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IW's機鋼電射ニアラーテ  作者: まっちゃオレ
2/5

あめ玉が大好きなその青年

 第二話

   「あめ玉が大好きなその青年」


「あれは……」

 遠く見える高架上のロボットに、1人の青年が歩みを止めた。他の通行人は慣れたようで、誰もその機械人形に関心がなかった。

 皆分かっていた。

 どうせパラダイスには勝てない……。

 これまでも何度か反乱を起こした。南部南下線や森野手線も装甲鉄道車両を使って抵抗したが、所詮はパラダイスの敵ではなかった。

 そして今では廃線まで追い込まれ、パラダイスの支配下になっている。

 青年は少し笑みを作ると、ポケットから大きめの赤い飴玉を取り出して口に含んだ。青年の目には、慣れないながらも必死に動き出し始めたロボットが、遠くに見える煙の方向に向かって動き出す様子が映っていた。

 やがてロボットを写していた瞳が横の二車線の道路を写した。その道をパラダイスの戦闘車両であるスービィとイクサートが走り去る。神井戸駅に向かっていることは明確だった。

 青年は笑みを崩さずに神井戸駅へと足を向けた。

「俺の霊感が告げている。面白いことが始まるぞ……」

 青年のこの呟きは、誰も聞いてはいなかった。



《もう少しで大白水駅を過ぎます。後二駅です!》

「了解!」

 八千系後部車両担当の新島と運転手の倉嶋、二千系後部車両担当の堀田と運転手の田中。4人のサポートを受けながら、十字の操るニアラーテは着実に燕丘陵に近付いていた。

 やがてメインモニターの敵味方認識装置が自動起動した。モニターに映っている車両が緑の囲いにロックされる。敵数24。それらは大破したクリムゾンアローを取り囲んでいた。

 七両あった車両は二両にまで減り、東米駅周辺で始まった専守防衛戦闘は、最終的に燕丘陵駅を巻き込むまでに至っていた。機能は完全に落ちていて、中央に走る深紅の線には深々と弾痕が刻まれていた。

 そしてその光景を見た十字の脳裏に、何かが走った。

 思い出してはいけない、心の裏を……。

 今のは……なんだ……?

《来るぞ!》

 田中の声で我に帰った十字のモニターに、無数の熱源が近付いていた。

「くっ、武器を教えて下さい!」

 戦いの方に集中を始めた十字の脳裏では再び、過去の記憶を封じ込めた。

 堀田のサポートで動いたニアラーテの右腕が、背中の重装な箱の取手を掴んだ。軽い振動の後、外れた蓋の奥からシャトル状の鋼玉が、炎を噴き上げながら放たれた。

 鋼玉は地面や敵車両に当たると爆音を上げながら荒野に変えていった。反撃を免れた車両もニアラーテが投げつけた蓋や左肩に装備されている機関銃に撃ち抜かれて鉄屑に変わるものや、ミサイルの爆薬を誘発され大爆発を起こしていた。

