二話 ヴァンとアーニャ
投稿した三日から一週間分のアクセス数を見て驚きました。
ずいぶんと期間が空いてしまったにも関わらず予想以上に読んでくださった方が多かったです。ありがとうございます。
これからも、できる限り続けて投稿できたらと思います。
厨房の勝手口で身支度を整える。
「さ、リーアンお父様の指輪も持っていきましょうね」
代々アリウム家の当主に受け継がれる指輪を細い鎖に通して首にかける。
「お母様のピアスは姉様と片方ずつ着けたい」
「ふふ。わかったわ。二人で一個ずつ着けましょうね」
母の嫁入り品で母がいつも着けていたピアスはリーアンの希望通りリーアンは右に、セレナは左にそれぞれ着けた。
荷物は増やせない。両親の形見で追って行ける物はこれだけだ。
「あ、それとヨハン」
「どうぞ」
心得ております、と小さな箱を手渡す。中には一組のエンゲージリング。両親の結婚指輪だ。
「リーアン、忘れ物はないかしら?」
「うーん……ないよ」
「リーアン様、あごを上げてください……はい、いいですよ」
イオンがリーアンに外套を着せている。セレナもリーアンも目立たないように町の人が着るような質素で荒い生地を使った旅装をしている。
「準備はいいわね?さ、行きましょうか」
「うん。じゃぁね、ヨハン、イオン」
「ヨハン、イオン後はお願いね。必ず大おば様の屋敷まで来るのよ。任せたわ」
「「畏まりました」」
リーアンが無邪気に手を振り、セレナが不安げに念を押し、四版とイオンが声を揃えて深々と頭を垂れる。
後ろ髪を引かれながらもリーアンと手を繋ぎ、そっと屋敷を離れる。
旅立つ主の子供達の姿が見えなくなるまでヨハンとイオンは頭を下げたままだった。
屋敷の裏口では馬屋係、シーマが待機していた。町の外までは彼とともに行く。精々、四半刻(30分)程度の道のりだが子供が―――セレナは昨年成人しているのだが―――二人だけで夜道を歩くのは危ないとヨハンをはじめとした使用人全員にが言ったためこうなった。
皆の手を煩わせないためにもセレナは二人だけで行けると言ったのだが、止められた。
それでも、と食い下がったセレナにならばと同じ時刻に屋敷を離れるシーマを付けるならいいだろうと言われたのだ。
それならついでだし、足を負傷して引退するまでは王都の騎士団に所属していた彼ならば護衛としても問題はない、との判断だろう。
ヨハンとダリカの二人には幼い頃より世話になっているからか頭が上がらない。セレナは当主の娘なのに。
シーマとは町の外で別れる。
「それではセレナ様、リーアン様どうかご無事で。リーアン様がアリウムの名を継いだおりには再び。必ず参ります。お元気で」
「シーマ、ありがとう。あなたも元気でね。無理をしてはダメよ?」
「シ―マ、ありがとう。シーマはこれからお家に帰るんでしょ?気をつけてね」
乗馬が好きなリーアンはシーマに懐いている。別れる時泣いてしまうかと心配したが大丈夫そうだ。さしずめ、ヨハンが色々と言ったのだろう。
我が子を見るような目で二人を見るシーマは突然失礼、と言ってセレナとリーアンを抱きしめた。
「お二人ともどうかご無事で。どうか、どうか……」
耳元で小さく鼻をすする音がした。
突然のことに驚いたが不快感はなく、セレナは耳元で聞こえた音を聞こえなかったフリをする。
「ありがとう。大丈夫だから。さ、しばらくはお別れよ。心配なんてないわ!また必ず会えるから」
何度も何度もふり返るシーマに手を振り送り出す。
「それじゃ、お嬢様参りましょうか」
「ええ。よろしく」
少し離れた所で待機していた二人のうち一人が声かけた。
シーマとはここで別れ、ここからは馬で移動する。幸いなのかは不明だが、セレナは一般で言う「ご令嬢」という枠をはみ出している。
乗馬なんてお手のもの、だ。馬の鞍に横座りして誰かに手綱を引いてもらうようなお上品な乗り方ではない。自ら手綱を握り馬に跨り走らせることができる。
リーアンが乗馬に興味を示したのはセレナが何度も乗せてやっているかもしれない。
自分の愛馬に跨り歩き出す。まだ身長が足りないリーアンも手を借りながら乗り、セレナの横についている。
大好きな乗馬ができたからかさっきまでより心なしか嬉しそうだ。
少しでもリーアンの気が紛れるのならよかった。
内面はまだ年相応に幼いが、どこか聡いところがある。我儘を言えないこも分かっているのかもしれない。幼いながらに今の状況を理解しているのだ。
「それにしても、セレナ様もリーアン様もご無事でよかったですわ。もー、私ったらお二人の姿が見えるまで心配で心配で」
生きた心地がしませんでしたわ、と大袈裟に語るのは斜め前を行くアーニャだ。
侍女のアーニャは地方領主の跡取り娘にも関わらず、訳あってアリウム伯爵家で侍女を勤めていた。そして、勤め先で料理長のヴァンと結婚し今に至る。実家は妹が継いだそうだ。
