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前編

 未だ暖かくなる兆しのない三月某日。

 捜査三課の林浩二刑事は仕事から帰ってきた。玄関先で軽く雪を落として家の中へと入る。コートを脱いでリビングへと入ると、息子の潤平がソファで何やら考え事をしていた。

 腕を組み、目を瞑って、人形にでもなったかのように動かなかった。   

 静寂を回避する事だけを目的に、我が家では常にテレビがついているのだが、今日は珍しくテレビがついていないので、妻の春香が台所で包丁でまな板を叩く音だけが響いていた。

 何事かと思い、ただいまの一言も言い逃してしまった林はそのまま、そっと台所まで向かった。

「あら、お帰りなさい」春香が林に気が付いて、挨拶をした。抜き足でやってきた林を訝しく思ったのか、目を丸くして首を少し傾げた。

「あ、ああ、ただいま」林は食器棚からコップを取り出して、冷蔵庫の水を注いだ。

「どうしたの? そんな、お菓子を盗み食いしに来た子供みたいにやって来て」

「あ、いや。潤平があまりにも深刻そうにしてるもんだから」

「深刻?」春香はクスクスと笑った。「あれが? あれは、なぞなぞを解こうとしてる子供の顔でしょう?」

「そうか?」

「そうよ。相変わらず、観察力ないわね。そんなので警察やっていけるの?」

「むう……」

 何か言い返したかったが、うまく言葉が出てこない。”父親やっていけるの?”と言われなかっただけ良いか、と考えてしまう自分もいた。実際は全く良くないのだが。

 林はコップの水を飲み干すと、逃げるように台所から立ち去った。

 後ろから春香がクスクス笑うのが聞こえてきた。



「……あ、そうか」

 リビングに戻ると、潤平が呟いた。パンダのようにのそっと動き出したかと思うと、テーブルの上のリモコンに手をかけ、スイッチを入れた。

 バラエティ番組が放送されていて、彼はチャンネルを変えることなく、そのままソファに落ち着いた。

 何か行動を起こすのかと思って見ていたが、何事もなかったかのようにテレビに興じ始めたので、困惑してしまった。

「あ、父さん。お帰り」今やっと気づいたかのように、彼は林を一瞥した。

「あ、ああ……」

「どうしたの? そんなとこで突っ立って」彼は不思議そうに林を見ている。

 こちらから言わせれば、潤平の方が不思議だった。それほど真剣そうに考え込んでいた(ように林には)見えたのだ。

「……いや、随分と考え事をしていたようだったから」

「ああ、もう終わった」

「む、そうか」

 随分とあっさり言うものだから拍子抜けしてしまう。

「いやね、バイトの先輩が卒業旅行でバリに行ったんだけど、そこで不思議な事があったって言うからさ」

「不思議なこと?」

「友達の持ち物が盗まれたんだって」

「それが不思議か? 日本の治安と同レベルで考えていたんじゃないのか?」

「まあ、普通なら、そうとも言えなくはないけど。有り体な言葉を使えば、密室ってやつかな?」

「警察の父さんからすれば、全く有り体な言葉じゃないがな」

 密室だなんて、刑事になって云十年、一度も聞いたことがない。と言っても、林は殺人事件を扱う捜査一課ではなく、盗難事件を扱う捜査三課だ。

 とはいえ、捜査一課で密室殺人が起こったなんて話も、もちろん聞いたことがない。

「まあ、密室自体はそんなに難しくないんだけどね。父さんでもわかるよ」

 少し、カチンと来た。

 今日は馬鹿にされっぱなしだ。

 確かに潤平は頭が切れる。事件の話をしただけで解決してしまったり、実際に現場に連れて行ったら、もちろん解決してしまったなんてこともある。だが、だからと言って、自分が下に見られる筋合いはない。

「ほう、言うじゃないか。じゃあ、聞かせてもらおうじゃないか」

 林はリビングに二つあるソファのうち、潤平が座っていない方に座った。意地になっているのが自覚できた。

 対して、潤平は澄ました表情で語りだす。

「えっとね……」



「コレ、お土産にいいヨ」

 若い女性店員が勧めた物を見て、男たち三人は声を出して笑った。山村珠美(やまむらたまみ)は、少し離れた場所からそれを見て苦笑するしかなかった。

 サークルのメンバーでの卒業旅行、バリ島七泊八日の旅の三日目、彼女らは街の物産店にいた。不思議な模様の布雑貨や、アロマグッズ、ガムランボールという綺麗な銀細工に、さらにはどう見ても某猫型ロボットの偽物としか思えない人形まで、さまざまなバリのお土産が揃っている。

