第一章 発端 (第一章終了)
隼人は帰宅すると、自分の所有する『ラポール』を見に、部屋に戻った。
そして、携帯から瞳の番号に連絡を入れた。
「もしもし」
「帰ってきた。今、本を見てるんだけど、何ページ?」
ぺらぺらとめくるより早いと判断した。
得体のしれない好奇心が先行し、隼人は結果を急いだ。
「えっとね、百五十四ページ」
開く手があせっている。
自分でもなぜかわからなかった。
ページが開き、おそるおそる見た。
聞き覚えのあるセリフがそこには記してあった。
「俺の本には、しっかり書いてあるよ」
「本当に?!消えてない?」
驚きを隠せないというように、瞳の声が耳に残った。
「瞳ちゃんの本の方、見に行ってもいいかな」
隼人は、突然起こった奇妙な事実を、自分の目で確かめたいと思った。
「うん、いいよ。私の方からお願いしたい」
「すぐ行く」
巧のアパートまで少し急ぎ足でかけつけた。
インターホンを押すと、瞳が申し訳なさそうな顔で出てきた。
少しでも早く見て欲しいのか、本をかかえていた。
瞳は神妙な表情を浮かべていた。
隼人も一応、小説を持ってきた。見比べるためだ。
部屋はかなり暖かかった。
今は切っているが、かなりの時間暖房をつけていたのだろう。
中に入ると、巧はまだゲームをしていた。格闘ゲームだった。
隼人に気が付くと無邪気に微笑んだ。してやったという笑顔に思えた。
深刻な表情の瞳とは対照的だった。
二人して深刻になるのを避けようという、巧の配慮だったのだろう。
隼人は、できるだけ真剣な表情を作った。何かの間違いとしか考えられない。
それをこれから瞳と議論しようと思っていた。
しかし、思いのほか瞳の表情が引きつっている。
ページには紙きれが挟んであった。その時、何かしらの違和感があったが、隼人は思い切って開いた。
「・・・・・」
隼人はしばらく無言で、その場に立ち尽くした。
驚きというより、不思議な感じだった。
「なんで?」
救いを求めるように瞳を見た。ほらねという表情をした。確かに変だ。
その部分すべてが真っ白なら、まだよかった。
かぎ括弧の中だけすっぽりとないのは、妙な違和感がある。
そこに文字が書いてあったと告げるのには十分だった。
出版社のミスなら、落丁どころの話ではないだろう。意図的にやったとしか思えない。
「まともな思考はできないけど、偶然が重なっただけじゃないかな?」
「どんな?」
今度は、瞳が隼人に尋ねる番になった。事象だけとれば確かに非現実だ。
だが、すべての可能性を探ってはいないような気持ちが、隼人の中で生まれた。
思考能力が麻痺している。
ふたを開けてみれば何ともない現実的なことかもしれないのだ。
「・・・」
隼人は返す言葉を探した。
「最初からなかったんじゃないかな。印刷ミスとか」
あまり深く考えずに、子どもでも思いつきそうな解釈を考えた。
「それだったら初めて読んだ時に、絶対に気づいてたよ。それに、もっと前に話題に出してたはずだし」
確かにそうだ。まったくないのならまだしも、中途半端に抜けている。
その部分を気づかず読むとは思えない。
隼人はあれこれと考えをめぐらしたが、納得いくような解釈、そして解決はとうとう出てこなかった。 と同時に、説明を放棄してはいないのだろうかとも思った。
自分は有り得ない現実に浸りだけではないのかと。
巧は相変わらずゲームをし、瞳は小説のセリフを眺め、隼人はしばらく自分の小説を見ていた。




