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第四章 時間軸を超えて③

夕方、詩音と待ち合わせたのは、詩音の会社から道路沿いに少し離れた所にある喫茶店だった。

隼人はゆっくり話せる公園と考えていたのだが、詩音は喫茶店を指定してきた。

会社の人に見つかると面倒になるのかなと、隼人は思った。


詩音の方は、できればゆっくりできる所と考えていた。だが、有名人となった隼人が、自分といる所をあまり世間に見せない方がいいのではないかと考え、ほとんど人目につかない喫茶店を選んだ。

お互いに気を使った結果が、人目につかない、隼人たちのほかに客が二人ほどしかいない喫茶店になった。しかも、入り口からは死角になる席に座った。


「仕事おつかれ」

「ありがとう」

隼人の方が少し遅くついた。二人はエスプレッソを注文した。

「いきなりだけど。心音さんの妹さんにこの前嘘を言っちゃって」

「桜ちゃんに?」

「そう。私、あなたと会ったことがないって」

打ち合わせたわけでもなかったので、隼人はその気遣いの意味がよくわからなかった。

桜に会ったのなら、隼人と会ったと、詩音が伝えるのは自然なことではないかと感じた。


「桜ちゃんって言うんだ。あの子、あなたのことがすごく好きだからって。私があなたに会ったらどうするかって聞いてきて」

隼人は桜を責める気などなかった。

それよりも、そこまで積極的になっている桜の行動にびっくりした。

「すごい美人な子だよね」

隼人は確かにその通りだと思って、うなずいた。

女性の目から見てもやはり桜はそう写るのだろうと思った。が、その女性に好かれているという優越感はなかった。むしろ、それほどの女性がどうして自分なんかを相手にするのだろうという気持ちの方が強かった。


「断ったって聞いたけど」

「うん」

「やっぱり彼女だった子の妹さんだから」

隼人は、詩音から取材を受けているような気持ちになった。

「ううん。そうじゃない。そういうとこがないって言ったら嘘になるかもしれないけど。それよりも、俺の心の整理がつかないっていうのが一番の理由かな」

隼人は素直の気持ちを打ち明けた。

何か、心音に対して、したこともない浮気の反省でもしているような気持ちだった。


「心音さんのことね。そうなんだ。じゃあ今、私といることも苦しいでしょ?」

「正直なとこ言うと、そうかも」

隼人の素直さに、詩音はあることを悟った。

「違ってたらごめんなさい。ひょっとして、私に会うことでその気持ちの整理をつけに来た?それで今日私のこと」

勘が鋭いと隼人は思ったが、考えてみれば誰でもそう思うことかもしれない。黙って頷いた。

 

「それにもっと迷惑なお願いをしにきた」

詩音はもう自分の前に現れないでくれと隼人がきりだすと、とっさに考えた。

その言葉だけは聞きたくないと、深く目を閉じた。

「しばらく、こんなふうに俺と話をしてほしい」

 

詩音は大きく目を開けて、きょとんとした表情になった。まったく正反対のことを言われたことに驚いた。同時に言っている意味がわからないというふうに隼人と視線を合わせた。

「えっ?」

隼人は言いにくそうに、口を開いた。そして、包み隠さず打ち明けた。

瞳の見た夢から、小説のフレーズが消えたこと。そんな時、詩音が現れたこと。

人に物を教えるのは苦手じゃなかったので、自分でもずいぶんとうまいこと説明できたと、隼人は思った。

だが、詩音はその話を聞いて唖然とした。そして、言いにくそうに呟いた。


「その小説書いたの、私の父親だよ・・・」

語尾が弱まり、申し訳なさそうだった。詩音以上に、隼人は驚いた。

これはもう偶然で片付けてしまうことはできないことと同時に思った。

いくら世間が狭いと言っても、こんな偶然は何度も起きない。

「君の?!じゃあ南って」

「うん」

詩音もまさか自分の父親の小説が出てくるとは夢にも思わなかった。

もっと言えば、小説のフレーズが消える話の方は以前、“メル友”から、同じ話を聞いていた。

隼人のことだとは今初めて知ったことだが。そのことも隼人に言おうかどうか迷ったが、隼人をこれ以上混乱させたくないと思いやめた。目の前の隼人の表情は驚きで固まっている。


「じゃあ連絡とかとれる?」

隼人の質問はもはや、質問の意味を持たなかった。

詩音が連絡をとれないでも、電話番号さえ教えてもらえれば、隼人の方からかけようと思った。

「親子だからね」

詩音はそんな隼人を見ていることがつらかった。父親のことも伏せておいた方がよかったとすぐに後悔した。言わなければ、ばれないことだ。

幸い、自分の父親は隼人のように雑誌やテレビでとりあげられたことはない。

ただの平凡な小説家だ。

今から実は嘘だったと言い訳しようとさえ、頭をよぎった。

だがそれは隼人との永遠の別れを告げることになるだろうと思った。


「ごめん。質問になってなかった。じゃあ君のお父さんなら、時間軸については詳しいよね。なんせ書いた本人だから」

隼人は期待を込めて、詩音に視線を送った。これですべての謎がとける。

そう思った。すべてのキーマンはやはり、南和典という人物だったのだと。

「残念だけど、時間軸について、お父さんもさっき言ったこととまったく同じことを話してただけ」


奇抜なアイデアだろうと、詩音の前で自慢げに話していた父親の顔が思い浮かんだ。

その時はよくわからなかったので、理解できたという顔をした。

父親の執筆意欲をなくしたくなかったからだ。

隼人に視線を戻すとすっかり落ち込んでいた。

まるで出口がすぐそこに見えていたのに、開けたらまた新たな入口のような表情をしていた。


「消えたフレーズのことはわからないけど、一応聞いとこうか?」

慰めるように詩音は呟いた。それ以外かけてあげられる言葉が見つからなかった。

「うん。それと、もしよかったら、俺と直接話してくれないか聞いて欲しい。会うのが無理なら、電話でもいいし」

隼人は、哀願するような目だった。ずいぶん参っているのだろうと、詩音は思った。

期待させるような、奇跡に近い偶然が重なれば、どんな人間でもそうなるだろう。


「わかった。言いにくいけど、あまり期待はしないでね」

「うん」

そうは言っても、隼人は期待せずにはいられなかった。


きっと、南和典という人物と話したその先に何かしらの答えがあるとしか考えられなかった。




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