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呪いの輪廻 王女の運命  作者: 鼎ユウ
アミュージィエの話
9/31

八話  サラと森

黒い影にご用心。

再び襲撃です。


「とても綺麗に描かれているでしょう?お一つどうですか?」

 いつの間にかこの絵のモデルになった女性――サラがミュンの前に立っていて赤紫色に熟した、手のひら程の大きさの身を差し出しながら言った。

「えっ?あ、これ……」

 サラが差し出したのはロッカという木の実で、冬の半ばから終わりにかけて実をつける。木の高さは大人の身長の腰ほどしかなく、手のひら位の実が生る。真っ白な雪景色の中ではかなり目立つ。

 この木は(さき)なりと、(あと)なりがあり、前者は赤紫色の実をつけ、後者は青紫色の実をつける。こちらの方は冬の終わりから春にかけて実をつけるため、迎春祭スプリング・フェスティバルの供物として使われることがり、従ってミュンが探しているのは青紫色のロッカの実の方である。

「はい、ロッカの実です。先なりの方の実ですね。甘くて美味しいですよ。疲れた時には甘いものと言いますしね」

「ありがとう。もらいます。……おいしっ」

 甘味がつよいロッカの実は乾燥させて冬の保存食にすることも多い。ミュンも数個持って来ている。

「サラ、この絵って……」

 ついさっきまで見ていたサラが描かれたページを指して上目遣いにサラを見る。

「はい。それが私です」

「が?」

 それは私、ではなくて?

 ミュンの質問に対するサラの回答は簡潔だが、意味がよく解らない。

「私の本体はその本に描いてあるその絵です。今ここに居る私はその絵が形をもった存在。ただ具現化(ぐげんか)しただけです」

「わたしの前に居るサラは偽者なの?」

 理解しかねる。

「いいえ。偽者か本物かという以前の問題ですね。その画集に描かれている私と今貴女の前に居る私は同一人物です。私は私以外の何者でもありません」

「??」

「うふふ。要するにですね、私達は貴女を守るために画集と名づけられたその魔法の本から飛び出してきたのです」

 人差し指を立て、片目を(つむ)りながらサラが言った。可愛い。

「そんな、御伽噺じゃないんだから――――」

「あり得ませんか?ですが、現に私はここにいて貴女をお守りしている。それが真実です」

あり得ない、言おうとしてサラに先に言われた。

「うう……」

 そこまではっきり言われると反論できない。

 確かに昨日、あの時助けてくれたのは他の誰でもないサラだ。

 ミュンがほんの少し目を瞑っていた間に、音もなく気配もなく突然に現れたのだ。

 サラは一体何者で、どうやってきたのか。一つ分からない事が消えた。……と思う。

「ところで、本と森の関係って何だったの?」

 本当に訊きたかった事はまだ分からない。話が少し脱線してしまった。

「私が何者かということはわかっていただけましたね?エルフは森の民です。森の事ならある程度判るのです」

「一度も来たことのない森でも?サラが道に迷わないのってそういうこと?」

「はい。全てというわけにはいきませんが、判ります。森の植物たちが教えてくれますから」

 植物の言っていることが理解できるらしい。だからいつもサラの足取りに乱れることがなかったのだ。なるほど、とミュンは納得する。もう、些細なことでは驚かない。変なところで適応力が高い。

「もう一つ訊くけど、画集の裏表紙に書いてあるこれ……この字ってさっき言ってたルーン文字だよね?」

 開いていた本を一旦閉じてくるっとひっくり返す。円を描くように書かれた

 文字を指差してミュンが訊く。

「そうです。それがルーン文字です」

「これを書いたのって魔術師なんだよね?」

「はい。半永久的に施行され続ける魔術です。魔術の始めと終わりが繋がって円を描く形になっているのはそのためです」

「ぐるぐるぐるぐるってずっと魔術がかかってる状態ってこと?」

 指を一本立てて、くるくる回しながらミュンが言う。

「はい。終わることのない永久(とわ)の魔術です。この画集のどこにも破損したり、色が褪せたり、黄ばんだりしたところはないでしょう?一番きれいな状態を保つようにかけられているんです」

