十八話 カルズ
少し短めです。
ページ分配が下手すぎて泣けます。
投稿は計画的に(涙)
あれからミュンはずっと考えた。歩いている時、食事中、寝る前の短い時間にも。
魔宝石を壊すのはグレドイの役目、これは決定事項。だが、グレドイだけではその段階までいけない。だから、その補助をローラに頼んだ。上手くいくかは分からない。でも、それでもやるのだ。
礼拝堂独特の空気を匂いと肌で感じる。寒々とした屋内はひっそりと静まり返って声どころか、人影すらない――否。祭壇の前に人がいた。足を折り、長椅子と長椅子の間に隠れて見つけにくかっただけらしい。あの服装は
(牧師様じゃない)
目を凝らしてじっと後姿を見つめる。背格好からもそれが分かる。
ならば誰か?
歩く度にコツコツと音がする。むこうもこちらの存在に気付いたらしく、やおら立ち上がって振り返った。
「おや、おはよう。えー……アミュージェさん?」
ミュンの名前を覚えていたみたいだ。にこやかに手を上げて男性も近づいてくる。
「おはようございます。カルズさん、お久しぶりです」
ミュンもかるく会釈を返す。
「あの、姿が見当たらないんですけど牧師様どこにいるか知ってますか?」
二人の距離は縮む。
「あー、牧師様なら先日から町に行っているよ。何か欲しい物があるらしくてね」
と、いうことは町に続く道はもう通れるらしい。
「そうなんですか?どうりで見当たらないわけだ」
後半は独り言になった。
「牧師様に何か用があったのかい?」
「いえ、用ってほどの事ではないんですけど……」
ポケットの中に手を入れてごそごそと空の小瓶を取り出す。
「この小瓶を返そうと思って」
聖水が入っていた小瓶だ。
手を伸ばせは届くという距離まで来て、打ち合わせをしたわけでもないのに二人は立ち止まる。
「それだけのためにここまで?ジータの森に行っていたと聞いたけど」
だけ、を強調してカルズが訊いた。ドクンッ、と大きくミュンの心臓が鳴る。
「いえ、とある人に会いに来ました」
「そうかい、奇遇だね。実は私もある人を待っていてね」
ドクンッ、ドクンと心臓が脈打つ。これではカルズに聞こえてしまいそうだ。それにしても、彼は何を考えているのだろう?
「……」
「……」
カツン、とどちらかの靴の踵が鳴った。瞬間、それが合図であったかのように二人がほぼ同時に行動を起こした。
カルズが懐からナイフを取り出し、前に踏み出した勢いのままミュンの心臓目がけて突き出す。ミュンは大きく目を見開いて
「ローラっ!!」
叫んだ。
まさかこんな単純な方法で来るとは思わなかった。こちらの懸念を逆手に取られた。パラパラと本のページを捲るように世界が細切れに区分されてひどくゆっくりと、それでいて刹那の出来事であるかのように、なぜかミュンの目にカルズの動き一つ一つが鮮明に映った。
ピシッと、ただでさえ温度の低い礼拝堂がミュンの目の前だけサラに温度を下げた。そこにはついさっきまでなかった楕円の形をした極薄の氷が浮いている。こんな所に氷があることも、ましてや浮いていることすらありえないことなのに、実際、今、現実にここにあるのだ。
この極薄の氷はローラが造った水鏡を向こう側が透けて見えるほどに薄くしたもので、その厚さは紙以下。原材料はアルダにもらった聖水。氷は薄い分耐久性に欠ける。
「姫様!」
ローラは少し離れた所で氷の維持に専念している。
