五話 ジータの森へ
初戦闘!初討伐!と言っても主人公が戦うわけではありませんが。
【注意】血が流れます。
ジータの森。そこは肥えた土壌と、森の木々から落ちる落ち葉によりできる自然の腐葉土が作り出す実り豊かな森だ。
野生の動物にとっても、人間にとっても恵まれた土地だ。
ただこの草木は生命力が強く、何度踏みつけても時間が経てばまた起き上がってしまう。故に、道を作ろうにも道はできず動物が木の幹に付けた傷やすぐ目に付くくらい変形した岩くらいしか道標となるものがない。だが今はさらに積雪という要素が加算され、歩きにくい上に気を抜くと道を見失ってしまう。
もともと道自体が無いのだから見失うという表現はおかしいが、ミュンは
一番最後に森に訪れた秋の記憶を辿りながら慎重に歩を進める。見覚えのある木や岩を探し、確認しながら進む。
「とりあえず、今日は何もできないだろうなぁ。雪と寒さのしのげる場所に行って探索は明日からかな?」
呟きながら絶えず辺りを見回し現在地を大まかながら確認する。
ザクザクと雪の上を歩く。毛皮で作られたモコモコのブーツには少しでも歩きやすいようにと雪道専用の道具が縛り付けてある。平べったい楕円の形をした木枠に、同じく木で枠の内側から×と+の形に支えるように補強した物だ。それを靴底に付けて歩く。
秋に見た景色とは随分違うから注意して見ていないと本当に迷ってしまう。
しばらく黙々と歩いていたミュンは何か視線のような気配を感じて足を止める。ぞくぞくっと背中に悪寒が走る。野生の動物だろうか?
息を潜め、気配を殺してじっと辺りの様子を窺う。
ガサ。右の方で音がした。バッと右を向き、その態勢で動きを止める。なんだろう?とても嫌な感じがする。
バサバサッ、と音がして何か白いものが飛び上がった。冬鳥だ。冬の寒い時期を中心に活動する変わった鳥で、真っ白な羽は外敵から身を守るためものもだ。大きさは鳩と同じくらいで、外見が真っ白でなければ鳩と間違えてしまいそうだ。
そのすぐ後、冬鳥を追いかけるようにまた白いものが跳び上がった。今度はユキギツネだ。こちらも真っ白な体毛に耳と尻尾の先端少しだけ焦げ茶色をしている。冬になると、雪と同じ色の毛に生え変わるのだ。この時期に活動する冬鳥を餌にしようとし狙っていたようだ。
ユキギツネの前脚が冬鳥にかするかかすらないかという微妙な距離で、冬鳥が逃げ切った。羽をはばたかせて飛び去る冬鳥をしばらく目で追っていたユキギツネだが、ちらりとミュンの方を見るとさっさと森の中に消えていった。
ユキギツネには悪いことをしたかもしれない。この季節は餌が少ないため貴重な食糧をミュンのせで逃がしたようなものだからだ。
ユキギツネが去って、とゆっくり吐き出しかけた息を呑みこんだ。
「!!」
頭の中で警鐘が鳴り響く。考えるよりも先に身体が動いた。理性よりも本能が働いた。
道が分からなくなるのも構わずにミュンは走り出した。
ミュンが一歩踏み出すのとミュンが居た場所に何かが飛んできたのはほぼ同時だった。何が飛んできたのかは見ていない、見ている余裕がない。ただ何か黒い塊だという事だけはわかった。アレは危険だと思った。
木の枝に袖が引っかかる。腕を振り、無理矢理外す。その反動で枝がしなり顔に当たった。
「痛っ!」
冷え切った肌に赤く線が浮く。ケガの状態を確かめずにミュンは木々の間を駆け抜ける。
怖くて後ろは振り返れない。でも、ついて来ている。うーうー、と獣が唸るような音が聞こえる。
何がどうなっているのか。今はそんなこと考えられない。とにかくアレから逃げなくては。
