ゴダールの穴
グイドは困まり果てていた。
彼が単独で初めて監督した作品である「白い酋長」はあまり知られてはいないが傑作である。
兎が跳んでいる、華麗に、ぴょん、ぴょん、弾む、赤い眼をしたでっかい、まるで、雪見だいふくみたいだ、ズシーンズシーンでっかなでっかな、兎のマシンが。何千トンにもおよぶような巨大なマシン、だけど蝗の脚をしている、蝗といえば昆虫のうちではいちにを争うほどに逞しい強靭な肢であるが、流石に何千トンもの巨大なマシンには適わない。
昆虫の脚が跳躍を放つやブチッと音たてて引き千切れてしまった、ピタリと地面より動かないマシンのずうたい、転がる痙攣している4本の肢。
いきなりフランス人が現れて骨付きの肢の肉を持っていく。
兎の料理は美味しいなあ、三星ミシュランの総料理長だよ私は・・・
ただブツブツと独り言を喋りながらフライパンの上ただ淡々とソテーされていく兎の骨付き肉・・・
十分経過・・・
二十分経過・・・
結構な強火で焼かれている、確たる証拠にピチピチと音をたてパンの縁で跳ね踊りつづけている油のツブ達。
!
何故焦げない?
さすがは映像の魔術師グイドである。
肉の焼き始めから数分間の映像を延々とループさせている、無論、フィルムの継ぎ目など微塵にもおもわせない。
シュールな絵、である。
ただひたすらにじゅうじゅうと音を出しながら強火で焼かれている肉の映像・・・50分間、決して黒焦げにはならない、それは僅かに僅かに、まるで極々とろ火によって色付けされていくようなほんのりきつね色への変貌へと結ばれたなめらかなる始点と終着点をみごとに湛えた肉全体が、激しい油にて焼かれながら、50分、それ以外の映像は一切挟まない、完全なる定点、フランス人シェフの饒舌ともとれる独り言の渦巻く中にじゅうじゅうと肉の焼けるサウンドが混ざり合い溶け合って、それはやがて映像を支配し、10分辺りからはもう完全ノイジーな肉汁音のみがけたたましく鳴り響いた、そして。
画面奥よりうっすらぼんやりと二重写しの文字が画面中央最前面にくっきりと現れてfinの白い文字に唐突に殴りつけ突きつけられたラスト・・・
これが「白い酋長」である。
二作目となる「青春群像」。
泡を吹く金髪のショートカットの少女、黒い泡をべとべとしたシャボン玉みたいに生みだし続ける、長回し、この、行き過ぎた生真面目すぎな単調さは、自作の一作目からの繋がりを表現している。
息切れした少女、不敵な笑み、お歯黒みたいだ、歯の隙間を垂れる黒い液体。
一気に引きの絵、少女と、マーライオンと、スフィンクスが、ちょうど正三角形をなす角度で対峙している、ここで、驚かされるのは、遠近法たった一つで、少女とスフィンクスがまるで同じ位の背丈に見え、さらに、マーライオンがアリのようにちいさい。
ここで、グイド本人の登場、語り口調で、この映画のこのシーンにほとんどの制作費を使ってしまった、最新のカメラ技術で、本国とエジプトとマレーシアを一画面に抑え、それらがあたかも隣なりあったように見せている、我ながら上出来だ・・・
しかし、もう予算がない。
こうなったらもう、アレしかない。
伝家の宝刀、動かない、絵・・・
そこで煙とともにグイドは消え去ってしまう。
ほんの少しの制作費を捻出したのだろう、動かない、絵、の少女の鼻の穴辺りから現れてマルチェロ・マストロヤンニがカメオ出演、fin・・・
「結婚相談所」。
結婚相談所に相談に来た初老の男性、しかし相談の内容が履き違えていて滑稽。
5秒に一回のクシャミ、おかげで台詞が聞き取れない、どころかホントに老、なのか男性、クシャミする度、台詞が飛ぶ、飛ぶ、おかげで相談員との会話がずれるずれる。
映画なのだから編集すればいいものを、ドキュメンタリー調のこの作品、変にリアルな演出にこだわるあまり偏重してしまいファンタジーにしか感じられなくなってしまう、この映画を参考に撮られたのがかの有名なヴィンセント・ギャロの「ブラウン・バニー」である。fin・・・
そして最高傑作「道」。
ザンパノのツンデレっぷりが鬼畜。
のちの「オオカミ少女と黒王子」を生む、fin・・・
「崖」。
崖からゆで卵を剥いては投げ捨てる。
放物線。
固ゆでの場合には問題はないが、ゆるかった場合など、はっきり言って想定外だ。
手はベトベトになるしカラスがゴルフボールと間違えて何処かへ消してしまう、待てーーー。
がああーーーーー。
夢か。
カラスを追いかけて崖から落ちるグイド。
額にはじっとりと冷や汗が・・・
それをぬぐう、いや待て、ベットリとした嫌味な感触、ゆるゆるのゆで卵じる。
ベッドと思い込んでいたここはがけだああーー。
またしても夢か。
こんな時にはグラスに水を注いでゴクリゴクリ、ああー。んま、頭痛にはやっぱり・・・おえっ。
卵じるじゃん、ごワーーん、銅鑼、Zildjianのロゴもう一度、ごワーーん、ロゴがfin、ごワーーん、銅鑼とおもったら卵じる・・・
「カビリアの夜」
自警団にとって最高の差し入れとは?