ミュンは両手首から先を氷のこちら側に固定されて身動きのできないカルズの手からすぐさまナイフを叩き落として魔宝石の指輪を抜き取る。
思いのほか簡単に手放したナイフを足で横にスライドさせ、指輪を自分の後ろに放り投げながら喚ぶ。
ミュンが指輪を投げたのを合図にローラは画集に戻る。
「グレドイッ!」
「はいっ」
現れるのと同時にグレドイは放り投げられた指輪を、担いでいた金鎚で床に打ち付けた。
パリン、とガラスが割れるのに似た音がして魔宝石が指輪の台座ごと砕けて宝石の部分だけが、アレ等の核が消えるのと同じように霧散する。
「あ」
カルズの口から音が漏れた。
そのすぐ後に彼の両手首を固定していたローラの氷が砕けて散った。自由になった腕をだらりとたらし、カルズは呆けた顔をしたまま動かない。
けれど、ミュンは身構えたままカルズから目を離さず警戒する。そのミュンを守るようにグレドイがミュンとカルズの間に入る。
一秒一秒がとても長く感じる。
おもむろにカルズが手を持ち上げて指輪のはまっていた箇所を凝視する。いつでも対応できるようにとグレドイが金鎚を引き寄せる。
「は……はは……ははははは……ない…った……やっ…おわ……はは…」
いきなり笑い出したカルズに驚く。二人ともどう反応していいのかわからず、じっとカルズを見る。 声が掠れていて何を言っているのかほとんど聴き取れない。そのカルズとふと目が合った。
彼は、自らを嘲るような表情を浮かべると確かに言ったのだ。
「すまなかった」
と、その一言を。
そしてまた、カルズも跡形もなく霧散して消えた。あとに残った、砕けた指輪の台座とミュンが叩き落としたナイフだけが今そこにカルズが居たことを示すのみだ。
「……」
ペタンと床に座り込んでしまった。言葉にしたいことはいっぱいあるのに声にならなくて陸に上げられた魚のように口をパクパクさせる。
「……先生!」
何とかそれだけを口にしてゼイスを喚んだ。
「終わりましたな、リーヌ様」
「本……当に?」
終わったの?まだ信じられない。それにカルズが最期にミュンに言ったあの言葉の意味は?
「魔宝石が砕けて、術者が消えた。間違いなく終わりました」
「カルズさんが最後に……」
「……そのままの意味でとればよいとわしは思いますが?あやつも本意ではなかったということでしょうな」
「本意ではない?……やらされていたということでしょうか?」
なら誰に?いや、考えるまでもなく
「ツェーリスの王、にでしょう」
「しかし、老。彼の王はそこまで愚かではなかったと記憶しておるますが?」
黙ってミュンとゼイスの会話を聞いていたグレドイが訊ねた。
「ふむ、確かに愚かな方ではなかったな……お前さんのことじゃ、薄々は勘付いていたのではないか?・……あの者が現れてから隣国の王はお変わりになられた……」
ゼイスにしては珍しく言葉を濁す。
「あの者?誰ですか?」
思い当たる人物がセリエーヌの記憶の中にはない。グレドイは分かったのか、黙り込んでしまった。
「ここから先はリーヌ様にとってつらい話になりますぞ?それと、これはわしの、一個人の憶測に過ぎません」
「憶測?どういうことですか?」
またも珍しくゼイスが迷っている。表情からは読み取れないが、そんな気がする。話題を逸らして誤魔化さないのはミュンも知っておくべき事だからだろうか?