積もった雪が足を重くし、体力を奪っていく。
「はっ、はっ……」
息が苦しい。
どれだけの時間走っていたのだろう?必死で走っていたミュンは足元の障害物に気が付かなかった。
盛り上がった木の根に足を引っかけ勢いよく転倒した。雪のおかげで衝撃は吸収された。ケガはしてないと思う。だが、転んだ拍子に背負っていたリュックが開き中のものが飛び出してしまった。拾っている余裕はない。瞬時にそう判断し、また走り出そうとしたミュンだが、身体がいうことをきかない。吐く息は荒く、呼吸と合わせて肩が上下する。もう体力の限界だと訴えているかのようだ。
バキバキと枝を折る音が後ろの方でした。反射的に振り向くとすぐ近くまでアレが来ている。
ここで初めてミュンは自分の後を追いかけてくるモノの姿を見た。
黒い獣。いや、ただ黒いわけではない。その身体全体が黒く、獣の容姿をした影がそのまま浮き上がってきたかのようだ。とがった耳、そう長くはないがフサフサした尻尾。そして、鋭い牙のある口。
全身の毛を逆立て警戒の色を表している黒い獣は血に飢えたような獰猛な双眸が紅く光り低く唸りながらじりじりとミュンに近づいてくる。
座ったままの態勢で無意識に後ずさる。と、手に何かが触れた。思わずそちらに目をやってしまったミュンに、黒い獣が襲いかかる。
とっさに手にしたものを無駄だと知りながらも身を守るように前に突き出し、顔を逸らし目を瞑る。
「キャンッ」
いつまでたっても衝撃がこず、代わりに黒い獣の声がして続けてドサっと何か重いものが地面に落ちる音がした。
恐る恐る目を開けてみるとミュンと黒い獣の間に誰か居る。いつの間に?
ミュンの位置からは顔が見えないが女性のようだ。白銀の長髪が風になびいて美しい。片膝を立て弓を構えて矢を放ったその態勢のまま正面を睨んでいる。
地に伏せていた黒い獣が立ち上がろうと前肢に力を入れた。
ミュンのすぐ前の人物はすぐに二射目、三射目と矢を撃ち込む。黒い獣は低く呻きながらまた地に伏せる。と、突然に女性がくるりとミュンの方を向いた。 琥珀色の吊り上った細い目にくっきりとした鼻、長く尖った耳。人間離れした彼女はとても美しい。意志の強い眼差し、そして彼女の纏う凛とした空気はその性格を如実に表している。
「立てますか?今のうちに逃げますよ」
先に立ち、ミュンに手を差し出した。
返事をしようと口を開くが声が出ない。虚しく呼気がけが吐き出され、パクパクと魚のように口を開閉するだけになってしまった。
女性は躊躇わずに腰を下ろすと、散らばったミュンのリュックの中身を手早く詰め直し、肩にかけると立ち上がりミュンの手をとりもう一度言った。
「立てますか?今のうちに逃げましょう。アレは頑丈です。すぐにまた立ち上がって追いかけてきますよ。私のことはサラと呼んでください」
ミュンはコクコクと頭を縦に振り、女性――――サラに引っ張ってもらい本を抱えて立ち上がった。
ちらりとサラの肩越しに黒い獣が見えた。三本の矢を受けてなお、起き上がろうとしている。
すぐにサラは走り出し、手を引かれてミュンも走り出す。
木々の間をすり抜け、根を跨ぎ枝をくぐって森の中を駆ける。まるで木の方が道を譲っているように見える。
体重を感じさせない軽やかな足取りでサラは駆ける。今はミュンに合わせて走っているが、一人ならきっともっと速いだろう。
手を引かれて走るミュンはサラに先導されるかたちになる。従って、道順はサラが決めていることになるがジータの森で闇雲に走り回るのは危険だ。
(此処どこ?知らない景色ばかり。迷子?)