この問いを真剣に考えてしまったせいで、世界のふかーい深みに入ってしまった、彼は一日の96%をその茂みのその場所で過ごす。
遺伝だろうか、もしかして。
彼のアパートのお隣さんもたしか、便器に尻から落ちてしまい、尻がつかえてずっとそのままらしい、死体は金が掛かるから、アパートの管理人さんは餓死しないように差し入れを持っていく、あ、ワカッタ。
一番の差し入れ、食事だ。しかもバケットみたいな持ち運びに便利な。硬っタいな、今日は浸して食べよう、ん、んまい。カレーパンよりおいしい、うんこ味。うんこ味のカレーパン、どうだい、新発売だろ~。
あ、間違えた。問を真剣に考えているのはかれであっておれではなかった。
自警団にとって最高の差し入れ、食事じゃなかった、おれだけだった、こんなところにはまっているのは。
いやいや、森のふかーいところで、はまっているのは彼ですよー。
一日の4%を、便所に出て行く、ぶりぶりぶりぶり、あれ、遺伝って、咳をするなら空気感染しましたっけ。
するわけないか。なにをおれ間違えてたんでしょう。ぶりぶりぶりぶりー。
やめろ!こら、やめろ!
人んちの便所だろうが。お前んちは隣だ。
漏らす寸前だったんで。
カレーパンが入ってくるー。
お前人んちどころか人のお口に漏らしていいもんと悪いもんがー。
管理人さんに言いつけてやるぞ。
おれは管理人さんとは強力なパイプあるんだからなー。
言っとくけど下水のパイプではないからなー。
人の食道をパイプにすな!
おまえの4%はふかくねえなー!
おれなんか年がら年中だからな!
あー腰がイテー、誰か汲み取ってくんねーかなーおれの生活における苦悩。
もういいや、便所ならし放題だから、ぶりぶりぶりー・・・
さて、自警団事務所、自分の尻は自分で拭う、がモットーの団内、よって団員はみな、おまるに座って移動する、緊急出動でも困らない。
でも、なぜ俺達、いる?
自分の尻は自分で拭う、がモットーじゃなかったのかい?
それとももったいないから食べちゃうか?
食べログの口コミで何位だ。
お口の恋人うんこ、違うな。
お口の恋人はロッテだ、っはいロッテさん、チューインガムひとケース待ってマース。
ところであんた、なぜ草むらで過ごしてる?
なにい!
間に合わないから野糞だとお!馬鹿にすんな、それじゃイチンチじゅう糞ばっかじゃねえか、脱水症で死ぬだろが!
なにい、給水しているからオッケーだって、どうやって?
じぶんで小便飲んでるだって?
言っとくけどそれ、差し引きゼロだからな!!
やめさしてもらう、fin
そして「甘い生活」。
グイドは探し歩いた。
見つからない!見つからない!見つからない!
何がって、それは、finが・・・
北風と太陽の説話。
灼熱の台風、男が道を歩いている、そこへ頭上では北風と太陽が力比べをしようとしている、すなわち、男が強風に煽られる毎持っていかれるまいと必死に堅くしているあのコートを、どちらがはずすことができるであろうか。
先手、北風は更なるヘクトパスカルを煽る、煽る、煽る、男、更なる、更なる、更なる、ガード、北風、男、拮抗、牙城、崩れず、無念、引き下がる北風。
後手太陽。
灼熱。
太陽ギラギラもっと熱くもっと熱く、男、甘くなったガードを、今度は北風ロウリュウ・ロウリュウ・ロウリュウ!!!
