前編
前から書いていたものをリハビリがてら投稿することにしました。
カタコト、好きなのですが読みにくいですよね……すみません……
身長差体格差ありの青年と少女、部下とボス、などなど趣味全開です。おれっ娘です。ギルドに関する知識はほぼないのでふわっと読んでいただけると嬉しいです。
突然始まります。
バタン、と音を立てて扉が閉まった。そうして、おれの長かった初恋は終わった。
眺めるフリで手に取った書類を机に落として、やっとおれは閉じられた扉の方に目を向けた。
おれが座っている執務机の真正面にあるその扉は、見慣れているはずなのに、ひどく重厚に見えた。そこから、あいつは出て行った。
椅子の背もたれに背中を預けて、ついさっきまで近くにいたあいつの姿を頭ん中に思い浮かべる。
『もう、お前は用無しだ。どこへなりとも行けばいいよ』
おれの言葉に、あいつはいつもの無機質な調子に少しの驚きと安堵をにじませた声で、ありがとうございます。とだけ口にした。
顔を見る勇気がなくて、けれども怖いもの見たさから、ちらと書類から覗いたあいつの顔。
初めて見る表情、に、ぎゅうっと胸の奥がねじれた気がした。顔をくしゃっとさせていまにも泣きだしそうに、でも不器用だけどたしかに微笑んでいた。
……笑顔、……かわいかったなぁ。
おれの決断は、間違っちゃ、いない。
「…………くっ……」
おれが、どんなにお前の笑顔が見たかったかなんて、有能なくせに鈍ちんのあいつはこれっぽっちも気付いちゃいなかっただろうなあ。
予想以上の威力に、瀕死状態。ちょっとどころじゃなく、かなりときめいた。心臓壊れるかと思った。
このおれが、このザマ。やっぱり追い出すなんてするんじゃなかったかな、惜しい人材を失くしちまったぜ。
おれは笑い出したくなった。そのくせ妙に胸の奥が苦しくてじくじく痛んだ。
おれ、あいつに恋してたんだ。これまで自分の気持ちに素直になれなくて、否定し続けてきた恋心を認めてやった途端、鼻の奥がツンとして、目の奥がカッと熱くなった。ぎりっと奥歯を噛みしめて、ただひたすら、嵐が通り過ぎるのを待つ。
だいじょうぶだ、おれは、強い。女みたいに、泣くもんか。こんな色恋沙汰で、泣くわけないじゃないか。……泣くわけには、いかない。
…………でも、でも本当に、好きだった。彼と出会ってから、ずっと、ずっと。
嵐の中で、やっと自己主張することを許された恋心が、痛い痛いと泣いている。おれの身体を支配して、一瞬、ほんの一瞬だけ、身体の力が抜けた。
じわりとにじんだ目尻の涙が、ひとつぽろりとこぼれそうになって。
背後から、何かがおれの首元に回された。それが誰かの腕だと気づくより前に、耳元で聞きなれた声がした。
「ボスーーー書類マダデスカーーーー?」
「!?!?……おまっ、ラギ、いつからっ」
「奥ノ部屋にズッとイマシたケド。カレコレ20分は待ッテましたヨ」
不満そうに文句を言う言葉はすでにおれの耳に入ってこない。
ずっと、ずっと!?あいつを、ヨルを何の相談もなしに解雇したのは、まあ構わないだろう。ヨルをクビにすることを幾度となく勧めていたのはコイツだ。ラギはヨルが何故だか気に食わなかったようだったからな。しかし、そんなことよりも、おれの様子を見られていたのは、失態だ。おれの声、ちょっとだけ震えちゃったコトとか、女々しく悲しみに耐え忍んでいたおれの行動、ぜんぶ、見られて……?
「お、お前、見てたのか!?」
「ハイ?」
「だから、そのう、おれがっ、」
腕をがしっとつかんで、しかし彼の顔は見ることができず、勢い込んだはいいものの、結局どう話せばいいか分からなくて、沈黙を選ぶしかなかった。
彼はちょっと黙った後、はーーとなぜか長い溜息をひとつ吐いた。
「えぇ、バッチリ見させテ頂キましタヨ。ボスの悲シミを必死に隠ソウとスル表情に非常ニソソラレまシタ。イケナイ趣味ニ目覚メソウでス。責任トッてクダサーイ」
や っ ち ま っ た ! !
背筋にいや~な汗がだらだら流れて思わずぶるっと身震いした。そのくせ顔がボッと火を灯したように熱くなる。
察してくれ、つまり、恥ずかしいんだ!!
