第三章 Time travel times⑰
ベッドに仰向けになり、隼人はぼんやりと天井を眺めた。
小説を書くのに行き詰るとよくする行動だった。
真っ白な天井の一点をただぼぉっと眺める。誰が見てもそこには何もない。
だが隼人は、そこに過去の自分が登場する映画を観る。
「時間軸かぁ」
心音にそっくりな女性が現れ、巧に強引だと笑われたが、鐘らしきものも鳴った。
瞳の夢の中に出てきた心音が言ったことであと足りないものは、時間軸だった。
時間軸とはなんなのか。隼人はそれだけが理解できなかった。
特に、点を線にというところが抽象的すぎてわからない。自分なら、もっとうまく表現して小説を書いていくとさえ思い、少し苛立った。
「小説の中じゃあ、空間に存在するいくつもの自分をつなぐって説明してあるけど。空間の中に自分は一人だけしかいない。俺には理解ができない。吉澤の言ったことは理屈でならわかる。でもだからどうなんだって思うし」
いくつもの自分は、心音の場合、詩音のことなのだろうと考えた。
つまり、いくつもの自分というのは、自分に似た誰かが、この空間に限りなく存在するということなのかと。それを全員見つけることができれば、本当の鐘が鳴るのだろうかと。
だが、隼人の考えはそこから、次第に変化を見せていった。まるで、かけ忘れたスイッチをオンにするように。
「そんなことできるはずない。あの子みたいにそっくりならいいけど、程度がある。世界中にいるかもしれないんだ」
隼人は思いをめぐらす。小説も何度も読んだ。
よっぽど南和典という人物に連絡をとりたいと思ったが、伝える言葉がうまくまとまらず、説明などできる状態じゃない。
それに伝えたところで、亡くなった人間は生き返らないといわれるだけだと思った。
「空間の中にある」
隼人は目をつぶった。全体が黒色で、赤色の点や線が乱雑に現れる。
黒色の真っ暗な部分を、一つの空間にたとえた。不思議と心が落ち着き、身が軽くなっていく感覚がしていた。
「この中に、いくつもの自分」
悲しんでいる自分、小説を書いている自分、講義を受けている自分、寝ている自分、あらゆる自分を想像してみた。
「これがまったく同時刻に起こる行動」
空間に存在するいくつもの自分に、人が創り出した時間をつけ加えた。
行き着いた先は、今目をつぶっている自分の存在に還り、それがすべてと感じるものだった。自分が考えた行動は所詮実体のない、想像の世界の中でだけの自分だと。
「ここから。ここからどうすれば。いくつも自分をイメージした。これが時間軸を理解したってことにはならないのか」
実体のない心音に尋ねた。返事はもちろん返ってこない。頭ではわかっている。
「何やってんだろ」
今度はだんだんと、落ち着いて横になっていることが苦痛になった。
起き上がって小説に向かった。それでも時間軸のことが気になって仕方なかった。
パソコンの画面に無意識に時間軸と打ちこんだりもした。文字の大きさや太さを変え、何にもならないことを無意識に繰り返した。そしてとうとう頭からはなれなくなった。
「駄目だ。今日はもうやめよう。明日はあの子に会いにいくし、もう少ししたら寝るか」
隼人はそう独り言を言うと、本当の眠気がきた。最近は頭ばかり疲れる。今度、体力を使い切るまでウオーキングしてみようかと真剣に思った。
眠ろうとすると眠れなくなり、別に眠らないでもいいと思うと急に眠くなる。人間は不思議なものだと、隼人は意識が薄れていった。
意識的か無意識的かはわからないが、自分の体のどこかで、心音の声を聞いた気がした。
その瞬間、鼻先をかすめる懐かしい匂いが、隼人をたまらなく心地よくさせた。
そこでぱっと意識がなくなり、夢も見ない深い眠りに入った。




