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第二章 思いの行方⑥

「肉体と精神を分離して考えてみるとわかりやすいと思う。精神の中だと、あらゆる自分を想像してつながることもできるけど、肉体はそれができなくて、たった一つ。天文学的な数の自分を想像する力も、実践するだけの強さも持ってない。だからどうするか、肉体がその時一番楽な状態を選びだしてあてはめていくしかない。俺はそう思った。だから、苦しい時は、肉体が精神をカバーしてる。楽しいときは、精神が肉体をカバーしてるって」

直樹の言葉の意味することはわかった。よく小説を読んでいる。

そんなことが点在して書いてあったと、隼人は思った。

しかし聞いてしまえば、ありきたりの意見だ。

納得のいく解釈というのは、無難であることが前提だと隼人は感じた。


「だから、この作者のいっている時間軸っていう考えを肌で理解できるのは、精神と肉体の両方が補おうとしない場合。今の俺じゃあとてもじゃないけど、それは味わえないけど。そんな状態なら、そんなことを考える前に頭がおかしくなって、まともじゃないと思う。こういう考え方をするっていうことは、作者自身もそういう状態にあるっていうことじゃないかな」

作者のことまでは頭にまわらなかったが、直樹のいうことは理解できた。

瞳は、よく独自の考え方だけで、よくそこまでたどり着けたと感心した。

巧はずっと黙っていた。


「私にはよくわからないけど、結局小説のフレーズが消えたことは謎っていうことだよね?」

瞳は結果にこだわった。今回の場合、小説のフレーズが消えたのは、まずは誰が何のためにやった。それだけで十分なのだ。

「ああ。そっちは俺にも全然わからない。この、えっと、南っていう作者に言ったらびっくりすると思う。喜ぶかな。どんな人物か知らないけど。連絡はとれないのかな」

直樹は作者名を見て言った。隼人も思いついたような顔をしたが、

「確かに、でも心音も以前連絡先を知りたいと何度か試したことがあったけど、結局出版社に断られたらしいからな。手紙は何度か書いたりしたみたいだけど」

「今はその出版社もなくなっちゃってるしね」瞳が付け加えた。


「どっちにしろ、そいつにだって理解できないだろ」

それまで沈黙を保っていた巧が、吐き出すように言い放った。

「まあな。小説のフレーズが消えたことはわからなくてもいい。気にはなるだろうけど。けどそれにばかりとらわれても何もならないよ。はっきり言って、心音ちゃんが蘇るなんてことは現実にない。片桐には悪いけど」

直樹は巧の方を見ずに言った。

「いや」

隼人は、反論せず肯いた。

「おまえの目を見てると、そこだけに着目してるように見えるけど」

直樹はじっと隼人の目を眺めて言った。


「隼人、おまえは良くも悪くも、心音ちゃんに捉われすぎじゃないか」

逆効果だとはわかっていたが、巧は話した。隼人にこれ以上深みにはまって欲しくなった。

ぶっきらぼうだったが、巧が今言える精一杯の言葉だった。

「振られたり、引き離されただけなら、前みたいに協力もするし応援する。けど今はもう違うし。ずっと好きでいるっていうのはそれでもいいと思う。おまえの勝手だから。けどな、そんなおまえのことを好きって思ってくれる子がいて、そういう気持ちも考えてやれ」


隼人は誰のことを言っているのかわからず黙ったままだった。

逆に、瞳は誰のことであるかはすぐにわかった。桜だった。

つい最近、巧と瞳に気持ちを打ち明けにきた。

姉という大きな存在がありながら、隼人を好きでいる気持ちを知った。

姉への裏切りになるのではないかという悩みを持っていることも。

体が小刻みに震えていた。よほどのことなのだろうと二人は感じた。

瞳は、自分のしていることが正しいことなのかわからなくなっていた。

 

隼人は不器用な男だから、諦めた方がいいと、巧は説得した。

「それでもいい」と言った桜の表情は真剣だった。

瞳は、自分の軽薄な行動を心から恥じた。

小説のフレーズが消えたことを隼人に知らせなければ、全力で応援できたかもしれない。

 

瞳は、ただ黙っていた。

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