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燃焼少女  作者: まないた
焼失する少女
1/52

001

 

 活気に満ちる街の喧騒や、空から差す暖かく柔らかな日の光。

 色彩鮮やかな建物や、綺麗な服を着て談笑し合う住人達。

 そんな温もりのある表の世界とは完全に隔絶された場所があった。 

 

 

 そこには生活感の無い廃れた建物が立ち並んでおり、路地を歩けば常に薄暗く、そこかしこから腐臭や血や肉の据えた臭いが立ち込めている。

  

 以前まで賑わう繁華街として機能をしていたこの場所だが、とあるきっかけを機に高い壁に囲われ、日の光すら差し込まなくなった小さな隔離された世界だった。

 

 そんな劣悪な世界に、独りの幼い少女がいた。

 

 その少女は、物心ついた時から既に周りに誰もおらず、死体を漁り、雑草を食み、泥水を啜って、その日を生きる糧を得る為に徘徊する日々をずっと過ごしていた。

 

 ここでは物資の流入など無く、有限の食料を得る為に奪い合い、殺し合いが日常的に行われている。

 たまに外から人が集団で入ってくる事があり、ここで住む者達にとって貴重な食料収入源になっていたが、少女には動かなくなった死体を漁るのがせいぜいであった。

 

 少女はその日も空腹に倒れそうな中、僅かな体力を振り絞って徘徊していると、道脇に動かない人影を見つけ、胸に期待を膨らませながら近寄る。

 近くで見ると死体だと分かり、すぐに死体の横に座りこんで持ち物を物色を始めるが、既に奪われた後であったのか、目ぼしいものは何も無かった。

 少女は肩を落としつつ立ち上がり、再び食料を求める為に歩き出そうとすると、少女は少し離れた場所で喧騒を感じ、足を止める。

 

「そっちに行ったぞ、追え!」

「手傷を負っているからそんなに早く動けないはずだ。囲むぞ」

 

 男達の声だった。どうやら誰かが運悪く男達に見つかり、追わている様だ。

 その喧騒はだんだんとに近づいてきていた為、少女は巻き込まれない様にと足の向きを変えて近くの建物に入った。

 少女はそのまま速い足取りで静かに二階まで上ると、一番広い部屋へと進む。部屋には外側に面している壁に小さめな窓が二つだけついており、少女は外の音を拾えるようにと窓辺に寄り添うと、外からは見えない位置で隠れるように腰を降ろす。

 

「くそっ、どこへ行きやがった」

「あっちに向かったみたいだ。まずいぞ逃げられちまう! 早く行くぞ」

「はぁ? さっきまであっちにいただろうが」

「俺が知るか! いいから行くぞ!!」

 

 追われていた何者かは上手く逃げている様で、喧騒は少女の隠れていた建物を通り過ぎていき、やがて聞こえなくなった。

 

 少女は気づかれなかったことに安堵したものの、周辺を男達がまだ出回っている可能性もあり、この日の食料調達を諦めざるを得なくなった。

 身を潜める他にやることの無くなった少女は、仕方なく今の内に身体を休ませようと壁を背にもたれ掛かり、ひざを折って小さくなりながら目を閉じた。

 

 

 

 

 少女の呼吸が安定し始め、うつらうつらとまどろんでいると、いつのまにか建物に何者かが入って来ていた。

 ズリッ、ズリッと足を引きずる様な音を響かせ、少女の方へ近づいていく。

 

 その足取りはゆっくりとした速度で、まだ少女とは距離が離れていたが、少女は浅く眠りながらも常に周りを警戒していた為、すぐにその音に気がつけた。

 少女はぱちりと目を開き、ゆっくりと立ち上がって部屋の入り口を見つめていると、引き摺るような音が徐々に大きくなり、やがて全身に火傷や裂傷を負った男が姿をみせた。

 

「犬の獣人の子供。かな? キミもさっきのヤツらの仲間かい?」

 

 男は鋭い目線でそう投げ掛けるが、少女は反応をしない。

 逆に声をかけれた少女は、侵入してきた男の動きへと注視しており、いつでも逃げれる様に警戒を高める。

 

「……どうやら違ったみたいだね。悪いけど僕も少し休ませてくれるかな。見ての通り、動くのも辛いんだ」

 

 少女から敵意を感じなかった男はそう告げ、ふっと表情を和らげ一歩少女へ近づいた。

 するとそこで、少女が初めて反応を見せる。

 

「うぅ゛ー!」

「おわっ? ご、ごめんよ。何もしない、何もしないから!」

 

