第三章 Time travel times①
厳しい寒さが続く中、急に暖かな日が訪れた。
大学は休日だったが、隼人は昨日の桜からのメールもあって、いつもより早く目覚めた。今日、会ってほしいというメールだった。
「なんかあったかな」
心音の墓の前で偶然会うことはあっても、約束をして会うことはほとんどなかった。
待ち合わせの場所は、隼人がよく行く、自宅近くの公園だった。
屋根つきのベンチがあってよく訪れる場所だ。小説のアイデアを考える時やのんびりと星を眺めたくなったらふらふらとここへ来る。
心音とも、二人でよく訪れた。それだけ人目につかない位置にある公園だった。
待ち合わせなどではいつも早く来てしまう隼人だが、到着するともう桜が来ていた。
時計を確認すると、約束の十五分も前だった。
「おはよう」
桜は隼人に気づくと、緊張した面持ちであいさつした。
「おはよう」
隼人もあいさつを返して、桜の隣に座った。
桜が少し沈黙気味だったので、隼人が話を切り出した。
大学の話など世間話が続いた。
それから、隼人の小説の話になり、桜は、自分の恋愛観などを話した。
隼人は、小説を身近な人物にまず読んでもらうことが多かった。
少し前に、まだ本にしていない原稿を桜に渡していた。
その感想をわざわざ会って話してくれたのだと思った。
「隼人さん」
会話の途切れたところで桜は隼人の名前を呼び、呼吸をおいた。
間があったので、隼人は桜の方を振り返った。
「あのね、私、隼人さんのことが好き」
自分が鈍感だったのかと隼人は思った。
桜が感情を隠すのがうまかったかどうかはわからない。
だが、隼人は初めて桜の思いを知った。
「俺?」
隼人は驚き、聞き返した。
「うん。お姉ちゃんの存在を超えられるかどうかわからないけど、そうなりたい。だから、私とつきあって」
桜は顔を真っ赤にし、恥ずかしそうにうつむいた。
隼人は驚きを隠せないという表情で告白を受けた。
まさか、妹の桜から告白されるとは夢にも思っていなかった。
隼人は動揺で少しの間黙った。
「なんで俺なんかを」
隼人はいつまでも心音に未練を持つ自分を、桜がなぜ好きになったのかわからなかった。
桜は隼人だけでなく、誰から見てもすごく魅力的な女性だ。
声をかけてくる男性も多い。出会いが多ければ、それだけ多くの恋が訪れる。
なのに、なぜ自分なのかが理解できなかった。
「巧さんに言われた。お姉ちゃんに勝ちたいだけじゃないかって。そういう気持ちがないわけじゃないけど、私が隼人さんを好きなのは、自分でこの気持ちをなんとかしたいって頑張れるから。だから、隼人さんが好き」
「・・・・・」
隼人は次の言葉が出ずに黙った。心音を好きになった理由と同じだった。心音が隼人を好きになったのもまた同じだった。
「私、昔から恋愛に対してすごく臆病で、好きな人ができても、その人が告白してくれるのをただずっと待ってたの。でも、隼人さんだけは、気持ちを打ち明けてどうしてもつきあいたいって思った」
そう言い切ると、桜も言葉が出ず黙った。女性がそこまで言ってくれるということが、どういうことであるかは、隼人は痛いほどわかっていた。
自分がその気持ちに答えてあげられれば、とてもいい関係が築けるだろうとも正直思った。
同時に、治ったはずの左の手首の傷が痛んだ。
「桜ちゃんの気持ちはすごいうれしい。真剣に俺のこと考えてくれて。だから、俺も正直な気持ちをはっきりと言う。俺はこの先もずっと心音が好き。それがどうもならないってわかってても。だから桜ちゃんとはつきあえない」
桜は肩を落とした。
「そう言われるかなって思ってた。けど、気持ちを打ち明けたらどうにかなるかもしれないっていう期待もあったの。私、馬鹿だよね」
糸が切れたように、小刻みに震えていた。自分から告白したことのない桜にとって、それがどれだけ勇気のいることだったのかがわかり、隼人は胸が痛んだ。
しかし、今の自分の気持ちのままつきあって、一番傷つくのは桜だ。
隼人も桜もしばらく黙った。
「告白できてよかった。私、少し強くなったかな。隼人さんのことはこれからもずっと大好き。隼人さんと同じかもしれないけど、私は違う恋にも目を向ける」
桜は精一杯の強がりを口にした。本当は悲しみのうちに、涙を流したかった。
だが、隼人の前で涙を見せたくなかった。そんなことで隼人を困らせたくはなかったし、涙を武器にする女性になりたくなかった。
「・・・・・」
隼人は言葉が見つからなかった。
告白など一度もされたことのない者にとって、振るということのつらさを知った。
振られた時とは違ったつらさだった。
何かを口にすると、それがすべて嘘になってしまうような。
振られることとはまた別のつらさかもしれないと、隼人は考えた。
振られた時は振った方がと思う。人はないものねだりだ。
「じゃあ私、もういくね。隼人さん、明日からも普通に話かけてほしい」
「うん。もちろん」
隼人は、しっかりとした声で頷いた。
ドラマなら、気の利いた言葉を返すのだが、隼人にはそれが精一杯だった。
桜の後姿が見えなくなるまで、隼人は言葉を探していた。
本当に自分は小説家なのかと、腹立たしかった。




