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呪いの輪廻 王女の運命  作者: 鼎ユウ
セレナの話
28/31

八話  霧

分かり難かったらごめんなさい。力尽きました。

 最寒湖(さいかんこ)は凍らない湖だ。

 水底に何カ所も湧水の穴があり絶えず水が循環しているからだ。

 年間を通して気温が低く、夏には貴族の避暑地として有名である。そのため、周辺には貴族の別荘が立ち並び近くには町もある。アリウム家の別荘もそこにあり、夏にはよく家族で避暑に出かけた。

 最寒湖にほど近い小高い丘は湖と別荘を見渡すことができる。朝夕は陽の光が湖面に反射してとても美しい。

 セレナの両親の約束の場所は正にその丘の上だ。


「さて、どうしましょう?」

 前後をしっかり護衛されながら、セレナは胸中でため息をついた。

 とても有能なクンシラン家の騎士たちは無駄なく、そつなくセレナを守ってくれる。

 ・・・・・・文句のつけようがないのが問題なのだ。別に文句をつけて彼らから離れたいと言うのではない。ただ、彼らを巻き込まないために離れる必要があるだけだ。

 親族の者たちは計画が失敗したことを知っただろうか?あれから二晩が過ぎている。すでに偽物の御者から連絡がいってもおかしくない。

 リーアンは大丈夫だ。あの屋敷にいる限りは安全だ。危険なのはセレナの方だ。我ながら無茶を言ったものだと思っている。侯爵もよく許可してくれた。そう説得したのは自分だが、よくもまあと呆れてしまう自分がいる。

 心配してくれている大おば様のためにも、我儘を許してくれた侯爵のためにも、そしてなにより待っていてくれる弟のためにも、セレナは生きて帰らなければならない。



 不可解な襲撃は四回あった。

 騎士の二人はかなり手こずりながらもなんとか事なきをえた。

 魔術に精通する魔法騎士ですら手こずるそれは、魔力を相当に使う術で難度の高い術であると言われている。

 騎士の二人はこんな術は見たことがないと終始首を傾げている。術式や触媒に使う魔法薬、どちらをとっても彼らには理解し難いもののようだ。

 魔術が衰退し始めて数世紀。当時「ツェーリスの国一番の魔術師」と呼ばれた者が操る魔術は博識な二人にも解らない。

 セレナがそれを知っているのは、ひとえに亡国の女王の記憶(ゆえ)だ。

 個人の魔力に照準を絞り放たれるその術は始めこそ的外れな場所を狙っていたが、前回にはセレナが両腕を広げた範囲までに迫っていた。

 セレナの微々たる魔力ではなく、セレナが持っている画集の魔力を狙って。

 ただ一度画集を使っただけでセレナの位置をここまで正確に突き止めた。「国一番」の名は伊達ではない。

「セレナ様どうなさいましたか?」

 騎士の一人が眉間にシワを寄せたままのセレナに声をかけた。

「いいえ、何でもないわ」

 最短距離を選んでいるため街道を大きく逸れ、普段なら通らない道をゆく。慣れない道程(どうてい)に体調が優れないのかと心配してくれたようだ。

 セレナにしたみれば大おば様の屋敷に行くまでに商人に変装していたのだし、野営だってした。(なら)されていない道を歩くなんて今さらだ。深窓の令嬢ではないのだからそんな心配は無用である。

「何かあればすぐにおっしゃってください」

「ええ、分かっているわ。ありがとう。無理をして体調を崩しては逆に足手まといだものね」

 無茶を言っているのだ。お荷物にはなりたくない。

「セレナ様、霧が出てきました。離れないでください」

 後ろを歩くもう一人の、やや年配の騎士が注意を促した。

「できる限り馬と馬の間隔をつめるわ。少し冷えてきたわね」

 言われてみれば遥か前方はうっすらと白みがかり先が見ずらくなっている。これ以上霧が濃くなるようなら今日の移動は止めた方がいいかもしれない。

 一寸先は闇、ならぬ一寸先は霧。辺りの様子が分からないと危険である。

(ここにいる全員が本調子じゃないのよ。想定外は遠慮したいわ)


「セレナ様、そこにいらっしゃいますか?」

「ええ、ここよ。ここにいるわ。ちゃんとあなたの後ろよ」

「大丈夫だ。(かす)かだがセレナ様の姿が見えている。そのまま進め」

「はい!」

 殿(しんがり)を勤める年配の騎士から先頭をゆく騎士へ指示がとぶ。

 霧は晴れるどころかますます濃くなり視界を遮る。

「――――っ!」

 セレナにしか聞こえない声が警告を発した。

「うわっ」

「きゃ」

「なっ」

 警告から一拍遅れて馬が暴れだす。動物は敏感だ。

 セレナが乗る馬の脇腹付近を赤い光が尾を引いて横切る。光は濃霧に紛れ姿を消した。

 どうどう、と馬を鎮める。しかし、強い魔力と急接近した殺気に興奮した馬はなかなか落ち着いてくれない。

 