 それは敵の抵抗が無くなって数分しても続いていた。やがて機関銃の弾薬が無くなり、無意味に回る空虚な音が、傾いた陽を浴びたニアラーテのコックピットに響いていた。


「やられたのか……」

 大河原の残念そうな顔が、モニターの光に照らされていた。

「まさか完成していたのか……」

「ニアラーテ、ですか?」

 通信用のインカムを外すと、事務員の男性が大河原の方を向いた。十字くらいの、若い男だった。

「ああ、ヤバイことになったな……」

「そうですね。間に合いませんでした」

 大河原は、すまない、と言うと薄暗い部屋を後にした。

 眩しい太陽の夕陽が目に映る、眼下には橙色に染まった海。それらを眺めながら、大河原は焦燥に駆られていた。

 ニアラーテ……。一体誰が……。

 様々な疑問が、大河原の頭の中を廻る。

 太陽は沈み始めていた……。



 陽が落ち、救助車両の明かりがあたりを照らした。クリムゾンアローに搭乗者は担架で救助車両に運ばれる。幸い、死ぬまでにはならなかった。

 十字はその光景を、目の前のモニター越しに眺めていた。

 一度は外へ出ようとしたが、ハッチのようなものはなかった。

 新島たちとの話し合いの結果、駅の修復を手伝ってから始発に間に合うように神井戸駅に戻ることになった。

 先に寝てるか……。

 十字は背凭れに寄り掛かる。今日の出来事は、夢であって欲しいと十字は思いながら、深い眠りに落ちていった。



 崩れ破傷した燕丘陵駅の三番ホームから、新島はクリムゾンアローを眺めていた。その両脇には二本の 電車が停まっていた。鈍く、それでいて透き通るような銀をした車体、そして太陽を連想するような深い橙色と少し控えめな明るさの黄色、ミルクソフトクリームのような汚れの無い美麗な白の、3つのラインが入った、先頭車両が曲線を描いているそれは、北部代衣線が保持する一万系だった。

 普段は地上と地下の往復しているが、有事の際には医療修理用特装電車になる、後方支援型の電車だ。

 一万系の活躍により、脱線していたクリムゾンアローをレールに戻した。

 2、3度走行させようと試行錯誤がなされたが、内部の動力系統を完全に破壊されていて動かなかった。

 結局、一万系に運んでもらう事になり、一万系に連れられ、隣駅の囚木駅の車庫に運ばれる事になった。一台が去り、もう一台の一万系が作業を始めた。田中は新島の肩を後ろから叩いた。