 その中に混じって、果たしてお土産としてふさわしいのだろうか、と首を捻らざるを得ない物も混じっている。

泰幸(やすゆき)、これ買えって!」腹を抱えて石島剛志(いしじまたけし)が笑っている。

 言われた中村泰幸(なかむらやすゆき)はそれを手に取った。

 それは栓抜きである。使う分には何の変哲もない普通の栓抜きだ。

「直樹にあげなって」遠山将人(とおやままさと)も賛同する。

 直樹というのは後輩の名前だ。泰幸は顔を顰める。

「いや、何で俺なんだよ」

 彼は渋るが、お金を出すのが嫌なわけではないし、ましてや直樹が嫌いなわけではない。

「いいから、いいから」剛志は彼に押し付けようとしているようだ。

「面白いデショ?」店員も背中を押す。

 若くて可愛い女性店員だ。そんな彼女がこれを勧めるというのは、ただ単に「文化の違い」として納得してしまってよいのだろうか。

 問題の栓抜きの柄は男のアレの形をしているのだ。

 籠いっぱいにそれが入っている光景はなんとも形容しがたい。

 珠美は逃げるようにしてその場を離れた。

 ガラスケースの前で、西川絵里と北村奈美恵がガムランボールを眺めていた。ビー玉よりも少し小さい、球状の銀細工だ。球体には綺麗な模様が彫られている。

 揺らすと涼しげな音が鳴る、神秘的なアクセサリーだ。なんでも、身に着けていると願いが叶うらしい。

「これ可愛いね」

「うん」

 こちらは平和だ、と彼女は思った。



「次、何処に行きますカ?」

 しばらくして店を出ると、待っていたタクシーの運転手が笑顔で迎えた。

 ホテルを出るときに乗ったタクシーの運転手が、三十万ルピアで一日乗り放題にすると言って来たのだ。ルピアは日本円にするとだいたい桁を二つ取るくらいなので、三千円前後である。六人、二台で一人千円。こちらのタクシーの相場からすれば高いかもしれないが、日本語は流暢だし、良い店を紹介してくれているので、仮にこの金額がぼったくりだとしても、こちらからすれば願ったりの条件だ。

「そろそろ腹減ってきたな」将人が言う。

 もう夕暮れ時だ。一日中動き回っていたので、かなりお腹も減ってきている。

「じゃあ、いいお店知ってますヨ。サテのお店デス。サテ、日本語で、えート……。ヤキトリです!」

「じゃあ、そこにしよっか」絵里はもう疲れているのだろうか、とりあえず早くしてほしいというような素振りで言う。



 かなり照明を落とした店だ。薄暗いが雰囲気は良い。椅子やテーブルは、綺麗な模様が彫ってあるお洒落なもので、店の脇には小さな水路まであって涼しげだ。

 さらには、お抱えのバンドまでいるらしい。スーツを着こなして楽器を演奏する彼らは、ビートルズには遠く及ばないものの、ずいぶんと立派なものだった。

 最初はインドネシア語だろうか、よくわからない音楽を演奏していた彼らは、今度は洋楽(かろうじて英語だということが分かっただけだ)へとシフトし、最終的に珠美たちを見つけると日本の歌を演奏してくれた。

 藤井フミヤの「TRUE LOVE」から始まり、サザンオールスターズの「TSUNAMI」と続き、最後に彼らは「スキヤキ!」と叫んだ。

 何事かと思えば、彼らが歌いだしたのは坂本九の「上を向いて歩こう」だった。話に聞いたことはあったが、この歌が、海外で「スキヤキ」と呼ばれているということが本当だということを珠美は知った。

 色黒の男たちが笑顔で演奏するのに混じって、顔を真っ赤にして歌う日本人が一人。石島剛志である。早々に酔っぱらった彼は、面倒な事にバンドメンバーに絡みに行き、そして何故だか意気投合してしまっていた。

