第二章 思いの行方⑨
虎二と梅子はそわそわしていた。
しばらく姿を見せなかったミナミシオンが再び店に現れた。
隼人がいつもやってくる時間の一時間も前だ。
偶然会うことはないだろうと二人は感じていた。
しかし、どうも落ち着かなかった。
「うーん、・・・」
両手にサンドイッチをとって回しながら表記を見比べ悩む仕草も、手に持ったままそれ以外の物にも興味を示してきょろきょろする所も、心音にそっくりだった。
容姿がそっくりなせいか、行動すべても心音本人のようだと虎二は落ち着かない。
梅子は行動の一つ一つに見入っていた。
瓜二つという言葉があるが、まさにそれだった。
「おはようございます」
運の悪いことに桜が店にやってきた。
隼人ほどではないが、桜も店に顔を出す時間は大抵決まっている。
突然の訪問に虎二も梅子も驚いた。
虎二はどぎまぎとした行動をとった。
桜にはそれが可笑しかったらしく、小さく笑った。
そのわずかな一瞬だった。
梅子は見逃さなかった。ミナミシオンという女性の表情が歪んだ。
「私だって早起きぐらいできますよ。そんなに驚かないでくださいよ。今日は会社見学に行くから、早く大学に集合しないといけなくて」
「そうか、こんなに早くからな」
桜が奥に行くことを止めることは出来ない。不自然だ。
購入するものが決まっているらしく、他に目をくれず、一目散に目的の場所に向かった。広くはない店内。行き交う場所では必ずはちあわせる。
案の上、桜はミナミシオンの隣に位置した。
桜が購入したいパンを両方持っていたらしく、手から顔へと視線を移した。
虎二と梅子の予想通り、桜はその場に恐れるようにたちすくした。
「お姉ちゃん!!」
無理もないというように、虎二と梅子は桜と目を合わせ黙って頷いた。ここまで似る人物というのはめったにない。妹の目から見ても、やはり同じだった。
「えっ?」
女性はよくわからないと言うように、救いを求めレジにいる二人を見た。
「ごめんなさい。以前お話しました、よく似ていらっしゃると話した女性の妹さんです」
女性は以前のことを思いだした。そして軽く笑った。
聞かれ方が違ったので驚いたが、レジにいる二人に聞かれた時ほどではなかった。
「そんなに似てるかな?」
今度は、確認するように桜が二人の方を見た。気が遠くなりそうだった。
「そっくりです。なんていうか、お姉ちゃんそのものって感じで」
「そんなに。私の方こそお姉さんを見てみたかったな。でも私はあなたのお姉さんじゃない。私の名前はミナミシオンっていうの」
確認させるように、ショルダーバッグから取り出した免許証を見せた。“南詩音”という文字が見えた。苗字は全然違うが、名前はかすかに似ている。
桜はどうしていいかわからず、免許書の方にまた視線を落とした。
「お姉ちゃんと同じ生年月日!」桜は驚いたように言った。
そして、まじまじと女性を眺めた。
「本当に!? うーん、ますますお姉さんって疑われるだけだったかな」
あっけらかんと笑う南詩音は、見れば見るほどに、心音にそっくりだと桜は感じた。
見た目も背格好も、よく聞けば声も似ている。「全然違う」という部分がないようなくらい生き写しだった。
人とはここまで似るものなのかというほどに。
まるで心音のコピーロボットのようだ。
「いくら似ていても、お姉さんと違うところはいっぱいあると思うよ。名前も違うし、出身地も違うでしょ?私はつい最近こっちに引っ越してきたばかりだし。今はこの近くの会社で、事務の仕事してるの。」
桜は聞く耳を持ってないように、ただ詩音をぼうっと見ていた。
「それに、あなたのお姉さんは消息不明じゃなくて、亡くなったんでしょ。だったら完全に違うじゃない。同じ年なら生まれ変わりはないし」
詩音はあっけらかんと呟いた。梅子は言葉の一つ一つを、記憶にとどめていた。
「じゃあ私は急がないと遅刻するから。これ、よろしくお願いします」
隼人に会うことはよほどの可能性がない限り、ないだろう。
それに、今日の桜の接し方で、もう女性は来なくなるのではないかと、虎二は思った。
「ありがとうございます。お気をつけて」
「どうも」
女性は軽く笑顔を見せ、急ぐように出ていった。時計を見る限り、八時から始まる仕事をしているのだろうと、梅子は考えていた。
「桜ちゃん、いくら心音ちゃんに似ているといっても失礼ですよ。あんなにまじまじと見つめられては」
梅子も人のことは言えなかったが、桜に正気をとり戻させようと、少し口調を強くした。
そしてはっきりと実感した。隼人とは引き合わさない方がいいと。
それから、詩音が見せた先ほどの一瞬の表情が気になっていた。
体調が悪かったのだろうか。そう考えるのが一番納得のいく考え方だが。
「だってお姉ちゃんにそっくりで。ううん。そっくりなんてものじゃなくて。そのままだった。どうしてあんな人が?」
動揺がおさまりきれないというように、桜は口早に話し始めた。誰かが止めに入らなければ、収まらない勢いだった。
「桜ちゃん、落ち着いて。俺も最初はそんな感じやったけど。心音ちゃんであるわけないんやから」
桜はますます動揺した。
「隼人さんには今日のことはどうか内緒に」
桜は隼人の名前がでたことで、思いつめたようにゆっくりうなずいた。
「そうですね。隼人さんが知ったら、私なんかの動揺と比べものにならないぐらい動揺しちゃいますね」
ただでさえ最近、気持ちを確認してきたところだ。もう隼人が苦しむところは見たくなかった。
「よく似た子程度なら、それならよかったんやけど」
虎二の最近の口癖になっていた。梅子もよくこの言葉を聞いた。
「駄目です。隼人さんには、お姉ちゃんとは全く違った人を好きになって欲しい。似てるから好きになったって言ったら相手も傷つきます。それに隼人さん自身も傷つきます」
少しの沈黙が流れた後、桜は店内の時計を確認した。
「私、そろそろ行きます」
「気をつけてくださいね」
桜がまだ残る動揺から、事故にでも巻き込まれないかと、梅子は心配した。
桜を見送って、何人かの客の出入りの後いつも通り隼人がやって来た。
「おはようございます」
隼人は元気よく声をかけた。
眼帯がとれてからも、虎二の様子はあまり変わらなかったからだ。
梅子もまた何か一抹の不安を残した表情がうかがえる。強い女性だと思っていた。
よほどのことがないとそんな顔はしない。しかし、隼人がぶしつけに質問しても、たぶん何でもないと答える。だから、あえて聞くことはしない。してあげられることは、元気な声をかけることだった。
「おう。元気ええな」
「おはようございます隼人さん」
虎二も梅子もできるだけ普通に声をかけた。戸惑いながらも、やはりそれが隼人のためだというように。




