第四章 時間軸を超えて⑧
「じゃあ結局、これは夢だったってなるんだろ?いつかは忘れていく」
隼人は少しヤケ気味に呟く。
「ううん。そんなことない。ずっと前なのに、こんな夢を見たっていうのをはっきり覚えていることってあるでしょう。内容まで鮮明に覚えている」
「・・・・・、ああ」
自分が、小説で賞をとるという夢を見た時だと、隼人は思った。
それからは、それを正夢にしたくて、やっきになって小説を書いた。
今でもはっきりと覚えている夢だ。
「それが、今のこの状態なの」
「えっ?」
「たいていの人は、インパクトが強かったから覚えてるとかっていう解釈で終わっちゃうでしょ?でも、違うの。それは、私達みたいに、時間軸の概念を頭のどこかで理解していて、他人が少しでも長くいた痕跡があるから。時間軸の核が、すべてを消去できなかったから」
隼人は、ほんの少しだが、心音の言うことが理解できた。
「つまりさ、無意識で起こるデジャヴを無理やり作り出して、意識的だけじゃなく、体感までしているってことだろう」
「私はたとえるのあまりうまくないから説明できないけど、それが一番近いのかな」
心音もゆっくりと笑みを浮かべて頷く。
「なら、なんで、そんな危険おかしてまで、俺のとこになんか。これでもういなくなるんだろう」
理解できないというように、隼人はジェスチャーを加えながら呟いた。
「・・・・・、会ってちゃんと伝えたいことがあったの」
「伝えたいこと?」
「うん。私から言われると隼人怒るかもしれないけど、・・・」
言いにくそうにしている心音の表情を、隼人はすべてを悟った。
「・・・、次の、・・・恋愛をしないと」
やっぱりかと、隼人はうなだれた。
精神の消滅を承知してまで、伝えたいことといわれれば、そうだろうと思った。
だが、隼人にとって、その言葉を一番聞きたくなかった相手だった。
「心音からは聞きたくなかった」
隼人は正直にそう話す。
「私だって言いたくなかった。でも私には言わなければならないの。隼人がすごく好きだから。戻れるなら戻りたいんだよ」
心音は、抑えてきた感情を隠すことができず、語句を強めた。
「心音」
「ごめんね。私がそばにいてあげられないから、そんな自分を傷つける真似まで」
心音は、露出した隼人の左手首の、無数の傷跡を見た。
隼人もそれに気づき、すぐに手を下げた。
「私が言っても全然説得力ないけど、自分を傷つけないで。隼人にはそうして欲しい。それに、ありきたりだけど、私の分もちゃんと生きて欲しい。相手は桜ちゃんか、詩音ちゃん。ううん、これから出会う誰かかもしれない」
「そんなことまで知ってるのか」
「うん」
隼人はただ黙った。ここで、反論するような議論をして、それでも自分はと、心音に言おうか、今は偽りでも次の恋愛をすると告げるか。
「俺、嘘は言えない」
「うん。わかってる」
「心音がそこまでして、俺に伝えてくれたことなんだけど、今の俺には、他の子を見ることはできない」
心音は、隼人に微笑みを向けた。
「だから、別の誰かを好きになったりは」
「変わらないね。すごくうれしいよ。幸せだよ私。生きてたら、私もどんなことがあっても隼人から離れない。はなさない。けど、私はもう隼人のそばにいれないの。いてあげられない」
隼人は、しばらく考え込むように黙った。
心音は、心の中であとどれくらいの時間ここにいられるのだろうと思った。
そんなに長くはないはずだ。
しばらくの間沈黙が流れる。
「・・・・・、わかった。できるかどうかはわかんないけど、そうする努力はしてみるよ」
頭の中で何かがふっきれたように、隼人は呟いた。
何かに耐えるように、強く拳を握りしめながら。
その力を少しでも緩めると、また弱気な自分に戻っていきそうな気がした。
「うん。よかった。言い終わらないうちに消えちゃったらって本当はドキドキしてたの」
まだ時間が残っているようだったので、心音は少しでも長く話したいと思った。
だが、自分の足元を見てやめた。
「・・・・・、グッドタイミングだね」
心音の足元の方がゆっくりと、消えていく。
「心音!」
隼人は心音のすぐ目の前まで、歩みよった。何も考えず抱きしめた。
温もりも、感触さえまったくない。
だが、そんなことはどうでもいいというように、隼人はずっと抱きしめたままだった。
心音は、限りなく透明に近くなった腕で、抱きしめ返すように、隼人の体を包んだ。
「心音、まだ話したいことがいっぱいあるんだ。伝えたいこともいっぱい、俺さやっと・・・」
心音は、すべてわかっているという表情で頷き、静かに微笑んだ。
「隼人、さようなら。じゃなかった。ありがとう」
完全に消え去る前に、最後の力をふりしぼって、心音は微笑み呟いた。
「・・・」
心音が完全に消えてしまった後、景色も消え、テレビの電源を切った時に出来る線のようなものが脳裏をかすめ、真っ暗な世界が、隼人を包んだ。
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