表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/59

第一章 発端④

「じゃあ、私はこれで帰るね」

 しばらくして桜は立ち上がり、コートを脱ごうとしたが、隼人が肩に触れ止めた。

「寒くなってきたし、着てっていいよ」

 桜はにこりと笑った。

「うれしいけど、帰ったらお母さんとお父さんに。ね」

 言葉を交わさなくても隼人にはすぐ理解できた。

 進歩しないなと思った。

「ごめん」

 いつもの口癖。性格は変わらない。生活すべてにも進歩がない。

「謝らないでよ。それじゃあまたね。お姉ちゃんの相手もいいけど、風邪ひかないようにね」


 桜は階段の手前で立ち止まり、振り返って隼人を見て言った。

「桜ちゃんも気つけて」

 軽く振り返って微笑んでから、桜はゆっくりと階段を下りていった。

 その後ろ姿が見えなくなるまで隼人はゆっくり見送った。

 振り返る桜に微笑みながら。

 

 姿が見えなくなると、隼人は心音の墓に戻った。

 一年間で、心音に会える日はそう何度もない。

 報告はまだたくさんあった。

 桜が口にした、小説家になれたことだ。

 夢が実現した報告をこれからしようと思っていた。


 隼人の書く小説は、二人の恋愛に欠かせないアイテムだった。

 二人で描く理想の恋愛を、小説の中に展開した。

 すべては仮想だった。しかし、思いは本物だった。

 自分に文才があると思い込む隼人の熱意と気持ちの強さからか、その小説がヒットした。

 境遇は違えど、恋愛に対するまっすぐな気持ちに感動したと綴られた手紙やメールを受け取ると、隼人は思いの繋がった気持ちになった。


 出版社が次の本を出版したいと、わざわざ自分を訪ねてくれるようにもなった。

「心音。やっと叶ったよ。子どもの時からそうなりたいと何度も思って、ずっと追いかけてきた夢が」

 隼人は、焦点を定めずに墓を見て、ゆっくりと呟いた。

 しばらくの沈黙。

「心音にそばにいてほしかった。次の小説も、その次の小説も一緒に語りながら書きたかった。弱いから。どんどん心の中が空っぽになっていく・・・。」

 言い終わらないうちに、涙がこぼれた。


 辺りは完全に暗くなった。

 月明かりが隼人を一層儚い気分にさせる。

 静寂が、果てしない夜空へと漂う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