四話 謎の旅人
風変わりな旅人登場です。
牧師様が明後日の方向な発言をします。
【注意】過激な表現あり
翌朝、ミュンは早朝に目を覚ますといそいそと身支度を始めた。
「うー、寒い。まだまだ冬だね」
独り呟いて服を着込む。森のほうがもっと寒い。
簡素な斜め掛けのリュックを持ち、動物の革を鞣して作られたマントを片手に部屋を出た。
階段をおりていくと、すでにメイフェが起きていた。夜着にショールという明らかに寒い格好で……。
「おはよう。ちゃんと起きられたのね、えらいわ」
「おはよう。いや、普通に起きられるからそんな格好でいないで」
「あら、大丈夫よ。それより朝食の準備できてるわよ」
見ると、テーブルの上には湯気の立つスープ、薄く切られたチーズ、昨年のうちに作られたロッカの実のジャムがのっている。
「ありがと。ねえ、寒くない?」
ミュンは暖炉に薪を組み、火を熾す。最初は小さな火が徐々に大きくなり赤々と燃えだす。
「今やろうと思ってたところなの。そうしたら丁度あなたが起きて来たから、助かるわ」
「さいで……。とにかく、服に着替えてきて。風邪ひくから。それに、見てるこっちが寒くなるよ」
「はいはい。それより、ご飯にしましょ?冷めてしまうわ」
手招きしてミュンを椅子に座らせ自分はキッチンに消えた。……と思ったらすぐ戻ってきた。手にはやや深めの皿がある。
「はい、ハース。熱いから気をつけてね」
ゆっくりと皿を運んできたメイフェは、いつの間にか暖炉の前で寝そべっているハースの横まで歩いて行ってそっと皿を置くとハースの背を軽く撫でてから自分も席に着いた。
「あら、待ってくれたの?ありがとう。さっ、食べましょう」
朝食は昨日の残りのスープだ。一晩寝かせたせいか具に味が染み込んでいておいしい。熱々のスープは冷えかけた身体にうれしい。
「それで、準備は整ったのね?あとは水と荷物をリュックに詰めるだけ?」
朝食を終え、お茶を飲み一息したところでメイフェが訊ねた。
「んー?うんそう」
「なら、もうほとんど準備は出来てるじゃない。あっ、そうそう。森身行く前に教会で借りた本、返しておきなさね。しばらく帰って来れないんだから」
あなた絶対帰ってきたときには忘れてるから、と付け足す。
スプーンを口元に持ってきた状態でミュンは固まった。反論したいが、何か本当にやりそうな気がして反論する瞬間を逃したのだ。
(そう言えばダフに寄らなきゃ。昨日牧師様と約束してたんだっけ?忘れてたよ)
危うく森に直行するところだった。いけない、いけない……。
「……ちょっと、聞いてるの?ミュン」
「え?あ、聞いてなかった。ごめん。なに?」
「だから、気をつけすぎるくらい気をつけなさよってこと。なんたってジータの森なんだから」
「それはちゃんと分かってる。それじゃそろそろ行ってくるね」
「ええ。はい、これ水ね」
一足先に食べ終わったメイフェがこれまた革を鞣して作られた水筒に水を八分目まで入れてテーブルの上に置いた。ミュンの頭ほどもある水筒はドスンと重そうな音を立てた。
水筒にいっぱい水を入れてしまうと、冷えた外気で水が凍り、体積が増えて革が破れてしまうことがあるのだ。
「ありがと、母さん」
マントを羽織る前にもう一枚服を着込んでから、マントを羽織る。水筒をリュックに入れて腰のベルトにメイフェに借りたナイフを入れ物ごと装着し、定位置に居るハースの背を撫でながら行ってきます、と言う。パタンと一回床を叩きハースの返事。
「それじゃ、行ってきまーす」
リュックを斜めにかけ、今度はメイフェに言う。
「行ってらっしゃーい」
家から教会までは近い。
「えーっと。まずは教会に寄らなきゃだよね。結局あの本なんだったんだろう」
まだ朝の早い時間。日も昇りきっておらず冷たい外気に息を白くし、予想外の寒さに軽く身を震わせる。どんよりとした雲が空を低く見せ圧迫感を覚える。うっすらと立ち込めた霧のせいで世界は仄かに白い。そのせいか視覚での寒さがより一層強調される。
両手を擦り合わせながら歩いていたミュンはふと、昨日詰めた荷物の中に手袋があることを思い出しリュックから手袋を出し手にはめる。……暖かい。