「ちょっ、ちょっと待って。そのための魔術なの?」

「そうですよ」

 にっこりと微笑んでサラが答えた。

 もちろんですよ?と言いっているような表情だ。

「サラが画集から外に出られるようにするための魔術じゃないの!?」

 ずっとそうだと思って聞いていた。

 確かに、年代ものな感じはするのに染み一つ、破れ一つないきれいな本だなとは思ってたけど。まさか、そのための魔術だとは思わなかった。

「なら何でサラが画集の外に出られるの?」

「それは、貴女が一番解っていることですよ」

解らないか訊いてるのに。

「解らない。知らないよ……」

「今解らなくても、いずれ必ず解りますよ。貴女自身のことなんですからね」

「え?どういう――――」

「さて、あまり長居はできませんし行きましょうか」

 サラに遮られて最後まで言えなかった。

 わたし自身の事ってどういうこと?わたしが何をしたの? 胸の辺りがモヤモヤする。

 そう思いながらもここでサラに置いていかれたら大変なので、渋々ミュンは隣に座らせておいた水筒をリュックに戻し、立ち上がる。と、突然に視界が揺らいだ。あれ?と思った瞬間には(したた)かに身体を地面に打ちつけながらミュンはうつ伏せに倒れた。

 画集を片手に持ったままなので咄嗟(とっさ)に手をついたとき半分しか勢いを殺せなかった。

「痛っ!」

 何が起こったのか。右足に何かが巻きついている感覚がある。それがものすごい力でミュンを引っ張っている。引っ張られている先は……小川だ。さっき、ミュンが水を飲もうとして断念した小川だ。

 足に巻きついた黒くて細い何だかすごくみずみずしいロープのようなものを目で辿っていくと、

「ひゃっ!」

 そこに本体があった。

 高さは一五〇サンチほど。ただ、身体の下の部分はまだ水に浸かっているので、本当の高さは分からない。

 直立した人間が黒い水のベールを頭から被ったような、先端の丸い円錐(えんすい)のような形をしている。そこからロープみたいな触手のようなものを伸ばしミュンの足に巻きつかせて、すごい力でぐいぐい引っ張っている。

 上の方に二つ穴がある。あれが目なのだろうか?その目の中間よりやや上に赤い石がある。核があんなところに!

 なんとか踏み止まろうと地面についた指に力を込めるがまるで意味がない。

 サラが素早く弓を構え、核を狙い射つ。サラの放った矢は寸分違わず核を砕いた。

「――――!」

 黒水の魔物は声にならない叫びをあげる。アレに声が出せるのかは謎だが。

 そして、核が砕け散ると黒水の魔物は霧散して消えた。

「はあ、はあはあ……」

 心臓が止まるかと思った。肩で息をしながら、なんとか上半身を起こす。

「大丈夫ですか!?」

 サラが駆け寄ってくる。

 始め、サラの隣に居たから、黒水の魔物に引っ張られたのは三メーテ弱くらいだ。

「申し訳ありません。私が油断していました。おけがは?」

本当にすまなそうに言って、サラがミュンの前に片膝をつく。

「何……とか…大丈……夫」

 まだ息が荒い。地面がぬかるんでいたため、血が出るようなけがはしていない。ただ、地面で打った部分が痛いのと、手や服が泥だらけになってしまった。

「立てますか?」

 サラの質問に頷いて、手をつき立とうとした。

「痛っ」

 ズキンと手首に痛みが走る。先ほど、咄嗟に地面についた方の手だ。

「見せてください……少し腫れてますね」

 冷たいサラの手が患部に触れて気持ちがいい。

「それ、貸して下さいね?」

 するりとミュンの手から画集を包んでいた布を取ると、警戒しながらも素早く小川に近づき布を水に浸すと戻ってきた。 泥で少し汚れていたのでついでに洗ってくれたようだ。

 手早くミュンの手首に布を巻くと、サラはミュンを立ち上がらせた。

「申し訳ありませんが、ここでゆっくり手当てをしている時間がありません。ご容赦ください。今は一刻も早くこの場所から離れます。ついてきてください」

 ミュンの傷めた方の手をそっと掴み支えるようにして歩き出した。

 ミュンのことを気遣ってあまり速度を上げないようにしているみたいだ。

「さっきのアレ……」 

「はい。どうやら見つかったようですね。昨日の追っ手より知能が高いようです」

「あれ何?生き物なの?水の中に居たよ?」

「アレ等は魔術によって生み出されたものです。時には何か他の生物に似せることもあるでしょうが、特に決まった形はないでのです」

 そんな無茶苦茶な!

