第一章 発端④
「じゃあ、私はこれで帰るね」
しばらくして桜は立ち上がり、コートを脱ごうとしたが、隼人が肩に触れ止めた。
「寒くなってきたし、着てっていいよ」
桜はにこりと笑った。
「うれしいけど、帰ったらお母さんとお父さんに。ね」
言葉を交わさなくても隼人にはすぐ理解できた。
進歩しないなと思った。
「ごめん」
いつもの口癖。性格は変わらない。生活すべてにも進歩がない。
「謝らないでよ。それじゃあまたね。お姉ちゃんの相手もいいけど、風邪ひかないようにね」
桜は階段の手前で立ち止まり、振り返って隼人を見て言った。
「桜ちゃんも気つけて」
軽く振り返って微笑んでから、桜はゆっくりと階段を下りていった。
その後ろ姿が見えなくなるまで隼人はゆっくり見送った。
振り返る桜に微笑みながら。
姿が見えなくなると、隼人は心音の墓に戻った。
一年間で、心音に会える日はそう何度もない。
報告はまだたくさんあった。
桜が口にした、小説家になれたことだ。
夢が実現した報告をこれからしようと思っていた。
隼人の書く小説は、二人の恋愛に欠かせないアイテムだった。
二人で描く理想の恋愛を、小説の中に展開した。
すべては仮想だった。しかし、思いは本物だった。
自分に文才があると思い込む隼人の熱意と気持ちの強さからか、その小説がヒットした。
境遇は違えど、恋愛に対するまっすぐな気持ちに感動したと綴られた手紙やメールを受け取ると、隼人は思いの繋がった気持ちになった。
出版社が次の本を出版したいと、わざわざ自分を訪ねてくれるようにもなった。
「心音。やっと叶ったよ。子どもの時からそうなりたいと何度も思って、ずっと追いかけてきた夢が」
隼人は、焦点を定めずに墓を見て、ゆっくりと呟いた。
しばらくの沈黙。
「心音にそばにいてほしかった。次の小説も、その次の小説も一緒に語りながら書きたかった。弱いから。どんどん心の中が空っぽになっていく・・・。」
言い終わらないうちに、涙がこぼれた。
辺りは完全に暗くなった。
月明かりが隼人を一層儚い気分にさせる。
静寂が、果てしない夜空へと漂う。




