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第五章 奇跡の裏の真実⑥

「わかった。何もかも話そう。瞳ちゃんが心音ちゃんの夢を見て、自分の小説にあるフレーズを見たのは、それは本当のこと。ただし、隼人君に話すもっと前に見てたことなんだけど」

今度は自分が真実を告げる番だというように、南は語りだした。

やっと会話のタイミングがつかめたという感じだった。

隼人は、聞き手にまわるというように、机にひじを乗せ、右指と左指のそれぞが交差するようにして両手を握り、その上に顎を置いた。


「それも、一度だけじゃなく、何回かそんな夢を見たらしい。ここからは、それこそ嘘みたいな話なんだけど。それから自分の小説をもう一度読んでくれたらしくて、でも、食事中に彼氏の巧君が、内容が見えなくなるほど、スープか何かをこぼしたらしくて」

そそっかしい巧なら有り得ると、隼人は頭の中でその場面を思い浮かべた。

「まぁ意識的にそのページを開いていたからっていうのもあったんだろうけど、夢の中で呟くフレーズの部分が特に汚れがひどかったらしくて、少しの偶然を感じたらしい。それでもう一度新しいのを買おうとしてくれて。けど、隼人君の小説みたいに、どの本屋に行っても買えるわけじゃないから、直接出版社に注文をしてくれてね。でももともと大量に作ってなかった本だし、増刷もしなかったから、出版社でも在庫がなくて、自分の家に連絡があって、何冊かあったんで送るというふうになった。それで連絡先とかをおしえてもらってたから、ちょっと電話してみようと思って。ずいぶん前の、しかもそこまで流通しなかった本を探して、それで読みたいって言ってくれてるって聞いてうれしくなって。どんな人物なんだろうって」

南は照れながら話した。


隼人はその気持ちがよくわかった。

書き手にとって、読み手がいること、そして支持してもらうということは、この上のない喜びだ。

それに、どんな人が読んでくれているのかは、いつも気になることだ。

「そうしたら、瞳ちゃんすごい驚いて、まぁ当然なんだけど。それでいろいろ話してるうちに、夢の話とか、隼人君の話とかが出てきた」

隼人は、南と瞳の接点が理解できた。

いきなり小説のフレーズが消えた謎は納得できた。


「でもどうして、フレーズのない小説を渡したんですか?」

隼人は、早く先を聞きたいというあせる気持ちを抑えながら、ゆっくりと質問をした。

どんどん足りないパズルが埋まっていく。

途中でやめると、またふりだしに戻ってしまうような気分になった。

「うーん。わかってもらえるかわからないんだけど。これは自分の勝手な考えだから、そう思って聞いて欲しい。隼人君を変えられるのは、小説のような物語を現実に起こすことかなと思ったんだ」

こそこそとしていた態度を改め、自信があるというように南は言い放った。


「小説のような物語を現実で?」

隼人は首をかしげた。いまいちよくわからない。

「そう。極端な話、心音ちゃんが亡くなって、その現実を生きれば、それ以上のことは何もない。変化がないと言った方がいいかな。瞳ちゃんと巧君は、一般的な恋愛論でいつか時間が解決して、わかってくれると思っていたらしい。でも、隼人君は、自殺を繰り返した」

隼人はため息をついた。ずいぶんと前の出来事が、つい昨日の出来事のように思い出される。

「死ねなかったですけど。・・・、いや、よく考えたら死ななかったのかもしれませんね」

正直な気持ちを話した。自殺を繰り返す時に何度も胸の奥を通っていった感情。

それは、生への執着なのかもしれない。生を実感できる今、隼人はそう感じてならなかった。


「普通なら、一瞬死のうと思うことはあっても、またいつか新しい恋愛ができる。それが人の精神における自己防衛みたいなものだから。けど、君は小説家だ。小説家は良くも悪くも有り得ない想像で物語を作っていく。その中に生きてしまう。頭の中や文章の中でなら、心音ちゃんは永遠だからね」

南はそこでひと呼吸をおく。

「昔の純文学では、恋愛の果てに自殺という作品がやたらと多い。夏目漱石や太宰治の作品なんかでみられるけど」

隼人も、純文学の文豪はすべて読破しているので、すぐに理解できた。

「不思議に思ったんだ。なんでだろうって。でも、そんな時、小説の主人公のような君に出会った。いろんな話を聞いているうちに、答えが出た。ずば抜けた想像力が仇となって、恋愛相手の存在が永遠になるからなんだ」

南はそう言い切った。

自殺という手段を選ぶほどではなかったが、自分も経験したからだ。 


隼人も、南の言葉に納得した。

隼人にとって小説を書く意義は、いうまでもなく、心音だ。

書く内容は心音との日々の理想を描き、一番最初に読んで欲しい相手も心音、どんな批評家なんかよりも感想や評価を聞きたいのも心音だった。

心音が生きているうちはそれがすべてで楽しかった。それでよかった。

肉体的にも、精神的にも悩みなどではなく、幸せを感じられる時間だった。


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