「そうそう、半刻(1時間)ほど前にジャン達の一団が通りましたわ。皆さん無事町を出て西へ向かいましたわ」
思い出したようにアーニャが言ったのは下働きのジャンのことだろう。
彼らの一団は確か運河を船で下る予定のはずだ。彼らも無事町から出たと聞きセレナはホッと胸をなでおろす。
「それにしても、不気味なくらいに何もありませんわね」
「まだ誰にも気づかれていないからだ、と願いたいわね。皆大丈夫かしら……」
後を任せてきた人たちの顔が思い浮かぶ。彼らなら早くとも朝までは時間を稼げると信じている。信じてはいるが、それとは別に心配であることはかわらない。
セレナとリーアンが居ないと知った時、親族の者達はどうするのだろう?誰もケガをしないといい。
きっと始めに、幼いリーアンを懐柔しようと部屋を訪ねてくるだろう。そして、思ってもいない慰めの言葉を吐くのだ。親を亡くした子供の弱味につけこみ、あとに遺された莫大な財産を自分たちのいいように使うつもりなのだ。
セレナなどは所詮小娘。どこか適当な貴族に嫁がせてしまえばいいと考えているのだろう。
だが、そんな分かり易すぎる腹の内、セレナがのってやる義理はない。
「親族のだれも信用するな」
お父様のおっしゃることに間違いはない。お父様は彼らの本質を見抜いていらした。だからセレナは迅速に行動ができた。彼らに対して先手を取れた。
「ま……セ……ナ……様、セレナ様?」
「え?な、何?」
「そろそろ休憩にしましょう」
「ええ。ええ、そうね。休みましょうか」
途中からアーニャの話を聞いていなかった。気がつけばうっすらと空が白み始めている。夜が明けるのだ。
道の端に寄り馬から降りる。リーアンはヴァンに助けてもらって降りた。
「ありがとう」
「いえ」
我が家の寡黙な料理長は言葉少なにそう答えた。お喋りなアーニャとバランスがとれて調度いい、と皆が言っていた。
「それはそうと、ヴァンもアーニャもその話し方止めてちょうだい。ここからは旅商人の家族っていう設定なんだから。様付けはおかしいわ」
「そう言われましても…………」
「…………」
アーニャは口ごもり、ヴァンは困った顔をする。
「ヴァン、お父様なの?アーニャはお母様?」
ヴァンが作ったお菓子を食べながらリーアンが無邪気な顔で問う。
両親を亡くしたばかりの子供がそうな尋ねる。
「リーアン……違うのよ。ヴァンはお義兄様でアーニャの旦那様。アーニャが私たちのお姉様よ」
疑われないためには家族と偽るのが一番安全なのだ。
ヴァンとアーニャの年齢なら成人を迎えるくらいの子供が居てもギリギリおかしくはない。けれど、彼らを今だけの偽りの親だとリーアンに言うのは憚られた。
両親を亡くしてまだ一日しか経っていないのだ。心の整理ができていないのか、そのことに理解が追い付いていないのか。リーアンはまだ一度も泣けていない。
セレナはいい。理解もしているし、泣いている場合ではないと分かっているから。けれどリーアンは……。
だから、家族と偽るのにあえて親と子ではなく姉夫婦と妹弟、と言う設定にしたのだ。ありえない設定ではない。
家族なのだから敬称はおかしい。
「そうね……なら、私のことはセーナと呼んでちょうだい。リーアンは……リーアにしましょう。正直に本名を名乗るのも危険だし、かといってあまりにもかけ離れた偽名だととっさのときに反応できないわ。安直ではあるけどね」
「ボクがリーア?姉様はセーナ姉様?」
「半分正解で半分ハズレよ。姉様ではなくてお姉ちゃんよ。もしくは姉さんね。あ、でもあなたから見たら姉は二人いるのよね……なら、アーニャはアーニャ姉、私はセーナ姉、かしら?長いと呼びづらいものね」
どうかしら?と二人に問えば不承不承に頷いた。
「もう!セレナ様には敵いませんわ」
「アーニャ、セレナでなくてセーナよ。様も付けたらダメ。それにアーニャの話し方、商人っぽくないわ」
「アーニャの……お嬢様喋りは……直らない」
どうしましょう?と悩むセレナにヴァンが答える。
「え?治らないの?」
「治らないのですって」
驚くリーアンに悲しそうにセレナが首を振る。
「こんな時に言葉遊びをしないでください。人を不治の病を患っているみたいに……。言葉づかいくらい直して見せますわ……いえ、見せるわ」
ヴァンまで一緒になって、と自分の夫を睨む。少し涙目だ。
可愛い奥さんっていいわ。ちょっと憧れる。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
クスクスと笑うセレナの言葉を合図にまた馬に跨り歩き出す。
アーニャはツッコミ担当。
アーニャの実家は魔術師の一族ですが、魔術を一切使えないアーニャはそれならと跡継ぎの座をあっさりと妹に譲り奉公へ出ました。
そして、奉公先で知り合ったヴァンと結ばれたのです。
閲覧ありがとうございました。
しばらくはヴァンとアーニャとの旅が続きます。