「とっとにかくいつでもどこでも気配隠すのやめろっていつも言ってるだろ!!」
「スミマセン。いつでもどこでもボスを視姦……ア、間違エタ、見守っていらレるヨウニ神様が下サッタプレゼントなので、どうしようもデキマセン」
「黙れ無神論者!!意味はよく分からんが、とにかく聞けんということだなっ!?ようし、お前がそう言うならおれもなぁっ」
「ボス」
一発顔に拳をかましてやろうと勢いよく振り向いて右腕を上に突き上げようとした。
だが彼はそれを待っていたかのようにひょいっと難なく避け、あろうことかおれの両脇に両手を添えておれの身体を軽々と(腹立つ!)持ち上げやがった。いわゆる「だっこ」。突然の浮遊感におれは為すすべなく、子供の様な扱いに頭に血が上った。
「ちょ、おまっ……降ろせっ!!」
「フフフ、気を使ワナイで下さいヨーーいつもシテあゲテルコトジャなイでスカー」
「はっ……やっぱりお前だったか!朝気づいたらベッドに寝てるからおかしいと思ってたんだ……!というか降ろせ!!ガキ扱いすんじゃねぇっ」
調子っぱずれたへったくそな鼻歌を歌いながら奥の部屋に移動していく。いつもより遥かに高い視線に(おれが低いんじゃない、コイツが規格外に高すぎるのだ!)わずかばかり恐怖を感じつつ、それを悟られないように両腕をばたつかせ彼の腹に渾身の膝蹴りをかましたが、びくともしなかった。むしろあまりの腹の硬さに膝が負傷。何仕込んでやがるんだちくしょう!
「ガキ扱イなンてシタコトあリマせんヨー。……ズット思っていたんでスガ、ボスハ羽根ノようニ軽イデスネ。もっとイロイロ肉をつけタ方が好きデスヨ、俺ハ」
「…………なぜお前の好みを聞かにゃならんのだ……」
激しく不本意だ。ガキ扱いしていないといいながら、ラギはいつもおれに嫌味なほど過保護だし頭を撫でようとしてくる。ガキ扱いしていないというならばなんなのか。嫌がらせか。横に並ぶと親子にしか間違われない。コイツがムダにデカくておれが年の割に小さすぎるから……いや、まだ成長期だ。
とりあえずおれが今夜からの牛乳量を二倍に増やすことを誓っていると、上の方でフッと笑われた。
「マアセイゼイ頑張るんデスネ」
「常々思っていたんだが貴様のそのボスをボスと思わぬ態度を改めないと今夜から背後に気を付けないといけなくなるぞ?」
「エエー。夜這い大歓迎デスヨ。ア、モチロンボスご自身でお願イシマース」
……なんでこう、コイツはいちいち態度がむかつくのか。部下たちの苦情(泣きごとともいう)の7割が「ラギさんからの精神攻撃にハゲそうです!」である。そろそろどうにかせねばなるまい。
つらつらと現実から逃避しているうちに、ぼふっとベッドの上に降ろされた。いや、落とされたという方が正しいか。
執務室の奥の奥、休憩室に設置されている簡易ベッドなのは分かる。理由が分からん。
「どういうつもりだ?」
ベッドのすぐそばで突っ立ったままおれを見下ろすラギの表情は、休憩室の窓のカーテンが閉じられたままだったから暗くてよく見えなかった。
ムダに背の高いラギは妙な威圧感があって、こうやって黙られて見下ろされると、なんとなく居心地が悪い。
無言でラギは両手を伸ばした。思わず身をすくませて、反射的に目を閉じてしまう。
「泣いて下サイ」
おれより一回りも二回りも大きな二つの手のひらが、おれの両頬を包んだ。
そのことよりも、言われた言葉の方に驚いて、おれはただ彼を見上げた。もう一度、ゆっくりはっきりラギは言った。囁くような、静かな声で。
「泣いて下さい」
はあ?と笑い飛ばそうとした。しようとして、失敗した。思い出したかのように、目の奥が熱を持ち始めたから。
「……っなんで……」
「きっトスッキリしマス。というか、思イッきり泣いテ、サッサと忘れて下サイ」
……なんだかんだ言って、コイツはやっぱりボスの側近なんだな。くっ、と笑って見せた。
「……仕事に支障が出ると思っているのか?笑わせるな、完璧にやってみせるさ」
ふっ、とラギも笑った。
「どうでもイイんデスヨ、ソンナノ」
視界が涙の膜でぼやけはじめた。
「俺が、アレのコトで女になる貴女ヲ見タくないンデス」
じわーっと痛くなる鼻をごまかすように唇を噛もうとしたら、ラギの親指に邪魔された。ムカついたので思いっきり噛みついてやると、ラギの切れ長の目が少しだけ細くなるのが分かった……というか、近いっ!徐々に近づいてくる距離に無意識に後ずさると、さらに距離が縮まった。
「……今の、聞イてマシタ?結構ナケナシの勇気を振リ絞ってみたンデスガ」
「は?」
もうそれどころじゃない。泣けと言われれば意地でも泣きたくなくなるのがおれだ。あまのじゃくは重々承知。目尻に力を入れて、耐える。
