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二章 羽を折られた鳥は……

   二章 羽を折られた鳥は……




 乾いた風が、砂塵さじんを巻き込んでは消えていく。

 尾を引き全てを躍らせ、どこか彼方へと静かに失せてゆくのだ。

 辺りには殺風景にも程があると言わんばかりの荒野が続いているだけで、他には何かがあるはけでもない。

 ただそこに存在している。

 そしてそんな中でも生きているものが、確かにいたのだ。

 儚いのかも苦いのかも、解らないまま……。


「いい加減うぜーんだよ、クソジジイ!」

 徹が動く時の壮大な音が、乾燥した空気を振るわせた。

 くわっと鉄格子に飛びついたスズネは、口の端をひくつかせながら、猿のように叫んでいる。

「んだ、ゴルァ? お前らの頭には単細胞生物すら住んでないってか?」

「お前こそよくまあ毎日、同じことばっか言っていられるなァ」

 そう言い返すのは、ダイガだ。

 お前の頭こそスッカラカンなんじゃねぇのか? と苦し紛れに反発しているが、それは逆にスズネの闘争心に火をつけたようだ。

 火に油なんて、そんな生易しいものじゃない。

 水素に火だ。きっと。

「黙れ年増としま男!」

「誰が年増男だ!」

 鉄格子を挟んで二人は顔を寄せ合う。だがそこに渦巻いているのは、艶やかさなどの色には到底及ばない。

 言うなれば嫌悪、怒り、苛立ち。それに勝る意地、ガキ大将的気性、プライド。

 子供の喧嘩によくある、そういう感情だ。

 息も荒く鋭い眼光で見合った二人。

 しかしスズネは鼻で一つ笑うと、鉄格子を突き放して呆れたように肩をすくめた。

「あー、そっかぁ。年増男だから脳ミソの細胞、減っちゃってたのね」

 白いワンピースの裾が、気性とは裏腹にふわりと膨らんだ。

「ごめんなさいねぇー。そんなこととは知らずに私ったらねぇ」

 口元に手をあて、高らかに笑い飛ばしている。スズネ本人は勿論、これでも最大限に『美しく』『御淑おしとやか』にふるまっているつもりだ。

 おーっほっほ!! と馬鹿みたいに声を張り上げたスズネは、ちらりとダイガに視線を向ける。そこには先刻のスズネの表情をそっくり写しとったかのような、まさに爆発寸前のダイガの顔が見て取れた。

「あらー。ダイガ大佐ってば、どうなされたんですぅ? 朝からこーんな浮かない顔しちゃってー」

 もう一度くるんとその場でターンをしながら、スズネは軽い足取りで鉄格子の元へと歩み寄っていった。

「もしかして二日酔いですか?」

 職務怠慢だ、このクソジジィ。

 そう吐き捨てるように――けれど満面の笑みで言ってやると、スズネは蝶のように狭い牢内を飛び回った。

 口調と行動が、既にかみ合っていない。

 けれどそれを気にした風もなく、ダイガは腕を組んで講師に寄りかかった。

「まぁ、なんとでも言えや。今日でお前と毎日合うこともなくなるんだからな」

「……はぁ? 本気で職務放棄かよ」

 ぴたと動きを止めると、訝しげな視線をダイガに注ぐ。

「新人が入ってな。昼にでも会えるんじゃねぇのか」

 新人?

 昼にでも会える?

