六話 クンシラン侯爵家、そして…
場面がコロコロ切り替わります。そのため読みにくいと感じるかもしれません。
今回は少し長めです。
「セレナ!リーアン!」
クンシランの屋敷に着くと大おば様による熱烈な歓迎とあつい抱擁を受けた。
苦しいです、大おば様。
「心配したのよ。お昼前に迎えをやったはずなのに夜になっても一向に到着しないんですもの」
真っ白な髪を緩く結い上げ、ベージュのドレスを身に纏い少しふくよかなクンシラン侯爵夫人は「無事でよかった」と胸をなでおろした。
何かあったのは分かっているが、生きて会えたことが今は嬉しいのだ。
「ようこそ、久しぶりだね。少し見ない間に二人とも大きくなったな」
夫人の抱擁から解放されると、次は侯爵本人が両手を広げて「さあ、おいで」と言わんばかりに待っていた。
セレナは若干頬を引きつらせつつも軽い抱擁を受けた。リーアンはそのまま抱き上げられていたが。
いつもなら抱き上げられると怒るのだが、今日は疲れたのかされるがままだ。
侯爵は白い髪をしっかりと後ろに撫でつけ、婦人同様、遅い時間にも関わらず身だしなみは完璧だ。おかげで年齢の割に若く見える。
平時と変わらぬ出迎えをしてくれる侯爵にいくらか落ち着く。
「お久しぶり、大おじ様。私はもう伸びないのではないのかしら?リーアンはこれからどんどん伸びるけれど」
「すぐにでもセレナを追い越すのではないかしら?」
「きっとそうね」
「さて、セレナ。詳しいことを聞きたいところだが、今日はもう休みなさい。話は明日聞こう。君の所の優秀な家人は二日ほど前に到着しているよ」
侯爵は背後が見えるように少し身体をずらした。
「ヨハン!イオン!」
気にかけていた二人の無事な姿を見つけて駆け寄る。
「セレナ様、リーアン様」
ヨハンがそれだけ言って、二人は深々と頭を下げた。
「よかった、よかったわ。貴方たちは無事に着けたのね」
セレナの涙腺は崩壊寸前だ。
「少々手こずりましたが、皆で乗り切りました」
「今は計画通り、一部を除いた全財産の凍結と屋敷の管理はメリスン夫妻に任せてあります」
やりきった顔で清々しくヨハンが言い、後を引き継いでイオンがそう報告した。
「ほら君たち。話は明日にしないか?部屋を用意してあるからもう休みなさい」
「ありがとう、大おじ様。ヨハンもイオンもありがとう。ご苦労様。大おじ様の言う通り、詳しいことは明日にしましょう。それでは大おじ様、大おば様、お休みなさい」
「ああ、お休み。セレナ、リーアン」
「休みなさい。二人とも」
いまだ抱かれていたリーアンをイオンが受け取り用意された部屋へ通される。
手早く湯あみを済ませベッドに入ると同時にセレナは眠りについた。
◇◆◇◆◇
翌日、自然に目が覚めすっきりとした気分で朝を迎えた。
着替えを終えて侍女に案内された先では大おば様とリーアンが仲良くお茶をしていた。
「おはよう。大おば様、リーアン」
「うふふ。セレナが最後ね。よく眠れたみたいでよかったわ。もう少ししたらお昼だから、今はお茶とスコーンで我慢してちょうだいね?」
リーアンの隣の椅子を薦められて腰を下ろす。
「姉さま、姉さま!このスコーン美味しいよ!」
「よかったわね。リーアンのお薦めなら私も一つもらおうかしら」
控えていた侍女がカップにお茶を注ぎ、スコーンを皿に盛りセレナに差し出した。
「ありがとう・・・・・・・美味しい。オレンジピールの甘酸っぱさがいいわね」
「気に入ってもらいたみたいで嬉しいわ」
麗らかな正午前。
「・・・・・・・ん?もうしばらくしたら、お昼?お昼!?もうそんな時間!?わ、私寝坊したの!?」
「姉さま、気づくの遅いよ」
もぐもぐとスコーンを頬張るリーアン。
「疲れているだろうから起こさなかったのよ。リーアンだって少し前に起きてきたところよ」
慌てふためくセレナに大おば様が言った。
私さっき「おはよう」って言っちゃったわ。起こさずに寝かせてくれたのはきっと優しさなのだろうけど、恥ずかしいわ。おはようの時間なんてとっくに過ぎているのに。