必死に足を動かしながらキョロキョロ辺りを見ているミュンの心を読んだようにチラリと視線を寄こしながらサラが言った。
「心配ありません。森は私の領域です」
言い回しに違和感があるが、ジータの森をよく知っているということなのだろう。
ホッとして頷くミュン。サラは形の良い眉を微かに寄せて
「ですが、いつまでも逃げ回ってばかりではきりがない」
と呟いた。
丁度その時二人は少し拓けた場所に出た。障害物が減り、見通しがよくなった。
「貴女はこちらに隠れていてください」
二本の木が隣り合わせになり、身を隠すにはうってつけの木の所にサラはミュンを連れて行き言った。
「えっ?何を……。サラさんは?」
サラが運んでいたミュンの荷物を受け取りながら、何をするつもりですか?サラさんは隠れないんですか?と言おうとしてうまく言葉にならなかった。
サラは、木の陰にミュンを隠す。
「絶対に音をたててはいけませんよ」
優しく微笑みサラはそこから数歩離れて矢を弓に番えた。ここで迎え撃つ気らしい。
忘れていたがサラはミュンのリュック、弓と矢、矢筒を持って走っていたのだ。他の物は知らないが、ミュンのリュックは重い。軽々と持っていたがサラは疲れていないだろうか?
木々の間から黒い影が見える。思っていたよりも距離があいていたようだ。
こちらから見えるということはあちらからも見えるということで、黒い獣は速度を増し木々が途絶え拓けた場所に出てきたところで先手必勝と言わんばかりにサラに向かって跳躍した。
真っ赤な口内を曝け出し、鋭い牙を剥き出しにして襲いかかる。約6メーテの距離をひとっ跳びだ。
サラは素早く右に跳び、それを避け着地した黒い獣の横に回り込み矢を放った。近距離だ。
放たれた矢は横っ腹に命中し、黒い獣はつんのめる。
ここに来る前にサラが射した三本の矢は折れたり、裂けたりしながらも先端は刺さったままだ。ミュンたちとの距離に差ができていたことを考えると、頑丈とはいえ全く効いていないというわけでもなさそうだ。
四本目の矢を受けた黒い獣は、大きな口を歯茎が見えるほどにまで開き、怒りをあらわに再度サラに襲いかかる。知能が高いわけでもはないようだ。
純白の大地に赤い血が染み込む。
直進で向かってくる黒い獣にサラは前に跳躍してかわし、走り込んで後ろを捉える。そして、さらに矢を放つ。狙いは違わず的中し、人間で言うちょうど、腰の辺りに刺さった。
さすがにもうこれで終わると思ったミュンの期待を裏切り、黒い獣はすぐにサラ目がけて突っ込んでくる。痛みは感じないのだろうか?
サラは逃げるようにして駆け出し、黒い獣が飛び出してきたところ、ミュンが居る位置の反対側まで行き、後ろを振り返った。だが、振り返った先、そこに黒い獣は居なかった。
「なっ!?」
思わずサラの口から声が漏れる。
「上にっ!あっ、危ない!」
黒い獣をずっと目で追っていたミュンは跳び上がる瞬間を見ていた。サラに向かって叫ぶ。
サラは瞬時に反応した。
避けるかと思いきや、その場で弓に矢を番え狙いを定め……射った。
「グウッ」
勢いを失った黒い獣はサラのいる場所の少し手前に落ちた。
何度か痙攣したあと、今度こそ動かなくなった。
恐る恐るミュンが近づいて行くと、サラが放った最後の矢は前脚と前脚の間、胸の辺りに刺さっていた。
矢の先端、黒い獣に刺さっている部分が紅く光っている。
はじめ、血かと思ったがさらに近づいてよく見てみると何か硬いもののようだ。
「赤い……石?」
「気が付きましたか?それはこの獣の核にあたる部分です」
いつの間にかサラが横に来て同じように覗き込んでいる。
「核、ですか?」
「はい。コレが普通の動物でないことは十分に理解していただけたと思います。コレは魔術によって生み出されたもので、必ず身体のどこかにコレと同じ赤い石のようなものがあります。これを壊さない限りいくら傷を負わせても無意味です」
「はぁ……」
つい気の抜けた返事をしてしまった。難しい。
「とりあえず、移動しましょう。そろそろお腹が空きませんか?」
