第二章 思いの行方⑦
その日の晩、隼人はぼんやりと考え込んだ。今までの自分を含めて。
巧にあんなに強い調子で言われたのは、これで二度目だ。
一度目は、心音の両親に引き離された時だ。
隼人は五歳の時、両親を交通事故で失った。ほとんど家にいなかった父は後になって単身赴任だったと知ったが、たましか帰ってこなかった父になつけずにいた。
母親は一身の愛を傾けてくれた。
引き取ってくれる親戚もなく、児童養護施設で育った。
後に施設では、子どもへの暴力などが問題になるが、隼人が育った施設は施設長を含めみんな親切で優しかった。
隼人が心を開いていくきっかけとなったのは、
小学校に入学する時、施設に多額の寄付をしている資産家の娘、心音と出会った頃からだ。幼いながらにも恋はする。それが悲しみをほんの少しだけ和らげた。
隼人と同じ年齢で、通う小学校も同じだった。
幼いころからよく一緒に遊んだ。心音が楽しそうに笑うと、自然と自分も笑顔になれる瞬間があった。
恋愛感情を持ち、互いを意識し始めたのは、中学二年生の時だった。
校外合宿の時、隼人が書いた脚本をもとにした喜劇の成功。
その日の晩、手をつないで夜景見ながらキスをした時だった。
お互いの将来を真剣に話しあったのは、高校時代。
自分の殻に閉じこもったとき、空想の中で生きていた隼人は、
小説家を強く志望する一方で、隼人は、何よりも強く家族を持つことに憧れた。
温かい家庭を作りたいと願った。この世界に繋がりを持ちたかった。
子どもは多ければ多いほどいいと。
心音の夢は保母さんだった。施設に通ううちにそう決心したと話した。
子どもが大好きで、また子どもたちからも慕われる心音にはぴったりだった。
関係が露呈したのはそんな頃だった。
心音が、隼人の子どもを身籠った。当然、心音の両親の逆鱗に触れた。
怒りは施設にまで飛び火し、寄付行為の打ち切りを迫った。
隼人にもあきらめるように、脅しととれる電話と訪問が何度も続いた。
心音はそんな両親を説得し続けたが、過度の心労で倒れることも多かった。
子どもを流産したと知らされた。
中絶することを最後まで抵抗したとだけ、のちに桜から聞かされた。
引き離されてからも、心音の両親と言い争ってくれたのが中学からの同級生の巧だった。
一度だけ許された面会の場を作ってくれたのも、他ならぬ巧だった。
心音は心労からくる高熱と過度の拒食症などで、凝視できないほどに痩せていた。
隼人は何も言えず、心音をただ強く抱きしめた。
その腕の中で心音は、「ごめんね」とだけ一言、細い声で隼人に呟き、その数日後深く目を閉じた。
心音との日々はまるで、何度も観ているようお気に入りの映画のように、細部まで思い起こせる。
「心音に捉われすぎか。捉われても仕方ないだろう。五年ってそんなに長いのか」
心音と写った写真を眺めた。
「なあ心音」
返ってくるはずのない返事を、少しの間待った。




