四話 連絡
前話に注意書きを書き忘れたので追加しました。
ま、間に合いました~(汗)
「あぁ、ベッドで眠れるってステキ」
通された宿の一室でセレナが言った。
「固い地面だと、いくら寝ても寝た気がしませんものね」
アーニャが同意する。これでも一応、彼女たちは名のある貴族の令嬢だ。
湯は運んでもらえるのかしら?後で宿の者に訊いてみましょう、と湯あみができなくてもせめて身体を拭きたいセレナとアーニャは部屋に入った途端相談をするが
「ねえ様、アーニャ。それよりも早くご飯食べにいこ!」
リーアンはお腹が空いたらいし。
「はいはい。じゃあ、一度出かけましょうか。大おば様とも連絡を取らないといけないし。前の町で仕入れた物を売らなければいけないし」
「そうですわね。わたくしたちは商人ですものね」
商人、の部分を強調する。忘れがちだが、そんな設定だ。
リーアンに手を引かれて町の大通りをゆっくりと歩く。
ついさっき、仕入れた商品はすべて売ってきた。
最初は、セレナが趣味で縫った刺繍のハンカチを元手にして、香辛料や干した果実、レースやポプリといったちょっとした小物を仕入れて売ったいた。
これは「行商をしながら旅をする家族」を演じるためで利益云々は考えていないはず・・・・・・・だったのだが。
「えぇ、気にはなっていたのよ。でもまさかこんなことになるなんて思わなかったんだもの」
セレナが涙を拭う真似をする。
「お金は・・・・・・ないよりあった方が・・・・・・いい。仕入れる物・・・・・・売る先・・・・・・交渉・・・・・・解っていれば利益は・・・・・・出せる」
「さすがだわ、ヴァン!どんな物を仕入れれば次の町で利益が出るのか、どんな物が好まれるのか。ちゃんと解っていれば、あとは巧く話を誘導するだけで利益はでるのね!」
説明ありがとう。ヴァンのモットウは「安くて良いものを」だ。
ヴァン素敵、とアーニャが夫に抱きつく。たいへんお熱いことで。
町中なため、アーニャは口調を変えている。
町中なのだ、恥ずかしいから止めてほしい。
道行く人々がくすくすと笑いながら歩いて行く。嘲るような、馬鹿にしたような笑いではなく微笑ましいといった感じの笑い方だ。どちらにしろ恥ずかしいことにかわりはない。
「セーナ姉、どうしてアーニャ姉たちから離れるの?」
しずしずとリーアンの手を引いてさり気無く距離をとろうとしたセレナにリーアンが無邪気に訊いた。
「それはね、世間一般ではああいう人たちをバッカップ・・・・・・コホン。いえ、往来の真ん中で立ち止まっていたら他の人に迷惑でしょ?だから隅に寄ろうとしたのよ」
仮ではあるが、アレらが家族だと思われたくなかったからではないのよ、と心の中で付け足す。ええ、違うのよ決して。
「そっか!邪魔しちゃダメだよね」
納得したようだ。
ドンッ。
「あ、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ。急いでいるので失礼」
前方のバカップ・・・・・・・夫婦を見ながら後退していたセレナは横から歩いてきた人に気付かず、ぶつかってしまった。
「セーナ姉?大丈夫?」
気遣うようにリーアンがセレナを見上げる。
「・・・・・・・。え?だ、大丈夫。大丈夫よ」
そのまま道の端まで下がる。
壁に背をつけて通りの道行く人を意味もなく見つめる。
リーアンはこの旅のことをどう思っているのだろう?両親の死から息つく間もなく住み慣れた館を後にした。
親を亡くした二人を保護すべき親族たちは遺された財産に目が眩み道を踏み違えた。まあ、元々危うい道を歩いている人たちではあったのだけど。
