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第四章 時間軸を超えて④

詩音は父親の携帯に何度か電話をかけた。

それでも出ないので、母親の携帯にも電話をした。

母親は、親しい友人と、二週間の海外旅行に出かけていた。

場所は確かイタリアにあるあまり耳にしないどこかの都市で、今日が帰国する日だった。

だが結局通じなかった。仕方なく、両方の留守番電話に伝言を入れておいた。

気がついたら連絡が欲しいと。

 

それから詩音は、深くため息を一つついてから、ベッドに仰向けに寝そべった。

「あーあ、言わなきゃよかったな。ますます、心音って子のことが頭から抜けなくなっちゃったよ。あの子にも悪いことしたな」

桜のことが頭に浮かんだ。今日の詩音がした行為は、自分の恋だけでなく、桜の恋路の邪魔も含まれていると思い、詩音はひどい罪悪感に苛まれた。


「でも言わないといつかはばれることだし」

詩音は、心のどこかで、隼人とつきあっている自分を映し出していた。

つきあってから、実はその小説を書いた人物は自分の父親だと知らせるよりも、前持って言っておかなければならない。隼人にすべてを明かされた時、そんな気持ちに急き立てられた。言った後は不思議と、心が少し楽になった。


しばらくして、父親から電話がかかってきた。いつもならすぐ折り返し電話をくれる父親だけに、珍しいなと思った。詩音から父親に電話するのも珍しいのだが。

「もしもし」

「もしもし、お父さん?何かあったの?」

「あっ、電話な。それがな、母さんも父さんも携帯を家に忘れていっとって」

母親はすぐに理解できた。海外旅行に携帯を持ってはいかない。

なくさないように置いていたのだろう。しかし、父親の方はどうしてだろうと質問しようとした。


「ポケットに入れたつもりが、どこ探してもなくてな。失くしたかなって。それでさっき家に戻ってきたら見つかった。ポケットに入れた服と違う服を着ていってな。それで今見たら、詩音から着信があっとったから」

そういえば父親は普段から憎めない忘れ物をする。

家族で花見に行った時も、弁当や出納、遊び道具などはたくさん持ってくるのだが、花を眺めるシートを家に忘れてくる。

一番大変だったのが、子どもの頃、海に連れていってもらった時などは、サバイバルでもするのかというような格好だったのに、肝心の海水パンツを忘れてくる始末。


「お父さんらしいよ」

母親が横で笑う声が聞こえた。元気そうな声だ。

父親は今、頭をかきながら、はずかしそうにしているだろうと詩音は想像した。

「まぁな。それにしても珍しいな。詩音の方から電話してくるなんか。なんかあったか?」

「あっ、うん」

詩音は、スムーズに隼人との事を説明することができず、途切れ途切れ区切って話した。

うまくは話せなかったが、隼人が経験したいきさつと、電話で話したがっているということは伝わったと思った。


「・・・・・。へぇぇ!そんなことが?すごいな」

小説を書いた当の本人の言葉を聞いて、詩音はあきれるように笑った。

小説のネタにでもしようというのだろう。いいネタを思いついた時、いやうれしいことがあったら声でわかる。隠し事をできないのが父親の性格なのだ。ただ最初の沈黙が少し気になった。

「お父さん!」

きちんと考えてくれという意味を込めて、詩音は語句を強めて、呼んだ。

「あっ、いや、・・・・・、まさかそんなことになるなんかな。片桐隼人君って何度か雑誌で見たことある。売れっ子なんやろうな。恥ずかしながら、小説はまだ読んでないけど」

同じ人物の小説を全部読んでから、違う作家の小説を読んでいく詩音に対して、

父親は、フィーリングで読む小説を決めていく。同じ作家が書いた小説を何冊も読むことはめったになかった。だからというわけではないが、父親は他の誰よりも、信じられないほどのスピードで、多くの小説家の本を読んでいる。

それなのに、今や世間を騒がすほどの隼人の本を読んでいないのは、珍しいと詩音は思った。


しかし、そんなことは今は関係ないと、詩音は思い直した。

と、同時に、これ以上聞いてもどうにもならないかもしれないと黙った。

隼人の携帯の番号も、あるいは教えない方がいいのかもしれないと考えた。

しかし、たとえそれが隼人のことを思ってした行為でも、結局は隼人の方から聞いてくるに違いないと、詩音は思った。


「わかった。その子と話そう。どれだけ役にたてるかはわからんけど。番号を教えてくれるか」

父親にそう言われ、詩音は隼人の携帯の番号を告げた。

電話を切った後、詩音は、父親が隼人とどういう会話をするのか、ただ気になっていた。


それは、その日の睡眠を奪ってしまうほどに。

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