 男が近づいた途端、少女は身体を強張らせながら唸り、拒絶の意を表す。

 そんな少女の様子に、これ以上少女へ近づくのは良くないと察した男は、威嚇している少女の反対側へとゆっくり進むと、少女の方へ視線を向けつつ、壁を背に腰を降ろした。

 

(声は出は出せたのか。話しかけているのに反応しないのは、言語自体がわからないみたいだね。……なんというか、小動物みたいな子だなぁ)

 

 少女に対し、そんな感想を抱いて少し和んだ男だったが、自分の状態を思い出したのか、すぐに怪我の状態を確認すると、一番酷い左腕へと右手を翳して何かを呟く。

 

 すると突然、男の手元に柔らかな光が灯った。

 その様子に注視していた少女は驚き、目を丸くして凝視する。

 

「魔法を見たのは初めてかな? ……ふぅ、やっぱりだめか」

 

 少女は言葉に反応せず、不思議な発光を興味深そうに見つめ続けていたが、男の呟きと共に発光も止んでしまい、残念そうな表情を見せる。

 

 男は魔法による回復が望めず、ここへ来る前から薄々感じていた死を直視してしまう。

 その思考を振り払おうと、傷口から目を背けるようにして少女へ向けてみれば、少女も視線を感じたのか、残念そうな表情のまま顔を上げた。

 

(改めて見ると、随分と痩せているな。まぁ無理もないか。こんな場所で子供が生きていける筈がない……)

 

 思考を少女へ向ける事により若干思考の余裕を取り戻した男は、そういえば、と懐を探って物を取り出し、少女へ放った。

 

 少女は目の前に落ちた物を確認すると、それは乾燥してある少量の肉であった。

 久方ぶりの食料に男の方へ一瞬目線をやるが、すぐに肉へ視線を戻して飛びつき、迷わず口に入れる。

 そんながっついている少女の様子に口元を綻ばせながら、「どうせ僕にはもう必要ないからね」と呟き、続けて少女へ伝わらない事を理解しつつも、声を掛ける。

 

「僕はね、ここには仲間と調査に来たのさ。それが結局、その化物と出くわしてしまってね。ははっ、このざまだよ」

 

 口をあぐあぐ動かしつつも話を聞いてくれる少女へ笑顔を向け、手を振って招く。少女はまたお肉が貰えると思ったのか、全く警戒せず近くによってきた。そんな様子に男の口元はさらに緩み、頭部にある犬の様な耳を避けて、頭を優しくなでる。

 唐突な接触に少女はピクリと反応するが、撫でられた感触に気持ちよさそうに目を細めた。

 

「ぅー」

「なんとかあの化物は倒せたから、きっとキミもこれで安全だよ……っていうと恩着せがましいかな。……けど大変だったんだよ? 僕もこんな傷を負うし、他の皆は一人残らず殺されてしまってさ」

 

 男はそう言うと、少女の気持ちよさそうな様子に張り詰めていた緊張が解けたのか、身体中の力が抜け、撫でていた手が力なく下がる。

 

「結局さ、生き残った僕もこの怪我で、追い回されてしまってね。少ない魔力でなんとかここまでは来られたけど、そのせいでもう傷の手当も出来ない。本当、踏んだり蹴ったり、だよね」

 

 男は自分の声から徐々に力が失われていき、言葉も切りながらでなければ発せなくなってきたことを自覚し、もう時間が無い事を悟る。

 

「そうだ。もう食料はないけど、キミにこれを」

 

 そういって男は、力の入らない右腕をなんとか動かして、再び懐に手を入れた。

 少女はその動作からまたお肉が貰えると目を輝かせたが、男の取り出した物を見るとそれが何か理解できず、眉根を寄せる。

 

「……化物から残ったもので何なのかは、わからないけどね、キミにあげるよ。いや、そんな顔しないでよ。いらないかもだけど、受け取って欲しい」

 

 男は仲間の死を思い返したのか少し目元に涙を滲ませつつ、取り出したものを手渡す。少女はそれを両手で受け取り、どうしたものかと眉根を寄せながら唸る。

 

「あはっ、困らせるつもりは、無かったけどね。あんなヤツらに奪われるより、キミに渡したくなったんだ。僕は運が良い、のかもしれないね」

 

 そういって男は瞼を落とし、安らかな顔をして言葉を紡いだ。

 

「キミが、ここにいてくれて、良かった。悔いは、残るけど、最期に気持ちは少し落ち着けたよ。……ケリー、エリス。待たせたね。僕もそっちへ行くよ」

 