 では、最初はたまたまあの外見になっただけで何でもよかったということだろうか?本当に無茶苦茶だ。

「貴女が独りだと思ったか、様子見のために送ったものでしょう」

「様子見……」

 あれで小手調べということだろう。あの時サラが助けに入ってくれなかったらきっとミュンは死んでいた。万が一死ななくてもただでは済まなかっただろう。

「ねえ、サラ。今どこに向かってるの?」

 どうしてもミュンにはサラが闇雲に歩き回っているようにしか見えない。

「取りあえずは、水のないところへ。小川の中から出てきたところを見ると水を媒体にしたもののようですから」

 さすがに完全には無理ですけどね、と付け足す。

 サラの言うとおり、白雪の景色の森の中は一面雪で埋め尽くされている。日当たりのいい所は雪が解けて水になっている。そう、雪解け水だ。

 周りは水だらけなのだ。アレがどんなものかよく分からないこの状況で、水から出てきたとういうことを考えて、とにかく水は危険。できる限り避けるにこしたことはない。

「バイタイ?水を元にしてるってこと?」

「そうゆうことです」

「そんな……逃げられないよ。どうするの?」

「そうですね……どうしましょうか。逃げ回っているだけでは体力を無駄に使うだけですし、何よりも埒があきませんし……」

 真剣な顔つきで悩むサラ。心の焦りからか、気持ち歩く速度が上がった気がする。

 あの時幸いだったのは、黒水の魔物の核が分かりやすい所にあったからだと思う。あんなに目立つ所にあってよかったのだろうか?何か別のところに真意があるのではと疑いたくなる。まあ、結果的にはそのおかげで助かったのだけど。

 どれだけ歩いたのだろう?周りの景色に変化が出てきた。

 ついさっきまでは木と木の間隔が、人が二人通るには丁度いい幅だったのに対し、だんだんと木々が密集し始めた。と言うか、むしろ木というよりは樹と呼ぶような幹の太いしっかりしたものになってきたため、樹一本が使うスペースが広くなり、従って樹と樹の間隔が狭くなったのだ。

 天を仰げば、太くがっしりとした枝が幾重にも重なり、日の光を遮っている。そのため、曇った日のように薄暗く少し空気も湿っているが、代わりに積雪量が格段に違う。幾重にも重なった枝が雪をも遮り、地面は茶色い土が覗いている。まだここなら安全だ。

 サラはすごい。このジータの森を熟知している。植物が教えてくれるとサラは言うが、実際ミュンを連れて歩いてるのはサラだし、助けてくれるのもサラだ。ミュンにはサラがすごいようにしか見えない。

 しばらく歩いて、サラが一本の樹の根元にミュンを導いた。

「さあ、ここなら少しはいいでしょう。早速手当てをしますね?」

 そう言うと、サラはミュンの手首に巻かれた布をほどきだした。

「あっ、わたし湿布薬持ってるから。ちょっと待って」

 メイフェのために作った薬がこんなところで役に立つとは思わなかった。もって来ておいて良かった、と本気で思うミュンだった。

 リュックの中をさばくり、湿布薬とついでに包帯も取り出す。薬を持っているのだから、もちろん包帯も持って来ている。

「えと、これこれ」

 片手で握れるくらいの容器に入った薬をけがをした方の手とは逆の手、左手で持つ。

「使わせていただきますね?」

 サッとサラがそれを受け取ると蓋を開け、ミュンの手首に塗り付けた。

「あ、ありがとう」

 自分でやるつもりで出したのに、サラに先を越されてしまった。少し驚きつつ、お礼を言う。

 赤く腫れていた手首はすぐに冷やしたのがよかったのか、赤みはひいていた。 

 サラが包帯できっちり固定する。手際がいい。固定されているので少し楽だ。動かすとまだ痛いが、動かせないわけではない。

「いかがですか?きつすぎたり、緩すぎたりしませんか?」

 包帯の端を留め具で留め、サラが訊く。

「……大丈夫。丁度いいよ」

 手を閉じたり開いたりして様子を確かめてからミュンが答えた。

「良かったです。これ、お返ししますね。ありがとうございます」

 にこりと微笑んでサラが薬を差し出す。

「どういたしまして……?」

 手当てをしてもらったのはミュンなのだからお礼を言うのはミュンであって、むしろサラはお礼を言われる側ではないのだろうか?なぜかお礼を言われてしまった。薬を受け取りながら内心で首を傾げる。