 彼は(至極当たり前だが)バンドメンバーよりも流暢な日本語で歌っている。だが、相当に酔っているようで、叫び声に近いほどの大声である。つまり、日本人にしては日本語が流暢ではない(語弊を生まないように言っておくが、もちろん酒の仕業である)。

「ほんと、外国まで来て日本の恥、晒さないでほしいわ」奈美恵が笑いながら言った。

 珠美は苦笑しつつ相槌を打った。

 いつの間にか他の男子メンバー二人もステージへ乗り出していて、肩を組みながら熱唱していた。彼らはしきりに手招きして女子三人も誘おうとしている。

「私、あの酔っ払いと一緒にされるの嫌なんだけど」絵里が顔を顰める。

 珠美と奈美恵が苦笑しつつも微笑ましく見ているのに対して、絵里は本当にうんざりしているようだった。

 以前から彼女は、男子の馬鹿騒ぎに対して冷たいところがあった。異国の地に来てのこれはその極みなのだろう。

「まあまあ、せっかくの卒業旅行なんだから、少しくらいハメ外したっていいでしょ」

「あいつらは常にハメ外しすぎなのよ」

 不機嫌そうに彼女はジョッキに半分ほど入っていたビールを飲み干した。



 お酒とは怖いものである。

 不機嫌そうにしていた絵里も、奈美恵も珠美も、結局は酔っ払って、陽気になりながらホテルへと帰ってきた。

 先ほどとは打って変わって機嫌が良くなったらしい絵里は率先して行動していた。(そう、ここがお酒の怖いところだ)

 レストランでの会計も自ら集金を買って出てしていたし、ホテルまで送ってくれたタクシーの運転手と意気投合したかのように親しげに別れの挨拶を交わしていた。

 今はフロントでみんなの分の部屋の鍵を受け取ってくれている。

「絵里ィ、鍵ィ……」

 千鳥足になってしまうほど酔いつぶれた剛志は呂律の回っていない声で鍵を要求した。

「もう! ほらっ、鍵」彼女は顰め面で彼に鍵を投げて渡した。

 彼に対してだけは、扱いが変わっていないようだ。

「っと、とっ、とう!」

 彼は投げられた鍵を掴み損ねて空中で弾いた。しかし、お手玉のように、右手左手で跳ねた鍵は、一度も地面に落ちることなく彼の右手に収まった。

「よっ! 名手石島!」彼は自分で言った。

 だが、お手玉してしまっては名手とは呼べないだろう。珠美はそう思った。

 彼はそのまま部屋へと向かう。超難関なパターのラインのような動きをしている。

「あいつ、大丈夫かあ?」将人が笑いながら言う。

「大丈夫でしょ。死にやしないわよ」奈美恵が鼻から息を漏らす。

「みんな、セーフティボックス!」

 一人でフロントで処理をしてくれていた絵里が呼びかける。

 預けていた貴重品を受け取ると、いくつか余ってしまった。

「剛志のかな」泰幸が久々に口を開く。

 辺りを見渡すが、剛志の姿はすでに見えなくなっていた。

「全く、あいつったら。ほら、あんた持ってなさい」絵里は剛志の持ち物を泰幸に押し付けた。

 彼は文句ひとつ言わずにそれを受け取った。

 五人は部屋へと向かう。

 このホテルはかなり開放的で、廊下は全て屋外になっている。日本でいう、縁側のようなものだ。プールまで付いている中庭を一望できる廊下をぐるりと回って、フロントとは反対側までいくと、裏庭側への通路がある。そこを通ってすぐが六人の部屋である。