「あいつ、寝たらしいですよ」

「そうか……。暫くは一万系だけで十分でしょう」

 一万系の作業に背を向けた新島は、ニアラーテの右足部分に乗り込んだ。他の2人はすでにいた。田中は自動ドアのスイッチを切ると、車内を見渡した。

「本当にでかいな」

「パラダイス撲滅を掲げて作られたからな」

 堀田が煙草に火をつける。吸い込んだ煙草の煙は堀田が吐いた息と共に車内に広がった。

「車内は禁煙。じゃないのか?運転士さん」

 突然車内に響いた声に、新島たちは辺りを見渡した。その声の主は荷物棚に寝転がって飴をなめていた。

「誰だ、お前は?」

 棚から飛び降りた青年に、倉嶋はキツい視線を向けた。

 青年は怖がる様子はなく、2、3歩進んで立ち止まった。

「俺の名前は徳義(のりよし)梅頭(うめがしら)徳義だ」

「梅頭?」

「俺の霊感が告げている。お前たちは……」

「梅頭!!」

 悩んでいた堀田が、「あぁ!!」と言いながら徳義を指差した。

 徳義は数秒考えた。そして「ほっち!」と叫んだ。

「堀田。あいつを知っているのか?」

 倉嶋が親指を徳義に向けながら聞いた。

「自称霊感男、梅頭徳義。中学時代の友人でさ、霊感あるとか言って、よく分からないデタラメを毎日聞 かされていたんだよ。まだ言ってたのか?」

「あ?ああ、個性あるだろ?」

 徳義は腕を頭の後ろで組んだ。新島たちは緊張が和らいだらしく小さなため息をした。

「少しおどかしてしまったな。すまない」

 照れたような笑顔で告げる徳義。新島は堀田に目配せをした。その一瞬を、徳義は見て見ぬふりをした。

「梅頭、悪いんだが今からこいつを使わなきゃならないんだ」

 足で車両の床を叩く。

 徳義は納得したように頷くと、口の中の小さくなったあめ玉を噛み砕いた。

「こっちこそ悪かった。な仕事頑張ってくれよ」

 倉嶋が開けたドアに歩いて近づくと、もう一度「頑張れよ」と言って飛び降りた。

 そっと閉まるドアを最後まで見つめてから、徳義は歩き出した。

 うまくいったかな。

 数分歩いた徳義の背中で、ニアラーテは静かに動きだした。



「ふう。なんだったんだあいつは」

 徳義がいなくなった車内。新島は少し疲労したような顔をしていた。

「おい堀田」

「なんだよ」

「本当に大丈夫なんだろうな?」

 霊感のある人物の登場に、倉嶋は怯えていた。

「あいつは大丈夫。口だけだからな」

 堀田は気味の悪い笑みを浮かべると、十字のいるコックピットに通信を入れた。

「起きろ、ニアラーテはこれから、破損した線路と燕丘陵駅の修復を開始する」

 コックピットの十字からの応答が数秒遅れて帰ってきた。

 低く、籠るような音と共にニアラーテが動きだした。新島たちは無言で頷きあうと、自分の持ち場へと向かって行った。



 作業は深夜2時を過ぎたところで完了した。

 十字は家に帰ろうとしたが、新島に夜間の襲撃に備えて、今日は神井戸駅の臨時休憩室に留まるよう言われた。

 ニアラーテが元に戻り、神井戸駅のプラットホームが2つに戻る。神井戸駅はプラットホーム2つに路線が4つの、そこそこに大きな駅だ。

 最近高架化して一新したため、雰囲気は他の駅と違った。

 八千系と二千系はそれぞれの車庫へと向かうため、走り出した。

 走り去った電車を眺めた十字は、そのまま休憩室に行こうとは思わず、神井戸駅周辺を散策することに決めた。

 ホームの中央辺りの階段を降り、改札を抜け、外に出た。昼間の天気が良かったため、夜の空気は凍えるような寒さだった。

「普段は乗り換え以外で降りたこと無いけど、案外明るいな」

 道を行く人もいた。

 しかし深夜に歩き回る青年に、誰も目を向けようとしなかった。時折、寒さを嫌うように、周囲を見渡しながら乾布摩擦する人もいたが、大抵は十字のことを気にしてはいなかった。

 十字が足を止める。目の前にはうどん屋があり、商い中の看板が出ていた。

 うどんか……。

 昼間から何も食べてないことに気付き、戸を開けようとした時に、十字はあることに気付いた。

「朝は……。昨日の夕飯はなに食ったんだ?」

 思い出そうとするが、思い出すことは出来ない。何か妙な引っ掛かりが、全ての記憶を封じている様だった。

 諦めて十字はそのまま休憩室に向かうことにした、その時。

 カシャッ。

 短いシャッター音が聞こえた。

 十字が振り替えると、そこにはカメラを持った青年が、レンズ越しに十字を見ていた。

 その顔に、十字は見覚えがあった。

 どんなに時が経っても忘れられない。自称霊感を持っている、あめ玉が大好きなその青年を……。



 車庫に電車を戻し、寄宿舎に帰った倉嶋の部屋に、田中が入ってきた。

「堀田はあんなこと言ってたが、大丈夫だと思うか?」

「霊感、った時は驚いたが、あんな奴、俺たちの作戦には影響ないだろう」

 煙草に火を着けてふかす。開いている窓から吹き込む風が、煙を靡かせた。

 暫くそうやって夜風にあたっていると、新島と堀田が入ってきた。手には北部代衣線路線図があった。

「決まったのか」

 窓から煙草のゴミを捨てると、入口にいる新島たちのために机を広げた。

 机に置かれた路線図には、赤と青で印付けられた駅が31、黄色で付けられた駅が5、存在した。

「代衣駅、糸鹿駅、神井戸駅、戸斤駅、そして反熊駅。これが俺たちが使う駅か」

 順に人差し指でなぞっていく。この5つの駅はどれも、大型の駅だった。

「これだ。後5日で、残りのニアラーテが完成する。それを使えば……」

 堀田が機密書を同じ机の上に投げた。そこには十字が操っていたニアラーテに似たロボットの設計図が書き込まれていた。

「作戦に移れるとしたら、一週間後がベストだな」

 壁に寄りかかり、腕を胸の前で組んでいる田中が言った。風で揺れる襖が、カタカタと音をたてていた。

 三人を見渡した新島が静かに、感情の深くこもった言葉を放った。

「よし、作戦は一週間後に始める。本番はこれからだぞ」

 堀田、田中、倉嶋は直立に立ち直ると、無言で頷いた。

 瞳は微かに、光を放っていた。

 4人の作戦。青年、梅頭徳義と十字の記憶。全てはゆっくりと動き始めた。

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