六話 夢・2
今回は少々短いかと……。
「おばあ様、どうして風景や調度品の絵しか描かせてもらえないの?」
もう飽きてしまったわ、とリーヌは愛らしく頬を膨らませて言う。
「それは、貴女の描く絵が特別だからですよ」
リーヌが絵を描く様子を横で見守りながら、おばあ様は微笑む。
おばあ様に絵の描き方を教わり始めて既に五年が経った。それなのに、描くのはいつも風景や調度品ばかりだ。
おばあ様の言いたい事は分かるし、理解もしているつもりだ。それでも言いたくなるのはやっぱり飽きてしまったからだろうか。
おばあ様に絵を教わるようになってしばらくしてから、リーヌは他にも習い事が増えた。国の歴史を学んだり、ダンスや作法など、はたまた外交に関することまで覚えることばかりで目が回りそうだ。
おばあ様も女王陛下として多忙な日々を送っている。
そんな中でおばあ様と二人になれるこの時間はリーヌの気が休まる数少ない時間だ。
いつか、リーヌがおばあ様にかわり女王陛下となり国を治める時が来るだろう。この国が代々女王によって治められてきたことは知っている。歴史学で学んだ。そして、その女王は不思議な力を持っているということも知っている。リーヌも今は亡き母から受け継いだ。これはおばあ様から聞いた。
「さあ、描けましたか?」
リーヌの手元を覗き込みながらおばあ様が訊いた。
「……とても上手に描けていますね。全体のバランスもいいですよ。ですが……ここ、背もたれの曲線の部分。少し線が乱れているようですね。他の事を考えていたのかしら?」
「おばあ様は何でもお見通しなのね」
応接間からリーヌのスケッチのために運ばれてきた豪奢な一人掛けの椅子は焦げ茶色の骨組みで、光沢ある表面は昼下がりの日の光が反射して光っている。腰を下ろす布の部分と、背もたれにひじ置きは朱色で統一されており、シルクの生地でするするとした肌触りで適度な量の綿が詰めてあり気持ちがいい。
「そろそろ、絵に色を付けていきましょうか」
「色塗りをするの?いつから?」
ぱっと嬉しそうな表情になり、リーヌは問う。
「そうですね、では次回からにしましょうか」
「次回から?うふふ、今から楽しみだわ」
「リーヌ、そろそろ終わりにしましょう。貴女、次は貿易学の講師の先生がいらっしゃるのでしょう?待たせてはいけませんよ」
「はぁい、おばあ様」
リーヌは返事をすると持っていた黒炭を置き、スケッチブックを閉じた。手が黒い。後で忘れず手を洗いに行こう。
「おばあ様、絶対よ?次の時は色塗り教えてね」
「はいはい。そんなに念をおさなくても忘れたりしませんよ。ほら、お行きなさい。私もこの後会議が待っていますからね」
苦笑しながらおばあ様は言った。
「会議って……最近国境付近で問題になってる盗賊のこと?」
「ええ、初めは十人程度の集団だったのですけど最近どうも人数が増えているみたいなんです」
「ツェーリス方面の国境よね?あの辺りは民家が無いのがせめてもの救いね」
「よく勉強してますね。そうですね、あるのはジータの森だけですから。あの森は人を寄せ付けません。盗賊の方々も無闇に森に入らなければいいのですけど」
「一度入ったら出られない。入り口はあれど、出口は無い。そんな噂もあるのよね?」
「ええ、正解です。リーヌは優秀な生徒のようですね」
頼もしいです、とおばあ様は微笑む。
退室するおばあ様を見送りながら、心の奥、ずっと下の方に何か引っかかるものを感じる。何だろう?あまりにも微かなもので正体が分からない。それ程に大切なことではないということだろうか?分からない。気になればまた考えるだろう。疑問に思いながらも、特に追求せずリーヌも退室する。
……待って、彼等を甘く見ては駄目。
リーヌは純粋、リーヌは純粋と自己暗示をかけながら書きました。
おばあ様の気苦労は絶えません。老骨に鞭打って、というやつですね。
閲覧ありがとうございました。
では、次回。