男完全にノックアウトしましたー。
結論、太陽は偉大である。
いや、そうではない、そんな壮大な教訓の話ではなかった、もっと身近な、シンプルな答えだったはずであったが。
ほんとのこたえ。現実とはもっと瑣末的である、がゆえ、その結論深い。
北風と太陽の説話。
もっともっと簡単な明瞭な答えがあったのだ。
複雑すぎる現実を、もっと細かく、細かく、秩序の線引きに、並べ立ててみる、さあ、もう一桁、すると先程には見えていなかった厖大なる揺らぎが存在したー。
さらに一桁、さらに、さらに・・・
とうとう素粒子の壁というものにぶち当たってしまった。
これで行き止まりだな、引き返そう、そうおもっていたのに・・・
暴徒たちがあらわれてベルリンの壁みたいになし崩しに崩してしまったーーー・・・
なんだあこりゃああーー、限界突破!!!!!!!!!!!!!!
あふれだす壮大美麗なる幻想風景!!!!!!
宇宙でもっとも最小の世界単位であったはずのここが、なんとなんと、拡がっているのは別宇宙、さらにさらにおくまって・・・
極まったーーーーー!!!
ついには、大銀河団のフィラメントとボイドが、これでもかこれでもかと連なっているぞーー。
よおし、あの銀河へと入ってみようか、すぅーーー・・・
無限後退。
無限後退。
無限後退。
うちへ、そとへ、など、なにも関係ない。
ただ、カフカは、気づいていたんだ、だから、記した、それだけ。
ただただひろがっていく無限後退、ボイドにフィラメント、つまり、幾層もの銀河。
さあここに、ニーチェとカフカが繋がった。
永劫回帰=脱出不可能な銀河の原型構造・・・
さて世紀の発見だあ。
この世に潜んだ、マロニエの木。
つまりはグロテスク。
どんなに美しいカオスを探そうとしても、たとえばグイドみたいに甘い生活の刹那をくぐってみたって、それは鍍金でしかない。
鍍金を剥がしてしまえば、ベクトルは、無限小であれ無限大であれ、ただただ完璧なる堅~い秩序、整然と立ち並ぶ大銀河団のモニュメント。
おええ。
嘔吐する以外ないでしょこんなの。
万物魑魅魍魎そのすべてが、化けの皮剥がせばみな宇宙構造、おえええええええ・・・
グイドは困まり果てていた。
8 1/2作目を目下にして・・・
だったら、どうにかして抜け出さなけりゃ。
結婚しよう、カオスママ、コスモスパパ、そしてぼくがいる・・・
まるで巨大な蜘蛛の巣にかかった蛾や蝶のようだ。
ビクビク、ビクビク、微細なる痙攣・・・
蛾か蝶であるぼくになにかがやどっている。
眼を綴じている、揺らされたふたつのその触覚に、なにかが纏わりついて泳いでいる。
あそんでいる、ぼくとかれらは、およいでいる、うちゅうの、おおうなばらにむすばれながら、きこえる、きこえる、きおえる・・・
・・・・・・
トリュフォーじゃんけんじゃんけんトリュフォー、あいこでトリュフォー、トリュフォー、トリュフォー・・・
ひとところにならぶ三者。
ヌーベルバーグの三巨人がじゃんけんをしている、なぜトリュフォーじゃんけんなのだろう、むしろヌーベルバーグじゃんけんでよくないか。
トリュフォーのアルカナは技術を意味する、ゴダールのアルカナは破滅、フェリーニは幻想を。
三人はじゃんけんをする。
はじめ、世界は混沌としている。
技術であるトリュフォーがフェリーニの幻想世界に立ち会った、規律は夢幻を制し世界には秩序とテクノロジーが与えられる。
つづいて破滅であるゴダールがトリュフォーに立ち会うとき、現実は破壊されゴダールはトリュフォーに打ち克ち世界はカタルシスを生む。
崩壊した世界にフェリーニがやってくる、たちまち幻想がエントロピーをまといこみ、せかいは再生と混沌とにつつまれていく。
ただ、三者が同時に揃った場合には、おわりなきあいことなる。
・・・あいこでしょあいこでしょあいこでしょ・・・
ずっとつづいている・・・
白昼。
ふいに、目が醒めている時間には夢を見ないからおれはかえる、とフェリーニがいきなり、ぬけた。
ほどなく、ゴダールはトリュフォーを切り裂いた。
自慢の銃ナイフ爆弾で・・・
ころがる、惨殺されたトリュフォーの遺体・・・
ヨーロッパじゅうからひとびとがあらわれて、バラバラになったトリュフォーの肉片をそれぞれ母国へ持ち去っていった。
悼まれた・・・
たくさん墓が建った、ひとびとはトリュフォーという名を、こころにしまった。
ふらりとフェリーニがあらわれた。
昼?