「リーヌ様はツェーリスとの国境付近に潜伏していた盗賊団のことを覚えていますかな?」
「はい、覚えていますけど……」
「奴等は始めはただの寄せ集めの烏合の衆でした。奴等が変わったのはある一人の男が現れてからです――――――」
――――その男は自らを『リーダー』と名のり、烏合の衆だった盗賊団を仕切り始めた。頭の切れる者で、もし軍に属していれば優秀な策士、参謀になれたのは間違いない。それほどの男がなぜ盗賊にとその時は誰もが思った。
統率がとられるようになってから盗賊団はおとなしくしていた。故に誰もが奴等を警戒はするが、今までほど危険ではないと認識していた。しかし、水面下ではリーダーの指揮の下事が着々と進められていた。
リーダーはセピシアが教会の建設を始めるという情報を逸早く入手すると、どんな手段を使ったのか、ツェーリスの王と接触した。そして、その耳元で時に甘言を時に真実を折り込んだ虚偽を囁き王の心に懐疑心を芽生えさせた。
その間に、両国に自分の手下を数人紛れ込ませ、あることないこと全てが本当のこと、であるかのように真しやかに吹聴して回らせた。
曰く「セピシアが大量の銀を買い込んでいる」曰く「セピシアの魔女は戦を始める気だ」など等。
噂が噂となり、さらに尾びれ胸びれがつけばもう嘘だろうが本当だろうが歯止めが効かなくなる。その結果、奴は自分の手を汚さずにセピシア滅ぼした。
だが、意外にも被害はほとんどなく命を落としたのは城に潜入していた盗賊に、それに応戦した数人とたまたまその日城にいて巻き込まれた数名の者達。それとセリエーヌ本人だ。
ゼイスは捕らえた盗賊にリーダーの居場所を吐かせて、直ちにニールをはじめとする自衛団を向かわせた。けれど、そこには指揮官を失い再び烏合の衆と化した盗賊達がいるだけだった。すぐさま盗賊は捕らえられ再度リーダーの居場所を問いただしたが、気づいた時にはすでにどこにも居らず、誰もどこへ行ったのか分からないと言った。だが、消える直前に一人の下っ端が
「ふん、思ったより呆気なかったな。だが、いい暇つぶしになった」
と、一人呟いていたのを偶然聞いていた。要するに、彼にとってはただの退屈凌ぎだったということだ。所詮はただの遊び。飽きたら終わり。
以来、リーダーの姿を見たものはなく、なぜ、どうしてそのようなことをしなのか、消息共々が謎のままだ。
「全てはその男が糸を引いていたのです」
真っ白な髭を撫でながらゼイスがそう結ぶ。
「ちょっと待って下さい。もちろんわたしにそんな記憶はないですけど、史書によるとわたしが国民を裏切って殺されたことになっているんですけど……?」
どうなっているんでしょう?
「なんと!デタラメが過ぎますな。それは多分に周りの国々がリーヌ様の力を恐れ、自分たちに禍が来ぬようにとあくまでリーヌ様に非があったと民衆や後世に伝えるために考えられたものでしょう」
愚かなことじゃ、と肩をすくめる。
「それなら、わたしはどうやって?」
死んだの?
「…………リーヌ様は賊の者の手にかけれられたのです」
掠れた声でゼイスが言った。
「わたしの国の者ではないのですね?」
念押しをするようにミュンが聞き返す。
「そんな事は決してあり得ません。絶対にあり得ないことです。手をくだしたのは賊の者です。わし等が不甲斐無いばかりに……」
小さい身体をさらに小さくする。
「違います。先生達を責めているのではないんです。それにそのことについてはわたしに責任があります。油断をしてしまったわたしに非があるのです」
ミュンが気になっていたのは史書にあったとおり、自国の民の手にかけられたのではないかという不安だった。そこまで恨まれていたのかと、それほどのことをしたのかと。それなのにそのことについて何も覚えていないのかということが心底怖かったのだ。
もしかしたら、そのせいで最期のことを思い出せなかったのかもしれない。ゼイスの話を聞いて少しだけ気が楽になった。
チチッ、チチッ、と鳥の鳴き声が聞こえる。徐々に辺りが明るくなりステンドグラスから朝日が射し込み、壁に美しい模様を描く。
「リーヌ様……」
「もう終わったことです。わたしに言う資格があるかは分かりませんが、今日で全てが終わったんです。これで、今回のことに関わった全ての人が解放されたんです。まずはそのことを喜びませんか?」
もう誰も辛い思いをしなくていいのだ。いつ殺されるかと怯えなくていいのだ。永遠と繰り返される苦痛に耐えることもない。
礼拝堂の扉を開け、外に出る。なぜかいつも見ているはずの景色が新鮮で太陽が明るい。昨日から空を支配している雲の切れ間から朝日が射し、天使のはしごが幾つもできている。早く帰って清水とロッカの実をライラの家に届けなくてはいけない。
誰もが待ち望んだ春はすぐそこまできている。
あぁ、サラが思いのほか活躍しませんでした。おかしいですね。
『リーダー』これが全ての元凶です。元凶ですが、ツェーリスの王も元々リーヌを恐れていたので遅かれ早かれ争いは起きていたのかもしれません。
閲覧ありがとうございました。
長かった…。