 男女ともに二人部屋と一人部屋ずつの四部屋である。泰幸は一人部屋の一〇九号室へと向かう。剛志の部屋だ。すでに暗い。

 彼は扉をノックする。しかし、反応はない。

「寝たのかな」再び扉を叩くがやはり反応はなく、ドアノブも回らなかった。

「ほっとけ、明日渡せばいいじゃん」将人は欠伸をしながら言った。

「そうだね」

「おやすみぃ」将人が手を振って一〇八号室へと入っていく。

「おやすみ」泰幸もそれに続いた。

「それじゃ、絵里。また明日」一〇七号室の鍵を開けた奈美恵が言った。

「あ、うん。また明日」絵里は扉に鍵を刺したところだった。

 奈美恵が部屋へと入る。珠美もそれに続いた。

「じゃあね、絵里」

「また明日」絵里が珠美に手を振った。

 部屋の中では奈美恵が何かに悪戦苦闘しているようだった。

「どしたの?」

「電気が、つかない」奈美恵は電灯のスイッチを点けたり消したりしているが、部屋は一向に明るくならない。

「ほら、鍵をここに刺さないと」珠美はスイッチの少し上を指差した。

 そこには鍵のプレート部分を差し込む窪みがあって、そこにプレートを差し込まないと、部屋の電気が使えないようになっているのだ。

 電気の無駄遣いを防ぐためなのだろうか。初日は戸惑ったが、なかなか面白い仕組みである。インドネシア、もしくはバリ島では標準的な設備なのだろうか。

 ちなみに、事前に何の説明も受けていなかったため、最初に仕組みを理解するのに十分ほどかかった。

「あ、そうだった。いけね」奈美恵は一〇八と書かれたプレートを差し込む。

 オンオフを繰り返した結果、オンになっていたらしく、すぐに部屋が明るくなった。

「明日ってどこに行くんだっけ?」奈美恵が聞いてくる。

「えっと、サファリパークだよ。朝、早いからね」

 すでに時刻は十二時を跨いでいた。旅行を計画するに当たって、バリ島を余すところなく堪能しようと、綿密にスケジュールを組んでいた。この一週間では朝早くからのイベントがてんこ盛りである。