 ようやく落ち着いた頃には近くに人の気配はなく、馬を(ぎょ)することに気を取られていたセレナはいつの間にか騎士の二人とはぐれてしまっていた。

「好都合、と喜ぶべきかしら?」

 いえ、このタイミングではぐれるのはまずいわ。

 あの赤い光、まず間違いなくあの魔術師によるものね。

 これほどの魔術師は今の時代には存在しないはず。ならば必然的にこれら一連の出来事はあの魔術師によるものでしょう。

 憶測だけど、私とリーアンが生きていることを親族の者たちは知らないのかもそれない。もしくは打つ手がなくなったか。

 クンシランの庇護を受けている今、私たちは安全だわ。こうして屋敷の外に出ない限りは。

 私とリーアンが生きていることを知らないなら、私が安全地帯を離れていることもおそらく知らない。なら、今後は魔術師からの襲撃にのみ対応すればいいわ。敵が一つ減った。

(あぁ、お金がそこそこあって無駄に矜持(きょうじ)が高いだけの名前だけ貴族で良かった)

 セレナは本来なら嘆くべき事実に今だけは心の底から感謝した。

 それはそうと、この霧をどう切り抜ける?あまり時間をかけては危険だ。霧に紛れていつまたあの赤い光が襲ってくるかわからない。

「深くは考えず強行突破、かしら?」

 セレナがここから離れてしまえば騎士の二人は安全なはずなのだから。

 ひらり、と跨っていた馬から降りる。()いで荷物を外し「真っ直ぐにお家に帰るのよ」と馬を逃がす。まだ鼻息が荒いが逃げるくらいは大丈夫、だと信じている。

 荷物のから画集を取り出しパラパラとページをめくり、目的のページで手を止める。

「ニール」

 魔力を込めながら名前を呼ぶ。

 画集自体にも魔力は蓄積されているが、喚びだすくらいならセレナの微々たる魔力でもできる。喚ぶだけなら。維持は難しい。

 少しでも魔力の消費を減らしていざという時に備えるのだ。

 全てを思い出してから、毎晩画集を月の光にあててコツコツと貯めた魔力は少なくない。

 それでも出し惜しみをするセレナは魔力貧乏性?いえ、貴族なんでその言葉とは縁がないはずなんですけど。まあ何でもいいわ、と頭を切りかえる。

 目の前には、下半身は馬、上半身は人間の男性の姿をした『ケンタウロス』が姿を現した。手には大きなランスを持っている。

「ニール、久しぶり。セレナよ。早速で悪いのだけど、この霧を抜けたいの。乗せてもらえるかしら?」

「お、おおお久しぶりです。魔力のこもった霧ですね。すぐにここから離れた方がよさそうです。どうぞ、お乗りください」

 そう言ってセレナが乗りやすいように足をまげて腰を低くしてくれた。紳士!!

 ありがとう、とお礼を言って軽やかに跨る。

「どちらへ行けばいいか分かるかしら?」

 抜けたいの、と大口をたたいたはいいがセレナにはどこへ行けばいいのか分からない。

「・・・・・・こちらでしょうか?わずかですが、魔力が薄く感じます」

 しばし(ちゅう)を見ていたニールが右を指した。

「罠、と言う可能性は?」

 誘導かもしれない。

「その可能性は低いですね。広範囲に長時間魔術を施行するのは()の魔術師にも無理だろう、とゼイス様がおっしゃっていました」

 亡国セピシアの最高位魔術師であったゼイスが言うなら間違いない。先生のことは信用できる。女王セリエーヌは魔術を使えないが、知識として知っておくべきと教えたのはゼイスである。

「そう。なら、決定ね。行きましょう」

「はい」

 周囲を警戒しながら駆け足程度の速さで進む。

 時折横を(かす)める赤い光はニール曰く鳥の姿をしているそうだ。セレナには速すぎて見えない。

 羽根も目も赤い色で(くちばし)を真っ直ぐに突き出して、射抜かんばかりに突進してくるそうだ。

 赤い鳥、と聞いてセレナには一つ思い当たるものがある。あれか、とその姿形を思い出し不本意ながらも納得する。

 確かにあれだけの幻覚を作り出すのは現在の技術では難しい。少し考えれ分かることだった。

 と、いうことは、だ。すでにあの時点で()の魔術師は特定できなくてもセレナの居場所を割り出していた?候補の一つだったのかもしれない。なら、辻馬車の件も「数打ちゃ当たる」というわけではなさそうだ。

 画集はアリウムの屋敷の書庫にあった。何故か惹かれた一冊の本が画集だったというわけだ。

 全てを思い出したセレナはすぐにその場で知っている封印の術式の中で一番強力な術で画集を封印し、彼の魔術師から画集の存在を隠した。

 隠したと言ってもそれは一時的なものにすぎず、セレナ程度の魔術では隠しきれない。画集に蓄積された魔力が(から)なら少しはいいのだろうが、それでは突然襲われた場合身を守れない。ならば対抗できるようにとセレナは毎晩月光の魔力を蓄えた。自己犠牲が美徳とは言わないが、自分が対応している間にみんなが逃げられるように、と。

 わずかに察知した画集の魔力を頼りに彼の魔術師はそこまでセレナの居場所を探したのだ。

 大きなため息をついてこめかみをおさえる。今さらながらに頭痛がしてきた。

 セレナが悶々と考えている間もニールは器用に紅い鳥を()け、時に叩き落としながら霧の中を駆ける。

「――抜けます!」

 スーッと無意識に感じていた圧迫感のようなものが引いた。

 後ろを振り返ると、セレナが抜け出た途端に霧は薄れ、消えた。

 セレナを捕らえ、消すためだけに作られた霧はその存在理由を無くした。


セレナを襲撃していた赤い鳥については『三話 赤い羽根』を参照。

ニールが凛々しい…。

画集の住人は魔力を感じ取ることができます。


閲覧ありがとうございました。

今さらながらに設定の甘さに苦労してます。

さらりと流してください。

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