狐の襲撃
影が闇に溶ける数刻前、かの社では3人の妖狐による作戦会議が開かれていた。
隆椰、咲枦、猫枦の順で、円陣を組むように、輪になって座っている。
そのちょうど真ん中に、件の『長壁姫』の屋敷の見取り図と思われる紙が広がっていた。―どうやら、誰がどこから攻め入るか、という会議らしい―。
「じゃ、私が東。めうちゃんは南で、たかちゃんは西ね。」
見取り図を順々に指差しながら、咲枦が言う。
この三人の中、ちょうど真ん中にあたり、尾の数が多い咲枦が、この作戦の指揮を担っているようだ。
―この3人、もとい、社に住んでいる9人は家族である。光枦と白枦が母であるならば、他の妖狐達はなにか?―兄弟である。年齢順や尾の数順などではなく、二人の母が決めたある『決まり』によって、長女、長男、と割り振られている。故に年齢が下でも姉であり、兄である。逆に年齢が上でも、妹や弟になるのだ。―
「一人ひとりで攻め入る分、戦力は減る。でもその分、それぞれにかかる負担も減る。―たかちゃん、なんででしょうか?」
「えーっと…、バラバラに、同時に攻められて、敵が混乱するから、かな?」
「だーいせーかーい。」
にこり、微笑む咲枦。
「じゃ、そういうことで!合図があがったら、一斉攻撃。合図は、そうだな…。めうちゃんの焙烙火矢がいいかな?」
ちらり、猫枦を見やり、様子を伺う咲枦。
「…わかった。頑張るよ!」
少し不安そうに、けれど確かな『覚悟』をその目に宿して、妹は頷いた。
それを見て、満足そうに微笑み、口を開く姉。
「それじゃ、行こうか…。これは、オカン達からの伝言。」
一度言葉を切り、真剣な眼差しで2人を見つめながら、口を開く。
「無理だけは、しないこと。負けそうになったら、必ず逃げること。どんなに格好悪くても、逃げて、必ず生きて帰ってくること。―みんなに胸を張って、ただいま、って言うこと。…だって。」
その伝言を聞き、楽しげに笑い出す隆椰。
「心配性なんだか、放任主義なんだか…。相変わらず、オカンたちはよくわかんないなあ。」
くすくす、釣られるように猫枦も笑い出す。
「まあ、それもひっくるめての、おかん、かな?」
その言葉に笑みをこぼしながら、咲枦が言った。
「期待してるのかしてないのか、わかんないね。―でも、おかげで気張らずに襲撃できそう。」
―くすくす
襲撃を数刻後に控えてるとは思えないほど、和やかな空気が社に流れていた。―
――
時は戻り、『長壁姫』の屋敷。東口にて。
(思ったとおり、門番がいる…。よく見えないけど、この気配は餓鬼、かな…。
まあ、あれくらいどうってことないか。)
「―壁。」
ボソリと咲枦が呟いた。
すると…
―ぐちゃり
気色の悪い音を立てながら、門番が崩れ落ちた。―文字通り、崩れ落ちたのだ。
いつの間にか左右に建っていた壁に潰されて―。
(やっぱり餓鬼か…。ま、馬鹿力だし頑丈だし、門番にはもってこいかもね。)
「なんにせよ、私の敵じゃないけど、ね。」
ご機嫌そうに、笑みを浮かべながら門へと近づく咲枦。
―足元に、餓鬼の血だまりがなければ、さぞ美しい光景だったろう。
「そんじゃ、配置にはついたし…。合図待ちなう。なんてねっ。」
――
『長壁姫』の屋敷、西口にて。
(うー、気合入れては来たけど、やっぱ一人は怖いなあ…。
うわ、なんか門番みたいなの2匹もいるし…。やだなあ…。)
「うだうだ言ってても、ここまで来た以上はやるしかないんだけど、ね!」
―ドガッ!
一人の門番が消えた。正しくは、潰され、めり込んだ。隆椰の武器たる槌に、容赦なく頭の上から殴られて―。
―『御饌津』と呼ばれる彼らには、それぞれ特殊な能力を持っている。光枦の空洞人形や、白枦の青の昇華に始まり、咲枦の壁、隆椰の破滅流転。そして、猫枦の傾斜円舞。
これらの能力は、それぞれの見せ場が来た時に、説明させていただこう。―
「な、なんだ…!?なにが…!」
言い終わる前に、何が起きたのかも理解せぬうちに、もう1人の門番の頭部が消えた。―弾け飛んだ、という方が正しいが。
「う、わっ!…ちょっともー、血が付いちゃったじゃん…。あーあ、オカンに怒られる…。」
ぶつぶつ、不満げになにか言いながら、懐から手ぬぐいを取り出し、返り血を拭う。その横で、命令を出す頭部が弾け飛び、所要なさげに佇んでいた門番の体が、ぐらりと揺れ、倒れ込んでいた。
「よーし、とりあえず、侵入経路は確保…。あとは合図待つだけだー!まだかなー。」
そう言いながら隆椰は、倒れ込んだ門番の体へ腰掛ける。衣服についた返り血を拭いながら、槌を肩にかけ、夜空を見上げた。
――
『長壁姫』の屋敷、南口にて。
(南、南…。あ、ここかー。あう、やっぱ警備がいるぅ…。
どうしよう…倒したほうがいい、よね?…ていうか倒さないと、入れない、かな…?)
「よ、よし…。やるぞ!私、やっちゃうぞ!」
ぎゅうっと両の手を握り、気合を入れる。
そして懐へと手をいれ、彼女の武器、焙烙火矢を取り出した。
どきどき、期待と不安に胸を高鳴らせ、導火線に引火する。
そして、ちょうど門のど真ん中に立っている門番へ向けて、振りかぶる。
「せーの…。そ、れっ!」
―花火が、咲いた。