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第一章発端①

真っ赤な太陽が、地平線のはるか向こうの海へ沈んでいく。

渡鳥がひとときのやすらぎを求め、水面に羽を休める。

高い丘の上から見る美しく儚い夕暮れ。


片桐隼人(23)は、中村心音(ここね)と書かれた墓標の前に腰を下ろしていた。

吐く息は白い。冷たい風が容赦なく頬をさす。

墓参りに訪れる初老の婦人や紳士がそばを通り、帰り際心配そうな視線を向ける。

何も言わず笑顔で肯く隼人に、何も言わず通り過ぎていく。


「隼人さん」

聞き慣れた声が遠くから聞こえてくる。

振り返らなくても誰であるかはすぐにわかった。心音の妹、中村桜(19)だ。

「お姉ちゃんは幸せだね。こんなに自分のこと思ってくれる人がいるんだから」

透き通るような声がだんだんと近づいてくる。


今日は心音の五周忌にあたる祥月命日で、隼人は朝早くからこの場所にいる。

出会うのは当然だ。

隼人は、鼓動を早くしながら桜の後ろを気にする。

臆病さは変わらない。そんな隼人の表情を見て桜はすべてを理解した。

「大丈夫。お母さんもお父さんも今日は来ないよ。昨日来たみたい。明日も来るって。認めちゃったんじゃないかな。隼人さんが小説家としてすごく有名になっちゃったから。何かそういうのは嫌だけど」

桜は、心音の性格と対照的で、言葉に色をつけず、物事をはっきりと言う。


隼人は桜の考えに何か言おうとしたが、桜が続けて話そうとしていたのでやめた。

「お姉ちゃんがいなくなってもう五年になるんだね。新しい恋愛はしないの?すごく有名になっちゃったから、相手を探す必要ないんじゃない。お姉ちゃんよりももっとかわいい子もたくさんいるんでしょ?」

桜は少し照れながら話した。


 柔和でよく笑い、可愛い印象の心音とタイプは違った。隼人と同じ大学で、学部を超えて評判となるほど、桜の容姿は整った美人だった。長身ですらりと伸びた脚線美、プロポーションも抜群だった。高い鼻、吸い込まれていきそうなつぶらな瞳。色気のある魅力的な声。声をかけられている場面をよく見かけた。


 赤色のタートルネック、白を基調にして端に赤色のラインが二本入ったマフラー、少し丈の短い黒のスカート。白いロングブーツ。

 どれも無地で、桜の整った顔立ちをより一層惹きたてた。

 桜は肩をすくめ、露出した膝の辺りを小刻みに揺らしていた。

「その恰好は寒くない?」

 隼人はベージュのロングコートを脱ぎ、桜にかけた。

 桜は微笑み、同時に寂しそうな表情を浮かべた。

 昨年もこうして、隼人にコートをかけてもらった。


「本当に好きだったんだね、お姉ちゃんのこと」

 桜がうらやましそうな表情で、墓標を見つめる。

「うん。今でもずっと」

 隼人もまた、墓標を見つめながらかすれた声で呟いた。


 本心だった。会えるのであればもう一度、心音に会いたい。

 どんな代償を払ってもいいと思った。

 心音は感情表現の豊かな女性だった。

 本人は嫌がったが、小説を書くたびにヒロインのモデルにした。

 何かにおびえ、不安でたまらなかった心が、心音を抱きしめるとすうっと柔らかな光に包まれるように落ち着いた。

 

 心音との思い出は色褪せない。だが、そのあとにくる、

 もうそこにいないという絶望にも似た孤独に苛まれる感情。


 隼人は堪えた。桜の前では、涙を流すわけにはいかない。

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