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第一章 発端⑦

 隼人は大学に着くと、アルバイトの掲示板を少し眺めた。

日雇いの一覧をざっと見て、交通量調査がないかを確認した。

海苔の収穫手伝いなどはあったが、見当たらず講義室に向かった。

 

 講義室には、始業のベルが鳴った後に入った。

プロ野球のドームによく似た座席配置で、三百人は裕に入れる講義室だったが、満杯近く入っていた。空いている席を探そうと、上からきょろきょろしていると、隼人に視線が集まった。

 講師の教授が、ふてぶてしい表情で隼人を見ていた。

 迷惑だと顔に書いているようだった。

 行われている講義は、教養科目で何年生でも参加できる、

「日本文学Ⅱ~小説の書き方を学ぼう~」。

 最近とはいえ、小説で時の人となった隼人が現れるのは、皮肉だったのだろう。

 ほとんどの学生が隼人に視線を向けている状況もあった。


「おう、隼人」

 高校からの親友、藤野巧(23)がすぐそばで声をかけてきた。

 最近、髪の毛を青色にしたばかりだったので、よく目立った。

 前は赤色で、その前はオレンジだった。

 意地の悪い教授に、青色申告の時に槍玉にあげられたこともあった。

 だが、どんな髪色にしても、巧はよく似合う。

 あっさりとした顔立ちだが、切れ長の目や高い花などパーツがどれもしっかりしている。

 それに八頭身とくれば、何を着ても、付けても様になった。


 隣には、彼女の早瀬瞳(22)が寄り添うように座っていた。

 センスのよい黒のコートを着こなし、猫毛で細く、そして長い髪をかきあげるしぐさが、独特な世界を醸し出す。

 それが、見た目も中身も揃った巧の心を射止めた。

 表情こそ猫のように変わる、子どもっぽかった心音と対照的な女性だ。

 瞳と心音は小学校からの大親友だった。

 「私は瞳の引立て役なのよ」というくらい、対照的な容姿と性格で、

 好きな人が被ることもなかったのが幸いだと隼人は、心音から聞かされたことがある。


 巧と瞳がとっていてくれた席に、隼人は素早く座った。

 学生のひそひそ話が聞こえてくる。

 教授は何事もなかったように講義を続けた。

 隼人は気にせず、授業とは関係のない小説を手にとって読んだ。

 一番前の席に、友達と座る桜が見えた。

 目が合うと、昨日はどうもというように桜が軽く礼をした。

 隼人も頷き返す。そして視線を小説に戻した。


「すごいよね。最近、新聞とか雑誌でずっと見るよあの人」

 桜の友人の立野薫や秋野佐江が興味津々に、隼人を見る。

 つい最近まで、自分だけが見ていた隼人はもういない。

 今は、みんなが注目する隼人だ。

「桜のお姉さんとつきあってたんだよね?きれかったんだろうね。桜がこんなきれいなんだもんね。私、あの人の本読んで感動して泣いちゃった。あんな愛し方できたらいいなって。今度紹介して」

 友人たちは勝手なことばかり言う。

 つい最近までは、なんとも思わないどころか、「ぱっとしない」と言っていた男性なのに。

 今となっては遅いが、桜は、隼人のことを姉の恋人だったと告げなければよかった。

 自分が、隼人を好きということは伝えていないことが唯一の救いかもしれない。


「隼人君」

 隼人が小説を読むのを遮るように、瞳は長い手をのばして巧の隣に座る、隼人の背中を軽く叩いた。

 隼人は、小説を読むとすぐその世界に没頭してしまう。

 我に返った隼人は、どちらから背中を叩かれたのかわからずに首をくるくるとまわした。

 自分の方を見ている瞳に気づき、ようやく視点が定まった。

「どうかした?」

「昨日、心音のお墓に行ったよね?」

 瞳は、確認するように言った。

 何かが詰まったような話し方だった。

 一昨日に、巧と瞳には伝えてあった。

 それに、毎年のことだ。

 わざわざ確認してきたことは、少し不思議だった。

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