第三章 Time travel times⑪
告白から数日がたつが、桜はまだ落ち込んでいた。
自己嫌悪になり、両親の存在のせいとまで考えた。心音のことでした仕打ちから、隼人は自分を振ったのだと。
そう考えるとなぜか少し楽になり、その後残酷なほど虚しくなった。
自分をますます嫌うように、そこからまた自分の魅力のなさだと繰り返す。
それでも最後に思う気持ちは、隼人のそばにいたいというものだった。
誰よりも隼人を愛している自信だけが勝手に形成されていく。
隼人のことは自分にしかわからない。
そんな桜を見て、父親の中村輝彦(47)と母親の加奈子(46)も心配が募った。
恋愛について悩んでいることはわかった。親ばかではないが、自分の娘がもてるということはわかっていた。そんな娘が悩んでいる。
どんな恋愛をしているかは容易に想像できた。
相手も大体想像がついた。娘を悩ます男性は身近にそう多くはない。
「おそらく、隼人君でしょう」
隼人に憧れていることは、女の直感で加奈子には敏感に伝わっていた。輝彦も黙って頷いた。
小説家としての隼人のことは、当然のように二人のところまで届いていた。
隼人が口にする夢をばかにしていた自分たちが、その時ほど小さく見えた時はなかった。
自分たちの娘を、小説で食べさせていく。恥ずかしがらずに堂々と言い放った隼人が、娘のいなくなった世の中で夢を叶えた。その原因が自分たちにある。
「だが、私たちが出ていくと話がややこしくなる。向こうだって会わないだろう」
心音の時の態度を咎められるだろう。咎められるだけですめばいい。
自分たちが現れることで、隼人につらい思いをさせる。
そして桜の恋愛のためを思えば、黙っているしかない。
親が出ても話をややこしくするだけだ。輝彦はただ考えるように黙った。
「あの子だって、心音に負けず劣らずの女の子だと、私は思うけど」
「他の人間から見ればそうかもしれない。けど、彼にとっては違うのだろう。彼の中にはずっとあの子がいる。自分の思い描く理想には、常に心音しかいないと言っていたのをよく覚えているよ」
隼人の言葉も今なら真実味を帯びている。
それまではいい加減なだけの人物としか見えなかった。
いきなり娘を妊娠させたと知った時は、裏切られたという気持ちしかこみ上げてこなかった。
挙句、小説で養っていくといった夢物語を堂々と言われた。
そんな男性に自分の愛娘を任せられるはずはなかった。周りの声も自分に賛成していた。
今でも許せない気持ちはある。しかし、自分のしたことに懺悔する気持ちの方が大きかった。
「自分の、人を見る目のなさを感じるよ。心音のためによかれと思ったことが、全部裏目に出てしまって」
輝彦の視線は手にとった新聞を見ていたが、内容を読むのではなく、視線をどこかに置いておきたいというものだった。加奈子とさえ面と向かって話せない話だった。
加奈子の方もそれを理解していて、料理をしながら話した。
しばらくして、桜が降りてきた。
「お母さん、ご飯まだ?私おなかへった」
桜は妙にあっけらかんと話した。二人はさっと目を合わせた。すぐに加奈子が視線を桜に向けた。
「すぐできるから。待ってて」
「わかった。手伝おうか?」
「ううん。後は炒めるだけだから」
何事もなかったように話す桜の声を、輝彦は黙って聞いた。悩みを聞いてやりたかったが、どの顔でと思い直した。桜はまた、階段をのぼり、自分の部屋に戻っていった。