 今までダイガがうるさいほど来ていたのに、一体誰が来るというのだ。

 急にしんとしたかのような妙な錯覚に襲われながら、スズネは強張った笑みを浮かべた。

「そりゃ清々するよ。年増男の顔を見なくて済むんだもん」

 しかし内容とは裏腹に、その言葉は思いの外硬く、震えていた。

 嫌悪感が、背筋を駆け巡っては胸の奥へと入り込んでくる。嫌だ、この感じ……。

 引き攣った表情を浮かべたままでいるスズネに気付いた風もなく、ダイガは口端を上げるとふっと笑った。

「それはこっちの台詞だ。……ま、お前の大嫌いな軍人様が増えたことにでも嘆いてろ」

「冗談じゃない。誰が嘆くもんか、コノヤロー!」

 だがそう言われてしまえば、口からは楯突く言葉が出てしまうもの。

 結局悪態しか付くことができず、気づいた時にはダイガの姿は消えてしまっていた。

 背筋に伝ったのは、きっとえも言わぬ負の感情なのだろう。

 ワンピースの裾を握りしめた拳は、小さく小さく震えていた。


    *・*


 合間から射し込んできたのは、あまりにも明るすぎる陽光だった。

 まだ夜も明けて間もないというのに、広がる荒野のおかげで全てが金色に包み込まれているのだろう。

 カーテンの合間から溢れる煌きの色彩。

 それを両の手で開けると、煌きはより一層のものとなり、まだ闇になれたままの瞳を突き刺していく。

 フェネルはくっと、片方の目をひそめた。

 白いだけの世界は徐々に風景を浮かび上がらせ、目が慣れた頃には昨日と変わらない風景がそこに描かれている。

 どこまでも続く、果てない砂漠。

 地平線との間はまるで海の如きあり様で、淡い空の色が地面へと吸い込まれているかのよう。

 少し長い前髪を、フェネルはそっと掻き揚げる。

 窓に映った彼の影は、その左の目に大きな傷を残していた。



 おはようございますと最初に話しかけたのは、まだ寝癖がついたままのキョージだった。

 フェネルと同じく白のTシャツに、軍のオリーブグリーンのズボンという出で立ち。

 朝日にオレンジの髪を輝かせながら、キョージは「おぅ」と片手を上げた。

「昨日は良く眠れた?」

「おかげさまで。環境の変化は特に気になりませんでした」

「そう。そりゃ軍人生活を全うしている証拠だな」

 はははとキョージの笑い声が聞こえると、フェネルもまたそうですねと頷く。

 確かに、僕は軍人生活を全うしているのかもしれない。

 もしくはこの状況に慣れてしまった、とでも言うべきなのか。

 隻眼をふっと細めると、肩をキョージに叩かれた。

「そうだ。朝食一緒に行かねぇ?」

「そうですね。ご一緒させていただきます」

 まだ所属されたばかりだからか、フェネルはキョージとダイガ以外に知っている者がそういない。

 それに一人でいるよりも、誰か知っている者と共にいた方が食事も楽しいだろう。

 そのような考えもあってか、大して悩むことなくフェネルはそう返答する。

 すると実に嬉しそうに、「さっすが、ノリ良いね」と少年のような笑みを向けて、キョージはそう言ってきた。

「じゃあ、そうと決まれば寝癖直してくるから」

 待ってろよ! と言い残すと、キョージはドタバタと廊下を駆け抜けていく。

 そんな彼の後姿を見送ると、自分も顔を洗いに行かなければとフェネルも歩みを進めた。

 まばらながらにも多くの人を見送り挨拶を交わしながら、その廊下を一人歩んでゆく。

 僅かに反響する足音。窓の形に伸びる光を一つ、また一つと通り過ぎては、あと何部屋通り過ぎればいいのかと頭の中で考えて……。

 だが程なくして、フェネルははたと歩みを止めることとなった。

 他でもない。ダイガの姿が視界に入ったためだ。

 フェネルは背筋をしゃんと伸ばすと、綺麗に背を折る。そして凛とした声音で、本日幾度目かになる挨拶を口にした。

「大佐、おはようございます」

「……あぁ、クリス中尉か。おはよう」

 だが予想外にも、返ってきたのは覇気のない言の葉だ。

 そのことを不審に思い、フェネルは内心で小首を傾げる。昨日感じられた威厳が微塵も感じられないとは、どうしたのだといおう……。

「どうした。今朝は一人か?」

「いえ。シラクス中尉と、これから合流する予定です」

「そうか。あいつがいるなら、すぐにここの者とも馴染めるだろう」

 ダイガはそう口にすると、ぎこちない笑みを口元に浮かべる。

 しかしそれらの行動が酷く不自然に見え、フェネルは更に疑問を抱いた。

 まるで、何かを隠しているとでも言うのだろうか。胸に言いようのない突っかかりを覚える。

 とはいえ、それは何故?

 拭えぬ疑念を表情に出さないまま、フェネルはしばしダイガと雑談に興じた。

「だが、……そうだな。今日から任務が始まるが、気を引き締めてやってくれ」

 しかしダイガは険しくした視線で下を見つめながら、さり気なくも突如、そのようなことをフェネルに言ってきた。

「ここにいる囚人は、凶悪犯ばかりだからな」

 特に……。

 小さな声色が朝の賑やかさに掻き消され、ダイガがその後何を言ったのか、フェネルには全くといっていいほど解らなかった。

 だがそれが先刻までの違和感に直結しているのであろうことは、どことなく感じられる。

 何ともいえない、微妙な空気が二人の間に生まれた。

 数人の軍人が、二人の脇を通っては軽く挨拶をしてゆく。

 話し終えた風のダイガに視線を注がれたフェネルは、その内容を知らずとも「承知致しました」と頭を下げた。さらさらと音を立てて、小麦色の髪が狭い視界を隠してゆく。

 なんだろう。この胸騒ぎは……。

 小さな口をきゅっと引き閉めると、フェネルは小さく拳を握った。



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