そんな彼らから逃げるべく行商の家族に扮し他国へ向かう。
きっと、流されるままにセレナに手を引かれ、言われるままにここにいるのだろう。生きるためとはいえ逃げるだけしかできないのは悔しい。
アリウム家の家督は現在セレナにある。セレナがアリウム家の直系ですでに成人をしているからだ。
リーアンが成人をすれば家督はリーアンに譲るつもりでいる。女性が当主を名乗ることを忌避する傾向にあるからだ。その女性個人に人望や実績、周りを黙らせるだけの力があれば違うのだけれど。
もし、何らかの理由でリーアンが成人する前にセレナから家督が離れた場合は血の繋がりのある大おば様に一時的に移るように、前当主であるセレナたちの父から正式な遺書もあるし、現当主であるセレナもそうなるようにしたためた書状を書いた。
絶対に彼らにアリウムの名を渡す気はない。
宿の店員に運んでもらった湯で身体を拭くことができた。
「さて、一息つけたところで大おば様から連絡が来ているわ」
セレナが片手で握れるほどに小さく折りたたまれた紙を取り出す。
「い、いつの間に受け取っていたんですの?」
「らしい者は・・・・・・・いなかった」
アーニャとヴァンが揃って首を傾げる。
「二人が夫婦漫才をやっている時よ」
「ふ、夫、婦まっ・・・・・・・セレナ様どこでそんな言葉覚えてきたんですの!?」
「姉さま、夫婦漫才って何?」
「うふふ。それはね、ヴァンかアーニャが教えてくれるわ」
「説明丸投げですの!?」
目を見開いて閉口するヴァンに慌てふためくアーニャ。
「大おば様の手紙には・・・・・・・えっと、明日のお昼前に迎えの馬車と人を寄こしてくれるみたいだわ。その時間に町の広場で辻馬車を拾えばいいそうね。紫の布が目印ですって」
二人を無視してセレナがザッと手紙に目を通す。
ようやくここまで来た。明日には大おば様の迎えが来る。最後まで気を抜かないようにと自分に言い聞かせる。
「そうですか。さすがはクンシラン公爵夫人ですわ。無駄がなく、行動も迅速ですわ」
先ほどのショックから立ち直ったアーニャが感心する。
「ええ、そうね。大おば様は私の憧れだわ」
セレナは早くも立ち直ったアーニャに感心だ。
クイッと姉の注意を引くためにリーアンが袖を引く。
「姉さま、明日大おば様の所に行くの?」
「そうよ。広場から辻馬車に乗って行くの。ヨハンとイオンは無事に着いているといいのだけど」
後半はセレナの独り言だ。
「ねえ様きっと大丈夫だよ。ヨハンとイオンはぼくたちより安全だって言ったの姉さまでしょ?それに、二人ともすごくゆうしゅうだから平気だよ!」
一生懸命にセレナを励まそうとする。
「そうね。彼らの注意がこちらに向いている分ヨハンとイオンは安全だわ」
それに二人だけで行動をしているから融通が利く。臨機応変に対応できるはずだ。
リーアンを無事大おば様の元へ連れて行けたら私は・・・・・・・。
チラリと自分の荷物を見やり、中に入っているある物を思い浮かべる。そして、セレナは一人覚悟を決める。
翌日は早めに朝食を摂り町に出た。たくさんの人で今日も市は賑わっている。昨日と変わらない風景なのにどこか落ち着かない。そわそわと意味もなく何回も荷物を掛け直す。
できるだけさり気無さを装って紫の布の巻かれた辻馬車を探す。
「セーナ姉、あれじゃない?」
リーアンがセレナの裾を引き、小さく指をさす。
示された方を見れば御者が座る所の庇に紫の布が結ばれていた。
「・・・・・・・間違いないようね」
アーニャがさっと視線を巡らせ他に似た辻馬車がないか確認する。
「時間的にも・・・・・・・間違いない」
ヴァンも同意する。