小さく苦笑してサラが言った。
「はい。……あっ、いやそういう意味じゃなくて移動しましょう、の方に頷いたのであって……」
赤面しながら慌ててミュンは言い訳する。もう、自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。追われる危険から開放されたことで気が抜けてしまった。
(だめだめ、油断しちゃ)
サラは一体何者だろう?助けてくれたから、悪人ってわけではなさそうだが、注意はしておいた方がいいと思う。
サラは、ミュンを見ながら分かってますよ、と微笑んだ。
サラに連れてこられたのは小さな洞穴だった。なんとか大人が三人入れるくらいの広さしかないので狭いと言えば狭い。だが、今はミュンとサラの二人しかいないのでまだ空間に余裕がある。
本当にサラは森を熟知しているらしくここに来るまでに道に迷った素振りは一切見せずに辿り着いた。
歩いている間にミュンは密かにサラを観察した。
老けているわけではなく、むしろ若い。二十代半ばくらいなのに白銀の髪。猫のように縦に割れた瞳孔。尖った耳。
人ではないと思う。思うが、だったら何なのか?と問われれば一つだけ心当たりがないこともない。いつだか本の挿絵で見た『エルフ』という種族に外見的特徴がそっくりなのだ。ただエルフというのは……「伝説上の生き物ね。大抵そういう生き物は人間嫌いなの。ずっと昔、魔術が日常にも普通に使われていた頃は主に魔術師と呼ばれるくらい力のある魔法使いが交流をしていたらしいけど今みたいに大貴族とか王様とかにお抱え魔術師が辛うじている、程度じゃ……やっぱり伝説上の生物なんじゃないかな?」と、本の虫ライラは言っていた。
もちろんミュンは魔術師ではないし、当たり前だが大貴族でも王様でもない。
サラのことが気になって無意識にサラの方ばかり見てしまう。
(いけない、いけない。そんなにじろじろ見たら失礼だよ)
持ってきたパンを小さく切り、同じく持ってきたチーズを挟んでとにかく今は食べることに集中する。
本当は温かい物も欲しいのだが、さっきのことがあるので用心のため我慢した。
ミュンは食事を終え、空腹を満たすと今度こそは話を聞こうと口を開いた。
ここに着いてすぐに話を切り出したら
「まだ興奮してませんか?焦る気持ちはわかりますが、とりあえず落ち着きましょう?」
お腹空いてませんか、と上手に丸め込まれてサラに勧められるがまま食事を取ってしまった。空腹は感じていなかったが、一口食べたらそんなことはないとわかった。
「サラさん、そろそろ教えてくれませんか?さっきのアレは何ですか?」
「サラ、でお願いします。そうですね。アレは魔術によって生み出されたものです。アレの身体に付いた赤い石がその魔術の元となり、アレの核となる部分です。核を破壊しない限りアレは死にません」
「ちょ、ちょっと待ってください。魔術って、そんなもの使える人なんて極わずかしかいないじゃないですか」
そんな人達に面識なんてないし、当然襲われる筋合いもない。
「今の時代の魔術師ではあれ程に複雑な魔術はできません。時代を重ねるにつれ、魔術が廃れているのはご存知ですね?」
「はい」
「アレを生み出したのは現存する魔術師の中でも最も優秀な者です。私はあまり魔術に詳しくはありませんが、今あの魔術師より優れた魔術師はいないでしょう。名をガーランド・ロルウェといいます」
「ロルウェ……聞いたことがあります。……思い出した!確かその名前、魔術師の名家だったはずです」
何でそんな家の人が?ますますわけが分からない。
「魔術師の名家ですか……」
何かを考え込むようにサラは形のよい顎に手を添えて黙り込む。しばらくしてから、あっ、と小さく声を漏らしミュンに質問してきた。
「私としたことがうっかりしてました。まだお名前を伺ってませんでしたよね?お嬢さん」
「あっ、ごめんなさい。アミュージィエです。ミュンって呼んでください」
「サラです。よろしくお願いします。それと、私に敬語は不要です」