顔を両手で覆って恥ずかしいと全身で叫んでいるセレナをリーアン以外の全員(控えている侍女含む)が温かい目で見ていた。
「さて、君の話を聞く前に騎士から上がってきた報告をしよう」
昼食の後、先ほどお茶をしていた部屋で大おじ様がそう切り出した。
この部屋には現在、クンシラン侯爵夫妻にかの家の執事。全てを知っているべきだとヨハンにイオン。当然リーアンもいる。
「君たちが乗っていた辻馬車は確かに私が用意したものだ。御者の男も長年我が家に仕えていた者だった。真面目で裏切るような真似をするような者ではないが君たちを危険な目に合わせたのは事実だ。申し訳ない」
頭を下げる侯爵に無言で頷く。
ここで否定するには辻馬車の一件は些細なこと、で済ますことができない。それに、ここで首を横に振れば侯爵の謝罪を受け入れないという意味になってしまう。
同じ『侯爵』の位を戴く両家であるが、歴史を遡ればクンシラン侯爵家の方が古い。故に、むこうの方が同じ爵位ではあるが各上なのである。互いに属する国が違うがそれとは別に。
従って「クンシランの主が自らの非を認め謝罪している」のだからセレナはその謝罪を「受ける」べきである。
それに、大おじ様のことだ。心から申し訳ないと、二人が生きていてよかったと思ってくれているのは確かなのだから。
「御者の男の遺体は遺族の元へ戻り、手厚く埋葬されたよ。憶測だが、彼は家族を人質に脅迫されていたのではないかと思われる。私が君の元へやった御者は彼一人だけだ」
「え?一人?」
「ああ。リーアンに少し聞いたんだが。もう一人、御者が居たそうだね」
思いがけない事実に耳を疑う。
「え、ええ。始めは無口な人だと思ったの。初めて会った時も黙礼のみだったから。馬車の中で寝て目が覚めた後に見せた作り笑いを張り付けた笑顔は薄気味悪かったわ」
今思い出しても鳥肌が立つ。
「そうえば・・・・・・・」
「何か思い出したのかい?セレナ」
「馬車に乗る前に、一度御者の、亡くなった方の御者の男性の顔色が悪くて体調が戻るまで待ちましょうか?って訊いたのだけど、男性は最初そうしてほしいって言った一瞬後にはその必要はないって否定したのよ。人に酔っただけだからって」
もっと疑うべきだったのだ。
「なるほど・・・・・・・参考になったよ。ありがとう。報告を続けよう。馬車の中を調べた結果、魔術の痕跡が見つかった。強い睡眠作用のある魔法薬を使用したものだ。君たちが馬車の中で眠ってしまったのはこれも一因だと思われる」
「それは何か匂いはするの?」
「ああ、甘い匂いがする」
「やっぱり・・・・・・・」
あれか、と思い当たる節に肩を落とす。自ら罠に嵌りに行くとは笑えない。
「心当たりがあるようだね」
「ええ。大ありよ。大おじ様」
「・・・・・・・そうか。現在は犯人の男を全力で捜索中だ。十中八九雇い主は、君の親族を悪く言いたくはないが、あの金の亡者たちだろう」
「もう言っているわ。大おじ様。全く構わないけど」
「以上で私からの報告は終わりだ。君の話を聞こうか」
セレナは、アリウムの屋敷を出てからのことを侯爵に話した。偽装のつもりで行っていた行商でなぜかしっかりと利益が出ていたことを話したときは大おじ様も、大おば様も笑っていた。
暴走した馬が馬車ごと崖に落ちてしまいセレナがキリシェの力を借りて崖上まで持ち上げたことは伏せ、運よく崖に落ちる前に馬が足を絡ませて転倒し、その際たまたま外に放り投げられた。と報告した。
サラたちのことは誰にも教えるつもりはない。これはセレナだけの問題だ。誰も巻き込むつもりはない。
「そうか、ヴァンもアーニャもよくやってくれた」
「では手紙を書きましょう。お礼にポプリを添えて」
「それはいい考えだ」
そうでしょ?と夫妻は顔を合わせて微笑む。
「大おば様。それは難しいのでは?」
絶対にばれてしまう。セレナとリーアンがどこに身を寄せているのかが。
「あら大丈夫よ、セレナ。やり方なんていくらでもあるのだから」
その笑顔が空恐ろしいと感じるのはセレナだけだろうか?