「行きましょう。あまり待たせは悪いわ」
真っ直ぐに辻馬車へ向かう。
「こんにちは。クンシラン領へ行きたいんだけど、乗せてもらえるかしら?」
馬に水をやっていた男に話しかける。
「セレナ様とリーアン様ですね?・・・・・・・もちろんですよ。さ、乗ってください」
前半はセレナだけに聞こえるくらいの小さな声で言い、後半は普段話す時の声量で言った。
「義兄さん、姉さん、ここで一度お別れね。送ってくれてありがとう。あの子たちをよろしく」
預けてある愛馬を託す。
「ヴァン義兄、アーニャ姉、送ってくれてありがとう」
姉に倣いリーアンもお礼を言う。
「困ったことがあったらいつでも手紙をちょうだい。遠慮なんていらないからね」
ギュッとセレナとリーアンを抱きしめる。声が震えているがあえて聞こえないフリをする。これが大人の気遣いね。
「むしろ・・・・・・・着いたら出紙を」
それは難しいかもしれない。身を潜めているのだ。セレナ名義で手紙を出すわけにもいかないし、大おば様、クンシラン公爵夫人から地方の伯爵令嬢とうだけのアーニャに手紙が行くのもおかしい。
それは分かったいるのだろう。それでも言わずにはいられない。
「二人とも気をつけてね。無茶はしないでね」
手紙は出せないけれど二人が無事に岐路につけることを祈っているから。
「挨拶はすみましたか?馬車を出しますよ」
御者の男が訊いてきた。
「ええ、出して・・・・・・・あなた顔色悪いわよ。少し休んでからにしましょうか?」
御者の男の顔を見てセレナはぎょっとした。真っ青な顔をしている。急に不安が二割増しくらいになった。
「はい・・・・・・・そうしてもらえると・・・・・・・いえ、いえいえいえいえいえ。大丈夫です。今すぐに出します。少し人に酔ってしまっただけなので」
捥げてしまいそうなほど首を振って、御者の男は押し込むようにセレナとリーアンを馬車へ乗せると直ぐさま馬に鞭をくれた。
「バイバ~イ」
小窓を開けてリーアンが手を振る。アーニャが両手を振り返す。セレナも顔を覗かせ、そっと頭を下げる。こんな馬鹿げたことに巻き込んでしまった謝罪と危険を覚悟でここまで着いてきてくれた感謝を込めて。
ヴァンが目礼で応える。
どうか二人が、いえみんなが無事でありますように・・・・・・・。
馬車は通り入りすぐにヴァンとアーニャは人混みに紛れ見えなくなった。
「リーアン、そろそろ窓を閉めましょうか」
「はぁい」
パタン、と小窓を閉めてセレナの隣に座る。座ったまま外を見るに小窓はリーアンには高すぎて立ったまま手を振っていた。
馬車の内装は想像していたものより立派で、座席もしっかりした生地でできている。
「意外と座り心地がいいわ・・・・・・・さすがは大おば様」
香油でも焚いているのかほんのりといい匂いがする。
「?」
ふと膝に重みを感じて顔を下げると、やっぱり疲れていたのかリーアンが眠っていた。
顔にかかった髪をよけてやり頭を撫でる。すやすやと眠る顔はまだあどけなくセレナは口元をゆるませる。
カタカタと揺れながら歩く馬車が眠気を誘う。次第に瞼が重くなり、抗い難い睡魔にいつの間にか壁に身を預けセレナも眠りに落ちていった。
ヴァンは交渉上手。口数が少ないことが逆に功を奏いている模様。
夫婦漫才…セレナさん、それなんか違う気がする。
リーアンがセレナを励ますところで「ゆうしゅう」(優秀)と平がなになっていますが、わざとです。リーアンが理解していないだけです。
閲覧ありがとうございまいた。
今週はなんとか間に合いました。不安は来週に先延ばしに…。問題は何も解決していません。
間に合わない場合は活動報告にて事前にお知らせ致します。