保温性に優れたマントを羽織っているので、身体の方は手足よりかは暖かい。さらに、口に掛かるようにマントを引き上げ冷たい空気が直接体内に入らないようにする。
そうこうしている内に、教会に着いた。たぶん今頃は、アルダ牧師の朝の礼拝の時間だろう。
教会の正面、ミュンの身長の何倍も高く、郊外の教会にしてはずいぶんと立派な門。その前にミュンは立っている。
実は、かなり格式のある宗派らしくなんでも死を司る女神が奉られているんだとか……。
もうずっと昔。何千、何百と前のこと。この国は女王が治めていたらしい。しかし、女王が国民を裏切り、それを知った国民の手で処刑された。
詳しくは伝わっていないが、その女王は国民から好かれていた。歴代一といわれる程の有能な女王だったらしい。故にその裏切りを知ったときの国民の怒りは凄まじく、王家の血筋の者は一人残らず殺され、城で働いていた者達や関連を持っていた者達で生き残った者はほんの一握りの人だけだと言われている。その一握りの生き残りの人たちも無傷の者は皆無だったらしい。
その後国は荒れ、そのまま隣国や周辺祖国に吸収され現在に至る。
その時代の産物らしいが、なんせ死を司る女神が奉られてた教会だ。国民に取り壊す勇気も無く、そのまま時代の流れに取り残され、流れ行く時代の中で人々の記憶からも薄れた頃、どこからともなく現れたアルダ牧師が住み着いてアルダ牧師の住居兼教会兼図書館となっている。
教会といっても今はほとんど子供達の溜まり場だ。
雪の積もる冬はそうはいかないまでも、それ以外の季節は学びの園、ミュン達は学園と呼んでいるが、そこで出された宿題や分からないところをみんなアルダに聞きに来るのだ。言うまでもなく、ミュンやライラも例外ではない。
それでもちゃんと教会の役割を果たしていて、週末にはミサなんかもやっているのだ。ただし冬以外に。
ミュンは王女の事や教会の事はアルダに聞いたのだが、アルダも教会の地下にある書庫、今はその広さとまだ空いている本棚の量を有効的に活用しようと、図書館になっている場所に保管されていた書物に書かれていたのを読んで知ったらしい。
アルダの故郷では教会のことを『ダフ』と特殊な呼び方をするらしく、今ではその呼び方が定着していてみんな教会のことを『ダフ』と呼んでいる。
もちろん町にもちゃんと教会があるのだが教会の方が親しみやすい。
なぜかと言えば、町の教会はたいへん貴族的と言うか、お堅くて格式ばっていて、何と言うか……要するに近寄り難いのだ。
最初はアルダも町の人から冷たい目で見られたいたが、おっとりしたその正確のせいかもしくは人徳か。始めに子供達が懐き、その子供を見ていた大人達も次第に心を許すようになった。
教会にしては立派な門。ミュンの身長の何倍もある。その前にいるミュンだが、もちろんそんなところからは入らない。立派な門――正門――の横にだいたい2メーテ程の高さの門があり、大抵はこちらの門を使う。
日中は正門も開いているのだが日が沈む頃、アルダ牧師のお祈りの後くらいに閉められる。そして、朝のお祈りの後にまた開かれるのだ。
小さい方の門をくぐったミュンは迷わずにアルダが居るであろう礼拝堂へ入っていく。礼拝堂の立派な扉を開けると、外よりはほんの少し暖かいような気がしないでもない。それでもまだ吐く息は白く、厳かな雰囲気を漂わせてアルダの祈りの声が聞こえる。大きな祭壇の前に跪き、かるく指を組んでいる……はず。ここからは見えない。
低いテノールで広い礼拝堂に程よく響いて子守唄のようだ。
朝が早すぎて、まだ眠いミュンは落ちてくる瞼をこすりつつ改めてこの礼拝堂の荘厳さに感心していた。
礼拝堂の入り口の立派な扉には細かい装飾がされており、今はもう所々削れているが堕天使と思われる像が爪の形、髪の一本一本まで細かく掘り込まれている。祭壇よりこちら側、ちょうどアルダの居る側から規則正しく二列に長椅子が並んでいる。分厚い岩を削って造られたと思われるこの長椅子にも細かい装飾が施されており、今もその美しさを誇っている。
祭壇は贅沢に銀が使われていたようで、周りの小物から死の象徴と言われる女神の像までもが全て銀でできている。
