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第5章 奇跡の裏の真実 (第五章終)

「君はそのギャップの絶頂にいたんだと思う。だから君に、敢えて有り得ない現実を強引にあるように見せようと考えた。そのギャップを少しでも埋めてもらおうと思って。そうすると、はっきりとした現実もみえてくるんじゃないかなって。小説と現実の境界線みたいなものが。君ほどじゃないにしても、自分も一応小説家だからね。勝手にストーリーを作らせてもらった」

隼人は、脳に微量の電気が走ったように、勢いよく目を大きく開けた。

「じゃあ、今までの出来事はすべて南さんの考えた物語の中で動いていたっていうことですか?」

「そう。・・・、って言えたらどれだけよかったかな。隼人君の場合はどうかわからないけど、小説を書く時に全体を決めても、最終的には、大きく違っていることがある。自分の構想の中で、自分の想像をはるかに超えた偶然、いや奇跡かな。それは三つ。一つは妹さんの、えっと、・・、桜ちゃんのこと。隼人君を好きという気持ち」

 

 

確かにそうだと、隼人も思った。

たとえ想像で、桜が自分のことを好きだというストーリーを作ったとしても、現実の世界では、それを思うのも、行動に移したりするのは、南ではなく桜自身なのだ。芝居なら別だが。

「それから、詩音のこと。後は、君がさっき話したこと。詩音のことが正直一番驚いたよ。まさかあれほど似てるなんて思ってなかったから」

南はここで、さきほど詩音から口止めされたことを言ってしまおうと思ったがやめた。これ以上娘の怒りを買いたくはなかった。


「瞳ちゃんに、心音の写真を見せてもらったりは?」

「ずっと後になってから。詩音と似ているっていうのが前もってわかっていれば、見てたかもしれないけど。第一、詩音と出会うことさえ考えてなかったから」

確かにそうだと隼人は思った。

だが物語を考案する当初、南は瞳からどんな人物か写真を送ろうかと言われていた。

その時、見ていれば、こんなことにはならなかったのかもしれないと思った。

自分が体験したことは、今になって考えてみるとかなり綿密な計画のうえで実行されていたように思えるのに、打算的な部分が多すぎた。


隼人は隼人で、また別のことを考えていた。桜のこと、詩音のこと、そして時間軸のこと、この三つが偶然なら、物語に到底なりえない。

小説からフレーズが消えたというプロローグのみで終わる。

南が考えていたというのは、ただそれだけの内容だったのかと。

本で読んできた南という人物の手法としてはずいぶんと淡白すぎる。

もっとセンスのある人物だ。


しかし、小説家が敢えて物語を面白くさせないことには理由があると考えた。

「無責任かもしれないけど、フレーズが消えた小説を渡してから、ここまでの物語になるなんて、自分自身全然思ってもなかったことなんだ。言い訳になるけど、そんな風には絶対になってほしくなかった」

隼人の心の中の疑問に答えるように、南は照れるように言った。

「小説を見て、あれこれ想像を繰り返して、心音ちゃんに会ったと話し出した時に、君と会って話そうと思っていた。現実に筋書きは作れないと。隼人君に、現実と小説の世界をはっきりと分けて考えてもらうために。ひどい言い方だと思うけど、ショック療法っていうやつかな」

フレーズが消えるという小説的な要素を現実に組み込む。

しかし、その後はすべて現実だったと語られれば、小説的な要素は決して現実には組み込まれないのだと理解させられる。南はそれを言いたかったのだろうと、隼人は理解できた。


だが、南の思惑とは裏腹に、小説よりも面白い現実となった。

「でも事実は小説より奇なりとはよく言ったもんだね。まさか、あんないろんなことあるなんて。だから、君に何も言えなくなった」

南もそう続けた。

「でも、だからこそどうしても生きたいと思うようになれたと、今はそう思います」

隼人はいい表情で笑った。

その表情を見て、南は方法は違ったが、これでよかったのだろうと改めて思った。


「人は笑うかもしれないですけど、俺はやっぱり心音に会ったんだと思います。いや会えたんだと思います。南さんのおかげで。それで変われそうな気になりました」

「それはよかった。正直、もっと深みにはまっていくんじゃないかと。無責任すぎる言い方だけど」

「紙一重だったかもしれません。でも、心音の最期の言葉に救われました」

隼人は思い出しながら話した。

 

「南さんが書いてる次の小説って、ひょっとして・・・」

隼人が気づいたように呟く。

「書き終わってから君に承諾をとるつもりだったんだけど、今日までの話を書かせてもらおうかなって思ってる。君が駄目だと言えばもちろん出版はしないつもりだけど。物語にしたくてね」

南は遠慮深そうに言った。


隼人は屈託なく微笑んだ。

人に笑顔を見せたのはどれくらいだろうと思った。

「出来上がったら一番に読ませてくださいよ」

「いつになるかはわからないし、君と違って稚拙な文章になるかもしれないけれど、ぜひ」

南も微笑み返す。


店を出ると澄みきった青空が広がっていた。

「いつかきっと新しい恋愛できるよ」と南が呟く。


隼人は、うれしそうとも寂しそうともとれる笑みを浮かべた。


 

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