「い、以上で私からの報告も終わりよ。大おじ様」
恐かったので深くは追及しないことにした。
「嫌なことを思い出させてしまって悪かったね。リーアンも退屈だっただろ?もう終わったから遊びに行ってもいいよ」
「ぼくには話を聞く ぎむ があるから大丈夫だよ!」
「はは、頼もしいなリーアンは」
リーアンなりに今のことを理解してくれているみたいだ。それはセレナにとっても頼もしい。
「セレナ、リーアン。改めて、ようこそ。私たちは君たちを歓迎するよ。自分の家だと思って気楽に過ごしてほしい。もちろん学ぶべきことはしっかり学んでもらうけどね」
「ありがとうございます。クンシラン侯爵様。どうぞよろしくお願いし致します」
◆◇◆
「それで、話って何かな?」
寝る前に大おじ様に話があると時間を空けてもらった。
本当は報告の後がよかったのだが、リーアンが離してくれなかったのだ。どうも最近、リーアンはセレナの側から離れたがらない。今もリーアンが寝たのを見計らってきたのだ。
ヨハンとイオンからの報告はその時に聞いた。
どうも、最後まで粘った迷惑な親族が居たそうだがそこは優秀な我家の使用人たち。相手に付け入る隙を与えず、相手の隙を上手く利用して追い払った、もといお帰りいただいたそうだ。素晴らしい。
「時間を作ってくれてありがとう。大おじ様は北にある避暑地を知っている?」
「最寒湖の畔かね?」
「そうよ」
天井部に取り付けられた魔宝石が書斎を明るく照らしている。魔宝石を中心に魔法陣が書き込まれていて、魔宝石自体が光源になるように術式が組まれている。
「あそこに別荘があるの。別荘の近くの丘はお父様とお母様にとって特別なは所なのですって。お父様がお母様に結婚を申し込んだ思い出の場所だそうなの」
セレナの両親は貴族間では珍しい恋愛結婚らしい。美しい湖が全貌できるその場所でプロポーズされたのだと母は頬を染めて語ってくれた。
「お父様もお母様も病に伏せられて三年間も床の上だったわ。だから美しい最寒湖が見える丘の上で一緒に居られるようにこの結婚指輪をそこに埋めてきたいの」
「だから、それを誰かに埋めてきてほしいと?」
セレナの話を聞いていた大おじ様が問う。
「いえ・・・・・・・私が埋めに行きたいの」
「誰かに頼んでは駄目なのかね?」
「私の両親のことだもの。私が行きたいわ」
そうして屋敷を出る口実を作るのだ。半分は本音。もう半分は誰も巻き込まないために。
『画集』を使ってしまったためソレがセレナのことであると知れただろう。
「ならば、状況が落ち着いた頃、そうだね・・・・・・・今年はシーズンを過ぎてしまったから来年の夏に行こうか」
「いえ、大おじ様。それでは遅くなってしまうわ。冬の神が今年亡くなった人々の魂を連れて行った後では」
冬の神は眠りの神でもある。冬の神が去る時、その年に死んだ魂をともに連れて行くと言われている。そうしてまた輪廻の輪に還りいつか生まれ変わるのだ。
「けれど、今は危険だ。それはセレナも重々に承知しているだろ?むしろ先日体験したばかりだ」
大おじ様の言うことは一々最もだ。
「それでも、来年の夏では間に合わないわ」
ヨハンとイオンにはすでに話してある。当然止められたが、どうにか承諾させた。もう熱が出そうなくらい頭をつかい説得したのだ。
何が何でも大おじ様も説得しなくてはならない!!
セレナの侯爵説得は日付が変わってもなお続き、いっこうに譲らないセレナに根負けした侯爵が護衛をつけるなら、と妥協案を出しセレナが渋々とそれを受け入れて交渉は成立した。
ただ、セレナはその護衛を途中で撒く気満々であるが。
準備はすでにできている。残すはリーアン。大切な大切な弟の説得だ。
近頃セレナの側を離れないリーアンは嫌がるだろう。気の重いセレナだ。
そして、案の定
「嫌だ!!姉さま行っちゃダメ!」
セレナの腰にしがみつき離そうとしない。
「リーアン、すぐに戻ってくるから。ほんの数日だけの話よ」
「ダメ!外に出たら危険だって言ったのは姉さまだよ!」
最もである。
「いつどこで命を狙われるか分からないから庭の外から出るのもダメだって」
よもや、リーアンに口で負ける日がこんなに早くこようとは・・・・・・・。それも、全てセレナがリーアンに言い聞かせたことだ。嬉しいやら悲しいやら。セレナは胸中で涙する。
「護衛の方たちが一緒に来てくださるから大丈夫よ。それに、別荘にお泊まりしてくるわけではないのよ。用が済んだらすぐに帰ってくるわ」
「・・・・・・・本当に?」
「ええ」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「それでも行っちゃダメー!」
(ええ~!?)
これの繰り返しだった。途中からヨハンとイオンも参戦し、やっと許可が下りた。理屈が通じない分、一番説得に時間のかかった相手だったかもしれない。大おば様へは大おじ様が話をしてくれるそうだ。
セレナも、無理を知って言っているので罪悪感がある。
「セレナ、着いたばかりでまた出て行ってしまうなんて」
涙ぐんだ目でセレナを見て大おば様が言った。
「ごめんなさい、大おば様。どうしても私が行きたかったの」
「一度決めたら聞かないところはお母様にそっくりよ」
「よく言われるわ」
「姉さま、ぼくいい子で待ってるから急いで帰ってきてね」
「・・・・・・・ええ。必ず」
強い意志を込めて答える。必ず帰るわ。必ず。
少し離れた所では護衛をしてくれる二人の騎士が侯爵と話をしている。
大おじ様には一番に挨拶をした。一番に無理を言いっているのだ。
「それじゃ、行ってくるわ」
護衛の騎士二人を従えて、馬に跨り目指すは北にある別荘地。最寒湖の畔だ。
当初の予定では前後編で終わらせる予定が、前中後の三編になり、さらに倍になり…。おかしいですね(汗)
深い話にするつもりはないのでサクサクッと進める予定でいます。
閲覧ありがとございました。
真に申し訳ないのですが、月曜日より私生活のリズムが変わるため少しの間更新できません。
途中で切ってしまってごめんなさい。
できるだけはやく更新できるようにがんばります。




