パラダイスの最後の作戦
第五話
「パラダイスの最後の作戦」
「……よし、わかった。会見は明後日の昼でいいか?」
代衣線の全てを統括する戸斤駅の地下。その中央にある代表取締室に、スーツを着た男がいた。
赤坂。彼はこの代衣線の代表でありニアラーテ開発の第一人者。外部との通信を切り、ドアに背を向けるようにして椅子に座った。
これまでのパラダイスや路線は全て、偽りの部分を世間に見せていた。
あの青年を殺すために……。
「ようやく終わる……」
ドアがノックされたのは、赤坂がそう呟いた時だった。次の瞬間には耳障りな発砲音とともに左肩に激痛が走っていた。
椅子から転げ落ち、肩から流れる血をカーペットに染みらせながら、赤坂は自分を撃ったものの顔を見た。
男の瞳に最期に映ったのは、死んだはずの青年が銃を向けているという、受け入れ難い世界だった。
パラダイスのメカ専用格納庫にニアラーテを置いた徳義はコックピットから飛び出ると外の空気を吸った。
既に陽は落ちていて、敷地内の夜間作業用ライトが光を放っていた。
向こうには左右半分に抉り斬られた2号機と上下に裂かれた1号機の残骸が運び込まれていた。
搭乗員の2人は死んではいないらしく、担架にのせられ運ばれているのを、徳義は階段を降りながら見た。
徳義は一度、大きく空気を吸い込むと、指令室へ向かって歩き出した。
「そうか……、よし明後日だな?調整をしておく……、ああじゃあな」
大河原が電話を戻すと同時に、部屋に徳義が入ってきた。
「ありがとう」
大河原は短く言うと、深々と頭を下げた。そんな行動に、徳義はただ黙っているしか出来なかった。頭を上げた大河原は、徳義を客用の椅子に座らせると、電話の内容を語り始めた。
「明後日、赤坂と会見を開くことになった。もう終わったんだ……」
それを聞いた徳義は少し安堵した表情を見せたが、すぐに眉を潜めて立ち上がった。
耳を澄ます。男女の声やゴミ箱を漁る音。様々な音が聞こえてくる中に、徳義が見たい景色があった。
「赤坂が……殺された」
「何だって?」
状況を飲めていない大河原に、徳義は出掛ける用意をしながら言った。
「赤坂が殺されたんです。その犯人を確かめに出掛けてきます。あなたはもう一度赤坂に電話を入れて見てください!」
「出掛ける?どこへ……」
バッグを背負って扉をあけた徳義に大河原は聞いた。振り返った徳義は焦りを抑えた口調で言った。
「神井戸駅です」
足音が遠ざかる。徳義は走って行ったようだった。
彼が言っていた事が嘘であって欲しい。
そう思いながら大河原は固定電話のショートカットキーを押す。
明るい部屋と対照的に、低く暗い呼び出し音が続いた。
部屋を出てから20分後。
車をとばしてついたのは、全壊に近い神井戸駅だった。
中央のプラットホームはなくなり、ニアラーテが収納されていたであろう大きな格納庫だけが、残った2本の線路の下から顔を出していた。
線路自体もかなり破損が激しく、壊れた高架の隙間からは補修音と作業ライトが漏れていた。
どうかあってくれよ……。
徳義は僅かな望みを持って神井戸駅にある職員用階段を駆け降りる。
しかしそんな望みも、簡単に打ち砕かれた。そしてもう1つ、徳義も予想していなかった人物が血痕の上に立っていた。
「お前……!」
そこには白衣を着た、新島がいた。
徳義はバッグから銃をとろうと手を伸ばした。右手がその鈍く重い鉄を掴んだときに、新島が笑い声を上げた。あのとき聞いた、不快になるくらいの高い笑い声。
「今日は戦いに来たのではないんですよ、安心してください」
「なに?」
「私はただ、決戦の日時を伝えに来たのですよ。直接ね」
徳義はただ黙っていることしか出来なかった。新島の笑みを浮かべた顔を殴りたかったが体が動かないのだ。徳義の第六感が告げていた。
こいつ、人間なのか……?
