第五章 奇跡の裏の真実⑤
「ん?どういうこと?」
とりあえず、隼人の話を聞こうと、言葉を濁した。
「悪い癖かも知れないんですが、現実で起こった奇妙なことは、疑ってかかるのが性分みたいで。最初は自分を失っていたから、小説からフレーズが消えたのは、奇跡だと思って、そこにすがりつきました。でも、ゆくゆく考えてみると、違ってたことに気づいたんです。でもすべてが終わった後だったので、逆にすっきりしたんですけど」
南は、言葉を挟もうと思ったがやめた。まだ、言葉を出すタイミングがわからなかった。
「実は昨日、瞳ちゃんにもう一度小説を見せてもらったんです。フレーズがどうなったか知りたいと言って。その時、どうして最初にそのことに気がつかなかったのかと思いました。その時の自分の精神状態がどんなだったかも含めて」
「そのこと?」
南はたまらず質問した。自分が話すべき話をとられているような気持ちになってきた。とりあえずは怒っているようには見えないので、勘違いをしてはいないようだ。
「ええ。瞳ちゃんが持っていた本は、新しすぎました。一冊だけで見ると手入れが行き届いているなという感じしか受けません。だからあまり気にはとめなかったのかもしれません。『夢の中の訪問者』の方を見せてもらうと、すぐにわかりました。大体同じ時期に買った本がこうも違うのはおかしいなと思って。瞳ちゃんが目の前にいたんで最後のページを見ませんでしたけど、あれは初版ではなかったんじゃないかなって。もちろん出版社には確認していませんが」
観念したように、南はため息をついた。
「いや、あれは初版の分だよ。でも確かに君の言う通り、瞳ちゃんには、セリフの抜けた小説を渡した。勝手なことをして、君を困らせた。許してもらえるとは思ってない。この通り」
南は深々と頭を下げた。
「いえ、そんな、俺は気にしてないですよ。全然といえば嘘になるかもしれませんが。途中で気がついていたらどうだったかはわかりません。すべてが終わった後で知ったので。でももしよかったら話を聞かせてもらえないですか?」
隼人の心の中には怒りや軽蔑という感情は全然なく、むしろ好奇心や興味の方が先行していた。
どうして見ず知らずの人物が、自分の友人に、わざわざそんなことをしたかが気になった。
「瞳ちゃんからは何も?」
「ええ。自分からは何も言っていません。からかう気持ちでそんなことをする人物じゃないのは自分が一番よく知っているんで。問い詰める気もないです。そんなことをしたらただ傷つくだけだと思うんで」
正直な気持ちだった。
心音の大親友である瞳が、遊びや冗談半分でそんなことをする人物でないのは、長いつきあいでわかっている。巧にしても同じだ。




