第一章 発端⑧
「鐘の音を聞いたりしてないよね?」
小声で聞き取りづらかったが、瞳が唐突に言うときまずそうな顔をした。
「鐘の音?」隼人は意図がわからず、聞き返した。
「お墓いた時かその後とかでも」
隼人は自分の行動を思い返してみたが、「いや聞いてないと思うけど」
「そっか。あのね、それと、まだラポールっていう小説持ってる?」
瞳の話題が意味不明な方に流れていくので、隼人は首をかしげた。心音が気に入っていた小説のタイトルで、二冊も持っていたので「おすすめ」と隼人が一冊もらった小説だった。
売れている本なのかと思って調べてみたが、どこにもなく、自費出版で出した本がたまたまめぐりあわせで手に入れたと心音は言っていた。
「心音が気に入って読んでた本だから、家の本棚にあるよ、どうかしたの?」
「その小説に、時間軸の点を線に、そしたら時を超えて君に思いを告げに行くっていうフレーズがあったらしいんだけど覚えてる?」
「覚えてるけど」心音がお気に入りのフレーズだったせいか、一言一句までかどうかはわからないが、隼人は記憶していた。
「その言葉が」と瞳が話したところで、前の方で教授が咳払いをした。
瞳と隼人はお互いに後でと言う合図をして中断した。
隼人も瞳も次の講義はなかったので、まだ昼食の準備をしている食堂に向かった。飲み物を買い、腰をおろすと、早速とばかりに瞳が話をふってきた。
「あのラポールを書いた人って、夢の中の訪問者っていう小説も書いてたでしょ」「うん、っていうか自分はその二冊しか知らない。心音は気に入って他のも手に入れようとしてたみたいだけど、結局見つからなかったっていってたね」
「内容覚えてる」瞳は確認するように言った。
「だいぶん前に読んだからところどころしか記憶にないけど、戦争中に亡くなった男性が、死後に夢の世界にたどり着いて、夢の中の訪問者っていう資格をとって恋人の夢に自分のメッセージを送るっていうんじゃなかったっけ。夢の生産者っていう資格とか、発想は面白かったけど」
「そうそう、ラポールも似たような話で、時間の軸を超えて思いを伝えに行っていうストーリーだったでしょ?」
「微妙なリンクの仕方をしてたよね。あそこまでいくと伏線どころか誰も気づかないと思うけど」隼人は笑った。心音はそれがすごいと言ったが、違うタイトルをまたがって、あそこまでわかりにくい伏線を張る手法に少し違和感があると隼人がいうと、理解が足りないと怒った顔を思い出したからだ。
「順を追って説明するとね、隼人君が心音のお墓に行く前日の夜に、私の夢に心音が出てきてね、ラポールのそのフレーズを伝えて欲しいって言ったの」
「ああ、なるほど」隼人はようやく意味が理解できて微笑んだ。
「鐘の音っていうのは?」
「そこは夢の中の心音の追加かな。時間軸の点を線にしたら鐘の音を聞くって言ってた。そしたら時を超えて思いを告げに行くって」瞳もつられて笑う。
「心音らしくて笑えるね」
「ひょっとしたら、次の小説のアイデアにでなるんじゃないかなと思って、一応ね」瞳が少し気まずそうに言ったことが気になったが、
「なるほど。いいかも。ありがとう、なんか久し振りにその二冊読み返してみたくなったよ」
しばらく心音との共通の思い出話などをして、それぞれの講義に戻った。




