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第三章 Time travel times⑫

桜は、失恋からくる脱力感というものを初めて味わった。

振るという行為をした後も罪悪感を感じたが、振られるというのは、もっと何か絶望的な気持ちがしてたまらなかった。いつか、この気持ちにも免疫ができるのだろうか。

「他に好きな人か。・・・、お姉ちゃんはいいな」

違う人を好きになると、もう隼人には振り向いてもらえない。そう思うと、桜はたまらなく寂しくなった。

「私、どうしたらいいんだろう」


親しい友人にさえ相談できなかった。思いつくと、瞳に電話していた。何コールか後、瞳が電話にでた。

「もしもし」

瞳は、どんな状況においても人に対する接し方をかえない。

自分が楽しくても悲しくても、人と接するときは普通の状態で接する。

桜にはそれがうらやましく、たまらなく頼れた。

「今大丈夫ですか?」

「うん。巧は今出かけてるから。それに、私も桜に電話しようと思ってたの」

巧が隼人の家に行っているということまでは、桜の手前隠した。

「そうですか」

「どうしたの?」

「私、どうしたらいいかわからなくて」


桜の困った表情が、電話の向こうからでも容易に想像できた。

「隼人君のこと?」

「はい」

「アタックし続けるか、あきらめるかってこと?」

桜は黙った。やはりその二つの選択肢しかないと。それは桜自身が痛いほどわかっていた。

それでも、他人から改めて言われると、複雑な気持ちになった。

「答えを急ぐ必要はないと思うけど、やっぱり今の状態のままじゃいれないよね。隼人君に電話とかしてみた?」

「いえ、何を話したらいいのかわからくて」

「桜が話したいことを話せばいいと思うんだけどな。やっぱり難しいよね。でも隼人君はちゃんと答えてくれると思うけどね。桜、別に茶化すわけじゃないけど、言い寄ってくる子多いでしょ?」


大学で瞳はそういう場面を何度か見かけた。桜の噂をしている男子グループの話もよく耳にした。

「すぐに違う人を見たらとまでは言わないけど、とにかくその人たちにも目を向けてみたらどうかな?ひょっとしたら、隼人君よりも、桜を幸せにしてくれる子だっているかもしれないよ」

「でも私の気持ちは」

「隼人君にあるのはよくわかる。アタックし続けるのもそれはそれでいいと思うよ。今の隼人君にはそれが一番いいと思う。でも桜は心音と違って恋愛に対して一歩ひいちゃうところがあるから」

自分の性格を一番客観的に見てくれるのが、瞳だった。行動予測もよくあたっていた。

「そうした方がいいですかね?」

「桜、もっと自分の意思で恋愛しないと。もっと恋愛に自信を持つべきだと思うよ。桜は、男の子を手玉にとるっていうぐらいがちょうどいいんだから」

「そんな」

桜はとんでもないと思った。瞳の言おうとすること、伝えたいことは大体わかった。

しかし、自分がまさかそんなことができるとは思わなかった。今まで男性の申し出を断る時も、やはり勇気がいった。友人からは贅沢な悩みだと笑われたが、ずっと思ってくれていたという男性からの申し出を断る時には、特に勇気がいった。


「瞳さんの話ってどんなことですか?」

桜は話題を変えた。瞳の方から自分に話があるというのは珍しいことだった。

「あっ、うん。今日、桜が言ってた、南詩音っていう子見たよ」

「・・・、そうですか。どうでした?」

「驚いた!見るまでは正直、言うほどじゃあと思ってたけど、まさかあれほどとは思わなかった」

瞳の声の調子で、どれほどそう思ったかが如実に伝わってくる。自分もまたそうだったと桜は思った。あの女性はそこまで自分の姉に似ていた。

「隼人君が会ったらきっとびっくりするだろうね」

「たぶんお姉ちゃんと思いますよ。声すらもそっくりだから」

「うん」

 

「好きになっていくかもしれない。あの人のこと」

桜はぼそっと呟いた。自分の恋愛はあの女性の登場によってより困難な状況になっていくと感じていた。姉に似ているというのは、不利にもなれば、有利にもなる。恋はきっかけだ。

「それはないんじゃないかな。最初はそうであっても、心まで一緒の人間なんていないわけだし。最初は心音にそっくりっていうことで好きになるかもしれないけど、心音と考え方とか、態度とか、仕草とか、そういうのは全然違うだろうし。隼人君なら、その辺はすぐに気づくと思うけど」

「隼人さん頭いいし、深く考えるけど、お姉ちゃんのことだけはそうじゃないから。お姉ちゃんを見ている時はいつも、何も頭に入らない状態だから」


「うーん。・・・、確かに。そうだね。だから巧も会わないならその方がいいって言ったんだろうな」

瞳がそう言い終わると、桜は加奈子が自分を呼ぶ声を聞いた。

夕食が出来上がったのだ。気のせいか、さきほどから、シチューの匂いがかすかに部屋に漂っていた。

「親が呼んでます。また電話します」

「うん。それじゃあね」

先ほどまでの空腹感が少しおさまっていた。何でもいいから何か食べたいと思っていたさきほどと違って、今は夕食をもう少し後にしたいと思った。


だが桜は、階段をゆっくりと下りていった。

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