「ッ!?」
「エリスちゃん!」
突然の声に顔を向けると、アリーセが何度も私を呼んでいたみたいだった。
思考に没頭しすぎて、周りの声に気が付けなかったらしい。
いつのまにか滲み出ていた涙をぬぐいながら、アリーセの声に反応する。
「アリーセ、お姉ちゃん?」
「えぇ、そうよ。ごめんね? 私達がエリスちゃんをほったらかしにしたから、怒ってるんだよね?」
「ほら、アリーセの話が長いから、エリスちゃんちょっと泣いているぞ? ほら、エリスちゃんも飴玉舐めて、機嫌を直してくれないかな」
「うっ、本当にごめんね?」
「うぅん、大丈夫だよ」
どうやら私が考え込んでいたのを、無視されて拗ねている様に見えたらしい。
飴玉は欲しかったのでバシリーから受け取り、口の中で甘さを感じながら転がしていると、感じていた不安も和らいできた。
「エリスもごめんね?」
「いやいや、お嬢ちゃんは悪くないぞ。悪いのは全部アリーセだ」
「うぅ、ごめんってば……」
なんとか平静を取り戻せた私は、先程の思考については一旦捨て置くことにした。そうしなければ、私の心が平静でいられない。
飴玉を舐めきるまでは待っていてくれる様子の皆を見渡しながら、この後について考える。
既にカール達には指示を出して結構時間が経っている。あれから結構時間が経過していた様で、外も陽が傾いてきているみたいだ。
ゼクスについては、一旦は邪魔をしないという言葉を信じてみて、行動をしようと思う。
懸念材料ではあるものの、未だ目立った妨害などされていないのも理由ではあったが、観察員の捕縛が出来れば、記憶を読み取ってゼクスについても判明する事があるかもしれない。
現状ではまだ作戦の修正は必要ない。
「もうすぐ夜だね。お姉ちゃんたちはこの後どうするの?」
「えっ? あぁもうそんな時間ね。うーん、どうしようかしら」
「一応合同任務だし、先に行った彼らとも合流しないといけないしね。既に討伐されたって聞いたら、彼らはどんな顔をするかな?」
「ホントよね。先を急がなければ安心してゆっくり調査出来たのに、自業自得ね」
皆は合流する気はある様だが、化物がいない事をしってなのかあまり急ぐ気はなさそうであった。
ゼクスも急がせる様に口を挟んで来ないので、遠慮無く私の描いていた流れに乗せていく。
「ねね、だったら私が、化物のいたところに案内するよ!」
「あ、そうだったわね、エリスちゃんは化物を見たことがあったもんね」
「僕達は運がいいね! 高い報酬で危険も無く、可愛い道案内してくれる子と一緒に回っていれば、依頼も完了出来そうだ」
アリーセとバシリーは私の提案に、それは良い案だという顔を見せて頷く。ヴォルグの表情からも否定の意図は感じられない。
「あっ、でもそこまではちょっと遠いから、今から行くと暗くなっちゃうの。暗くなったら危ないから帰って来なさいって、マリーさんが言ってたの」
「そっか、まぁそうよね。調査の日程は五日位って聞いていたし準備もあるわね。よし! 私達、今日はここに泊まる事にしない?」
「そうだね、ならエリスちゃん悪いけど、明日ここまで来てくれないかな?」
「うん! じゃあ明日はまた、エリスがここに来るね!」
自然な流れだったからか、特に疑われる事なく一泊する約束を取り付けられた事に安堵する。
ゼクスがまた何かを言ってくるのでは無いかと心配していたが、目を向けてみると向こうも何故かほっとした表情をしていた。
何を考えて……いや、もうよそう。
これ以上疑って掛かっていても、本人から回答を貰えるとも思えないし、何よりそっちに気を取られすぎて、さっきみたいに考え込んでしまいそうだ。
ゼクスは私の視線に気が付いたのか、にぱーと笑顔で手を振ってきた。……っち、苛つくわね。
私は気を取り直す様にゼクスから視線を外すと、たまたまエルナが目に入った。
これまでの会話に全く入ってこなかった彼女は、存在感がかなり薄く、隣に居たにも関わらず、視界に入れるまでは存在を忘れていた。
マリー達の迎えが来るまでは時間を潰さなければならなかったので、あまり接していなかったエルナへと声を掛けてみる。
「エルナお姉ちゃん!」
「ふぇ? あ、エリスちゃん……?」
彼女も何かするときにはのめりこむ性格をしているたのだろう。私が声を掛けるまでは、全くこちらに意識が向いていなかった様だ。
そんなエルナの手元を見てみると、驚いた事に、あの薄い水色の生地で服が完成していた。
「服、できたの?」
「え? う、うん」
「きれーだね! 見せて見せて」
「う、うぅ……」
私がせがむと、エルナはなぜか顔を赤くしながら、出来た服を手で広げて見せてくれた。
広げられた服を見ると、それはワンピースであった。服飾の知識は無いのだが、こんなに早く作れるものなのだろうか。
「わぁ、可愛い。エルナお姉ちゃんって、凄いんだね」
「うっ、そんな、私は……」
素直に凄いと思ったので伝えると、今度は何故か表情を暗くした。
エルナについてはオドオドとした印象を持っていたのだが、それでも褒められた人の表情では無い。
性格の見えないエルナに対して首を傾げていると、エルナは手に持っている服をぎゅっと握りながら、何かを決意した表情をすると、叫ぶように口を開いた。
「エ、エリスちゃん!」
「は、はい!?」
え? 何? 私なにか怒らす事してしまった!?
「これを、き、ききっ、着てみてくれないかな!?」
「へ? あ、うん?」
予想外のエルナの寄行の勢いに、私は何も考えずに頷いた。