「えっ、でも……」
「私の場合は癖ですのでお構いなく」
そう言ってサラは目礼をするように目を伏せた。
どんな理由ですかそれは。
「もう一つお訊きしますが、なぜこんな時期にジータの森に入ったのですか?この森がどんな所か知らないわけではないでしょう?」
うう、それを言われると辛い。
「はい……えーと、六日後に迎春祭りっていうお祭りがあるんです。そのお祭りに必要な供物を採りにきたんですけど……・だけど」
「この時期にお祭りですか。何が必要なんですか?」
「色付く前の後なりのロッカの実と澄んだ清水です」
「そうですか……私も一緒に探しましょう。私一人で探しに行ってもいいですが、貴女を独りにしておくのは不安です」
「ありがとうございます。でも、わたし今自分がどこに居るのかも分からなくて、その二つがある場所は大体目星はついてるんだけど……」
黒い獣から逃げ回っているうちに完全に迷ってしまった。今朝の時点での予想で今日一日は移動に使うだろうと思っていだが、まさかこんなことになるとは思っていなかった。間に合うだろうか?早く終わらせて家に帰りたい。
「その事についてなら安心してください。先にも言いましたが、森は私の領域です。必ず見つかりますよ」
揺らぐことのない真っ直ぐな眼差しは自信の表れだろうか。
「それ、さっきも気になったんだけど、森がサラの領域ってどういう意味なの?」
てっきり森のことを熟知しているという意味かと思ったが何か違う気がする。
「それは次の機会に話しましょう。今日はもう疲れたんじゃないですか?そろそろお休みになってはどうですか?」
確かに今日は訳の分からないことばかり起きて、体力的にも精神的にも疲れた。
ちらりと外を見ると、もう空に星が瞬いている。雲ひとつない空は月明かりが何にも遮られることなく大地に届く。
話に夢中になって、いつの間にか暗くなっていることに気が付かなかった。
夜の森は静かだ。木々のざわめきしか聴こえない。
それにしても、サラはミュンが気付かないミュン自身のことをズバズバ言い当てる。空腹のこと然り、疲労のこと然り。ただそのことがなんだかひどく懐かしい。長年の友人同士みたいで……あり得ないのだけど。
リュックの中から野外用の寝具を引っ張り出す。
ふと、気になってサラを見ると目が合った。
「安心して寝てください。私が番をしていますから。危険が近づいたらすぐに起こします」
ミュンが思ったことをまた言い当て、全てを承知しているかのように言って微笑んだ。人を安心させる微笑だ。
「お休みなさいませ。ゆっくり休んでくださいね」
その言葉に返事をしたかは分からない。サラの言葉にピンと張っていた糸が切れた。瞼が下がってきて身体が重い。
ミュンはもそもそと横になり、丸くなるとしばらくして静かな寝息を立て始めた。
規則正しい寝息が聞こえる。
「お休みになったか?」
月明かりが射し込む洞穴に声が響く。狭い洞穴にはミュンとサラの二人しか居ない。
「はい」
姿は見えず、声だけの存在にサラは驚く様子もなく当然のように返答する。
「記憶はお戻りでないか?」
「はい。まだのようです」
年齢を推測すれば、七十~八十。声から真っ白な髭を長く伸ばした好々爺の印象を受ける。
「ふむ。このまま戻らない方がいいのかも知れんな」
「ですが、記憶が戻るのは必然。時間の問題でしょう」
「ふむ。それについてはわし等ではどうしようもない。……サラ、悩んだ時は呼びなされ」
「はい」
仄暗い洞穴が再び静かになる。どうやら声だけの主は去ったらしい。
白雪の大地は雲間から覗く月の光を反射して微かに光り、はらりはらりと空か雪が舞う。あれから曇ったらしい。これで、足跡は消えるだろう。
「今度こそは……今度こそは必ず。私達の悲願を……」
呟きは虚空に溶け、誰にも聞かれることなく霧散した。
美人さん登場で華やかになりました。
敬語が癖というサラ、そんな癖ってあるのでしょうか?
閲覧ありがとうございました。
次の回もよろしくお願いします。