自然と目の前にいるコイツを睨み上げていると、それまでじっとおれを見下ろしていたラギの目が揺れた。
強い力で、抱きしめられる。
アァモウとか反則デスヨとかわけのわからんことをぶつぶつ耳元で呟かれるわ、ぐいぐい抱きしめられて窒息しそうだわ、つかおれなにやってんだろとかいろいろぐるぐるぐるぐる考えているうちに、泣いていた。
「ちくしょう」
思わず吐き出してしまった言葉、耳聡く聞きつけたらしいラギはフフンと笑いやがった。
いちいちムカつくやつだ。
……でも、正直、助かった、のかも。
おれは久しぶりに、仕事や立場を忘れて、弱虫のジルに戻った。泣くというのも久しぶりで少し戸惑った。でも、声が漏れないようにか気を使ってくれたのかなんなのか、ぎゅっとラギが抱きしめてくれたから、安心して広い肩に額を押しつけて、泣いた。
初めての恋の終わりにラギがいるっていうのも、なんとなく腹の立つ話だけれど。
ヨルと初めて会った時のこととか、今までのいろいろな思い出に浸っているというのに、意味もなく髪の毛をいじられたり背中を撫でさすられたりその手つきがうっとおしかったりしたので、わき腹をつねってやると大人しくなった。
ヨルを思って泣くのは今日が最初で最後だ。
一度だけ会いに行ったヨルの想い人の女性と、ヨル。泣き終わってからはちゃんと2人の幸せを願えるように、たくさん泣いた。
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「えー、コホン。ラギさーーん」
応答なし。
「おれ、仕事溜まってるんじゃなかったっけ?」
無視か、また無視か!必死に全力でおれの首に回った腕をどかそうとしているのだが、ぴくりとも動かない。いや、むしろじわじわと拘束は強まるばかり。
「……もうっ、何なんだよ!?」
「…………ダッテー、こんな機会、めったにナイじゃないデスカー、なんかー、チョー惜しイッてゆウカー」
「……とりあえずその無理のある若者言葉やめろ」
エー、ヤダァ、ともぞもぞおれの頬に頬ずりしながら言うものだから、鳥肌増量はんぱない。しかも、ちょ、耳に息がかかった!変にゾワゾワした。
「はっ、はなれろよ…」
自分でも驚くくらい弱弱しい声が出た。だって、耳きもちわるい!なんとか身体の中のもぞもぞ感を追い出そうと躍起になっていたから、ラギがニヤァと笑ったのに気がつかなかった。
「ボースー」
美声だと女性たちに評判の低ーい声で囁かれ、頭を頬ずりされる。二重の攻撃である。くすぐったい!
「もっ、オマエしゃべるなっ」
「そンなツレナイコト言わナイで下サイッてばァ、さっきノボスは、すっごくカワイカッタじゃナイですカァ。アト、ボスッて意外に着痩セするんデスネ。ヤワラカーイ」
「へんたいっ!もう、離せってば!」
あまりのくすぐったさに力が抜けて、それを狙っていたのか、後ろに軽く押されてしまった。
え?なんだこれ。
もちろん、ベッドの上、頭を打つことはなかったのだが、ラギの顔が近すぎて、少し、怖くなる。
「ネェ、ボス?」
遠い遠い砂漠の国から来たというラギの発する言葉は出会ったから頃から片言で、時々、煩わしくなるくらい、甘く耳の奥を引っ掻く。
臆病な自分の声を出したくなくて、黙った。ラギはニヤリ、と笑う。美形ながら強面のラギが笑うと、何か自分にとって良くないことが起こりそうで、不気味だ。つまり、まぁ、すっごく怖い。
「俺の夢、ナンだか分かりマス?」
当テたラ、放しテあげマスヨーとラギはふざけるように言った。その顔でよくふわっふわっしたことが言えるな、つか上から目線すっげぇむかつく!!とわめき散らした。残念ながら、心の中で。……だって、今コイツを刺激するのは、飢えた獣の前で肉を見せびらかしながら食うようなものだとおれの本能が告げている。キケンキケン!!だから大きく舌打ちするにとどめる。
「チャント考エテミテクダサイ、俺ノコト。……ン?ドウデスカ?」
「考えてみて、って…んなこと言われたって……つか、近い」
彼の指がおれの頬を擽り、耳たぶを撫でて、首に辿り着く。
細いデスネ、と囁くように言われて、不覚にもぞくりとしてしまう。ラギの切れ長の目がすっと細くなるのを見て、耐え切れず視線を外した。
「時間切れでスよ、ザンネン」
全く残念だと思っていない様子でくつくつと喉の奥で笑っている。なんて偉そうなんだコイツ。とイラッとしつつおれはただ黙りこくっていた。何故だかなんにも言えないのだ。
怖くてたまらないのだ。
「俺の夢ハ」
どうしようもできない。おれにはコイツを止めることはできない。
「ボスの座を、頂くコトでスヨ、お嬢サン」
ラギの冷たい指が、強くはないが弱くもない強さで、頸動脈の辺りをなぞった。