一話 葬儀、その夜に
前話からずいんぶんと間が空いてしまってすみません。
私情も含め、なかなか話が書けず更新が遅れてしまいました。
以前のように毎週更新は叶わないやもしれませんが、少しずつでも進めていこうかと思います。
分かりやすいように章で区切りました。
【注意】この章は「アミュージィエの話」の前、となります。まだ画集の呪いが解ける前の話です。ミュンの手元に画集が行く前、になります。従って呪いは解けず、必然的に終わりはバッドエンドになります。そういう終わりは苦手だと言う方はお戻りください。
長い人の列が大きな館に入って行く。誰もが黒い服を身に纏い粛々(しゅくしゅく)と。その先頭を歩くのは十七・八歳程の、まだ少女と言える年頃の女の子だ。ややうつむきかげんに後ろの大人たちを率いて歩く。隣には幼い、五・六歳くらいの男の子がいて手を繋いでいる。
黒い服の列の最後の一人が館に吸い込まれるとギギギ、と音を立てて門が閉まった。
◇◆◇◆◇
夕食も終わり、客人は部屋に引き上げ、誰もが寝静まる真夜中。夜陰に乗じ、一つまた一つと音もなく影がとある一室に滑り込む。
室内は仄暗くかろうじて顔が見えるほど。数本の燭台が頼りなげにゆらゆらと先端の火を揺らす。
するり、と最後の影が部屋に滑り込み全員が揃った。
「皆いるわね?」
部屋の主、葬儀の列の先頭にいた少女が声を抑えて確認する。
「はい、お嬢様。私が最後でございます」
真っ白な髪を後ろに撫でつけた男性が答える。それに頷くと少女は集まった面々をゆっくりと見回し話し出す。
「あなた達が最終グループよ。悪いけど、こちらの独断で実家の遠い者から呼ばせてもらったわ。速い者はもう町を出ているでしょうね」
そこで一旦言葉を切る。
少女を中心に、十人ほどが扇状に立っている。年齢は様々だが平均年齢は高い。誰もが緊張した面持ちで少女の話を聞いている。
「役職上最後になってしまった者はごめんなさい。今、この屋敷には必要最低限の数しか人が残っていないわ。あなた達の役目は明日、参列に来た親族の者達にその事を隠し通すこと」
そう言って少女は先ほどの男性に視線をやる。男性は頷き言葉を引き継ぐ。
「セレナお嬢様とリーアン様のことを訊かれましたらご気分が優れずお二人とも臥せっておられると答えること。もし万が一、旦那様や奥様のお部屋でお二人を偲びたいとおっしゃられた場合には私か侍女長にが同伴しますので連絡を。もちろん応接間までしかお通ししません。同じように屋敷内を歩きたいと申された方々につきましては必ず供を付けること」
今集まっているのは各役職で下の者達を束ねる任を任せられている者達ばかりだ。話を聞く目は真剣で彼らは明日の要になる。
「続きまして。あなた方の給金につきましてはこちらの小切手を国立銀行にて換金ください」
一人一人に手のひらほどの紙を配る。
国立銀行は国が経営する銀行でアリウム家の財産の一部のそこに預けてある。
当主亡き今、アリウム家の財産は国立銀行に預けてあるものを除きすべて凍結される。もちろんこの屋敷も敷地もだ。その事実を参列に来た親族達は知らない。知らせる必要もない。
セレナには両親の遺産を狙う彼らにわざわざ教えてやる必要があるとは思えない。そう、彼らの狙いは遺産なのだ。どれだけ優しい言葉を口にしようと彼らの目には「金」という文字しか映っていない。
「――以上です。何か質問がある方はいますか?」
ヨハンの説明が終わったようだ。
ヨハンは長年アリウム家に仕える執事で父の右腕でもある。
「リーアン、リーアン。起きて、皆にご挨拶しましょ?」
セレナの膝を枕にして眠る幼い弟の肩を揺する。
「んぅ……ぃや~眠い」
身体を捻ってセレナの手から逃れようとする。当然だ。普段ならふかふかのベッドで眠っているはずなのだから。
けれど、事は一刻を争う。
「リーアン、リーアン」
愚図る弟に小さな罪悪感を抱きながらも揺する手は止めない。姉として、セレナがしっかりせねばならないのだ。
「お嬢様、リーアン様がお可哀そうですからそのへんで……」
ハラハラとその様子を見守っていた使用人の一人が控えめにそう言った。まだ若い、青年だ。
「いいえ、駄目よ。まだ幼くてもこの子はアリウムの名を背負っているの。それにリーアンの知らぬ間に事を進めたくはないわ。たとえ理解できていなくても、記憶に残しておきたいの」
それに将来、リーアンが成人して正式にアリウム家の名を継いだときに今いる使用人の何人が戻ってくるだろう?