閑話休題(かんわきゅうだい)。ねえ、サラ。さっきのアレまた来るの?」

 それはさておき、こちらの事を訊かなくては。

「そうですね……確証はありませんが、来るでしょうね」

「でも、サラが倒したんじゃないの?」

 核が砕け、アレが霧散して消えるのをミュンはちゃんと見た。

「お忘れですか?アレ等は魔術によって生み出されたものですよ。一度倒したからというのは関係ないのです。先ほどの黒水の魔物が来ても、昨日の黒い獣が来ても、どちらがまた襲ってきてもおかしくないのです」

「じゃあ、ずっとここから出られないの!?」

 それは困る。澄んだ清水も、ロッカの実もまだどちらも手に入れてないし、家にも帰れないなんて!

「いえ。それは避けなくてはいけないのです。ずっとここにいて、外から囲まれたら為す術がありません。何か手を打たなくてはいけませんね」

 後半は目を伏せて、思案気にサラは言う。



 何か赤いものが地を滑るように移動している。音を立てずに、それでいて速く。

 落ち葉の上、枝、表皮に残っているわずかな雪解け水が吸い寄せられるようにその赤いものに集まっていく。

 赤い石を中心にして拳ほどしかなかった塊は短い時間で人の胴体ほどの大きさになった。そして、中心から徐々に黒い色に染まっていく。

 向かう先は決まっている。動く物が二つ。あと六メーテの距離にある。

 触手のような細いものをそっと伸ばす。すぐにでも絡め取ることのできるように……。



「どうするの?また移動する?」

 待ちきれずにミュンが訊く。

「そうですね。動いていれば位置を特定される危険が下がるかもしれ――な!?――危ない!後ろ!」

 突然話の途中で言葉を切り、一瞬驚いた表情になると、近くに居るにも関わらずすぐさまミュンに叫んだ。

「え?」

 サラの言ったことが理解できなくて、間の抜けた声を出してしまった。次の瞬間、右腕に何か巻き付く感覚がした。つい先刻にもこれとそっくりな感覚を味わったのを覚えている。背筋に冷たいものが走った。

 くるくるとミュンの腕に巻き付いた黒い触手は肘から手首にかけて絡まってきた。

「!!」

 患部に激痛が走る。けがをした手首にも容赦なく触手は絡みつく。

 地面からミュンの足が離れ、身体が宙に浮く。意識が遠退く。

 サラが素早く矢を放つ。しかし、水を媒体にした身体を矢はすり抜け小さな穴が開いただけだ。その小さな穴もすぐに塞がってしまう。

「なっ!」

 サラに向かって黒水の魔物の触手が迫る。

 サラの得物(えもの)は弓矢。遠距離戦に()けた武器だ。故に、間近に迫った触手に対応できず、弓で払い時には、弦で弾きなんとかギリギリで回避している状態だ。

 サラは後ろに大きく二回跳躍すると、距離を稼ぎ再び矢を構え放つ。時間差で計三本の矢がミュンに巻き付いた触手をすり抜ける。矢がすり抜けた部分に三ヶ所穴が開く。すぐに穴は塞がろうとするが、細い触手は人一人の重さに堪えきれず千切れた。

 ドサッ。

「うっ」

 ミュンの身体が地面に落ちる。三〇サンチの高さから全身を打ち付けるようにしてなんとか、触手から開放される。落ちた反動で、側頭部(そくとうぶ)を軽く打った。



「ルーン文字」別のものに書き直そうかと思ったのですが、気が付けば手遅れに。めんど…、今さら変えてもいけないかなと思いこのまま押し通すことにしました。



閲覧ありがとうございました。

失礼します。

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