その正面に聖水を入れた杯を二つ斜め手前の両側に置き、アルダがお祈りしている。死を司る女神を奉る教会で聖水もないと思うがそれでもいいらしい。ミュンの知る範囲で特に罰が下ったと聞いたことはないから。
そして、教会の高い天井には悪魔と女神の画が描かれており、窓にはステンドグラスがはめ込まれている。どちらも息を呑むほどに美しい。最早これが人の技だとは思えないほどだ。
教会に入ってすぐ、アルダのお祈りが終わってないと分かるとミュンは近くの長椅子に腰を下ろした。
「!!……」
油断していた。岩を削って造られたこの長椅子は、冬の特に朝早はものすごく冷たいのだ。知らずに腰掛けようものならかなり痛い目を見る。
一瞬にして触れた部分の感覚がなくなるのだ。
「う、づめだいっ」
涙目になりながら呟く。
服を通してもこの冷たさだ。これを直に触れたりしたら……想像もしたくない。
リュックから野営用の毛布を取り出して長椅子の上に敷き、そこに腰を下ろす。
(うん、ずいぶん違う。ここまでしなきゃ座れない椅子って……)
ミュンは顔を横に振ると預けた本について考えた始めた。
(まあ、普通に考えれば、前からあったやつが紛れてた。だよね?それか、牧師様の見落としで紛れた本とか?)
腕を組んでうーん、と唸る。
何か考えてないと瞼が落ちてくる。
朝が早かったから仕方がない。でも、この寒さの中寝るのはさすがに危険だと思う。
昨晩また雪が少し降ったらしい。正直、迷惑だ。
(他には……。秋にやった大掃除の時に混ざっちゃったとか?それでも元からあの本が図書館にあったってことになるよね?)
考えても、考えても似たようなことしか思い浮かばない。
もー、私に
「分かるわけないよ!」
思わず声を出してしまい慌てて両手で口を押さえる。チラリアルダをみると
(よかった)
気が付いていないようだ。ホッと胸を撫で下ろし、そっと白い息を吐く。
そんな事を考えている間にアルダの朝のお祈りは終わり、長椅子のミュンに気づき近づいてきた。
「いや、でも……無きにしも非ず?」
「何が“無きにしも非ず”なんですか?」
「ワヒャーッッ!!ワァッ!!」
「ぅわっ!!」
「ギャッ!!」
考えに没頭していたミュンはアルダが朝のお祈りを終えた事にも気づかす、近づいてきたことにも気づかず、突然の声に驚き可愛さも色気も全くない悲鳴を上げた。そして、自分の上げた悲鳴の予想外の大きさに驚き、さらにはせっかく寝ていたのにその悲鳴に驚いてガバッと飛び起きた見ず知らずの男性に驚いた。
その時間、わずか二十秒足らず。
「えーとですね、こちらはカルズさんです。お一人で旅をしているそうです。カルズさん、こちらは近隣に住む家のお嬢さんでアミュージィエです」
にっこり。『アミュージィエ』はミュンの本名だ。本名が長くて呼びづらいので、みんな愛称で呼ぶ。ちなみに、ライラの方も愛称だ。本名は『ハライナマイア』だ。こちらも長い。
ミュンが落ち着きを取り戻したところでアルダが長椅子に寝ていた男性を紹介した。ちなみに、その一連の騒動の中アルダはというと、全く動揺した風もなく、驚いた風もなくその笑顔を一切崩さず一部始終を見守っていた。
さり気無くミュンはカルズと呼ばれた男性を見上げ、観察する。
年齢は、初老を過ぎたくらいだろうか?背は高く、痩せていてミュンより頭一個分大きい。髪は全て真っ白な白髪で、瞳はこの地方では珍しい緑色だ。俗世を憂いたような眼は容姿よりもより明白に生きてきた歳月を物語っている。
「どうも、驚かせてすまなかったね」
人の良さそうな笑みを浮かべ発せられたその声は見た目の印象より低い。
「初めまして。いえ、起こしてしまってごめんなさい……」
男性もといカルズを観察しながらふと、手に視線をやる。ソレが何か理解してすぐにミュンは内心驚いた。カルズの左の薬指に指輪がはまっているのだ。異国の文字のような細かな装飾が彫り込まれた銀の指輪に、中心にはルビーだろうか?小さな赤い宝石がはめ込まれている。
(結婚してるんだ)
意外に思いつつもなんとなく納得。
(でも、一人で旅してるって……。奥さん、亡くなってるのかな?それで、子供は独り立ちしてるとか?)