そう、白昼夢である。
ゴダールは引き裂かれ散らばったトリュフォーの肉片がおのおの墓から這い出てしまった。
それらはいまどこかに集まって、トリュフォーのからだは「フランケンシュタイン」のクリーチャーみたいに縫い合わさっていることだろう。
墓は意味をなさなくなり世界にはトリュフォーということばだけ象徴みたいに残った。
革命。
ゴダールの遠望していた世界とはなんだったんだろう。
それは世界に空いた、ぽっかりとするココロの穴のようではないか・・・
ゴダールの穴をご存知だろうか。
それはオフィスの8 1/2階に存在する。
そこへ入ると数分間ゴダールになれてしまう。
つまりゴダールの内面世界を垣間見ることができるのである。
人々は乱舞した、誰もが「気狂いピエロ」みたいなかっこいい世界に行ってみたいと一度は思うのではないか。
しかしまた、その噂を聞きつけたのが、取りも直さずゴダール本人だった、当然の流れだ。
ゴダールがゴダール本人の頭の中へ入っていく、どうなってしまうのだろう。
無限に増殖したゴダールの大群・・・
それは、「マルコヴィッチの穴」である、現実はそう単純ではない。
しかしながら、あの映画は的を射ていなくもない。
じつは、当人が自らの脳内に入ってしまえば、無限に群れる自分とその世界からなる世界、ここまでは合っている。
でも、問題は、当人が吐き出されたあとの世界である。
さて、ゴダールの大群に覆われた世界。
ゾンビ映画のゾンビがすべてことごとくゴダールになったような・・・
さて食糧は。共食いをはじめるゴダールの大群。
ゴダールの頭の中である。武器ならお手の物、意表をつく殺し殺しバイオレンス、殺し殺しバイオレンス・・・
くいもんにはこまらないぜベイビー。
転がっていくゴダールの死体、死体、死体・・・
ゴダールの頭ん中に入ってしまうなら、そんな荒涼とした風景が観れるのでした。
そうして勝ち残ったたったひとりのゴダールがつぶやいた、こんな世界も悪くない・・・
蜘蛛の巣に掛かった蛾か蝶が痙攣し揺れている、この虫が死を迎えるとき、体中に電流は流れ、綴じられたその眼のうちには、瞬くスピードに全宇宙生滅の幻影がたちまちのうちに駆け落ちていく、蛾か蝶が臨終に眺めている幻想の風景ももうそろそろとおしまいが近づいている・・・
終幕・・・
すべてのローマへと通ずると噂されている有名なフェリーニの階段は実際にはデマである、という、fin
何度見てきた景色だろう、何度となく繰り返された幻影が渡り去っていくことだろう、宇宙は暗い闇のスクリーンに映された淡い光の映画である、そしてやがては消えていきふたたび闇がのこる・・・
宇宙の構造は闇、織りなされたフィラメントの鎖に無限に覆いこまれた苦悩か煩悶か。
さて、ボイドは困り果てていた。
意識は無限に後退する。
運命は永劫に回帰する。
全ては反転する。
反転し反転を繰り返すうち気づいていく。
現実は破れぬよにも無双な鎖だよ・・・
前も後ろもない、どこへむかったって、おなじだ・・・
ボイドとボイドに架かる美しいフィラメント・・・
大銀河スケールに掛けられた、巨大な虫が、捉えられる、電撃はさる、眼は綴じたまま、たましいはもう、どこかへとけていく・・・
いのちはさり、うちゅうよりは、あらぬほうこうへと、羽をひろげて、透明なる蛾か蝶が、さて、いま、翔び起つ用意は、もう、できた、そして、すうっ・・・