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第三章 Time travel times⑨

「ごめん。俺今なんか気持ちが変」

詩音以上に、隼人は戸惑いを隠しきれなかった。

本当に南詩音という名前なのだろうかと疑うほどだった。

忘れるはずのない、心音の声を聞いた。


「そんなに似てますか?」

「・・・・・」

隼人は、かばんの中に入れている心音と一緒に写った写真を取り出した。

それを、躊躇せずに詩音に差し出した。詩音は受け取ると、写真に写った心音の姿を見て止まった。

聞かされてた以上に、自分に似た人物がうつっていた。

違うところといえば、髪の長さくらいのような気がした。

双子なのではないかと思った。

まったく会ったことがないというのが不思議なくらいだった。

詩音は怖い物を見た時のように、瞳を強く閉じた。


「ありがとうございました。・・・、いやですよね。亡くなった彼女にそっくりなんて」

詩音は、隼人を思う気持ちからくる、やり場のない気持ちを投げかけた。

隼人はその言葉を、そのまま受け止めた。

「いやとかそういうのはないけど、次どこかで会っても、心音って思うんじゃないかな。だから、俺の方が嫌な奴じゃないかな」

隼人は素直な気持ちを明かした。この先、詩音と会っても、心音として見てしまうだろうと、そう思わせるほど、心音に似すぎていた。


「そんな」

「でも安心して。心音と思い込んで、追いかけたりとか、迷惑かけるような真似はしないから。それはしたくない」

詩音はその言葉にどきっとした。状況さえ違えば自分が望んでいたことだ。

目の前の隼人に情熱的に愛されたいと思う気持ちが疼く。

しかしそれは、真に望む物とは違っている。

別の誰かの姿を見て、自分を追いかけられるのはつらさしかない。

「できるだけ、私を心音さんじゃなくて、一人の違う女性として見て欲しいです。最初は心音さんと思ってもらっていいですから」精一杯だった。

「うーん?できるか自信はないけど」

見れば見るほど似ている女性を、心音と切り離して考えることなど、到底できないと、隼人は思った。

だがよく考えれば、普通に生活していれば、会うことはない。迷惑をかけることもないだろうと思い、少し安心した。その裏で、ずっと眺めていたいと思う寂しさもあった。


「それじゃあ私、仕事に戻ります」

「頑張って」

隼人がそう言うと、詩音はまた足早に同じ道を戻っていった。

悲しい報せを聞かされたとでもいうように、顔はうつむいていた。

隼人はその後ろ姿を時折振り返って眺めた。桜にせよ、自分に後ろ姿を見せて去っていく女性を、最近よく眺める。

詩音の後ろ姿を眺める時は、なぜかたまらなく寂しかった。呼び止めたいという気持ちを抑えるのに必死だった。心音が近くに来て、また遠くに行く感じがした。


ぼぉっと立っている隼人を邪魔扱いするように、自転車に乗った初老の男性が、自転車のベルを何回も鳴らした。隼人ははっと我に返った。

「邪魔じゃ!」

寝巻きのまま自転車に乗っている男性の強烈な捨てゼリフよりも、鳴らすベルの音に気を奪われた。瞳が言っていた、本のセリフを思いだした。

心音にそっくりな女性、その直後の鐘の音。時間軸のことはわからない。だが、ひょっとすると、瞳の夢の中で、心音が言ったことなのかと、隼人は考えた。

まともな精神の状態ではないのかもしれない。

隼人は、道の端にしばらくぼぉっと立っていた。


「どうかしてるな。頭がおかしくなったのかも」

隼人は我に返るように、頭を左右に振った。心音にそっくりな詩音と出会ったのは偶然かもしれないが、鐘の音は状況を考えれば鳴るのはおかしくない。

今は気持ちを切り替えることにした。もうすぐ虎二の店にたどり着く。

今度は自分が、何も知らない自分を演技する番だ。

あの梅子にもできないことを自分は果たしてやってのけることができるだろうかと、隼人は不安になった。

しかし、二人にこれ以上余計な心配はかけたくない。

二人が、隼人に何も言わなかった気持ちはよくわかった。桜の気遣いも。隼人の性格をよくわかってくれている。


「もう会うことはない、会わないでおこう」

小さな声で呟いてから、大きく深呼吸をした。隼人はいつものように、虎二の店のドアを開けた。


レジには、いつも通り、梅子と虎二が立っていた。

梅子と虎二もいつも通り隼人を迎えた。

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