リーアンは今年で六歳。この国の成人は一六歳。最低でも十年の空白がある。
地元に戻り、家業を継ぐ者もあるかもしれない。嫁いでいく者もあるだろう。自ら事業を興す者だってあるかもしれない。もう二度と会えなくなる者だっているのだ。
だから……可哀そうとは思っても止めるつもりはない。
「姉さま、ぼく眠い……」
目をこすりながらリーアンがやおら起き上がり、ふわぁと大きな欠伸をする。
「ごめんなさいね。これで最後だから、皆にご挨拶できるかしら?」
「うん。ジョゼフ、ダリカ、ゴーズ、パトリック、ハンナ、アンナ、ディオ、ティルト、イオン、それとヨハン。みんなありがとう。げんきでね」
セレナに促され今日何回目かになる挨拶をする。面倒臭がりもせずに一人一人名前を呼び、しっかり目を合わせる。リーアンはこの屋敷の使用人の名前を全て覚えているらしい。賢い子なのだ。将来有望だ。
リーアンに名前を呼ばれて涙を流した者もいた。まさか大貴族の子供が使用人の、それも下っ端の自分の名前を憶えているとは思わなかったようだ。
全てではないにしろ貴族の中には自分たち以外を人とも思わないものおる。同じ貴族として恥ずかしい限りだ。
「姉さま、ヨハンとイオンは大おば様のお家でまた会えるのでしょ?」
「えぇ、そうよ。でもしばらくはお別れだからちゃんとご挨拶しましょうね」
こてん、と小首を傾げて訊いてくる弟ににっこり笑って頭をなでる。
「お嬢様、そろそろ」
ヨハンが急かす。そうだ。あまり時間がないのだ。
父の執事であるヨハンと息子のイオンは父の父、祖父の妹である大おば様の屋敷で合流することになっている。亡き父に代わりリーアンにアリウム家のことを教えるためだ。
隣国に嫁いだ彼女の所ならばリーアンが成人するまで安全に過ごせるだろうと考えたのだ。すでに幾度か手紙のやり取りをして話もついている。
今年成人を迎えたイオンはリーアン付きの執事になるべく父ヨハンの元で勉強中なのだ。
――余談だが、ヨハンは白髪のせいで実年齢より老けて見られることが多い。その上、イオンは遅くにできた子なので息子より孫と間違えられることもよくあり本人はそれをとても気にしているらしい。
他人に老けた父と思われるのが嫌なのだそうだ。イオンはそんなことは気にしていないのに。
「旦那様が要らぬ心配ばかりかけるから私の髪はこんなにもはやく白くなってしまったのです。いいですか?セレナ様とリーアン様は他人に迷惑がかからないからと心配をかけるようなことをしてはいけませんよ」
ヨハンの口癖だ。ずっと小さい頃から何度も聞かされた。それはもう耳にタコができるくらいに。
どうやら父は若い頃、かなりやんちゃをしていたらしい。――閑話休題。
「リーアン、今夜は姉様のお部屋でお休みなさい。何か欲しい物があればイオンに持ってきてもらうのよ?自分で取りに行ってはダメよ?」
こんな時間にリーアンが屋敷内を歩きまわっていたらおかしい。イオンならまだ仕事が残っていたと言い訳ができる。
今からなら一刻くらいは寝られるだろう。その間にセレナは使用人の彼らと最終打ち合わせをしなければらない。
「はぁい、姉さま。行こ、イオン」
そういうことを何となく理解しているのか、我儘ひとつ言わずリーアンは素直に従ってくれる。
「イオン、今夜は特別に私の寝室に入っても構わないわ。リーアンをお願い」
普段なら若い娘の寝室に異性の使用人が立ち入ることは許されないがことが事なので問題ないだろう。
チラリとヨハンと侍女長のダリカに視線をやると二人とも苦い顔をしながらも頷いている。
「はい。では失礼します」
そう言って軽く会釈をする。
リーアンが早く、早くとイオンの手を引き隣の部屋に消え、セレナは最後の打ち合わせに入る。
あと数刻でセレナとリーアンは両親との思い出の詰まった屋敷を発たなくてはならない。辛いだとか悲しいだとかは言っていられない。命が欲しければ行動をしなければならない。
金の亡者となった親族から逃げるために。
重苦しい始まりですが、あまりシリアスにはならないつもりです。
閲覧ありがとうございました。
できるだけ早く次の話が更新できるよう頑張りたいと思います。