両腕を組みながらうんうんと顔を縦に振り勝手にそう決め付けたミュンは一人で納得した。
「……ン……ミュン。アミュージィエ?」
「はいぃ!」
アルダの声に我に返る。
「聞いていますか?」
整った眉を寄せてこちらを見るアルダ。動揺しつつミュンは慌てて答える。
「聞いてますん!」
「……どちらですか」
呆れた声で返された。
「それでこの本ですが、確かにおかしいですね。何も書いていない本を入れた覚えは無いのですけれど。私が入れた本の貯蔵リストにも載ってないですし、というか何も書いてないんで調べようが無いという方が正しいのですが」
書斎に通され、低めの机を挟み向かい合って座りながらつい先日ミュンが渡した本を再度ペラペラ捲りながらアルダは言う。
(うーん、牧師様でも分からないのか……)
牧師様でも分からないなんて、何だかとても興味をそそる。何か特別なものなのだろうか?
「…………」
何かを考えているようで、ずっと本を睨んでいたアルダがやおら顔を上げ、ミュンを見た。
「どうしましょうかね?この本。……ミュン、日記でも書きますか?」
特に何も考えていなかったようだ。
「何言い出しますか!?この牧師様は!」
名案だと言うように提案をしてくるアルダにミュンは即答で返す。
「そうですよね。ミュン、三日坊主ですもんね」
「そこですか?同意するとこそこなんですか?済みませんね!長続きしない子でっ!」
ミュン、ちょっと涙が出そう。
「良いですよ。今に始まったことではありませんし」
やんわりとアルダが言う。
「何故広い心で受け止めてんですか?」
「おや、知らなかったんですか?ミュン。牧師は寛大な心を持った人しかなれないんですよ?」
――――理解不能。この会話にズレを感じるのはわたしだけだろうか?
これで悪意が無く、真面目に言ってるんだから性質が悪い。もう怒る気力も失せて、ミュンはぐったりと肩を落とす。
どうしましょうねぇ~、と独り呟き、アルダはすでに周りを見ていない。
カルズは熱心な信者のようで、紹介が終わると真面目に朝の祈りを始めた。なぜあんな寒いところで寝ていられるのかミュンは不思議で仕方がない。どうして凍死しなかったんだろう?されても困るけど。
カルズは一昨日町に着いたそうだ。
それから、宿を探したがお金が無く、町の外に見えた教会の鐘を見つけて教会ならお金が無くて大丈夫だろうとここまで来たらしい。そして、カルズの考え通りアルダは快くカルズを迎え入れた。
今カルズは教会の礼拝堂の奥にある管理室で寝起きしているらしい。
町からミュン達の家があるところまでの道はミュンの腰くらいまである雪で覆われている。よくあれだけの積雪で町からここまで来られたなと思い、ミュンがカルズに訊ねて見たところ
「雪国の出身なものでね。慣れているんだよ」
と、簡潔な答えが返ってきた。
まあ、確かに荷物が少なく身軽で雪に慣れた者なら出来ないことはない。それに、カルズはミュンより背が高い。ミュンの身長で腰までの積雪なら、カルズにはもう少し下の辺りだろう。そう納得した。
「このままこの本を保管するにしても、中身が白紙では地下に置いておく意味も無いですし……どうですか、この際本当に日記を始めてみては?」
「始めません」
まだその話は続いていたのか。心中で驚きながらも即答する。
「そうですか~」
残念そうにアルダは言う。
「まあ何にせよ、普段あまり本と縁がないミュンが読もうと思った希少な本ですからね。先ほども言ったように地下に置いておいても仕様がないです
し、差し上げますよ。それ」
今何かさらりと失礼なことを言われた気が……って
「牧師様はそんなにわたしに日記を書かせたいんですか!?」
「いえ、そういうわけではありませんが、書きたいのなら止めません。ただし三日坊主はいけません」
机に手をつき身を乗り出して言うミュンに対し、アルダは人差し指を立て、めっ、と言うようにしごく真面目な表情で言った。
勢いを削がれ、そのままへなへなと机に突っ伏すミュン。
(もう誰かどうにかして)
出発の前からすごく疲れる。こんな所で貴重な体力を消耗して良いのだろうか?いやダメだろ、と一人自分に突っ込む。虚しい。
「兎にも角にも、この本をライラではなく貴女が手にしたということに何か意味があるのかもしれません」
