十話 最寒湖と夕焼け
【注】残酷な描写あり。苦手な方はご注意ください。
セレナさんの(最後の)見せ場になります。
(土のない所ってどこ?)
そんな所あるわけがない。
ヒュンッ。ガッ。
「――っ!?」
顔の横を何かが高速で通過して近くの木にめり込んだ。
「礫、ですね。突き出した両手から礫を飛ばしています」
確かめる余裕のないセレナに代わりサラが飛んで行った物の正体を見に行く。
小指の爪ほどの大きさだが、木にめり込むくらいに威力がある。当たったらただでは済まないことは容易に想像できる。
歪な人形はサラがセレナに報告している間も絶えず礫を飛ばしていたが、数の割には当たらない。狙って飛ばせるわけではないようだ。そこまでの知能はないらしい。
代わりに周りへの被害は甚大だが・・・・・・。
(土のない所ってどこ!? 川を探して水の中に逃げ込む?ダメよ。川の底は泥、土じゃない。第一、息ができないわ。それなら石畳は?それもダメね。石畳があるってことはそこはよく人が利用する場所、もしくは道だわ。周りを巻き込んでどうするの。あぁ、どこへ逃げればいいの)
どこへ逃げるにしても限界がある。セレナの体力の限界が。
息をする喉が痛い。足場の悪い道はより多くの体力を使う。
足下で礫が跳ねた。
「きゃっ!」
咄嗟に顔を庇う。
礫は木の根に当たり飛んだ。つられて視線も上へ向く。
(あっ!その手があったわ!)
良いことを思いついたとセレナは即座に実行する。
「ケリー!」
「はーい、ただいま」
舞い上がるケリーの足首に掴まり歪な人形の魔の手から逃げ去る。
「ケリー、このまま最寒湖を目指すわ」
「かしこまりましたぁ」
腕と一体になった翼を大きく羽ばたき、ケリーが上手く風に乗る。
翼をもち、鳥のように羽根が全身を覆ている彼女は『ハーピー』だ。ちなみに、『ウンディーネ』であるローラの従姉妹で歌が得意。間延びした口調が個性的である。
「思った通り!やっぱり、空までは追ってこられないみたいね」
自分の思惑が当たったセレナは快勝の声を上げる。
遥か下方では歪な人形が届かぬ礫を飛ばし続けている。地面から生えているあの人形は土のある所ならどこへでも現れる。
セレナが地を行く限り逃げ場はないのだろう。西の大陸はどこまでも地続きだ。
ならば、地上を行かなければ?そう、例えば空を飛ぶとか。
セレナにはその手段がある。
試した結果はあの通り。案の定、歪な人形は追って来られない。
行く手を遮るものはない。
◇◆◇◆◇
「ケリー、この辺りでいいわ。降ろしてちょうだい」
「はーい」
別荘地の外れにセレナは降り立った。時季を外れた避暑地は閑散としていてどこか哀愁が漂う。
塀や柵のわきを通り丘へ向かう。
時折見かける人々は別荘の管理を任された者たちだろう。本日の仕事を終え、足早に岐路に着く姿を見送る。
目的の丘はそう遠くない。立ち並ぶ別荘群を抜ければ・・・・・・見えてきた。
丘の一番高い所には低木が植えられていてセレナにとっては目印になって分かり易い。
ここから見下ろせる最寒湖は記憶に違わず美しい。夕焼けの赤が湖面に反射して神秘的な風景を創っている。
ほぅ、っと思わず自分の置かれた状況を忘れて見入ってしまうくらいに。
「お父様、お母様。これでいつまでもずっと一緒よ。もう、辛いことも苦しいこともないのよ。私もリーアンも大丈夫だからどうか安らかに眠ってね」
低木の根元に二人の指輪を埋める。誤って掘り起こされないように入念に土をかぶせる。
「さあ、サラ行きましょうか」
ケリーと入れ替わり、少し離れた所でセレナを見守っていた彼女に声をかける。
「はい、セレナ様」
言葉少なに応えるサラ。彼女には分かっている。
当然今からクンシラン家に帰る・・・・・・わけではない。
終わらせる。自分の代で。この呪われた輪廻を。
低木から距離を取り荷物を広げる。
一度、彼の魔術師を撒けたからとそれで終わりではない。
死ぬまでセレナは狙われ追われ続ける。死んだ後もいつか生まれ変わってまた同じことを繰り返すだろう。
だから、終わらせるのだ。明るい未来のために。
「迎え撃つ。そして、術者を引きずり出すわ」
画集の魔力を辿りそろそろ彼の魔術師はセレナの居場所を知るだろう。
