第三章 Time travel times⑭
詩音は複雑な気持ちのまま業務を終えた。
そして自分の恋愛について悩んでいた。
偶然にも会社に隼人が現れた。話すことができたのも大きな成果だと思う。
しかし、あまりにも大きな障害が目の前に立ちはだかった。
鏡で何度も自分の容姿を確認した。
見れば見るほど、写真の女性にそっくりだと思う。虎二も桜もそっくりだというのは無理もない。というより、当然だと思った。そして怖くもなった。
「どうしてこんなことになっちゃったんだろう」
好きでもない相手なら、いい迷惑だ。会社の同僚に愚痴を言えばいい。しかし、恋愛感情のある隼人が相手なら、話は少し違ってくる。前の彼女と名前が同じくらいなら、まあ仕方ないとあきらめることができたかもしれない。
しかし、自分と同じ容姿というのはどうにもならない。
「せっかく話せたのに。もう会ってくれないだろうな」
話せた喜びよりも、有り得ない現実を目の当たりにして、鼓動が鳴り止まなかった。
そして、どんどん悲しくなっていった。
振られたわけではないが、同じような脱力感が、詩音を襲った。その時、詩音の携帯が鳴った。父親からの電話だった。そう遠くに住んでいるわけではないが、心配なのか、よく電話をかけてくる。ときどきありがた迷惑だと感じるが、それでも着信があるのはうれしかった。
「もしもし」
「おお、元気しとるか?」
あっけらかんとした父親の声だ。誰かと話したい時だったが、まさか自分の恋愛話を、父親に打ち明けたくはなかった。彼氏が出来たというのなら話は別だが。小説を書いているという点では、隼人と共通する部分を持つ父親ではあった。しかし、なにせ、年齢が全然違う。しかも父親の小説はほとんど売れていない。
「うん、順調。会社の人もみんないい人ばかりだし。就職してよかったよ。なんとかがんばっていけそう」
「そうか。それやったらよかった。頼まれとった物、今日送ったから。明後日には届くと思う。夜間指定にしたからな」
「あっ、ありがとう。もう送ってくれたんだ」
身の回りの生活用品や、洋服を送ってもらう約束をしていた。その電話をかけてきてくれたのだ。
「それだけや。じゃあ風邪とかには気をつけてな。今流行っとるみたいやし。今年のは長引くらしいぞ」
「お父さんも」
「おお、サンキューサンキュー。それじゃあな」
そこで電話がきれた。言葉少なめの父親だ。本当に小説を書いている人物なのか疑いたくなる。
隼人のことを少し聞いておけばよかったと、詩音は思った。同じ小説家だから、名前くらいは知っているかもしれない。考え方も少しは似ているかもしれない。
「話したら何って言ったかな」
もしかしたら、自分の話を父親が聞いたら、小説のネタにするのではないかと、詩音は思った。
だんだんと冷静になってくると詩音は、自分の恋愛に正面から向き合った。
生活の大部分で、隼人を思う時間が長くなった。
人を好きになる気持ちはどこから来るのか。そんなことを考えた。
異性を思う時間が長ければ長いほど、そして近くにいて存在を感じれば感じるほど、人を好きになっていく。
答えはないのかもしれない。だが、どうしてこの人でなければ駄目だと思うのか。
その理由を考えずにはいられなかった。
叶わない恋かもしれないと思えば思うほどに。




