第一章 発端⑥
「いつもお求めになるタマゴサンドじゃなかったみたいですね。何か変わったことでもおありになったのでしょうか?」
虎二がカレーパンとホットドックを袋に入れる所を見ていた梅子が、不思議そうに尋ねた。
「いや、その前に俺が違う客に売ってもてな」
「あら、珍しいですね。どうなされたのですか?」
「それがな、その客の、女の子がな・・・」
虎二は口籠った。
梅子は、虎二のおどおどした姿を久しぶりに目にした。
「可愛らしいお嬢さんだったのですか」茶目っ気たっぷりに言った。
「お前までそんなことを」
梅子は隼人と同じように、微笑まずにはいられなかった。
「いや、それがな、心音ちゃんそのままの女の子が来てな。タマゴサンドがどうしてもって言うから、ついつい」
「あら、それは本当ですか?」
梅子はそのままという表現に驚いた。本当によく似ていたのだろうと思った。
虎二の驚く様子がすべてを物語っていた。
だが、他人の空似はよくある話だ。
虎二は心音を、娘のように可愛がっていた。
雰囲気が似ていて、似た仕草や行動をすればついて出る言葉だと、梅子は考えた。
「とにかくびっくりした。それにな」
口下手な夫が、酒も入っていないのによく口が回っている。
よほど誰かに伝えたかったのだろう。
「ええ」
梅子は先を促した。
次の発言はなんとなく予想できたが、虎二の感情を急激に冷めさせるような真似はしたくなかった。
「心音ちゃんが最初にここに入ってきた時とまったく一緒やった。感情の表し方とか」
虎二はシラフでも、酒が入っても、大げさな話や嘘は言わなかった。
それは、梅子自身が一番よく知っている。
だからこそ、虎二の発言は気になった。
幽霊を見たという表情と話し方に。
自分もその場に立ち会えばよかったと少し後悔した。
よく似た人間というのはたくさんいる。限度もある。所詮違うのだ。
それを自分にわからせてくれた虎二が、百八十度違った発言をするのに何か奇妙な気持ちを持った。
「隼人に言ったら、混乱するかと思ってな、結局言わんかった」
「あらあら、それほどまでに。隼人さんは分別のあるお方ですから、ご心配なさらずともと思いますけれど。・・・、でも、心音ちゃんのこととなると、わかりませんね。亡くなられた時のことを思うと」
虎二でこんな状態だ。
隼人が見ていたら、もっと驚きだっただろう。
隼人は基本的に現実主義だと梅子は思った。
だが、心音ことに関してだけは異常なまでに理想主義で、依存度も高かった。
今でも心の中にずっと、心音が生きている。
他人の空似よりよく似ているのであれば、たちまち本物と錯覚してしまうかもしれない。
「確かに。隼人さんには黙っておかれてよかったと思います。ご自分でお会いしたのなら仕方ないでしょうが」
「わかっとる。俺も隼人にはできるだけ、違う恋愛をして欲しいんや。心音ちゃんと違った子とな。あいつやったらできる。ただ、どうもあの子のことが気になってな」
虎二はまだ鮮明に残っている。
心音にそっくりな女性の存在が。服装こそ同じだったかどうかはわからない。
だが、心音そのものだった。
ものおじしないしゃべり方。くったくのない笑顔。日常のすべてを楽しんでいる様子。なにもかもすべて。
名前だけでも聞いておけばよかったと思った。
そういうことができない自分を、虎二は少し悔やんだ。