「明後日の正午、ショーは始まります」
新島はゆっくり歩いて徳義の視界からはずれた。我にかえった徳義は後ろを見たが、既に新島の姿はなかった。
「決戦か……」
バッグが微かに振動しているのに気がついて携帯を取り出す。それは大河原からのメールだった。
「……ああ、もう終わる。最後の仕事だ」
大河原が電話をしていると部屋がノックされた。
梅頭が帰って来たと大河原は直感で分かった。
電話越しに「頼んだ」と言い電話を切ると、部屋に徳義が入ってきた。
「ニアラーテは何時でも動けるよう整備は済んでいる」
「アイツが期日前に攻撃を仕掛けて来たときのため、ですか?」
ソファに座ってペットボトルの炭酸飲料を飲む。生温い砂糖水が喉を通る。美味しくはなかった。
「なぜそう思う?」
「……直感ですよ」
新島が期日前にもう一度攻撃をしてくることは分かっていた。
徳義が思っていることを新島も思っていたらの話だが、ない話ではない。
「とにかく、お前は休め。夜に仕掛けてくるかも知れないからな」
悩んでいる徳義を見て、大河原はそう告げた。
徳義は何も言わず頭を下げると、自分の部屋へと戻っていった。
再び一人になった大河原も部屋の明かりを消すと自室へと帰っていった。
けたたましい警報が鳴ったのは、朝の7時を過ぎたほどだった。
《お前の言った通りだったな》
ニアラーテに飛び乗った徳義の耳に、スピーカーからの声が届いた。
「はい……。ニアラーテ出ますよ!」
大河原への受け答えを少しだけ行ってから、徳義は開いた天井から曇天へ飛びだった。
「敵機はどこだ!」
オペレーターに言いながら、徳義はニアラーテの武器が変わっていることに気が付いた。
《ニアラーテ級が一体、3時の方向距離1200。黙視は出来ますか?》
「いない……。どこだ」
熱源探知では確かにいるはずなのだが姿が見えない。
そのとき、いつ雨が降ってもおかしくないほどの空から、熱源体が現れた。
大きさ、速さからして……。
「ミサイルか!」
徳義が回避行動をとるより早くニアラーテ自身が左へ跳んでいた。
着弾したミサイルを見てから、ニアラーテのカメラが空を映した。カメラの種類がいくつか替わる音がした後、特殊な熱反応用カメラに切り替わった。そこに1つの熱源が映っていた。
「分かったぞ、ヤツは飛べるタイプだ!」
1号機についていたミサイルポットのハッチが自動ではずれ、中からミサイルが飛び出した。
やつを殺してもいいのか……。
確かに倒さなければこっちが危険にさらされる。だが……。
「くそッ!」
空になったポットを外し、背中のガトリング砲を取り出した。これも1号機のものだ。
「食らえッ!」
空で咲いた火球辺りに狙いを定めて引き金を引く。ニアラーテは少し姿勢を低くすると、ガトリング砲を向けて放ち始めた。
弾の10%を撃ち終わったくらいで、遂に敵機の姿が見えた。
トマホークのような武器を担ぎ、俊敏な動きでこちらの攻撃をかわしているのが、反熊駅が素体となったニアラーテ5号機だった。
「断裂して、砕け散って、爆炎とともに消えるがいい!」
降り下ろされたトマホークが3号機の左ショルダーアーマーを切り捨てた。
包丁が刺身を切るかのように。
「なんだ、あの斧は……」
索敵モニターにニアラーテ5号機の情報が出てくる。
盾兼用高熱振動大斧。全長45m、刃渡り20m。モニターには両刃のトマホークの名称から威力、能力が事細かに表示されていた。
「なんて武器だ……」
トマホークを担ぎ直した5号機は右肩の自動機銃を起動させると、3号機周囲にでたらめに放った。
3号機は素早く盾を構える。パラダイス本部で造り直した急造品だったが、威力の低い機銃に対しては有効だった。
トマホークの弱点として、一度冷却放熱をしなければならない。その時間を稼いでいることは分かっていた。
「一か八か……だ!」
盾からショットガンを引き抜き、素早く上空に飛翔する。既にクリムゾンアローの砲門は起動して5号機をロックしていた。
「フルバーストならァ!」
ガトリング砲も構えて狙いを定める。しかし、敵も既に動きを始めていた。冷却放熱が終わり、再び高温に戻ったトマホークを構えて、振りかぶる様に上空の3号機に向かって投げつけた。
迫るトマホークに怖じけず、徳義は攻撃をトマホークと5号機に放った。
派手な音を立てるトマホークだが、一度ついた縦回転の勢いは止まらなかった。
「くッ……」
徳義は素早く席から降りる。横目で敵の識別反応が消えているのを確認した後、わずかに笑顔になった。
その数秒後に、5号機の投げたトマホークが的確に3号機の中央を抉り、そのまま一緒に地面に落ちていった。コックピットからの応答はなかった。
「3号機大破!5号機と相討ちになったようです……」
オペレーターの焦る思いが、声と叩くキーボードの荒さから伺えた。モニターには残骸となった3号機が、放物線を描いてパラダイスの敷地に墜落する場面を捕えていた。
これで、終わったのか?
大河原は何度か心で自問自答を繰り返した。
若い命という、尊い犠牲だ。しかしやつらは終わらないだろう。大河原の流した冷たい汗が、かくばった輪郭をなぞって床に垂れた。
「彼らに会ってくる。5号機の回収と3号機の生存者確認を急いでくれ」
椅子にかかった上着を右手で掴むとマントの様に身に纏い、司令室を出ていった。
5号機残骸周辺に、あの男の姿があった。
コックピットに近づく。命中した弾があったようで、装甲を貫かれた跡から赤黒い液体がオイルとともに流れている。
「君で最後だ。ようやく終わる……」
ハッチを強引にあける。中はやはり、鉄の臭いが充満していた。その中にある人の形をしたものを担ぐと、高笑いをしながら闇夜に消えていった。
「……ここは?」
ベッドに横たわった田中が、ゆっくりと目を開けた。
「よう、目覚めたか?田中」
「倉嶋……」
半身を上げていた倉嶋を見ながら、痛む体を持ち上げた田中は辺りを見渡した。看護室のような造りで、自分たちを拘束するようなものは一切なかった。
「パラダイスの本部らしいな」
暫くの沈黙が続いた後に、足音が聞こえてきた。そして看護室の前で止まる。足音の主が、ノックしたのちにドアノブが回された。
「あんたは……」
そこには正装をしたパラダイスの組織長である大河原が立っていた。
「君たちに、全てを話しに来た。パラダイスの存在意義を……」
大河原は静かに、全てを語りだした。
田中や倉嶋が知らない、代衣線の正体とパラダイスの最後の作戦を……。