 さすがに夜通し何かをしている体力はなかった。

「もう寝ちゃおっか」

 満場一致(二名だが)で決まり、すぐに二人は眠りについた。



 珠美は知らない天井に驚いた。自分は今どこにいるのだろうと考えて、徐々に思い出していく。

「ああ……。旅行中じゃない」まだ覚醒しきっていない頭を振って、ベッドから這い出す。

 隣のベッドを見ると、奈美恵はまだ寝息を立てていた。

「頭、痛い……」

 どうやら二日酔いのようだ。外の空気を吸いたくなって、部屋を出た。

 ジメジメと蒸し暑い外の空気は、二日酔いを覚ますのには適していなかったが、それでも幾分か気分が楽になったような気がする。

「あれ、何なんだろう……」

 部屋の目の前に広がる裏庭は、想像通りの南国の植物で生い茂っていた。その中に、よくわからない石のオブジェクトがあるのだ。

 初日から気になっていたが、答えは出ないままである。

「人、かなあ……。けど、動物にも見えるんだよなあ」彼女は首をかしげる。「そもそも、生き物かなあ」

 後ろで扉が開く音がした。

 振り返ると、絵里が眠そうな目で部屋から出てきたところだった。

「おはよ」

「おはよぉ。頭痛い」

 彼女も二日酔いのようだ。

「あはは、私も」

「みんなは?」

「奈美恵はまだ寝てるよ。男子は知らない」

「あ、そう……」

「奈美恵が起きたら朝ご飯に行こうか」

 男子たちが起きはじめたのは、奈美恵も目を覚まし、三人で朝食に行こうかというところだった。

 二人部屋の将人と泰幸がだるそうに部屋から出てきた。

「ういーす……」

 よりだるそうな将人が右手を上げて言う。

「私たち、朝ご飯行くけど」奈美恵が言った。

「あ、じゃあ、俺らも」

「剛志は?」珠美は、忘れられているのではと思って、聞いた。

「ああ……。剛志は?」寝ぼけているのか、将人はこちらの質問をオウム返しにした。

「こっちが聞いてるんだよ、もう……」

 珠美は一〇九号室まで歩いて、扉をノックした。

「剛志? まだ寝てるの?」

 反応はない。一応、ノブに手をかけるが、回らない。

「寝かせといてやればぁ?」

「もう! だらしないなあ」絵里が珠美を押しのけて扉の前に立つと、強めに扉を叩いた。「剛志!? 起きなさいよっ、もう!」

「寝かしといても……」泰幸がためらいがちに言いかけたところで、鍵が開く音がした。

「何だよ、うるさいなあ……」

「いつまで寝てるの? 私たち朝ご飯……、って。あんた、なんて格好してるのよ!」絵里が叫ぶ。

 剛志は一糸纏わぬ……、とまではいかないものの、パンツ一丁という出で立ちだった。さすがに、中学生のように悲鳴など上げなかったが、珠美は顔を顰めてしまった。

「あれ、何で俺、何も着てねえの? つーか、あれ? 何で、俺、ちゃんと部屋にいるの?」

 剛志は頭を押さえながら言う。よほどの二日酔いなのだろう。記憶も飛んでいるらしい。

「私が聞きたいわよっ。早く、服着なさいよ」絵里が睨みながら言う。

 部屋の中を見ると、入り口からベッドまでの絨毯の上に、剛志の服が脱ぎ捨てられている。まるで、ミステリーの被害者が残した血痕のようだった。

「早く飯、行こうぜぇ」将人が気の抜けたような声を発しながら、部屋へと入ってく。

「んあ。着替えるからちょっと待って」

 それを聞いて、将人は空いている方のベッドに倒れこんだ。この部屋は元来、二人部屋のようだ。ところで、将人は何がしたかったのだろうか。

 全員でまとまって朝食に行く流れになってきたので、女子三人は部屋の中に入って、待つことにした。

 剛志は、適当に部屋着のような格好に着替えると、辺りをキョロキョロし始めた。

「あれ、鍵は?」

 剛志がそう言うので、ほぼ条件反射的に、女子三人は辺りを見渡した。将人はベッドの上に倒れこんでいるし、泰幸は扉のところでぼうっとしている。

 なんとも頼りない男性陣だ、と珠美は思った。

「ほら、こんなところに落ちてる」

 入り口付近の、脱ぎ捨てたシャツの付近に、鍵が落ちていた。それを奈美恵が拾う。

 彼女はそれを、剛志に投げ渡した。

 彼はそれを取り損ねた。かがんで、鍵を拾おうとして、動きを止めた。

「あれ、ネックレスは……?」



 それからというもの、剛志は覚醒したように慌てだした。彼は朝食そっちのけで(他の五人は、もちろん朝食を食べに行った)部屋中を探したらしいのだが、見つからなかったらしい。

 昨日のどこかの店で落としたのではと、泰幸が言ったが、剛志は即座に否定した。確実にずっと身に着けていたのだと、彼は主張した。(記憶を飛ばすほど酔っ払った分際で、どの口が言っているのだ、と女子三人は口をそろえたが)

 よほど大切なネックレスのようだが、結局見つからず、そのまま諦めて、今日のスケジュールである、サファリパークへと行くことになった。

 道中、彼は常に不機嫌だった。あまりにも不機嫌で、かまってしまうと雰囲気が悪くなってしまうため、後半はほぼ、彼を無視するほどだった。

 夕食も済ませ、ホテルに帰ってくると、彼は黙って部屋にこもってしまった。

「悪いな、あいつのせいで」将人がため息をついた。

「別に、将人が謝る事ないよ」奈美恵が苦笑した。

「明日には、機嫌、元に戻ってるといいんだけど……。じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」

 将人と泰幸は部屋へ入っていった。

「そんなに大事なネックレスなのかなあ」珠美は思ったことを口にした。

「バチが当たったんじゃないの」絵里が履き捨てるように言った。

「バチ?」

「女遊びが過ぎたってこと」

 絵里は不機嫌そうに部屋へ入った。

 珠美と奈美恵も部屋へ入った。

「なんか、絵里、剛志に冷たいよね」

「まあね。剛志の元カノ、絵里の友達だし、結構酷い扱いうけてたみたいだから、それでじゃない?」

「え、剛志がそんな……」

 曲がりなりにも同じサークルの仲間だ。付き合いも長い。おちゃらけた性格だが、彼がそういった事をするようには思えなかった。

「酷いって言っても、常識の範疇っていうか。要は、よくある男女関係の縺れってやつよ。さあ、さっさと寝よ。あいつのせいで疲れちゃった」



 珠美は目が覚めた。時計を見るとまだ七時だ。昨夜は大して飲むことも出来なかったため、酔いもない。

 奈美恵はまだ寝ていた。

 部屋の外へ出ても、静寂そのものだった。もともとここは都会のような喧騒がない。落ち着いていて過ごしやすい場所だった。

「やあやあ、相変わらず、君は何なのかよくわからないね」

 何となく、例のオブジェクトに話しかける。もちろん答えは返ってこない。何だか、自分がイタイ人間に思えてきた。

 もう一眠りしようかな、そう思ったところで、オブジェクトのそばに何かが落ちているのに気がついた。

 それは、剛志のネックレスだった。

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