ミュンの頭にそっと手を添え、優しくあやすように、諭すように静に語りかける。ミュンはうつ伏せのまま黙って聴いている。
「ですから、この本は貴女が持っているべきだと私は思います。ほら、顔を上げて」
「……何か、牧師様達観してますね。若いのに」
「はは、知らなかったのですか?ミュン。牧師は達観した人しかなれ――」
「その本!貰います。牧師様が意味があると言うとホントにそんな気がするから」
アルダの言葉を遮ってミュンが言った。少し大きい声がでてしまったかもしれない。
(違う。牧師様があの後何を言うか予想したんじゃ……勘で……つい条件反射で……・だって本能が……)
ミュンの心の葛藤に気付かず
「はい」
一言それだけ言うと、アルダはミュンに白い布で本を包んでから渡した。
「ありがとうございます」
本を受け取り、大切にリュックにしまう。
「ミュン、このままジータの森に行くんですか?」
「え?あっ、はい。もうそろそろ行こうかと」
「では門まで見送りましょうね」
アルダは先に立ち上がり扉へ向かう。
「ありがとうございます」
それを追ってミュンも立ち上がりアルダに続いて扉に向かい、部屋を出る。 門へ向かう途中、礼拝堂に寄るとカルズはもう居らず、どうやら管理室に戻ったようだ。
がらんとした礼拝堂はアルダとミュン以外に人の気配はなく、近寄り難い雰囲気を放っている。ただ、ステンドグラスから射し込む朝日が反対側の壁に映りとても美しい。ずっと見ていても飽きない。
門の前まで来るとアルダが懐から何かをごそごそと取り出しながら言った。
「いいですか?ミュン。十二分に気をつけるのですよ?……あっ、ちょっと待ってくださいね」
「はい、分かってますけど」
何ですか?訳が分からず、言われたままに待つ。
アルダが懐から取り出したのは小さな小瓶だ。中には水が入っているらしく揺れるたびにかすかにたぷんたぷんと音がする。
「これは聖水です。少し冷たいですよ」
言うと同時にアルダが小瓶の水、聖水をミュンに振りかけた。
「冷たっ!」
思わず目を閉じる。
「汝に天災は降らず、汝を災厄は避け、汝の旅が事無きをえるように神のご加護がありますように」
決まり文句だが、アルダが旅の安全を祈る詩を唱える。
「形だけのものですし、別にやらなくてもいいのですがせっかく教会に来たのですからやっていきましょう」
と、アルダが言う。
これを持っていなさい、と小瓶をミュンに渡す。まだ半分ほど聖水が残っている。
「……??あ、ありがとうございま、す?それじゃ、行ってきますね」
「ミュン、十二分に気をつけるのですよ?ジータの森は獣道しかありません。いくら幼少より歩き慣れているとはいえ、油断は禁物です。冬眠している時期だとはいえ野生の動物についても同様です。いいですね?それに――」
「はい、ちゃんと分かってます」
いつまで続くか分からないアルダの台詞を遮って大袈裟過ぎるほとに首を縦に振り、ミュンが言う。それに、似たような台詞を少し前に聞いたような。はて、どこだったか。
心配してくれているのは分かるが、ミュンとしてはちゃんと出発できるかの方が心配だ。
迎春祭りまで今日を入れてあと五日ある。
ジータの森には父親のリジスに連れられて何度か行ったことがある。そのため、どこで欲しい物が手に入るかは大体予想と言うか、目星はついている。
ただ心配なのはミュンが一度も冬、この季節に森に入ったことがないということと、アルダが言っていた通り獣道しかない森の中は今頃雪で地面が覆われていてまさに道無き道を行くことになる。それでも行くのは――――
(啖呵切っちゃたし?今さら無理とか言えないし?わたしが行かなくて困るの家だけじゃないし?)
もう半分自棄になっていた。
五日もあれば多分間に合うだろう。少し余裕があるくらいの方が安心できる。
アルダと別れてミュンは一人ジータの森へ向かう。
家から教会までは腰よりも少し低い位置にくる雪も道のように細長く踏みならされている。しかし、森までの道は通る者が今のミュンくらいしかいないため、まっさらな雪がそのまま残っている。なので、ミュンは自分で雪を掻き分けて歩かなくてはならない。疲れることこの上ない。
次回、やっと森へ入ります。
前置き長いですね。
閲覧ありがとうございました。
次の回でまた…。
前書きを少々編集しました。