 男はその言葉を最期に動かなくなった。

 

 

 取り残された少女は死体になった男を見て、そして渡された黒い塊に目を向け、また男に視線を戻す。

 とりあえず塊はその場に置き、男へ近づいて懐を漁ってみるが、一本の短いナイフがあっただけで他に目ぼしいものは見当たらなかった。

 少女は食料が無かったことに落胆した表情をするが、ふと後ろを振り返り、黒い塊が目に留まると思案顔になる。

 

 どう見ても食べ物に見えない拳大の黒い塊。

 手にとって触ると、微かに鼓動しているのがわかる。

 少し力を入れてにぎにぎしてみたり、匂いを嗅いでみたりとするが、少女の知識には全く当てはまらず、用途がわからない。

 

 平時ならば、用途が判らないものは少女にとってそこまで珍しい物ではなく、すぐに興味が失せ意識から外れていたのだが、何故かこの黒い脈打つ塊については意識から離れず、手元から離すのが惜しく感じていた。

 また、少し考えを変えてみると、さっき男は肉をくれたので、これは食欲を湧かせるものではないが、知識に無いだけで食べ物ではないのだろうか、と考える。

 持って行っても微妙な荷物にしかならず、ただし捨てるのも惜しく感じていた少女は、この考えにとても良い事を思いついた! と思わせる表情で目を輝かせ、早速食べる事にした。

 

 食べ方がわからず最初は躊躇していたものの、思い切って丸ごと塊を食べようと、口を大きく開いて歯を立てる。

 すると急に、塊は意思を持っているかのように動き出した。

 

「ッ!? うぁ、ぅ……! ~~!!」

 

 少女には、塊に手足が無いのにどうやって動いているのか、などといった思考をする余裕は全く無く、拳大の塊が自分の喉奥へ無理やり通っていくのを感じ、手足をバタつかせてのた打ち回っていたが、やがて胸辺りにまで来た所で、徐々に呼吸の苦しさから開放されていった。

 あっという間に起きた出来事に大量の脂汗と冷や汗をかきつつ、異物感を感じた胸へ手を添え、蹲りながら荒い息を繰り返す。

 

「はぁ、はぁ……うぅ?」

 

 少女は異物感が無くなった事を感じて平静を取り戻すと、添えていた手で胸元を擦ったり軽く叩いたりして、変わった感触がない事を確認する。

 先ほどの出来事に首を傾げるが、特に身体への異常は見つからなかったので、とりあえず立ち上がろうと両足へ力を込める――

 ――刹那

 

 

 

 

「ぁ……あ、ぁあああ! あぁああああああアァアアア!?」

 

 突如全身を刺す様な、裂かれる様な、潰される様な、焼かれる様な様々な痛みに襲われた。

 少女はそのあまりの痛みに、身体を動かすことすらままならなくなり、倒れこむようにして意識を失った。

 

 

 

 

 痛みに意識を失った少女だったが、そこから先はこれまでの人生で感じた飢餓感、苦痛を生易しく感じるほどの地獄だった。

 

 目を覚ますと、意識を失う前に感じた痛みに襲われ気を失う。しかし数秒後には痛みでまた目を覚ます。

 刃物が突き刺さる感覚に気を遠くし、四肢が千切られる様な感覚に無理やり意識を戻され、半身が挽肉にされるような感覚にまた気を遠くし、全身を灼熱の炎に焼かれるような熱に寝ていられない。

 

「あガァっ……ぐ、ぃぎ、ぁああぁアアあ!」

 

 少女がいくら泣き叫びのたうちまわっても痛みは引く様子を見せない。

 限界が来れば気絶し、休む間も無く叩き起こされる。

 絶え間なく繰り返し襲い来る苦痛に、少女に出来ることは声を上げることだけであったが、それさえも徐々に難しくなっていく。

 

「ぅ、ぁあ……。……ぁ。ぅ、あ……」

 

 少女は微弱な声を上げ、目は空ろになり、顔は涎や涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 断続的な気絶に意識は希薄となり、今は起きているのか、気絶しているのか。まだ生きているのか、既に死んでいるのか。それさえもわからなくなっていた。

 

 この様な事を予想も覚悟もしていなかった少女は、理不尽に襲い掛かる苦痛に為すすべなく嬲られ続け、永遠とも思える時間の果てに、やっと痛みが引いていく。

 

「ぁ……」

 

 

 精根尽き果てた少女は開放された事を喜ぶ間も無く、そのまま静かに意識を失った。

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