「セレナ様それは?」
セレナが広げた大きな紙には例の如く魔法陣が書き込まれている。しかし今回の魔方陣は今までの物とは比べ物にならないくらい複雑だ。
「呪術返しってあるでしょ?あれの応用のようなものよ。呪術返しっていうのは術者の魔力を糸のように辿り呪いを返すものでしょ?」
これはその呪術返しを元に術式が組まれている。
どういうことかというと、常に魔力供給を必要とする魔術を無理矢理「呪術」と見なし術者に強制送還させるものだ。
火の玉を飛ばすとか、氷の刃を放つ等、一度手を離れた魔術はそれだけで独立していて後から魔力を足して威力を上げるということはできない。
だが彼の魔術師がやっていたような幻影の魔術や遠隔操作で何かを使役する魔術などは常に術者からの魔力供給が必要になる。この魔術はそれを利用するのだ。
「セレナ様、それは禁術なのでは?」
「そうよ。立案されてすぐ、世間に出回る前に禁術に指定された魔術よ」
あっさりと肯定。
何故そんなものをセレナが知っているのか。サラの視線が刺さる。
「家は侯爵家よ。それなりに人脈があるのよ。と、言ってもこれはお母様の伝手なのだけれどね。お母様の幼馴染の方が新魔術の研究をしている方なの」
その方が作った魔術である。たいへん優秀であるのだが、少々奇抜な発想をするやや変わった人物であるいう印象をセレナはもっている。
母は優秀な魔術師でその才能を色濃く受け継いだのがリーアンだ。セレナはその才能にソッポを向かれた。まあ、弟が優秀というのは十分に自慢できることなのでいいのだが。
閑話休題。話を戻そう。
「そのような魔術を使用したとなればセレナ様は罪人なってしまいます!」
「大丈夫。幸い近くに人はいないわ。要は、バレなきゃいいのよ、バレなきゃ」
止めようとするサラに悪い笑みを向けてセレナは言い切る。
「セレナ様そんなこと言って違法犯罪者が後を絶たないと嘆いていらっしゃったのはどなたでしたか?」
「ほほ、それはそれ。これはこれよ」
確かに亡国の女王は嘆いていた。サラの記憶力に脱帽だ。
しかし、逆を言えばそうでもしなければ彼の魔術師に対抗できないということでもある。
「セレナ様っ!!」
突如切迫したサラの声に身構えるセレナ。魔法陣に手を添えていつでも施行できる体勢をとる。
「きます!!」
何が、とは問わない。いまさら答えなんて一つしかない。
照準を絞るために相手の魔力を感じる必要がある。深呼吸をして意識を研ぎ澄ます。
サラも辺りを警戒しているのが分かる。
ガシュ
「――え?」
間抜けな声が出てしまった。
セレナの胸から腕が生えている。土の色をして、土の表皮をした。
「くっ、かはっ」
口の端を鮮血が滴り、魔法陣の上に落ちた。この魔術に必要なのは魔力と――――血液。
「セレナ様!!!!」
サラの声が遠くに聞こえる。
セレナの背後、その地面から肩までを生やして歪な人形がセレナの胸に手を突き刺していた。
薄れゆく意識と霞のかかる視界。
(お、おとなしく殺されるもんか!)
セレナは無理矢理意識を繋ぎ止め超近距離にある魔力を感じながら自分のありったけの魔力で以て魔術を施行した。
セレナはもう助からない。貫かれた胸を見ればだれの目にも明かだ。ならば、道ずれに。それがダメでもせめて手傷を。
しかし、セレナの魔力は押し返されている。魔力が足りない。
セレナの魔力はもう残っていない。蓄積した画集の魔力をさらに注ぎ、母の形見のピアスに貯められていた魔力も全て注ぐ。これがセレナの最後の奥の手だ。
生前の母が常に身につけていたこのピアスに毎日少しずつ母は魔力を貯めていた。
彼の魔術師の魔力を糸のように辿る。
くらりとセレナの身体が傾いだ。もう限外だった。
夕焼けに染まる空は燃えるような赤。
一筋の涙がセレナの頬を伝った。
【注】この話は違法犯罪を助長・肯定するものではありません。
湖に着いてからの急展開。少々展開が性急すぎたかもとは思いますが、予定としては始めから考えていた通りです。
新しい画集の住人が登場しました。性格はローラと似たり寄ったりと思ってください。
閲覧ありがとうございました。
あと、1・2話で終わる予定です。




